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六十七話



 場所の確認はできている。

 となれば後はそこへ降り立つだけだ。

 魔力マナ濃度が急速に濃くなっているとあれば、極秘の潜入作戦であったとしても一々手順を踏んでいる暇はない。自身の故郷であるこの地へ二度と踏み入れることが叶わないであろうことを覚悟の上で、エイサは森から直接墓地へと突っ込んだ。


「あら? 潜入作戦だったのこれ?」

「お前を連れているから一応はな。まあ、バレたところでデメリットなどほぼ無いが」

「王国のかなり深部に魔王とその第一の部下が二人でいるなんて、普通なら考えられない事なんだけどね」

「それが判明して差し向けられるのは軍と勇者だ。軍に関しては適当にあしらえば問題なく、勇者はそれそのものが目的だ。なら、何の問題もないと言っても構わないだろうさ」

「ま、ね」


 それでも一応は気を使ったのか真正面からの突入をエイサは避けた。

 真正面から突入して村人を斬り殺す羽目になることを避けたあたり、この村に思い入れはなくとも思う事はあるのだろう。故郷だと思っていないとはいえ、幼少期に生まれ育った場所。かつての知り合いかもしれない者を躊躇いなく斬り捨てられる程エイサの情感は死んではいなかった。無論、いざとなれば躊躇いつつも切り捨てる気である当たり、情感が臣ではいないが狂っているのは目に見えてわかっている事ではあるのだが。


「ついたぞ」

「うん。見ればわかる。随分と浸食が早いね。これ、前からそうだったんなら王国側でも何かしらの手は打つでしょ?」

「高純度の黒の魔力マナが可視化できる程に渦巻いているならそりゃ王国とて動くだろうさ。ならば、この状況が引き起こされたのは、つい最近って事になるな」

「エイサ、貴方の感知に引っかかったのはいつ?」

「夜が明けてから。お前がテントより出てコーヒーを淹れるための道具を引っ張り出してしばらくした時くらいか」

「ふぅん。ホントについさっきなんだ。それでこれ程の魔力マナで大地を侵すなんて、流石はお母さま。死んでも先代魔王ね」

「やはり、シスターリスティアが?」

「僕の使った魔力マナを感じ取り、それをトリガーにしてこの現象を引き起こした。そう考えるのが一番自然でしょうね。そうでもなければあまりにもタイミングが良すぎる」

「死後、魔力マナを操ることなど可能なのか?」

不死者アンデッドにできる事を魔王に出来ないと考える方が不自然でしょう? ま、大方自分の内側にでも術式を刻んでおいて、僕の魔力マナを感じ取ることで起動するように設定しておいた。そのあたりが妥当な手段でしょ」


 そう言いながらリアヴェルは魔力マナが噴き出ている中心部へと歩み寄る。濃密な黒の魔力マナがエイサとリアヴェルに絡みつくように周囲に漂っている。あまりにも濃い魔力マナで視界さえ塞がれそうだ。


「リアヴェル。何かわかったのか?」

「とりあえず墓穴ひっくり返したいんだけど、エイサ頼める?」

「ああ」


 リアヴェルの言葉に従いエイサは剣を抜いてゆっくりと地面に刺した。そのままゆっくりと沈めていくと、途中で土の感触とは違うものに突き当たる。僅かに引き上げてそのまま振り抜くことで棺桶の上蓋部分を露出させる。そしてその端を掴むとそのまま地面の上にまで引き上げた。底まで腐っていて抜けないかが心配だったが、どうやら杞憂の用で割と綺麗な状態に原型が残っている。


「妙ね」

「そうだな。腐乱臭くらい覚悟してたんだが全くなし。……開けるぞ?」

「ええ」


 リアヴェルの許可を得ると同時にエイサは剣を真横に振り抜いた。

 見事に蓋の部分だけが斬り落とされて中の空気が外へ漏れ出る。強烈なにおいを覚悟していたが、そんな臭いはまるでしない。不審に思ったエイサがリアヴェルを留め中を覗き込むとそこには驚くべき光景があった。


「おい。魔王ってのは死んでも腐敗すらせず時を止める種族特性でも持ってるのか?」

「そんなわけないでしょ。お母さまが自分が死ぬときに発動する魔法式でも組み込んでいたんじゃない?」

「成程ね」


 そこにあったのは思い出したくない記憶の形だ。

 アリスによって肉を抉られ、その服装は血に濡れそぼっていたあの時のまま。棺桶にて十年以上の歳月がたったとは思えない程に、あの日の悪夢の姿のまま、シスターリスティアはそこにあった。


「……これが魔力マナの発信源か」

「そう見たいね、少しずつ放出される魔力マナマナ量も減ってきているみたいだし。……成程、流石我がお母さま。抜け目ないと言うかなんというか」

「あ?」

「臓腑を抉られ、背骨まで貫かれ、その上血肉まで削られているのにそうまでして生き延びたかったんだ」

「リアヴェル……お前何を……」

「見てれば分かるよエイサ」


 そう言うと彼女は青の魔力マナを収束させた。

 時間凍結の解除魔法だ。術式による凍結を術式をほどくことで解除する。


「それにしても、よくもまあ自分が瀕死の状況でこんな高度な魔法を発動させたものね」

「……」

「エイサ?」

「あ、ああ。そうだな」


 術式を解きほぐし魔法を解除しながらつぶやいたリアヴェルの言葉にエイサは何も言葉を返さなかった。それを疑問に思った彼女が声をかけるとエイサは、慌てたように反応を返す。その対応にリアヴェルは少し疑問を抱いたがとにかく、複雑な術式を解除する。

