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六十九話



 魔弾全てを鎧に任せて踏み込む。

 この程度の魔弾であれば問題ない。勇者シェリスの放つ魔弾よりも威力があるのは、流石は先代魔王の面目躍如といったところだが、それでもエイサの力量をして鎧を扱えば受け流せない威力ではない。踏み込む速度は神速の領域を越えてもはや悪魔的だ。その踏み込みの速さにリスティアは目を見張る。


「速っ!?」


 驚愕に彩られたリスティアの目の前に一瞬で踏み込み、そのまま大剣を真横に振るう。しかしもってその斬撃は空を切った。目の前にいたはずのリスティアが消えた事のだ。空間転移の類の魔法ではない。魔法の発動した瞬間を認識する前に掻き消えた。そして背後に突然現れたリスティアが放つ魔弾の悉くを叩き落す。


「うそぉ」

「この程度か?」

「は、舐めないでもらいたいものね」


 瞬間更に魔法が放たれる。

 時が狂ったかのような速度で放たれたその一撃は瞬間詠唱インスタントにより放たれたものとは思えない威力でエイサに殺到する。

 紅蓮の炎。世界を瞬時に炎獄に変える灼熱。それを槍状にして降りそそがせる。

 威力自体は鎧が吸収するだろうが、あんなものをまともに喰らえば鎧の中で焼き焦がされると即座に判断し、大剣を振るう事で魔法式ごと斬り裂く。魔法式ごと切り払われた炎は魔力マナとなって周囲に散った。それと同時に跳躍、影より伸びた漆黒の手を避ける。


「それッ!!」


 そして空中に逃げたエイサに向けて裂帛の気合と共に稲妻が放たれる。

 その一撃をナイフ一本投げる事で射線を逸らし、続けて投擲したナイフがリスティアの急所を容易く射貫く。喉と心臓部に突き刺さった。しかし、その一撃さえリスティアは痛みを感じさせない動きで再度魔法を解き放つ。

 大地が隆起してエイサを挟みつぶす。

 しかしその直前でエイサの大剣が掻き消える。

 視認すら許さない速度をもって隆起した大地を切断すると、斬り飛ばした岩の破片をリスティアに向けて蹴り砕く。破砕した岩片がリスティアに向けて降りそそぐ。

 再度消える。

 魔法が発動する時の魔力マナの揺らぎは確かに感じるが、その先が無い。空間転移はあくまでも二つの空間をつなぐ事で発動する魔法だ。当然短距離の空間転移魔法であれば繋いだ先にも魔力の揺らぎができる。その揺らぎを予兆として感じ取る事で転移先を判断すると言う攻略法をエイサは勇者との戦いで確立していたのだが、リスティアが使う魔法にはその揺らぎがない。それはトンネルの入り口だけあって出口がないようなもので理屈に合わない。そうである以上空間転移の類ではないのだろう。

 再び姿を現したリスティアが魔法を放つ。

 かつてこの地に反映していた生物を皆殺しにしたと言う絶滅の星。

 それが空から落ちてくる。

 まるで太陽が落ちてくるのだと錯覚してしまう程の一撃。

 その大質量を相手にしては回避も防御も間に合わない。そもそも、こんなものが大地に落ちたらこの村がなくなってしまう。そうなれば勇者もここに来るか怪しくなる。その事に意識が振れた以上、エイサに回避すると言う手段はなくなった。剣を構え真向正面より落ちてくる星を迎え撃つことを選んだ。


「シッ!!」」


 気迫が周囲を薙ぎ払う。

 裂帛の気合と共に放たれたエイサの斬撃は当然のように空を裂き、その星へと着弾し粉々に砕いて見せた。飛ぶ斬撃。それもまあ中々に無茶苦茶な技ではあるが、勇者であればそれくらい成す事に疑問は抱かない。当然のようにそれくらいして見せるだろうと言う勇者に対する信頼はリスティアにもあった。しかし、その斬撃をもって落ちてくる隕石を粉々に砕くと言うのは、それは本当に只人ヒュームの技なのか。あまりの出来事に彼女は言葉を失った。


「成程。おおよその予想はできた。シスターリスティア。流石は先代の魔王様。時間を操るなど人の技ではない。正しく神の定めた摂理に反逆する行いだな」

「そちらこそ、意味が分からない力量をしているねエイサ。流石は勇者の証を持つ男。人の行き着く果ては、ここまでも規格外なのね」

「勇者の証なぞ関係ないね。勇者如きと同じにするな」


 その言葉にリスティアは小さく笑みを浮かべた。

 それは先ほどまで浮かべていた蠱惑的な笑みではなく、純粋無垢にエイサの成長を喜ぶような母性に満ちたそれだ。その笑みを見たエイサは僅かにたじろぐ。その笑みを覚えていないわけではない。数少ないこの村での優しい思い出。彼女の笑みがその思い出に一瞬だけダブって見えた。その笑みは間違いなく自らの子供の成長を喜ぶ母親の笑みだ。

 しかしその笑み浮かべていたのは一瞬だ。

 即座に母性に満ちた笑みを蠱惑的なモノへと塗り替えて、先代魔王としてリスティアはエイサに再び魔法を放つ。煉獄の業火がエイサに降り注ぎ、大地は隆起しエイサの足を止める。

