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九十九話


 リアヴェルの部屋を出た後エイサは魔王城内を歩いていた。

 向かう先は何時もの中庭だ。

 揺らぐ心にある程度のケリは着いた以上、彼が行うのは鍛錬に他ならない。

 身に纏う鎧の感触を感じながら、外へ出れば夏の日差しが、差し込む中庭がある。

 鬱蒼とした木々が広がるその場所は、手入れがされていない事もあって、雑草も伸び放題となっているが、それを気にすることもなく中庭の中心へと歩いていくと、そのまま剣を抜き放ち一薙ぎをした。

 草木がその一撃で切り払われ、大地に落ちる。

 一撃で剣を振るうスペースを確保した後、エイサは自身の剣を正眼に構えた。

 戦場では殆ど見せない正眼の構え。普段片手で大剣を振り回す彼にとっては珍しい構えではあるが、結局すべての斬撃の基本の形はここにあると、エイサは思っていた。

 振り下ろす。

 神速の速度をもって振り下ろされたその一撃は、傍から見ていればその流麗さに心奪われる事間違いない。そんな美しささえ感じさせる一振りを行ってなお、エイサは納得した様子を見せず、今度は少し速度を落として再度振り抜く。

 剣を振るうにあたって基本姿勢のチェックをエイサは好んで行う。

 基礎を極限まで突き詰め、極まった領域へともっていくことこそが鍛錬だと、エイサは思っており、そしてそれを成すために日々、剣を振るい続けている。

 人の究極などと他者は言う。

 だが、エイサ自身は自分がその領域に至っているとはまるで思っていなかった。

 確かに、そこらの剣士よりはいくらか先を言っているだろうという自覚はあっても、極めているという感触はまるでなかった。剣を一振りする度に、自身の未熟さが目に付く以上、自身の理想に程遠い自分の斬撃を見ている以上、これが極みなどとは口が裂けても言えなかった。

 剣を振るう。

 一度振るう度に改善点を見つけ、一度振るう度にその改善点を修正する。

 その単純な作業がエイサにはひどく楽しい。

 戦いに楽しみを見出す事はしなかったが、自身の剣技が確かに向上していく感触だけは、彼も嫌いではなかった。一手振るって流麗、一手振るって洗練。その果てにあるのが極みと呼ばれる領域なのだろう。だけれど、エイサの力量をしてその領域は未だ遥か遠くにある。

 姿かたちさえ見えない領域に向かっての疾駆が、彼にとっての鍛錬の形だった。


「将軍」

「モンリスか」


 不意に声をかけられてエイサは自身の振るっていた斬撃をぴたりと止めた。

 そして声をかけてきた方向を見ればそこには、彼の予想にたがわず小鬼ゴブリンの男の姿があった。

 斬撃によって草木が刈り取られ、歩きやすくなった場所を通って彼の側へ近づく。するとモンリスはエイサに向かって一礼をした。相変わらず律儀な男だと、思いながらエイサは彼に問いかける。


「勇者の動向でもわかったのか?」

「いえ、そいつはまだですが、おそらく向かう先に見当が付きやしたので、その報告に参りました」

「動向は分かっていないのに、見当がつくってのはどういう理屈だ?」

「いや、なに。勇者も結局は王国の部隊って事っすよ。すなわち、王国の意向が働く。ならば、その動きを読めば、ある程度勇者の動きも読めるってものです」

「成程ね。まあ、そうか。勇者も王国という組織の一員であることに間違いはないか」

「はい。そうであるが故に上の意向には逆らえんのでしょうなぁ」

「上の意向ね。となるとなんだ? 王族の護衛にでもつくというのか?」

「流石は将軍。鋭い」


 エイサの冗談めかした言葉にモンリスは頷きを返した。

 そんな彼の言葉にエイサは驚きの表情を向ける。

 王族が戦場に出てくるなど、随分と珍しいことだ。

 王国の戦場は基本的に将軍に任されている。王族が出てくると指揮系統が滅茶苦茶になり混乱することも多いため、基本的に王族が戦場に出てくることは稀なはずだが。


「ま、王族なんぞはどうでも良い話だ。それで、大体どれくらいに出てくる? そして場所は?」

「場所に関してはフェリオス殿、ヒヴィシス殿が反攻作戦を上げたビルワ周辺」

「うちの反攻作戦でも漏れたのか?」

「いえ、というよりもキヨウへの援軍という要素の方が強いかと思われますなぁ。守りにくい場所ではありますが、キヨウと言えば経済と文化における中心地のひとつ。守りにくいからといって放棄もできますまい」

