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九十三話


 ソウジが気を吐く。

 意気軒昂にして、その槍撃は威力と速度を増している。

 だが、それでもエイサには一切届かない。

 ソウジが槍を放つたびに傷が増えるのはソウジの方だ。攻撃している方が傷を増していくという理不尽に、されど彼の士気をくじくことはできない。全身に傷を作り、致死に等しい攻撃を受けてなお、一切ひるむことなく迫りくるソウジの姿にエイサは僅かに羨望を抱く。

 火花が散った。

 エイサの大剣をソウジが受け止めた際のそれだ。

 肩で息をしながらアリスと連携を切らさず、諦める事の無かった彼がギリギリで受け止めたその隙をアリスは逃すことなく追撃する。

 だが届かない。

 アリスの振るう斬撃はエイサがとった回避行動の末に地に落ちる。

 必死に戦う彼らの行動の全てを無為だと言わんばかりにエイサは立ちはだかる。


「まだだ」


 そんな絶望的な状況の中で、ソウジはなお気を吐いた。

 アリスに向かって斬り返された斬撃を無理矢理自身の神槍エフェクティアをねじ込むことで受け止めて、斬撃の勢いを受けるがままに反転薙ぎ払う。

 しかしの一撃は槍の柄を跳ね上げられることで防がれる。

 そしてソウジは跳ね上げられることを読み切って、跳ね上げられるままに跳躍した。

 中空に舞うソウジとエイサの視線が絡む。

 笑みを浮かべたままにソウジは大地を貫けと言わんばかりに槍の一撃を放った。

 当然の様にその一撃をエイサは避ける。かわされた一撃は大地を穿ち、そのままに引き戻されて真横に薙ぎ払われた。だが、その一撃も柄頭で真上に跳ね上げられると、そのままエイサの斬撃が真下より振り抜かれてソウジは切り捨てられる。

 奇跡の光が彼を覆う。

 蘇生の奇跡。

 手厚い助けにフィリアへの感謝を抱きながら再度エイサに槍で攻めかかる。

 そんなソウジの動きにため息をつきながらアリスも追従した。

 華散らす。

 ぶつかり合うエイサの剣とソウジの槍が散らす輝きだ。

 命を削り、魂を削るような斬撃の応酬の中で、ソウジは自身の笑みが更に深まっていくのを止められない。

 楽しいなんて訳では無い。

 臓腑は酸素の欠乏に悲鳴を上げて、筋肉は酷使に耐えかねて断裂の憂き目に合っている。その状況を楽しめる程ソウジはマゾヒズムに傾倒してはいなかった。だが、打ち合う度に自身の腕前がメキメキと上がっていくのを感じ取る。肉体的な性能が急激に跳ね上がっているという訳では無く、自身の視界が広がり続ける感覚。新たな手がとめどなく湧き出る感覚が彼に痛みを忘れさせた。

 火花が散る。

 武芸の最果てへ疾駆するソウジの槍は、それでも到達しているエイサには一切届かない。数多の手数が全て無為に伏す。そうすることでさらなる技法が脳裏に奔り、その瞬間の最善手を選び取っていくソウジにエイサがかすかな笑みを浮かべた。

 勿論、その笑みを勇者たちは見る事が出来ない。

 兜で隠された彼の表情をうかがい知ることは勇者達には出来ないからだ。しかし、その背後で戦いを見つめている神、フェリオスにはそれがはっきりとわかった。


「奴め」


 小さくつぶやく。

 その口元には苦笑を宿して。

 だが、その表情に不快さは感じられない。

 むしろその微笑みに宿すのは喜びの感情だ。

 まるで、出来の良くない息子が偉業を成し遂げた時の親のような。あるいは、不甲斐ない父親のカッコイイところを初めて見た子供のような。そんな笑み。

 エイサの背中を見れば分かる。

 あの男は楽しんでいる。

 戦いに楽しみを見出すような心情を持ち得ていなかったはずの男が僅かながらに変わった事にフェリオスは少しばかりの感慨を抱く。


「……」

「どうしたニレイシア。不機嫌そうな顔だな」

「別に、あの男が何に充足を見出すかは、あの男の勝手だしね」

「ふん。奴が戦いに喜びを見出したからといって、失望するのは早いぞニレイシア」

「……だから、そんな訳じゃないって」

「おや、そうだったか。戦いの趨勢に雄性を見出したことで奴に対する評価を下げたのだと思ったのだが、どうやらそういう訳では無いらしい。ならば、貴様の取違を指摘するのも野暮か」

「……取違?」

「は。やはりそう勘違いしていたのか。相変わらずわかりやすい女だな、貴様は」


 フェリオスの揶揄う様な言葉にニレイシアは僅かに眉をひそめた。

 そんな彼女を見てフェリオスはくつくつと笑う。

 その笑みを途切れさせるようにニレイシアはフェリオスに続きを促した。そんなニレイシアの態度に気を悪くすることもなく、上機嫌にフェリオスはエイサの内心を解説しだした。