 隆起した大地をそのまま蹴り上げ、迫りくる業火へと蹴り飛ばす。

 岩盤ごと一瞬で融解させた業火はしかしながらエイサにはかすりもしない。


「思えば最初から気付くべきではあったか」

「何のことかしらね」

「無論シスターリスティア、アンタの使用する魔法についてだ。時間停止の魔法をもって自身を生き延びさせたアンタだ、それを戦闘で用いてくることくらい予想して当然だ。それに気づかないでは俺もまだまだ未熟。いやはや汗顔の至りというやつだ。その強力な魔法を詠唱もなく連打するのも時間停止中に詠唱できるからか」

「鋭いのね。だけれど分かったところで対抗する手段はあるのかしら?」

「当然だ。それを理解できればやりようくらいいくらでもある」


 そう言うとエイサは再び剣を構えなおした。

 多少強引ではあるが時間停止を行使する相手に対する回答はある。その方法はひどく原始的で対策と呼べるものではないが、時間を止めている間は傷を与えることが難しいのは今までの戦闘で理解できている。ならば全くの勝算が無いわけではない。

 無論その勝算というのも結局はごり押しの類だ。だが、そう言うごり押しが時として最も力を発揮するという事もエイサはキッチリと認識している。


「行くぜ? シスターリスティア」

「来ないで、とでも言えばあきらめてくれるのかしら?」

「悪いが、それはできない相談だ」


 そう言うと同時にエイサが掻き消えた。

 真正面から相対している相手が消える理不尽な速度にリスティアは目を見張りながらも時間停止の魔法を行使する。時の流れが一時的に停止する。そうすることでようやくエイサの姿を視認できた。斬撃を振るう直前の体勢でエイサはリスティアの背後にいた。

 そんな彼より距離を取って再び魔法を詠唱する。

 強大な魔法を連打できたのはこれが理由だ。

 停止した時間の中で魔法を唱える事で魔法式の展開までの時間を稼ぎ、放つ瞬間に時間停止を解除することで世界に魔法行使の術理を浸透させる。それにより長い詠唱を必要とする戦略級の魔法を一対一の戦士相手にでも使用できるだけの時間を稼ぎ、瞬時に大魔法を連打できるようにしているのだ。

 瞬間詠唱インスタントをもって使用できるようにしておく必要があるのは時間停止魔法のみ。それ以外の戦略級の魔法は全て時間停止中にゆっくりと唱えればいい。それがリスティアの必殺の戦法だ。

 魔法が放たれる。

 次に重ねる魔法の種類は三つ。

 先ほどから乱発している業火の魔法。

 大地を操り隆起させることで相手の動きを止めると魔法。

 そして影を操ることで肉体の動きを完全に止める呪いに近い魔法。

 この三つをもってエイサを確実に殺す。その意図をのままに時間停止を解除した。

 魔法がエイサに向かって迫る。

 しかしながらエイサは三重の魔法による包囲を受けてなお、掠る事さえさせずにその踏み込みの速さをもって全てを置き去りにして見せた。大魔法三種の包囲陣を力づくで破るエイサの姿に僅かにリスティアの笑みが引きつる。まさか、こんな手法をもって時間停止をの魔法を打ち破るのか。再び人知を超えた速度により掻き消えたエイサから逃れるために、彼が消えた瞬間に時間を停止させながらリスティアは思う。

 手段も糞もないごり押しをもって時間停止を無理やり破るなど流石に想定外だ。

 そんな無茶苦茶な手段を取るエイサに対してリスティアも遠慮を投げ捨てた。

 使用するのは肉体強化の魔法。

 身体能力をそれこそ大鬼オーがはおろかドラゴンに匹敵するまでに高めて、時間停止の中で動きを止めたエイサに近づく。


「卑怯かな? でも、恨んでくれて構わないよ」


 そう呟いてエイサの首に手刀を突き入れる。

 鎧と兜の小さな隙間を狙うのも時間が止まった中であれば容易い事だ。

 ぐしゃりと言う音が周囲に響き渡る。


「いや、それは悪手だろう」

「がぁ……ああ……」


 放たれた手刀をあっさりと握りつぶしたエイサの言葉にリスティアは答えを返せなかった。

 握りつぶされた腕が激痛をもたらしている。

 理解が及ばない。

 意味が分からない。

 時間は停止している。

 それに間違いはない。

 そしてエイサは時間停止に干渉できるわけではない。

 しかし時間停止をしていても、彼女が触れたものには時間が流れ出す。そうでなければ止まった時間の名では大気が壁となって身動きさえ取れないのだから当然だ。

 エイサの首元から僅かに血が流れる。

 リスティアの手刀は確かにエイサの体を僅かに傷つけて。

 そして、彼女が触れることにより動き出したエイサによってつかみ取られたわけだ。

 ナイフを肌に触れた瞬間から動き出して突き刺されたナイフを薄皮一枚の被害をもって突き出した腕を取るような手法をもってエイサはリスティアの時間停止を破って見せた。その事実に彼女は痛みをこらえながらも戦慄するしかない。


「勇者……怪物ね……」

「勇者のつもりは無いが、その言葉は誉め言葉として受け取ろうシスターリスティア」


 手首を握りつぶし、その関節を砕いたエイサはそう言いながらリスティアを地面にねじ伏せた。


 

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