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九十五話


 カランという音がして大地に兜が落ちた。

 ソウジの槍自体はエイサに直撃はしていない。

 しかし、掠めた槍が彼の素顔を露わにする。

 赤みのかかった茶髪が風に流されて僅かに揺れる。細かな傷が多くついた顔にはされど幼さを僅かに残している。成程、アリスと同い年だと納得させる風貌だった。

 僅かにソウジの槍先が鈍る。

 それに合わせるように一歩だけエイサは後ろへと後ずさり、その剣を構えなおす。

 その様子を見てソウジは気を取り直したようにもう一度槍を彼に突き付けた。


「なんだ、その顔は随分と驚いた表情を見せるじゃないか、槍の勇者」

「何、驚いたわけじゃないさ。だが、あれ程の技量を見せる男が、割とかわいい顔をしている事に微笑ましさを感じただけさ」

「ふん、言っていろ」


 ソウジの言い分にエイサは僅かに苦笑しながらそう返すと、剣を握る手に力を込めた。

 ギシリという音が戦場に響く。

 そんな彼の様子を見ながらソウジは冷や汗を流していた。今までの様にエイサ相手に問答無用に斬りかかる事が出来ない。兜が外れただけの相手にソウジは一歩も動けずにいた。


「エイサッ!!」

「引っ込んでいろ、アリス」


 アリスがエイサに斬りかかる。

 その表所は悲痛に歪んでいる。

 そんな彼女の斬撃をエイサは容易く受け流すと、そのまま彼女を弾き飛ばした。

 歯牙にもかけないその行動にソウジの瞳が細まる。

 弾き飛ばされたアリスを受け止めながらエイサへの警戒を最大限に高めると、そんな彼を見据えるエイサに向けてリヴィが矢を放つ。

 放たれた矢の数は三つ。

 兜無きエイサに直撃すれば間違いなく即死させる軌道と威力をもってエイサに迫ったそれは剣を持たぬもう一方の手で優しく受け止められて地面に落ちた。射掛けられた矢に頓着する事さえなくエイサはソウジを見ながら言う。


「ソウジ。俺は貴様を認めたよ」

「は……そいつはどうも」

「故に俺の底を見せよう」


 ソウジに向けてそう言うとアリスは悲鳴のような声を上げた。

 それを無視してエイサは自身の鎧に魔力マナを流す。すると身に纏う漆黒の鎧が小さく金属音を立てながら、地面に落ちた。そこから現れるエイサの姿は、アンダーのみを身に着けた状態の姿で、まるで戦う衣装には見えない。ただ、全身に刻まれている傷跡が、彼の経てきた戦いを物語るのみ。

 その体つきにソウジは僅かに息をのんだ。

 男色の気は全くないが、それでもエイサの肉体には息をのむ。

 機能美を極限にまで突き詰めたその肉体は、ある種の完成された美を孕む。

 戦士として必要な筋肉のみを身に纏った彼の体は、戦士としての黄金比だ。勇者として、戦う者として敵であるとは言えエイサの肉体には憧憬すら抱いてしまう。

 不意にエイサに動きがあった。

 気が付けば目の前にいたという方が正しいほどの高速移動。

 丸見えの筋肉の動きさえ知覚させない技量に、何よりその速度にソウジの意識が凍り付く。

 それでも、ギリギリで反応できたのはエイサと戦い続けたことにより跳ね上がった彼の力量故か。構えていた槍をもってエイサに突きを放ち。

 放たれる突きは七度。

 その全てが違うことなくエイサの急所を突き貫く。

 だが、感触がない。手ごたえはなく、七度の突きは虚しく空を突くのみ。

 残像を突いた。

 それを理解したのは目の前にエイサが現れた瞬間だ。

 咄嗟に体を捻ることで斬撃を回避しようとするが、その斬撃さえフェイント。本命の一撃は彼の知覚すら許さぬ速度をもって、背後より迫りソウジの体を両断した。

 瞬殺だ。

 本気を出したソウジの力に言葉を失う。

 あまりの力の差に悔しささえ感じる事無く、大地に倒れ伏した。

 鎧袖一触。

 ソウジをその言葉で勝たず九速度をもって斬り倒したエイサはそのままの勢いでアリスに迫る。

 斬撃は速く鋭く、彼女の防御をすり抜けて当然のように首を撥ねた。

 これで二人。

 蘇生の間さえ与えぬと言わんばかりの瞬間移動。

 魔法を用いた空間転移の類ではなく、彼自身の足の速さによるその移動は弓を専門に扱うリヴィをして残像を追えないレベルの高速移動故のものだ。

 彼女レベルの動体視力をして残像しか負わせないその速度に絶句しつつも弓を構える事が出来たのは、まさしく勇者としての力量の賜物だが、その力量を持ってさえエイサの前では無為に落ちる。放たれた三度放たれた斬撃はまともな防御さえ許さずに三人の後衛陣を一瞬で切り捨てた。