「奴は別段戦いに楽しみを見出した訳では無いのさ」

「……なら、一体何に楽しみを見出したというのかしら」

「自らが認めた男に認められる喜びさ」


 そう言ってフェリオスは二人の男に視線を向けた。

 槍と剣が舞い踊る。

 猛然と攻めかかるソウジの攻撃をエイサが淡々と捌いているという光景に変化はない。だがアリスがソウジの攻めかかる速度に対して少し驚いた様子で追従した様子が、フェリオスには面白い。息の合わなくなってきた連携の隙が生まれているが、その隙を付くことよりもソウジを抑えにかかっているエイサの判断はしかし間違いではない。


「槍の勇者め」


 小さな笑いをかみ殺しながらフェリオスは彼へと称賛を送った。


「いや、槍の勇者の判断ミスでしょ。連携をもってギリギリエイサと拮抗していた状況で、連携を捨てて身勝手に槍を振るっていてはもう敗北は決まっているじゃない」

「ク。それは貴様が女だからそう思うのだ」


 ニレイシアの的外れな指摘をフェリオスは笑う。

 そんな彼に向けて彼女は鋭い視線を向けた。

 取り消せと言わんばかりのその視線を浴びながら、杯を傾ける。肴の美味さが、より酒の味を引き出す。甘露によって喉を潤わせたフェリオスは饒舌に言葉を継いだ。


「男が最も成長する時の条件は分かるか、ニレイシア?」

「さあ? ライバルとの戦いとかかしら?」

「ああ。それも正しい。切磋琢磨する相手がいるとき、人という種は驚異的な力を発揮する。それは認めよう。その通りだ。……しかし、男がという点では少しばかり違う」


 そう言うとフェリオスはにやりと笑って見せる。

 そして再び杯に注がれた酒を飲み干した。

 そんな彼に対してニレイシアは冷たい視線を向ける。早く答えろと言わんばかりの視線を受けて、自身の態度を改める事すらなく杯を干し、口元を拭うとフェリオスは大きな息を吐いて、戦場の視線を向けた。視線の先ではソウジが幾度目ともいえない槍撃をもってエイサに突撃を行い、それをエイサが捌くという変わら無い光景があった。その光景がフェリオスにつられたニレイシアの視界に入って、彼女は驚愕の表情を浮かべた。

 先ほどから変わら無い光景。

 それはすなわち、エイサが対応出来切っていないいない事の証拠だ。

 あの男が一度見た戦術、戦法に対応できないはずがない。そうである以上、それはソウジがエイサに見せ切っていない新たな戦術をもって攻め続けているという事になるが、それ程の戦術を彼が残しているようには見えなかった。

 一体どういうことなのか、混乱する視界の中でフェリオスが答えた。


「奴にとっては今この時こそがその時なんだろう。目を見張るほどの成長をもって宿敵に挑む。正しくもって勇者か。成程、我が母神の目も満更節穴ではなかったらしい」

「貴方の感想なんて求めていません。何が言いたいんですかフェリオス。まさか好いた女を守る時こそ、最も男が成長するその時だ。なんていうつもりですか?」

「それは違う。好いた女を守る時に出せる力は自身の限界値だ。それを乗り越えてこそ成長する事は有れ、守っている最中に成長は難しい。ならば、男が最も成長する時とはどういう時か。それはな、自らより格上の相手に認められたいと思った時だ」


 誰かのために強くなりたいという願いを否定するつもりはフェリオスには無い。

 だが、とも思う。

 結局それは自身が強くなる理由を他者に求めている事に他ならない。

 人が、生き物が最も成長する時とはすなわち、自らのために自らを成長させる時に他ならない。

 必要に駆られてではなく、自らの意思で自らの力不足を埋めたいと願う時、人は信じられない程の力を得てきたことをフェリオスは良く知っている。

 ほろ苦きは男の嫉妬。その苦みを知るからこそ、男はどこまでも力を出せるのだから。


「……分からない。分かりたくもないわ」

「ああ。所詮は男のプライドというやつだ。誰かにわかって欲しいと思うようなものでは無いからな」


 そう言ってフェリオスは口を噤んで二人の戦いを見守ることに集中した。

 この戦いでソウジという男がエイサに並ぶことは無いだろう。

 そうさせない程に彼の詰み上げてきた鍛錬は甘くはない。

 だが。

 火花が散る。

 剣と槍の鍔迫り合いが引き起こされる。

 その光景に、フェリオスは思う。

 ああ、この戦いはきっとエイサの心にも刻まれるのだろう。

 そして、それが契機になればと願った。

 願う先など、無いことを理解しつつも。



 



 

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