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七十五話


 ゾブリという音がする。

 生肉に鉄板が突き刺さる音だ。

 もっと詳しく言うのであれば肉体に剣が突き刺さる音だ。

 肉を割く音に血潮に泡が混じり噴き出す音が合わさることで、不協和音を奏でる。だがこの不協和音も憎き宿敵の体より零れ落ちる音だと理解していると、途端に気分が良くなる極上の名曲に聞こえてくるから人の精神とは不思議なものだ。


「エイサ……」

「迷わずに成仏してくれよ、アリス」


 ゴボリと血を口より噴き出しながら貫かれたアリスがエイサに向かって手を伸ばす。

 その手をつかみ取ることもなく打ち捨てて、心臓に突き刺した剣をゆっくりと引き抜いていく。同時にアリスの肉体が金色の粒子へと還っていく。

 剣を払った。

 そうすることで剣についた血糊を振り払う。空にまかれた血潮が金色の粒子となって解けて消えていく。それを見送りながらエイサは剣を背に背負いなおした。


「終わったぞ、リアヴェル」

「ご苦労様エイサ。随分と時間がかかったね」

「あいつらの力量も侮れないものになってきているからな。お前を守りながらとなれば時間もかかる」

「ふふ、お母さまの相手もしてたものね」

「気づいていたのならそれくらい自分でやれよ。逃げようとするたびに殺気を飛ばして牽制するのは正直手間だったんだぞ」

「……手間ならポンポン殺気を飛ばさないで欲しかったわね。その度に心臓が止まるかと思ったじゃない」

「なら、逃げようとするなよシスターリスティア。逃げようとしなければ俺が殺気を飛ばす理由もなかろうに」

「あら? それはそれ、これはこれでしょう?」

「ふん。まあ、それもリアヴェル。お前がシスターリスティアをきちんと目付けしておけば済む話では合ったんだがな」

「嫌だよ面倒な。それにそもそも、君が本気を出せばもっと素早く勇者たちを殲滅できたでしょう?」


 その言葉にエイサは舌打ちを一つ漏らした。そして言い訳するように彼女に言葉を返す。


「本気を出していなかったわけじゃない。勇者……特にアリスを殺しにかかるのに俺が手を抜くわけがないだろう」

「そう? 貴方ならもっと素早く殲滅できそうなものだけれど」

「全力で殺しにかかればな。だがそれには余裕がない。戦いには余力が必要だ。素の実力で圧倒している状況下において、リスクを取ってまで素早く殲滅する意味は薄い。特に今回はお前らを守る必要があったからな」

「相変わらず慎重な事だねエイサ。君ほどの実力があればもっとガンガンに攻めて、相手に不利な選択を押し付ける戦い方も悪くはないと思うけれど?」

「そうだな。お前らがいなければそう言う戦術も悪くはないんだがな」


 余力を持って戦っていないと、抜かれた時の対応が厳しい。

 故に長引くことが分かっていてもエイサは持久戦を選んだのだ。

 あらゆる攻撃をエイサに収束させなければ即座に前線が崩壊する状況を作り上げ、攻撃を一身に受けつつ反撃で相手を削り殺す。攻撃へのリソースを削ることで、シェリスの空間転移魔法によるリアヴェル、リスティア強襲のにいつでも対応できるように余力を割り振ったという訳だ。


「それでも、君が全力を出せば問題ないだろうに」

「全力を出すっていうのは基本的には無理をしているっていう事だ。勿論、無理をせざるを得ない状況に追い込まれているのであれば、いくらでも全力を出すが、別段無理をする必要もなく、そんな状況下に追い込まれそうな状況でもなければ出来る限り全力を出すのは控えたいのさ。無理をすればリスクが高まる。そしてリスクは可能な限り削減するのが戦いの基本だ」

「……偶には君の全力の戦いも見てみたいものだけどね」

「お前が見ているときに全力を振り絞るようなことになれば、もはや魔王軍としては詰みの状況だな。それを望むって事は魔王軍が壊滅してるって状況だが、それを望むのか?」

「ふーむ。確かにそれは困るね」

「だったら無茶を言うな」

「はいはい。分かりましたよっと」


 ブーブーと文句を言っているリアヴェルを放っておいてエイサは近くに乗り捨てられていた馬車へと近寄る。勇者たちを上手い事こちらに引き寄せて戦ったのでその馬車は無事だった。馬も怯えて動けない程度でどうやらけがをしている様子もない。移動用として使うには十分だ。


「これを使って魔王領に戻るが、何かやり残したことはあるか?」

「そもそも僕は君の勇者襲撃に付いてきただけ。言うなれば物見遊山が目的だったわけだし、やり残したことなんて何もないよ。それこそ物見遊山が出来なかったことくらいかな?」

