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七十四話


 戦いは激化の一方をたどる。

 戦闘は長期化の一方をたどる。

 その長期化を受けて冷や汗を流すのは勇者側だ。

 戦闘になっているとはいえ一切の突破口が見当たらないその状況は、戦いを維持するだけで精神を削られていく。焦りが澱となって心の隅にたまっていく。その要素は勇者たちに不利しか与えない。一方でエイサは時間稼ぎのようなその状況を良しとしている。圧倒的力量をもって五人の攻撃を受け流し、着実にダメージと疲労を蓄積させているのが目に見えてわかるからだ。

 もとよりエイサの強みはそこにある。

 エイサの力量は確かに人知における究極の領域にあるが、その力とて最初から得ていたものではない。鍛錬を重ね戦いを乗り越え、その果てに至った武錬の極みである。その戦闘方法は幼いころより変わらない。圧倒的な幼き頃圧倒的な格上相手に連戦を続けていたころから同じ。守勢を固め相手の疲労を溜めて、その後に無策な一撃を誘ったうえでのカウンターを得意としている。

 否、それしかできなかったという方が正しいか。

 ドラゴン種を始めとした各種族の最強たる面々と真向正面から打ち合う事を強いられた彼には、エイサの方から先手を取って叩きつぶすという選択肢を取る事が出来なかった。ハイリスクハイリターンの賭けを通したとしても、種族による圧倒的な耐久性タフネスがリスクに見合わないリターンしか、エイサにもたらさない以上、焦れた相手の隙を狙う戦法を確立させたのだ。

 確かに圧倒的な力量、極まった身体能力より放たれる一撃の威力も並の達人、超人を鎧袖一触にする程の威力はある。しかしそれはあくまで鍛え上げられた技量による副産物でしかなく、彼の誇るべき長所ははその優れた防御能力にこそある。

 相手の一撃を受け流す力量に比する者なく。ドラゴンの爪牙でさえその場で受け切るほど。鎧を用いて衝撃を受け流す技巧は精緻の極みにて、鎧の特性を万全に使いこなす。無類の持久力スタミナは三日三晩戦い続けてなお尽きることなく、一切のキレを落とさない。何より恐るべきはその観察眼だ。洞察力と言い換えてもいいかもしれない。

 相手の呼吸を盗み、相手の技の癖を盗み、自身に応用できる技巧は隔絶した身体能力とその技量をもって即座に自身に取り入れる。戦闘の中で自身の力量をさらに高める事で相手の焦りを誘う戦い方こそ、彼の最も得意とする戦法である。

 だからこそこの状況はエイサにとっては何の負荷にもなっていない。

 自分の得意分野に引きずり込んだエイサと、ずぶずぶと泥沼に嵌るように戦いを長引かせる勇者たちとでは運動量はともかくその精神性に圧倒的な差があった。

 戦いにおいて主導権を握ることは何よりも重要な事ではある。

 確かに攻め続けている勇者たちはその主導権を握っているようには見える。

 しかし、その実主導権を握っているのはエイサだった。勇者たちは攻めのタイミングを自らで選べるように見え、何よりその猛攻で主導権を渡さないように戦っているようにも見える。だが、その実情は真逆だ。一手でも手を緩めれば即座に敗北が待ち受ける状況下では、無理に攻め続けるしか選択肢がない。攻めなければ奇跡の担い手であるフィリアが一瞬で落とされるのが目に見えている以上、彼らはハイリスクハイリターンの選択肢を選び続けるしかないのだ。


「ジリ貧だな」

「全くもって崩せるビジョンが見えない。厄介な事この上ないね」

「というか五人がかりで戦って傷一つ負わせられないってどういう事なのよ。まぐれ当たりの一つでも直撃するもんでしょ普通」

「魔法も全て切り払われてて、徒労感がすごい」

「はあはあ……精神力ばかり削られていますね。このままでは先に此方の精神力が尽きてしまいますよ」


 仕切り直しのために飛びのいて五人がボヤくように言い合う。

 そんな彼らに向かってエイサは飛び込むのではなく一歩ずつ歩くように近づいていく。

 ガシャリと金属鎧のこすれ合う音がする。普段は音を鳴らすことなく移動する彼には珍しいそれを聞いて、五人の体が僅かに強張った。威嚇だ。わざわざ音を立てて近寄ることでさらに精神を揺るがす。ただ一歩踏み出すその行為だけでキッチリと追い込んでくるエイサの周到さにアリスとソウジは再び呼吸を整えてエイサに飛び掛かる。

 閃光が散る。

 アリスとソウジの二人の攻撃の悉くを叩き落す。

 届かない。

 いかなる技巧を尽くしてもエイサに攻撃がまるで届かない。

 どっしりと腰を下ろし、その場より一歩も動かない相手に攻撃を届かせることさえ出来ない。

 かといって一瞬でも攻撃の手を緩めればその隙を付いてキッチリと致命の一撃をねじ込んでくるあたり気の休まる暇さえ与えてくれない。

 戦場に響きわたる金属音は高らかに。

 刻むリズムの速度はさらに増していく。

 エイサと打ち合えるようになってようやく気が付いた。

 その領域にまで自身の力量を高めてようやくだ。

 ようやく戦えるようになって、そして戦えるようになっただけだと気づかされる。

 エイサとの戦いはここからが本番だ。ここからが一番厳しい部分だ。それこそ、一撃で容易く殺されていたころが幸せだったと勘違いしてしまう程に。

 どれほど攻撃を加えても小動もせず、どれだけ苛烈に攻め立てても一切抜けず、気を抜けば即座に致命傷を受けてしまうその状況に精神を削られていく。成程、これは無双だとエイサの神髄に触れてソウジは理解した。これこそが魔王軍最強の男。黒騎士エイサ。


