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八十八話


 日中。

 太陽神フェリオスの加護が最も強くなるその時間帯。

 王国軍とフェリオスが率いる魔王軍第三軍が激突した。

 といってもその戦いの規模は小競り合いのそれを出ていない。

 互いに先へ進ませないための牽制を行いあっているだけの戦いは、フェリオスの鬱憤が溜まるだけだろうという感想をエイサに与えた。

 だが、その戦いも必要なものだ。

 ヒヴィシスの立案した侵攻計画が相手側に伝わらないようにする為にはいつも通りの行動がフェリオスには求められる。一気呵成に王国軍を滅ぼすとはいかないところが、フェリオスには歯がゆいのだろうと思うと同時に、エイサは客将として招かれたニレイシアの部隊にて王国軍の動きをつぶさに観察していた。


「弓隊、構え」


 馬上よりニレイシアの声が響く。

 その号令に合わせて一斉に弓を引き絞る兵士たち。

 一糸乱れぬその動きは、神に率いられた部隊なだけはある。エイサをして惚れ惚れする程に統制が取れている。言動は空気の様に軽い女ではあるが、こういう部分だけを見ていれば、神様というのは伊達ではない事を知らしめる。彼女を見ていたエイサの視線に気が付いたのか、ニレイシアはエイサに向かってにこやかにほほ笑むと同時に話しかけた。


「なになに? 私の凛々しさに惚れ直した?」

「その発言が無ければ、見直したかもしれなかったがな」

「あらら、それは残念ね。でもまあ、チャンスはいくらでもあるでしょう。次こそは貴方を惚れ直させてあげるとしましょうか」

「そうかい」


 けらけらと笑う神の姿にエイサは大きなため息をついた。

 彼女が笑う姿からは純潔と鮮血を司る二面性を持つ神として、敬愛されながらも恐れられている神としての一面がまるで見えてこない。どこからどう見ても頭の軽いただの少女だった。そんな事を思っていたエイサに対して彼女は流し目を向けた。今までの雰囲気を一変させた鋭い視線。それは狩人として、強い獲物を待ち望む神としての視線だ。


「それで、勇者様はまだ来ないのかな?」

「ニレイシア」

「ああ、別に君の獲物を横取りしようなんて考えていないよ。だけれど、君と勇者の戦いをこの目で目体という欲求には抗えないんだ」

「ならばいい。余計な手出しはするなよ」

「ああ、勿論。君の戦いに余計な手出しをするなんて無粋な真似、私がすると思う?」

「さてな。神様の考えをただの人である俺がトレースできると思い上がっちゃいないが」


 吐き捨てるようにそう言ったエイサに対してニレイシアはくすくすと笑った。その顔を見てエイサは何も言うことなく、ただ目の前の戦場の推移をみる事へと移る。神という種族の機嫌など気にするだけ時間の無駄だ。神にへりくだる気も、神にへつらう気もないエイサにとってはまさしくどうでも良い事にすぎない。

 戦況は魔王軍が押している。

 そもそもからして今回の戦いもいつも通りの王国軍に対する牽制だ。魔王による女神の結界破壊が成せない限り、王国領を制圧することは出来ない以上、この戦いもできる事といえば王国軍に対する嫌がらせしかない。攻められているとあれば出てくるしかできない王国軍の数を削ることで、次の作戦への布石とする。


「それで、勇者はどうなの?」

「まだだ。少なくとも未だに気配は感じない。俺が出ていく必要はない」


 エイサがニレイシアにそう答えると、彼女はあからさまにがっかりとした表情を見せた。そんな彼女に頓着するでもなく、エイサは黙々と戦場を眺め続けている。そして、小さな違和感を感じ取った。


「……モンリスの奴。何故、俺をここまで急かした?」

「え? 何かあったの?」

「いや、少しばかり感じる事があっただけだ」


 モンリスという男に手抜かりは無い。

 少なくとも今までの手際を見るに、あの男が無駄な行動を自身にさせることは無かった。その先例を鑑みると、今この時期にエイサがここにいる事にも意味は有るのだろう。そしてエイサがこの戦場にいる事に意味があるとするのであればそれは勇者絡みの事に他ならない。……ならば。


「そう言う事かモンリス」

「いや、だから何があったの?」


 唐突に騎乗していた馬より降りたエイサに対してニレイシアが目を丸くしながら問いかける。

 しかしエイサはそれに答える事無く、フェリオスの方へと視線を向けた。


「ニレイシア」

「なに?」

「これよりフェリオスの陣へ向かう」

「え? なんで? 何かあったの」

「奇襲だ」

「は? この平坦な地形が続くここで?」


 どうやってという言葉をニレイシアが音とする前にエイサが駆けだした。

 密集している弓兵たちの隙間を縫うように駆け抜ける。

 その速度はまさしく神速のそれ、あっという間に遠くなるエイサに遅れる事数秒、ニレイシアも馬より飛び降りて駆けだした。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。どういう事っ!?」