 振り抜いた後に血潮を払うために剣を一度振る。

 振り抜く速度が速すぎて殆ど汚れていない剣を空を斬り、その余波で大気が震えた。

 これがエイサの本気。

 これが彼の実力、その本懐。

 重戦士として防御を主眼に置いた戦い方を得意とするエイサが、その鎧を脱ぎ捨てる事により出せる最大戦速をもって戦う事による蹂躙劇は、周囲を囲むフェリオスの精鋭をして殆ど認識させない程のものだ。

 勇者の全てがエイサによって死に絶えたことにより、彼らの肉体が魔力マナへと解けて帰る。

 金色の粒子が周囲に満ち、そしてゆっくりと掻き消えていく。

 それを見送りながら、エイサは自身が脱ぎ捨てていた鎧の近くへと歩み寄り、そのパーツを再び身に纏うと、最後にソウジによって弾き飛ばされた兜を手に取った。

 かわし切れなかった頬元の傷跡を小さくなぞった後にそれをかぶり直すと、剣を背に固定してフェリオスの方へと向き直る。

 そちらを固めていた兵士たちがエイサに向かって道を空けた。


「見事、最強だなエイサ将軍」

「……」


 フェリオスの揶揄う様な言葉がエイサにかけられる。

 その言葉を無視してエイサは空けられた道を進む。

 掛けられた言葉に返すだけの余力が無いのか、それとも自らの心の動きに泊ま代を抱いているのか。

 最も、そんなことを気にするフェリオスではない。

 杯をひじ掛けに置いたままにフェリオスは立ち上がると、エイサの前に立った。


「どうした? 随分とらしからぬ顔をしているではないか」

「……ふん。何でもない。おまえが気にすることでは無いだろう」

「いやいや、お前の事を気にかけている身としては、或いは貴様に肩入れする者としては、お前の抱く悩みに回答をくれてやりたくもある。それとも、自身の心の内での動きに答えは欲しくないのか?」

「答え。ね」


 そう言うとエイサはフェリオスの方へと視線を向けた。

 その視線に宿る光は強く、心配など必要ないと語っている。

 それは強がりなどではなく、心底よりの回答で、その在り方にフェリオスは満足げな表情を浮かべた。


「ふん。成程、その顔ができるのであれば俺の言葉は必要ないな。時間を取らせた。また、貴様の役目に戻ると良い。それが徒労であろうとも、徒労であると知りながら行うのであれば意味は有るだろう」

「勇者殺しを徒労とは思わん」

「勇者殺しが、ではなく。貴様のその復讐が徒労なのさ。そこに一切の意義は無いだろう。神として心からの忠告だ。復讐なんぞに耽溺するのはもうやめろ。それに心を取られている限り、貴様の先には何もない」


 その言葉を聞いてエイサは立ち止った。

 そしてフェリオスの方へと向き直る。

 その目に宿る光の強さに、フェリオスは小さく笑みを浮かべた。


「知った事か」

「ああ、だろうな」

「意義など無くとも、意味はある。俺は、俺の心のままに剣をふるう。元よりそこに異議なんぞ求めてはいない。所詮俺は復讐のために剣を握っている。復讐に意味なぞ求める方がナンセンスだろう」


 そう言い切るとエイサは再び歩き始めた。

 その背中には間違いなく拒絶の意図を込めている。

 そんな彼の背を見て声をかける事が出来る程、フェリオスは無神経ではなかった。無遠慮で傲慢ではあるが、気づかいが出来ぬわけではなかった。

 フェリオスの側でエイサの事を見つめ続けているニレイシアに向けてエイサの方へ顎をしゃくる。

 フェリオスのその態度に、弾けるようにニレイシアは駆け出して、エイサにちょっかいをかけ行く。それを遠くより見つめながら、フェリオスはため息を隠さずについた。そして誰に聞かせるつもりもなく、独り言ちる。


「復讐の意味さえ見失った貴様が、今更それに執着する理由もないだろうに。それでも、それに縋るのか。成程、餓鬼だな。だが、その純粋さこそが貴様の強さであり、同時に脆さでもある。……気付けよ戯け、貴様が戦いに求めたものは確かに復讐だが。それを捨て去っても誰が責め立てるものでは無いことを」


 或いは槍の勇者との戦いで生まれた感情。

 或いは魔王へと抱く感情。

 それとて十分に彼の戦いを支える理由に足るものだと、彼が早く気付くことをフェリオスは願った。

 それは自らが望む英雄の形。至高と呼ぶに足る究極の人型。

 それにほど近い男に対する、憐憫ではなく、激励の感情だった。

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