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八十五話


 フェリオスの敷く陣にたどり着いたエイサは、ヒヴィシスの使いとしてふるまう事でサクッと陣内に入り込んでいた。ヒヴィシスの手紙が無ければ忍び込んでしれっと居座るつもりだったが、彼に預けられた手紙を届けると言う名目がある以上そんなことをする必要もなく、真正面から堂々とフェリオスの陣を訪れたエイサは自身のネームバリューもあり、現在この陣を仕切っている女がいる天幕に連れてこられていた。

 エレディア。

 夜闇の神。

 彼女は自身の前に連れてこられたエイサを見ると、その端正な美貌に疲れた様子を乗せて、大きくため息をついた。


「人様の顔を見るなりため息をつくとは、失礼な奴だなエレディア」

「ふん、頭痛の種が使者として現れれば、ため息もつきたくなろうと言うものだろう。それで、貴様の目的はなんだエイサ」

「ふん」


 エレディアに向けてエイサは殺気を飛ばした。

 エレディアの背筋が凍る。

 その凄まじい殺意の奔流に、彼女は呼吸すら忘れてエイサを見つめる事しかできない。


「な、何のつもりだエイサ……」

「将軍を付けろエレディア。普段ならば気にはしないがな、今回はヒヴィシスの使いとして公式に訪問している。その場で、魔王軍の将軍位に無い貴様が俺を呼び捨てにするのは見逃せん」

「く……はい。わかり、ました。……将軍」


 エイサの殺意に触れて途切れ途切れになりながらエレディアは言葉を紡いだ。

 その様子を見てエイサはため息をつきながら自身の殺気を抑えると、ようやく息が付けた彼女は荒い呼吸を繰り返している。


「悪いな。俺もこんなことで文句を言いたくはないんだが、一応の示しは必要らしい。お前らが神だという事は聞いている。他の種族を見下している事もまあいい。だが、組織としての秩序だけは守れと魔王様のお達しでな」

「……将軍が、魔王様のご意見を尊重するのはとても珍しい事ですがね」

「言うなよ。俺とて下らないとは思っている。他の奴の意見など俺にはどうでも良い事だが、魔王様にとっては重要な事なんだろうさ」

「組織の統制のためには必要なのは理解できますよ。……いえ、私が無礼であったことに違いはありません」


 そう言うとエレディアは指を鳴らした。

 すると天幕の彼女の部下らしき女がエイサとエレディアが対面しているテーブルにお茶を用意した。それを受け取って一口すする。そのタイミングでエレディアはエイサより受け取った手紙を開いた。


「成程、戦線の押上げに伴う作戦概要ですか」

「らしいな。フェリオスに伝えておいて欲しいとのことだ。確かに渡したぜ?」

「はい。了解いたしました。……それで、エイサ将軍がわざわざ届けに来てくださったという事は?」

「ああ。勇者がここを狙うという情報を得た。参陣する。構わないな?」

「無論、私としてはありがたい限りですが、フェリオスがどのように言うかは……何分、彼はエイサ将軍の事を……その、あまり好ましく思っておりませんので」

「別段、奴に好かれたくて来ているわけじゃない。事後報告となればフェリオスがうるさいだろうから先に来ただけだ。何なら、お前の権限で俺を受け入れても構わんぞ? そのくらいの権限はお前にもあるだろう? エレディア」


 エイサの言葉にエレディアは小さくため息をついた。エイサの本心、フェリオスに伝えると面倒な事になるから、エレディアの判断で陣内に受け入れろと言うのが透けて見える。

 別段受け入れても構わないのだが、エイサは勇者が現れた時に勇者たちと優先して戦う事を魔王によって保障されている、優先戦闘権限を保有している。ここでエイサを受けれいた場合、勇者という絶好の獲物を横からかっさわれる形になるフェリオスがどういう反応をするのか。それが手に取るように分かるエレディアはため息をつくことしかできなかった。


「フェリオスには私から将軍がこの陣に参戦している事を伝えます。今日はもう夜更け、宿舎に案内させます故、今日はお休みになっては?」

「そうかい。なら、適当なタイミングで伝えてくれ。あと、俺を呼び出すのであれば、俺の副官であるモンリスに言え」

「……おや、将軍にも副官がおられたのですか? まったく知りませんでしたわ」

「……ああ、そうか。お前は戦略会議には出ていなかったな」

「ええ。アレは魔王軍十二将にのみ許された会議。私程度の身分では出席など叶いません」

「……位階の事で文句を言うなよエレディア。俺とて好き好んでお前を脅したわけではないぞ」

「わかっております」


 そう言うとエレディアはエイサを鋭い視線で射貫く。夜闇の神たるエレディアの視線は、並の戦士では抗えぬほどの重圧があるが、その重圧を受けてエイサは平然と茶を啜った。暖簾に腕押しのような徒労感を感じたエレディアは睨みつけるのやめて、エイサに合わせるようにテーブルの上に置かれたお茶で口元を僅かに湿らせた。


「モンリス」

「ここにおりますぜ、将軍」


 エイサが声をかけると天幕の外よりモンリスが声を上げた。そしてそのまま天幕の中に入ってくると、エレディアに向かって一礼をする。完璧な礼儀にのっとったその一礼を行ったのが小鬼ゴブリンの男だと見て取ってエレディアはその視線に驚愕の色が乗った。