「は……そう言えばお前の性能ステータスはそう言うタイプだったな」

「何のことだ?」

「こっちの話さ特に意味はないっ!!」


 言いながらソウジは槍を振るう。

 神速果断をもって攻め立てる彼の連撃さえ、エイサの前では児戯に落ちる。

 いくらフェイントを織り交ぜても、いくらコンビネーションを交えても、その全てが悉くに叩き落される。

 ソウジが思うのはブレイブヒロイックスの事だ。

 その物語において彼の担う役割は勇者であり最優の前衛。すなわち重戦車タンクだ。

 前衛において敵のあらゆる攻撃を受け止め、最前線にて敵を屠る最強の盾にして剣。彼の知る物語であれば、その上で奇跡を用いた回復まで併用する事で、化け物みたいな耐久力を誇る戦闘の要。

 黒騎士に成り果てた今の彼は神に対する不信より、そして勇者であることを拒んだ事により、奇跡を使用できなくなってはいるが、その代替として魔法を使用する。

 魔法についてシェリスが分析する所によれば、それ程強力なものを使用しているわけではない。それほど難易度の高い魔法を行使しているわけではない。エイサ自身が持つ魔力マナ量がそれ程多いわけでもないとのことだが、魔法を用いるにあたって使用する構成魔法式の精緻さ、魔力マナ操作の巧みさには目を見張るものがある。すなわち努力で何とかできる部分には極限まで突き詰められているという事だ。

 そして魔法を使う事により確実に強くなっていると言えることが一つある。それは、彼の手札が完全に伏せられているという事だ。

 奇跡の種類はそれほど多くはない。

 神より与えられた奇跡は防御、治癒、浄化等に特化している。

 その効力が高くなることは有れど、基本的にはそれより逸脱しすぎたモノは少ない。勿論、神罰を代行者として呼び起こす類の攻撃奇跡もないではないが、それにしたところで効果は単純かつ明快。その効果を予想する事は容易い。神への祈りを捧げる事で発動するが故のラグもある。

 一方で魔法の種類は非常に豊富だ。

 無論エイサの魔力マナ量であれば使用できる魔法には限りがある。大規模な魔法は使用できないだろう。以前はなった強力な一撃はあくまで剣に蓄えた魔力マナを用いて過剰魔力供給キッカーを行う事で威力の底上げをしているだけというのがシェリスの分析だ。

 とは言え魔法の種類は膨大だ。

 只人ヒュームの領域外であればそれこそ生活の一部となっているからこそ類似する魔法も、ソウジはおろかシェリスさえ知らない魔法も多々ある。無論全てがすべて使える魔法という訳ではないが、エイサが使用する以上何かしらの役目を持ち、その上で洗練されているだろうことはまず間違いない。


「全く、マジで厳しいぜ」

「そんな事エイサと初めて戦った時から理解しているでしょう?」

「そいつはごもっともな事だ」


 ソウジのボヤキにアリスが何を今更といった声で返した。

 そんな僅かな隙を付いて凄絶な威力の斬撃を叩き込んでくるエイサに反応して、命からがら回避する。

 この凄まじい一撃に対応しながらまだ見ぬ魔法に対する警戒を続け、その上で勝利する。その難易度の高さにソウジは眩暈を覚えそうになった。

 舞い踊るように、翻弄するようにソウジはエイサの周囲を縦横無尽に駆け巡る。

 ほんの少しでも的を絞らせないようにする苦肉の策だが、その効果は殆どない。並の人間では視認する事さえ難しい速度で右へ左へ忙しなく動いていると言うのに、五人を同時に相手取りながらエイサは一切ソウジを見失わない。それどころか僅かに速度を緩めるとそれだけですさまじい威力の斬撃を放ってくる。その一撃を受けられないと悟った以上とにかく足を動かすしかソウジには対策がなかった。

 エイサの手の上で動かされている。

 スタミナががりがり削れていく音が聞こえるようだ。

 無論ソウジの持久力スタミナも並の人間の比ではない。無いが、こうまで動き続けることを強要されて続ければ長くはもたないだろう。

 それを悟り焦りが心に沈殿する。

 その焦りがソウジのそして勇者たちの攻めを拙速にする。

 巧遅よりも拙速を尊ぶのが兵法の基本ではあるが、こうまで読み切られていると拙速も無為に落ちた。


「くそっ」


 悪態が漏れる。

 だがその悪態で戦況が変わることなどありえず、ただ延々と五人はエイサとの戦いを続けるしかなかった。

 その果てにある敗北から目を背けるように。

 


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