 遥か彼方を走るエイサに向けてニレイシアが問いかけるも、それに答える事無くエイサはかけ続けていく。その速度はニレイシアが全力をもって追いかけてなおぐんぐんと話されていくほどだ。狩猟の女神である彼女は何かを追いかける能力において人の領域を遥かに超えた性能スペックを保有している。その彼女をして突き放される程の足の速さに彼女は驚愕と共に自らの自尊心を僅かに傷つけられた。

 わずか数十秒。

 ニレイシアの部隊を抜け、フェリオスの部隊との空白地帯を抜け、フェリオスの部隊へ突入する。

 重装歩兵たちがぎちぎちに固める中をすり抜けることは難しいと踏んだエイサは、そのまま跳躍し、彼らの肩を踏んでフェリオスのところにまで駆け抜けていく。


「エイサ。貴様……成程、そう言う事か」


 自身の陣内でエイサを見とがめたフェリオスは小さくそうつぶやいた。

 そして自身の槍を抜き放ち、真横に薙ぎ払う。

 金属音が鳴り響き槍と剣がぶつかり合った。


「流石は神。こうも容易く奇襲を見破るなんて」

「何、貴様らの天敵がこちらへ迫って生きているが故にな」


 槍を受け止めたのは勇者アリスだ。

 存在がバレた事でアリスは身に着けていた兜を脱いで自身の姿を晒す。奇襲を防がれた以上彼女にとって兜など、視界を邪魔するものでしかない。同時に彼女の周囲に彼女の仲間が現れた。勇者パーティ。彼らがそろって身に着けていた兜を見とがめて、フェリオスはため息とともに呟いた。


「成程、ヴァルフォルスの兜か。奴め、女神にその武具を捧げたのであれば、俺にこそそれを伝えておくべきだろうに」

「御名答。流石は神々の長子。弟たちの権能については詳しいのね」

「当然だ。奴らを統べるものとして、その技能を把握しておくのは統率者の責務よ。それで、母神が勇者よ、暗殺者の真似事とは随分と下らぬ手法を使うものだが、よもやその程度で俺を殺せるなどと思い上がったか?」


 フェリオスより神気が漏れる。

 凄まじい殺意が勇者パーティを覆う。

 並の英雄であればそれだけで気が狂いそうなほどの殺意の中で、アリスは笑みを浮かべて見せた。


「まさか。そもそもからして私たちに暗殺者としての技巧なんてない。面倒な貴方の傀儡をすり抜けるために使ったまでの事。貴方を打ち滅ぼすには真正面から堂々と行かせてもらいますとも」

「ふん、既にヴァルフォルスの兜を用いて暗殺を行おうとした割によくぞ吼える」


 そう言うとフェリオスは抜き放っていた槍を大地に突き刺すと、先程まで座っていた自身の玉座へと腰を下ろした。その様子に怪訝な表情をアリスは向けるが、それと同時に背後より感じる圧力にそちらを見ると、そこには漆黒の鎧を纏う彼女の宿敵が立っていた。


「エイサ」

「迷惑をかけたなフェリオス。これは俺の失態だ」

「ふん。この程度失態の内にはいるものか。それとも何か? 貴様は子の小娘の不意打ち程度で、俺がが死ぬとでも思っていたのか?」

「まさか、貴様が勇者の奇襲程度でおとなしく死ぬほど、生温い男であるものか」

「ならば、心の籠っていない言葉など無用よ。ただ、貴様が勇者に気づけなかったことを失態と思うのであれば、この戦いを俺に捧げる事で贖いとするがいい」

「良いだろう。この戦い、貴様に捧げようとも」


 そう言うとエイサは剣を抜き放つ。

 そして悠然とアリスにその剣を突き付けた。

 その様子を見てアリスはため息をつく。同時に同じく兜を纏っていた他の四人も兜を脱ぎ去ることでその身を表す。如何にヴァルフォルスが作り上げた兜とは言え、この近距離においてエイサの感覚をごまかす事はできないだろうという判断の下、ならば無い方が感覚を阻害されない分そちらの方がまだましだ。

 フェリオスの前が大きく広がる。勇者五人とエイサのみを残して円形に。その空間は神に捧げる御前試合のために。

 空気が凍る。

 痺れるように濃密な殺意が世界を覆う。

 そこへ、エイサを追いかけてきたニレイシアが追いついてきた。


「エイサ、ようやく」


 彼女の言葉は最後まで言い切ることはできず。そして、彼女の言葉を切っ掛けとして、エイサと勇者たちは激突した。



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