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八十話


 川の流れに身を任せている内に襲撃は結局のところなかった。

 その事についてエイサはモンリスの事を信頼し眠っており、モンリスも川を下るための漕ぎ手として、仕事に集中しており、その上でこの状況での襲撃は無いと読み切っていたこともあり、特段の警戒態勢を取っていたわけは無かったため、襲撃に一番気を配っていたのはリスティアという事になる。

 無論、リアヴェルも警戒していないではなかったが、エイサが同じ船に同船している。ただそれだけでそこまでの警戒をしないのが彼女である。それはエイサに対する無垢なる信用か、それとも依存とでもいう程の過剰な信頼か。そのあたりの事を気にかけないモンリスではないが、だからといって彼に打てるような手はなかった。

 その依存にしてもエイサが敗北でもしない限り表立った問題は発生しない。

 そしてその問題が発生するという事は、エイサが勇者に敗北する時であり、それは同時にこの魔王軍の瓦解を意味する事でもある。その最悪の事態に当たって色々と手を打っておくのがモンリスの役割だと自負している。だが、未だに有効な対策を取ることはできていないし、また魔王軍の特性としてその対策を取るには時間がかかるだろうという事も良く分かっている。

 とは言え、まるで対策を取っていないわけでもない。だが、その対策が形になるにはどうやらまだまだ時間がかかりそうだった。


「モンリス」

「……なんでしょうか、将軍」

「アドラの船に乗って以来随分と無口だと思ってな。何か問題でもあるのか?」

「いえ、現状で問題は無いっす」

「成程、現状ではか」

「うす」


 エイサの問いに端的に答える。

 その答えを聞いてエイサも何事かを考える真似事はしたが、下手の考え休むに似たり。そもそもモンリスが何を問題としているかさえ分からない。ならばと、割り切ってエイサはいつでも自身の力を出し切れるように全力で休息を貪ることを選んだ。

 その様子を見てモンリスは苦笑と同時に頷く。

 エイサの行動はモンリスに全て投げただけだが、モンリスとしてはそちらの方が楽だった。同時にエイサの信頼を一身に受けていると言う自負が、彼のやる気を刺激する。自らの力を認められ、全権を与えられて自由に振舞う事。それは、彼自身の渇望する望みの一端でもある。その事を今更ながらにモンリスは気が付いたのだ。


「自分の思っている事は存外にわかりにくいモノ。とは言え俺っちも俗な考えを持ってるもんっす」

「何か言ったか?」

「いえ、ただの独り言ですよ将軍」

「そうか」


 言いながらエイサは立ち上がった。

 もうすぐ朝日が昇るのか、水平線のあたりがうっすらと光に染まっている。

 それを確認しながらエイサはモンリスへと問いかけた。


「まだ、大分かかりそうだったよな?」

「一応ナグラムに着くのは今日の昼頃の予定のはずですが?」

「ああ、そうだったか」


 この船に乗り込む際、乗船していたアドラよりこの先の予定は聞いている。

 それを忘れたはずもないだろうに、何故そんなことを聞いてきたのかモンリスが疑問に思ってエイサを見れば、彼は顎の動きだけで海の先を示した。それに応じてモンリスがそちらへと視線を向けると水平線の方で何かが跳ねたのが見えた。


「……トビウオっすか?」

「ここからあそこまで軽く十キロはあるぞ。その距離でトビウオを見分けられるのであれば、お前漁師になった方が良い」

「となると、クジラっすか?」

「にしては随分と長い。飛び跳ねてから今まで見え続けるクジラは流石にいないだろうさ」

「……将軍。嫌な予感がしますぜ」

「ああ、俺もだ。アドラ呼んで来い。回避するかどうするかを……って、もう遅そうだ」

「……まさか」

「ああ、捕捉されたな。こっちに真っ直ぐ泳いでくる」


 そう言いながらエイサは自身の剣を抜き放った。

 そして船の甲板。その縁に足をかける。


「取り合えず接敵して時間を稼ぐ。殺していいかどうかだけはアドラに判断させろ」

「了解っす。……しかし、問答無用で殺さないんですかい?」

「あれだけでかいのだと、殺して何が起きるか分からん。もしかしたらニコが把握していない奴の親戚の可能性だってある。そうだった時あいつにぐちぐち言われるのは時間の無駄だ」


 その言葉にモンリスは苦笑した。

 あれが敵であれば、現在は生き残れるかどうかを心配すべき状況であって、普通この先の事を考えられるような状況ではない。しかしそんな状況にあってなお当然のように生きて帰れると自身の力を確信しているエイサにモンリスはこれ以上ない頼り甲斐を胸に抱く。