「帰り道は馬車で帰るからそれで我慢してろ」

「馬車は揺れるからあんまり好きじゃないんだよねぇ。飛竜とか無いの?」

「ある訳ねーだろ。召喚魔法なんざ取得してねーよ。……いやそもそも王国領内で飛竜なんて使ってたら、まず間違いなく撃ち落とされるわ」

「それじゃあ、ニコでも呼ぶ?」

「敵陣のど真ん中にうちの軍のナンバースリーを呼び出そうとするな。それも移動のためだけに」


 くだらない事を言いながらエイサはさっさと馬車の各部を確認し終えると、リアヴェルのために扉を開いた。


「ありがと」


 そのエイサに小さく礼を言うと軽い足取りでリアヴェルは馬車に乗り込む。それに次ぐようにリスティアも中に乗り込むとエイサは行者台へと飛び乗り手綱を握った。ポテポテと気の抜ける足音を響かせて馬車がゆっくりと動き出す。

 とは言え整備されているとはお世辞にも言えない道だ。

 馬車が走り出すと途端に道に車輪がとられガタガタと揺れだした。同時に馬車の中から指を鳴らす音が聞こえる。その音を消える頃には馬車の揺れは随分と穏やかになった。


「相変わらず訳の分からん魔法まで覚えているんだなリアヴェル」

「仕える物は何でも使う主義なの。君だってそうでしょう?」

「否定はしないがな」


 まあ、別に文句を言うつもりはエイサにはない。

 なんだかんだ言いながらかなりの時間戦闘をしていたこともある。早めにこの場所から去ったほうが、魔王領に戻るのにも楽になるだろう。そんな判断をしつつエイサは馬へ一鞭くれる。駆ける馬の速度が上がる。それと同時に馬車の窓に設置されている窓が開いた。


「……なんだよ、この辺りには何にもないぞ?」

「それでも、君の故郷なんでしょう? 少しくらい見物させてよ」

「悪い記憶ばっかりが残る故郷だがな」

「あら? 私の事を思い出してくれるのかしら?」

「あの後アンタの血肉を練りこんだ薬草団子を食わされた記憶が強すぎてな。正直悪夢でしかない」

「ええ、何それ怖い。何やってんのよあの子。……いや、確かに魔王の血は莫大な量の魔力マナを含むでしょうから、魔法治療薬ポーションを作るための触媒としては最適でしょうけど……ええ……そこまでしたの?」

「した。目の前で育ての親が心臓をぶち抜かれて、その上でその屍より剥ぎ取った血肉を食わされたんだ。今でもトラウマだよ」

「でしょうねぇ。あの子そこまで効率に拘って、人間性を剥離させているような子じゃなかったと思うんだけど」

「は、神託でも受けたんだろ。ああまで神聖な声に導かれたのであれば、幼いうちの自我など容易く塗りつぶされるだろうさ」


 最も、だからといってその仕打ちを許せるかどうかは全くの別問題ではあるが。

 エイサの内に燻る憎悪の火はまるで消える様子を見せていない。

 ざわりと震えるほどの殺意が周囲に漏れ出た。

 その殺気だけで、慣れていないリスティアは息をのむ。慣れているリアヴェルですら僅かに手の先が震えるほどだ。バサバサと街道の近くにいた鳥たちがエイサの殺気におびえて飛び立っていく。


「っと、悪い。話を変えるぞ、リアヴェル」

「ええ。貴方がそう言うって事は何か気になる事でもあったのかしら?」

「ああ。それ程気にするような事でもないのかもしれないがな」


 殺気を収めエイサは馬車の手綱を握りながら、先程の事を思い返した。


「奴ら、勇者はなぜここに来た?」

「何故って……先代魔王……つまりはお母さまの復活を察知したからでは?」

「へぇそいつは妙な話だ」

「妙?」

「だってそうだろう? シスターリスティアが復活したのはお前がシスターの墓に近づいたが故だ。そしてお前がここに来た理由は俺がここに来るのに付いてきたからで、そして俺がここに来ることを決めた理由は勇者が動いていると言うモンリスの言葉に従っての事だ。……ならば、勇者がシスターリスティアの復活を神託によって知り、それによってセンマへ向かうのは理屈が通らん。因果が逆だ。俺は勇者がセンマへ向かうと知らなければこの村に立ち寄るつもりは無かったし、そうでなければお前もこの村へ足を運ぶこともなかっただろう?」


 エイサの言葉にリアヴェルは少し考えこむ。

 それはエイサの言葉が正しかったからには他ならない。

 女神は全知全能の神としてあがめられている存在だ。あらゆる災害を予測し、天候を操り星の運航にすら手を出せる。未来予知とてその力の一端だ。その神がわざわざ先代魔王を蘇らせる事に手を貸す理由は無いはずだが……


「まあ、女神アリスが全知全能ではない事を俺は知っている。未来を読み違えただけという可能性だって、無きにしも非ずといったところだがな」

「へぇ、エイサはそうとるんだ?」

「……何が言いたいシスター」

「別に、君がそう思いたいのならそう思えばいいだけの事でしょう? 私に何かを言うつもりは無いさ」


 意味ありげにそう言うとリスティアは言葉を切った。

 そんな彼女にエイサは一瞬だけ鋭い視線を送るが、女神の思惑などどうでも良い。そう思いなおしてエイサはそのまま馬車の手綱に集中した。

 日は明るく大地を照らしている。

 また暑くなりそうだとうんざりしながら、エイサは馬車を走らせた。

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