「お初にお目にかかりますエレディア様。私の名前はモンリス・バシャルクス。エイサ将軍の小間使いをさせていただいております。お見知り置きを」

「え、ええ」

「……なんだその馬鹿丁寧な挨拶は。お前エレディアに何かしら借りでもあったのか、モンリス」

「……エレディア様は夜闇の女神。同時に戦場における死を司る女神でもあるんっすよ? 戦場に出る事の多いあっしとしては、縋っておいて損はないでしょうに」


 そんなことを言うモンリスをエイサは肩を竦めた。

 エイサはもう何かに縋るという事を止めた者だ。彼の信仰や救われたいという願いは、女神アリスによって砕かれた。もう、何かを信仰するつもりは無い。そもそも、この男とて本気でエレディアを信仰する気も無いだろう。顔つなぎのために相手の自尊心をくすぐる行為はこの男が良くとる手段だ。


「ま、好きにするといいさ。俺は宿舎を見た後敵陣を見通せる場所に行く。何かあったら適当に探せ」

「了解っす将軍」


 モンリスにそれだけ伝えると案内の兵士の先導で天幕を出る。

 後ろではモンリスがエレディアと何事か詰めているのが聞こえたが、その内容をエイサが気にすることもなかった。夜空を見上げると降って来そうな程に美しい星空が見える。その星々を束ねた星座に神々は住まうと言う。そんな昔話を思い出しながらエイサは宿舎へと歩いていった。












 宿舎への案内が済んだのちエイサは陣内に設置された櫓の上に立っていた。

 僅かに小高くなった櫓の上から敵陣を眺めていると、不意に真横に気配が現れた。

 緑の狩人着に身を包んだ美しい女の姿だ。

 神とはどうしてこうも美しい奴が多いのか。

 なんてつまらない事を考えていると、彼女は無視されたことに対して腹を立てるようにエイサの兜に手を伸ばした。

 その手をエイサは掴む。

 そして渋々と言った様子で彼女へと視線を向けた。


「……何のつもりだ、ニレイシア」

「あなたが私を無視するんだもの、神に対して不敬をどうなるか、知らない貴方ではないでしょう?」

「ふん、さてな。そんな詰まらない事は忘れた。それで何の用だ? わざわざ俺に声をかけたんだ。何かしらの用事は有るのだろう?」

「用事? そんなものは無いわよ? 私のお気に入り君がいたからちょっかいを掛けようと思っただけ」

「狩猟の女神に気に入られたところで何もうれしくはない。目障りだ。とっとと消え失せろ」

「辛辣ねぇ。そんなに神様が気に入らないの? 私、君にはそんなに迷惑はかけていないつもりだけれど」

「そんなことはどうでも良い。ただお前らに気に入られるという事は厄介ごとに愛されるという事だ。自ら好んで厄介ごとに付きまとわれたがるような奴はいないだろう。ただそれだけの事だ。お前ら神が星々より織り成されるモノの具現だと言うのであれば、その星々から下々の事を眺めるだけで満足しておくんだな」


 そう言って敵の陣を眺め続けるエイサにニレイシアはくすくすと笑みを浮かべた。

 金髪に青い瞳。そのメリハリのついた肢体には色鮮やかな緑衣を身に纏って嫋やかに笑う。

 星々が輝く下で笑うその姿は美しく、まるで絵画の如く。その美貌は筆舌に尽くしがたい。魔王とは違う方向での美貌。魔王の美貌が魔性のそれならば、彼女の美貌は正しく神聖のそれだ。雄大な自然の美しさにも似た命の輝き。

 笑みを浮かべるニレイシアに対してエイサは訝し気な視線を向けた。

 こうまで否定されてなお、彼女の態度に怒りの色は見えない。感じるのは純粋なまでの好意のみ。それが、エイサの背筋を僅かに冷やした。先のエイサの発言に嘘偽りはない。神の寵愛は面倒なだけな彼にとって彼女たちからの好意の視線は厄介ごとに他ならない。

 冷たい視線をニレイシアに向ける。

 その視線を受けてニレイシアはますます笑みを濃くした。やはり、目の前の男は理解していない。

 神とは気まぐれな存在だ。

 自然事象の具現化とも言われている神性は高位の存在であるほどその様相が濃くなる。

 故に求められれば離れ、逆に拒まれる程に寄ってくる天邪鬼な一面を持ち合わせている。

 特にエイサ程の力量を持つ者であれば、何より心底神の加護を迷惑に思う彼に対して、ニレイシアがちょっかいを掛けるのは当然ともいえた。


「エイサ」

「なんだよ、ニレイシア」

「私の眷属にならない? ……勿論、魔王様との契約はそのままで」

「断る。お前らの厄介ごとに俺を巻き込むな」

「ふふ、君の復讐のための力になれると思うけど?」

「……俺の復讐は俺の物だ。お前ら神の手助けなど借りるなど万に一つもあり得ない」


 冷めた視線を向けながら言い切ったエイサにニレイシアはますます笑みを深めた。

 ああ、その答えはまさしくもって彼女《神》好みの回答だった。

 


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