「それじゃあ将軍。アドラ将軍を呼んできますんで、それまでにぶち殺さないようにお願いしやすね?」

「ああ、善処はするさ」


 そう言って海の上へ飛び出していったエイサをモンリスは見送った。

 既に水平線上に見えたあの巨大生物は船のかなり近くにまで迫っているのが見えた。

 モンリスは見張り番ががやがやと言い出したのを聞きつけて、そのまま見張りを続けるように指示を出すと、そのままアドラの下へと駆け出して行った。













 海面を蹴って大型の何かにエイサは向かう。

 一歩近づくたびにそのでかさに驚愕の念を抱く。二歩近づいてその巨体に畏怖すら覚える。三歩目でその大きさに呆れが混じる。


「何を食えばこれだけでかくなるのやら」


 いまだ距離があると言うのにその大きさは圧倒的だ。

 単体の生物でありながらキロメートル単位の全長を間違いなく誇る。

 いくら海の中とは言えこんな生物が存在することなどありえるのかと、実際に自身の目で見てなお疑わしいほどの大きな蛇だ。

 海蛇。

 まるで伝説に謳われる大海蛇神リヴァイアサンが如く。

 その巨体だけで圧倒される。


「ま、だからといってやることに変わりはないか」


 呟いて剣を抜き放つ。

 凄まじい巨体を持つ海蛇が縦横無尽に泳ぎ回ることで海は大荒れだ。

 このまま直進されるとアドラの船へと突っ込むコースを取り続けている。こんな巨体に直撃されればいくらアドラの船であっても木っ端みじんだろう。それは困る。別段エイサやアドラ、アドラの部下たちは困らないだろうが、少なくともリアヴェルとリスティアは困るだろう。あの二人、特にリアヴェルが困ったことになると間違いなくエイサにとばっちりが来る。それは回避したい。


「ってなわけで、お前は邪魔だ大蛇」


 言葉と同時に斬撃を体に放つ。

 飛来した斬撃が大蛇の体に傷を入れた。

 鱗を貫き、肉が裂け其処より真っ赤な血が噴き出る。


「グギャアアアアア!!!」


 咆哮が海面を震わせた。

 あの巨体であればそれ程のダメージはなさそうだが、存外痛みには弱いのかそれともただの威嚇か。

 海の上に頭を持ち上げた大蛇がエイサを睨んでくる。

 頭だけでもすさまじい大きさだ。目算にして五十メートル強。

 その巨体がかき鳴らす咆哮は、エイサが咄嗟に海に逃げ込んでなお衝撃波が鎧を叩くほどだ。

 海中を蹴る。

 そして、その頭部に向かって再度斬撃を叩きつける。

 飛来した斬撃はまたも大蛇の顔の一部を抉るが、それも大したダメージにはなっていない。

 あまりの体格差にダメージを与えられるのか若干不安になる。


「チッ!?」


 喰らいついてきた。

 というよりも飲み込んできたと言った方が行動としては正しいか。

 海面の一部をえぐり取るように海蛇の上顎と下顎がエイサのいた場所をかみちぎっていく。

 海面を蹴って真横に飛びのくことでどうにかこうにか回避できたが、サイズ差がありすぎてただの噛みつき行動でさえすさまじい面制圧能力だ。

 大蛇の鱗へ左手の小手に装備されているワイヤーフックをひっかけ蛇の巨体へとしがみつく。

 今更ながら、蛇みたいな見た目なのに鱗があるのかなどと思いながら、剣を突き立てた。


「うむ。効いている気がしないな」


 ところどころ血が噴き出ている場所はあるが、数十メートルの直径を持つ胴体にいくら剣を突き刺したところで、あの大蛇にとっては針に刺された程度のダメージも無いだろう。

 海中へと潜りこんでエイサを振り落とそうとする大蛇の体を駆け抜ける。

 そして水の中から顔を出した瞬間に再度飛び掛かった。

 ガパリと口が開かれる。

 それに超速反応。そのまま空中を蹴って無理やり軌道を変更する。

 つい先ほどまでエイサがいた場所を水のブレスが薙ぎ払った。

 剣を振り抜く。

 ブレスを吐き終わった瞬間を狙って口の中へ斬撃を叩き込む。口の中という柔らかな場所へ叩き込まれた斬撃は確かに傷跡を残した。数メートルにわたる傷跡。しかし、頭だけで数十メートルという巨体を相手にしては数メートルの傷であってもかすり傷も同然だ。

 事実、傷つけられた大蛇はしかし、ダメージをダメージと思っていないようにエイサに向かって益々吠え猛る。


「さて、この後モンリスとどうやって連絡を取るかな」


 再び海面を揺るがす咆哮が響き渡る。

 アドラの船に向かって泳いでいたコースを逸らす事は出来たが、この怪物相手に戦わなければいけないと言うのは問題だ。

 基本的にエイサは無駄な戦いが嫌いだ。

 戦いに対して圧倒的なセンスを持つとはいえ、戦い自体を好んで行う戦闘狂でもなければ、屍を積み上げることに喜びを見出すようなサイコパスでもない。故に、この戦いに思う事はたった一つ。


「とにかく、時間を稼いだら俺も逃げるか」


 いかにこの戦闘を楽に終わらせるか。ただそれだけ。

 戦場の高揚も、伝説に挑む興奮さえなくエイサは迫りくる大蛇の牙を受け止めた。

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