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八十九話


 開戦の号砲はエイサの大剣が地面に叩きつけられた音をもって鳴り響いた。

 大地を揺るがし、天を振るえさせる程の一撃をギリギリのところで回避したアリスが勇者五人で固まることで陣形を構築する。

 勇者五人の力量は既に人知の極致と呼べる程に高まっている。

 それは、エイサをして一撃で決められなかった事が証明している。

 事実、アリスの反応速度を見てフェリオスは感嘆の吐息を漏らすほどだ。フェリオスは既に神として長き時を生きてきている。その彼をして数えるほどにしか見たことがないほどの戦士として勇者アリスは完成にほど近い力量を備えている。その年かさを見れば異常といっても過言ではない。

 女神アリスの助力を最大限に受けているとはいえ、彼女ほどの力量を持つ英雄は五指に届かない。それは、彼女と同じく勇者も含めてだ。その彼女に付いていけるだけの英雄が他に四人。そのメンバーで組み上げられた陣形は、それこそ魔王軍の一軍にも匹敵する力を発揮するだろう。


「さて、エイサ将軍はどうするかな」

「追いついた、エイサは……って、もう戦い始めてるの?」


 兵士に持ってこさせたワインをくゆらせながらそう呟いたフェリオスのところへニレイシアが到着した。

 そしてエイサを確認すると現在の状況をフェリオスに問いただす。その態度にフェリオスは僅かな不快感を抱いたが、目の前に極上の酒の肴がある時に、くだらない事で自身の気をそぐのは無作法だと、ニレイシアの無礼を水に流して彼女の問いに答えた。


「なに、本番はこれよりよ。ニレイシア。貴様も存分に楽しむがいい。中々に見れぬ出し物だ」

「貴方に言われずとも楽しませてもらいますとも。がんばれ、私の勇者君」


 フェリオスを眼中に入れずにニレイシアがエイサに声をかける。

 しかし、その声にエイサは答える事なさえ無く、ただ淡々と剣を構え続けている。

 そんな彼の様子に頬を膨らませたニレイシアの表情を肴にフェリオスはグラスを傾けた。美味だ。陣中に持ち込まれた酒は極上の物とは言えない。雑味も多く、香りも味も薄い、酒としては落第点でしかないそれは、目の前の肴を楽しむためのものとしてみれば極上以外の何物でもなかった。


「ほう」

「ふぅん」


 戦況が動いた。

 先に仕掛けたのは勇者側だ。

 アリスとソウジを先駆けにエイサに向かって突出する。

 その行動に合わせてエイサも動く。

 アリスの斬撃を籠手で逸らし、放たれた槍の一撃を上から踏みつぶす事で防ぐ。そして二人の後ろより迫る矢を、兜の側面で受け流す事で剣を使うことなく相手の攻撃を捌き切った。

 反撃の斬撃をエイサが放つ。

 大気を斬り裂いて凄まじい一撃がソウジへと叩きこまれようとする直前。そこでソウジは自身の槍を手放す事でエイサの斬撃域より離脱。剣圧だけでほほに切り傷を刻まれたが、それ以外は無傷で離脱する。斬撃をかわされて無防備なエイサにアリスの斬撃が迫る。

 神剣アリスティアの斬撃は防ぐ事叶わずの剣。剣で受けれればその剣ごと斬り飛ばされることを重々承知のエイサは、縦に振り下ろされたアリスティアに対して、足の下で転がっているソウジの神槍エフェクティアを跳ね上げる事で盾とする。

 金属音と火花が散った。

 アリスティアとエフェクティアが弾きあった際の物だ。

 その衝撃でわずかに態勢を崩したアリスに向けて蹴り上げた足でのかかと落とし。

 その一撃は無理矢理にソウジが間に割り込むことで受け止めた。手に握るのは先ほどアリスに弾かれたエフェクティア。その柄がたわむ程の一撃を渾身の力で受け止めると、エイサを弾き飛ばすために力を込めた。

 不意にソウジの両手にかかる負荷が消える。

 エイサが受け止めたエフェクティアの柄を足場にして体を中空に舞わせたのだ。

 ふわりと体を浮かせて、アリスとソウジを飛び越える。

 そんなエイサを迎撃するため氷の刃と矢の雨が降り注ぐ。しかしそれさえも、中空でエイサが斬撃を一薙ぎすることですべて叩き落し、無傷のままに後衛に向けて疾駆した。

 アリスとソウジが掻き消える。

 空間転移の魔法。それによってソウジとアリスが再びエイサの前に現れる。

 同時にエイサの斬撃が二人を強襲した。その斬撃をアリスが受け止めようとする直前でエイサは剣を引き戻し、その反動をもってソウジ放つ槍の一撃を受け流す。無防備な状態になったソウジの足を払う事で地面にたたきつけようとするが、それを嫌ったソウジが無茶な態勢のままにはね飛ぶことで距離を開けて勢いよく地面を転がる。そしてその勢いを利用することで起き上がった。