 遅延発動術式を取り除き、仮死化魔法をそのままにして時間凍結の術式のみを取り出してその術式の身を削り取る。リアヴェルは容易く行っているがその技術は流石は魔王だと息をのむほどの物。その術式を見れば間違いなく自身の技術に取り込むであろうエイサは何故か沈黙したまま、リスティアの屍を見つめている。

 パチンとリアヴェルが指を鳴らした。

 それと同時に魔法の効果が解除され時間凍結魔法が消え去る。同時に遅延発動術式が発動してリアヴェルの魔力マナを吸い上げ発動した。


「っ!?」


 その吸い上げる量に一瞬意識が遠くなる。

 いきなり吸われた魔力量は並の量ではない。致命傷の傷を癒すための魔法の遅延発動だ。その魔力マナ量が膨大になるのは分かり切っていたが、それでも彼女がぐらつく程の量を持っていかれるとは思っていなかった。


「シッ!!」


 不意にエイサの声が響く。

 気迫と共に放たれた斬撃がリアヴェルとリスティアの間隙を薙ぎ払ったのだ。その瞬間、魔力マナを供給していた経路が断ち切られリアヴェルは尻もちをついた。


「何を……!?」


 尻もちをついたままエイサに向かってリアヴェルは問いかける。その問いの鋭さは詰問のそれだ。母の術式を邪魔したエイサに意図の説明を求める視線を向けるが、エイサがそれに答えることは無かった。代わりの答えが棺桶の中より聞こえる。


「……遅いわよヴェル。まさか十年間も待たされるとは思わなかったわ。昔から親不孝な娘なんだから」



 この先には傷が修復されたリスティアの姿があった。彼女はリアヴェルに向かってからかう様に声をかけると棺桶の淵に手をかけることもなく、ふわりとその中より浮き出る。そして尻もちをついたままのリアヴェルに向かって微笑みかけた。


「お母さま」

「それでもありがとうリアヴェル。貴方がここに来てくれて、どうにかこうにか生きて戻ってこれたわ」

「お母さま……」

「あはは。十年たっても甘えん坊なのね貴方。でもまあ、いいわ。今日だけは特別、頭を撫でてあげる。おいでヴェル」

「お母様っ!!」


 感極まってリアヴェルがリスティアに飛び込むように抱き着こうとする。

 その襟首をエイサが掴んで止めた。


「ウグゲッ!?」


 少女が出していいような声ではない悲鳴を上げてリアヴェルの動きが止まる。


「何すんの……よ?」


 そんなエイサの行動に文句を言おうとしたリアヴェルだが、彼の視線は驚くほどに冷たい。その視線にリアヴェルは何も言葉を発する事が出来ずにただ押し黙るしかできなかった。


「……あー、ヴェルの部下かな? 親子の体面を部下とは言え邪魔するのは野暮じゃないかしら?」

「その前に一つだけ聞きたい。その答えに納得が出来たのならば、感動の再会でも死の淵からの生還でも好きに喜び、分かち合ってくれて構わない」

「……うーん。これでも一応私先代魔王なんだけど」

「ああ、知っている。だからどうした?」

「先代魔王って事は一応君の上司……って訳じゃないけど、それに準ずる扱いで扱って欲しいんだけど。勿論、引退した先代程度の扱いでいいんだけど」

「だから、それがどうした?」

「あー……親子の再会にそれは野暮じゃない?」

「そんなことはどうでも良い。ただ一つだけ質問を許せと言っている」


 頑ななエイサの態度にリスティアはため息をついた。

 そして、てこでも動きそうにないエイサの態度に折れる。


「どうぞ?」

「なら質問だ。こいつはサブだったのか?」

「え?」


 エイサの問いに何を言っているのか分からなかったのか、リアヴェルは疑問符を浮かべた。それはどういう意味なのか、それはどいう事なのか、はたまたただの冗談なのか区別がつかない。それを問いかけようと彼女は自らの母の方を見た。

 彼女は笑みを浮かべていた。

 先ほどまでの慈愛の笑みではなく。優し気でどこか気が抜けている彼女の知る母の笑みではなく、その笑顔は告白でどこまでも嗜虐に彩られた魔王としての笑み。


「何処で気が付いたのかな?」

「……こいつが時間凍結魔法の術式を使った時に疑問に思って、そしてあんたがリアヴェルの魔力マナを吸い尽くそうとしたその時に確信した。何のつもりかなどは問うつもりは無い。だからこの質問にだけ答えてくれ、こいつはサブだったのか?」


 その言葉にリスティアは答えず、只笑みを深めるだけだった。

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