「そう言うもんかね。まあ、良い。それでなんだ? 俺たちはもう一度フェリオスの陣へ逆戻りか?」

「いえ、今回は奴さんの動きを先に掴めましたので、フェリオス将軍、ヒヴィシス将軍が攻めるに合わせて、こちら側より奇襲を行います」

「奇襲ね。となると今回陣を同じくするのはアレか」

「ええ。精霊エレメンタル種。ウィデネア将軍。遊撃を主として動いておられるかの部隊であれば、奇襲を行うには最適かと」


 精霊エレメンタル種。

 自然現象より分かたれた、自我を持つ自然の具象。

 神が自然現象の具象であるとするなら、精霊エレメンタル種は自然現象をさらに細分化した、力の具現と言った方が正しいか。神ほどの力を持つわけではないが、同時に神ほど強烈な個我を有さない存在だが、その力の総量自体は人間のそれを軽く上回る。魔法の中には細分化した彼らに力を借り受ける事で発動させる物もある。

 細分化した彼らには大きな自我は無く、ただ使われるだけの者も少なくは無いが、精霊の王ともなれば、

その力の大きさは凄まじいものがある。無論、王とは言え、その力の頂点たる神そのものに直接敵対できるものでは無いが、それでも敵に回せば厄介な相手であることに違いない。何より、個我の薄さこそが彼らを相手にするにはネックとなる。


「奴らの相手は苦手でな。苦手というよりも、奴らは個我が薄い。集合的な意識体と言うべきか、なんというかは知らんが、個々が全体を共有しているというべきなのか、個人を相手にするという概念が薄すぎて、いろいろと混乱させられるわけだ」

「あー、精霊ってのは個でありながら全を兼ねる。そう聞いてはいますが。そう言うことなんすかね?」

「ああ。個人と話しているはずの事が直ぐに全体に漏れる。そして個としての判断が、全体の判断になる。そう言う意味では話しやすくもあるらしいが、俺個人としては世間話でさえ責任を全体への責任を負う事になるというのは、話していて気が休まらん」


 そう言いながらエイサは剣を地面に突き刺した。

 そして、モンリスに視線を合わせるように腰を下ろす。


「今回もお前に交渉については投げるつもりで入るが、少しばかり注意して挑めよ。そう言う面倒な相手だ」

「へい。肝に命じやす。……しかし、魔王軍において交渉事が面倒ではない相手なんざいるんですかい?」


 冗談めかして言ったモンリスの言葉にエイサは頭を掻いた。

 彼の言葉を否定できる要素が余りにも少なかったからだ。

 魔王軍の将は基本的に個性の塊だ。

 そいつらを相手に交渉を行うというのは、誰を相手にしても骨が折れるのは間違いない。無論、エイサ自身の事も含めてではあるが。


「オルグとか、ヒヴィシスとか、後はアドラとか。あの辺りはまだ幾分ましだろう」

「武人気質で、自身の認めた相手からの交渉をほとんど認めないその三名がましな部類に入るあたりお察しですなぁ」

「……聞かなかったことにしておいてやる。交渉の準備だけは進めろ。つっても、今回の奇襲の話自体は既に持って行っているのだろう?」

「一応は、魔王様の命令書を受け取っておりますぜ」

「なら交渉することも殆どない。……直ぐに出るのか?」


 そう尋ねたエイサにモンリスは首を横に振った。

 そして、その理由をエイサに答える。


「いえ、まだっす。こっち側の準備は整ってますが、相手側、即ち王国軍の方ではまだ準備が整っちゃいないでしょうからね。出立は、一週間後をめど位に準備をお願いします」

「準備などと言われても、俺は剣と鎧兜があればそれで十分なんだがな。後は馬くらいか」

「その前に十二将の会議があるでしょう? そこで、キヨウへの侵攻作戦が正式に議題に上るでしょうから、そいつが可決されるように動いてください。それが上手くいって初めて、王国軍の腹部に奇襲をかける意味が出てくるってもんですから」

「会議ね。そう言う根回しとかは苦手なんだがな」

「フェリオス殿、ヒヴィシス殿は策の立案者ですので賛成に回るでしょう。アドラ殿、オルグ殿へは既にヒヴィシス殿より書簡を送ることで根回しを完了させてありますので、将軍はニコ将軍を口説き落としていただければ、後は此方で何とでもしましょう」

「は、優秀だなモンリス。分かった。ニコの奴には俺の方から話を通そう。次回の会議は明後日だったか。ならば、明日にはニコもこちらに来るだろう。その時でいいな?」

「へい。よろしくお願いしやすよ、将軍」

「ふん。お前の事だ。俺がニコを口説き落とせなくとも、問題なく話が進むように手は打ってあるんだろうがな」

「それでも、作戦は満場一致で行われた方が、しこりが残らなくていい。そうは思いませんかい?」


 そう言ってにやりと笑うモンリスにエイサは苦笑で返した。

 それは、そつのない手回しを行うモンリスへの間違いない称賛の笑みだった。


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