 アリスの斬撃がエイサに迫る。

 その一撃を僅かに一歩下がる事で回避。下がる事を見据えて放たれたリヴィの矢の一撃をつかみ取ってアリスに投擲する。しかし投擲された矢は斬り返されたアリスティアによって斬り裂かれ、そのまま地面に落ちた。

 再び起き上がってきたソウジがアリスと連携を行いながらエイサに攻めかかる。

 怒涛の連携攻撃。そう称するに不足の無い連撃をエイサはその場にて迎撃することを選んだ。ソウジの槍の一撃を跳ね上げる事で受け流し、アリスの斬撃は極限の見切りをもって回避する。そしてその後にさらされたわずかな隙にねじ込むように剣を突き付ける事で、徐々に二人の連携に罅を入れていく。

 アリスとソウジの連携に瑕疵はなく、リヴィ、シェリスの放つ魔法と矢の一撃との連携、ダメージを受けた瞬間に即座に回復させるフィリアの奇跡のタイミング。どれをとっても見事と呼ぶしかできない連携の上に成り立つ、奇跡のような技巧の極みだ。個々の能力も互いへの信頼感も極限にまで高まっている。

 その力量をもってなおエイサに一手すら届かせず、何が見えているのかさえ理解できない程に小さな隙を的確について、僅かに乱れた連携を狭間に斬撃を叩き込むエイサの力量が意味不明なだけだ。


「流石はエイサ。凄まじいね」

「は、何が凄まじいのかわかっているのか、ニレイシア」


 笑い転げるニレイシアに、冷めた口調でフェリオスが問う。その問いに対してニレイシアはとてもうれしそうに首を横に振った。


「何も」

「だろうな」

「うん。何も分からないくらいに凄まじい。それくらいしか私には分からない程、あの男の力量は素晴らしい。これでも狩猟の神。目の良さには自信があった。なのに、一切合切見て取れないなんてまるで悪夢のよう」

「悪夢か。成程間違ってはいない。奴の技量はまさしくもって悪魔的ではある」

「凄い。凄いね。人間はここまで至れるんだ。私の想像のはるか上を行く力量は、もう、悍ましいまでに美しい」


 神の視点をしてまるで底の見えないエイサの力量にニレイシアは興奮を隠せていない。

 かつての彼がまだ魔王候補の少女と旅をしていた時はこれほどの力量は無かった。幼くして既に英雄としてその名に恥じぬ力量を持ち得てはいたが、ただそれだけだった。その頃はこれほど幼い少年がここまでの力量を持ちえたことに対する興奮でその実が震えたものだが、今は人がここまでの力量を備えた事に対する興奮で体が震える。その興奮は未知の領域を知ることによる興奮だ。未踏領域に至ったものに対する畏敬の念だ。それを神である彼女に対して抱かせるなど、どこまでこの男は魅せてくれるのかその身の疼きを抑えきれないでいた。

 そんなニレイシアをフェリオスは冷めた視線で見つめていた。

 言いたいことは彼にも良く分かる。

 これほどの力量を持ちえた戦士に対して畏敬の念を抱かない程、彼は愚かではない。太陽の神である彼は太陽が持つ事象、イメージの具現化した存在だ。そうである以上その根幹には譲れないものが一つある。

 それは絶対的な平等性だ。

 太陽は生きとし生ける者全てに平等に降りそそぐ。

 そこには貴賎も強弱もなく只平等に。

 故に、彼が見るべきはエイサの突出した強さではなく。

 その強さを得るに至った過程だ。その強さを得るしかなかった理由と言い換えてもいい。

 悲しいかな。無残かな。無意味かな。神を驚嘆させるほどの力量を備えてなお、エイサの心に満足は見えない。復讐に耽溺していると嘯く者が、どうしてその復讐相手と戦うにあたって、ああまで平常心を抱けるのか、その理由を推察するとその技の冴えさえ悲しく見える。


「その強さに意義を見いだせず、復讐に耽溺するふりをして自らの無聊を慰める……か。故に愚かよなエイサ。その愚かさが無ければ、既に王国など滅ぼし、稀代の英雄として語り継がれたであろうものを」

「フェリオス?」

「いや、何でもないともニレイシア」


 言ってフェリオスは自身の杯を傾けた。

 飲み干す安酒の味は極上の肴をして稀代の名酒へと変わる。それは目の前の男とはまるで逆の味だ。

 極上の名酒が、駄作たる肴をして無意味に貶められるが如く。無意味な感傷に囚われている男に対してフェリオスは大きなため息をついた。


「……何よフェリオス。感嘆のため息という訳では無かったみたいだけれど」

「ふん。人の愚かさに対するため息だ。貴様が気にする程の事ではない。つまりは、奴もまだ子供という訳だ」

「……?」


 何を言っているか意味が分からないという顔をニレイシアはした。

 それに答える事もなく、フェリオスはエイサの戦いを眺める事に没頭した。

 内心はともかく、その力量は眼福の極み。

 エイサと飲み干した酒の苦みがぶり返したかのような顔で、彼はただ戦場を見続けていた。

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