五十六話
エイサと勇者たちの戦いは戦場における華だ。
資格無きものでは届かぬ高嶺の戦いは、その戦いが始まった瞬間から戦場にあるもの全ての手を止めさせるほどに華々しい。その力量において無双、その技量において人の極み。武芸における究極と究極のぶつかり合いは、まさに神話の戦いの再現といっても過言ではない。
勇者の力量は並の戦士千人に匹敵する。
一騎当千は伊達や酔狂ではない。
それが五人。
連携も加味すれば、まさしく万軍に匹敵する大戦力だ。
魔王軍の精鋭をして、勇者を相手にするのは無謀に等しい。
しかし、そんな相手を圧倒して見せるからこそ、魔王軍最強。
エイサは魔王軍十二将における筆頭だ。基本的に魔王軍十二将における序列は無い。円卓に座し、その場所において将の全てが同等であると位置づけられている。そもそも席次からして加入した順番でしかない。魔王に恭順を誓ったものから順に席次を持っているだけ。ただし、その筆頭だけは違う。エイサにだけは揺るぎない序列がある。
その理由はエイサの力にある。
他者を引き離す圧倒的な力こそが、エイサをただ一人違う位階に置く理由。
ただ一人の力をもって、魔王軍が持つ他十一の軍団のどの軍団をも叩きつぶす事を可能とする圧倒的な力が、彼に筆頭という地位を与えている。
「それに文句があったわけでもないのだけれど、確かにあの男の力はすさまじいわね」
「いきなり何を? イヴリス将軍」
「我ら悪魔族。只人の大軍を相手にして、圧倒するだけの力はあれど、勇者を相手にすると分が悪い。それほどまでに勇者の実力は隔絶している。グランセルを前に出したところで、敗北するのが目に見える程に、勇者とは圧倒的な存在。少なくとも喜んで戦いたいとは思わない存在よ」
山の上からより、エイサと勇者たちの戦いを眺めながらイヴリスはそう言った。
ここからエイサが戦っている場所まで数キロあるが、悪魔族としての肉体性能があれば、純粋な視力だけで戦いを見守ることは可能な距離だ。彼女は山の頂上よりエイサの戦いぶりを、じっくりと見物していた。彼女自身武芸を治めているわけではないが、それでも多くの戦場に身を置いてきた身、その力量の良しあしくらいは見てわかる。
「その勇者を相手にああまで圧倒する。本当に、我らが筆頭様は恐ろしいわねぇ」
そう言いながらイヴリスはくすくすと笑う。
恐ろしいと口では言っているが、その表情は随分と楽し気だ。
「随分と楽しそうっすね」
「ええ、楽しいわよ? 私には近接戦闘の才覚は無かったから。……いえ、立場上近接戦闘を仕込むわけにはいかなかったとでも言うべきかしら、護身術程度のものは身につけてはいるけれど、あくまでその程度、だから、極まった者同士の戦いを見ることはとても楽しいわ」
「うちの将軍が負けたら大ピンチの陥るんですが、それはいいんですかい?」
「あら? あの男が負けると思っているの貴方?」
「まさか。しかし、万が一、億が一を考えるのが部隊を率いる者の務めでしょうさ」
「そうねぇ、あの男が負けたら……」
そう言いながらイヴリスは戦場に視線を向ける。
エイサが放つ斬撃は神速の極み。
その剣撃を受け止める男の力量もまた人知における究極のそれ。勇者より放たれる神剣による一撃は、周囲の馬止めの柵を衝撃の身で切り払い、空間を断ち切るが如く。雨のように降り注ぐ矢の一撃は、一射一射が大地を砕き、外れた一撃ですら大地を揺らす。放たれる魔法は驟雨の如く、そしてその切れ味は魔性の如く。また、柔らかな光はまさしく神の奇跡。受けた傷を一瞬で無に帰す。
怪物だ。
悪魔種たるイヴリスをして勇者五人の実力は箍が外れているように感じる。一人一人が、まさしく超人の域にあるその力量。アレが、本当に只人族の技量か。
しかし、その技量を誇る五人を相手にエイサは一歩たりとも退きはしない。
剣の一撃を回避し、矢を叩き落し、その身に纏った鎧で魔法の雨を防ぎきり、奇跡による治癒速度を上回るダメージを与えていく。
「そうねぇ、悪魔族全員で夜逃げでもしてみようかしら」
「……そいつはまずいっすねぇ」
「なら、あの男が負けない事を祈りなさい。……まあ、あの男が負けるところなんて想像もできないけれど」
轟音が響き渡る。
大地に叩きつけられたエイサの一撃が奏でる音だ。
戦場全てに響き渡るその轟音は、まるで雷でも落ちたかのよう。大地を揺るがし大気を震わせエイサはその剣を振るう。その光景にイヴリスは再び引き込まれた。
閃光のような斬撃が戦場を斬り裂く。
放たれた一撃をソウジが受け止め、受け止めきれず吹き飛ばされながら、吹き飛ばされた状況を利用してエイサより距離を取る。叩きつけた大剣を引き戻し、再度肩に担ぎ直しながらエイサは勇者たちと対峙した。
「チッ」
吐き捨てるようにエイサが舌打ちを一つ。
それはわずかな期間でさらにその能力を高めている勇者に対する称賛と苛立ちを込めた舌打ちだ。
同時に、これ程の力量にまで自信を高める勇者たちに対する敬意の表れでもあり、同時に抱いた違和感への答えが出ない事に対する自身の不甲斐なさが導く腹立たしさへの物でもある。
ソウジの一撃を紙一重で回避する。
今までであればもっと余裕をもってかわせたと言うのに、今となっては鎧を掠める程ギリギリのところで回避するようになった。降りそそぐ矢玉や魔法も剣で迎撃することを選ばず、鎧の頑強さで受け、自身の体重移動をもってその衝撃を受け流す事で無力化する。後ろに回り込もうとしたアリスに放つ牽制のナイフの悉くを撃ち落とされる。ナイフはあくまで迎撃させる事で背後に回られないようにするためのモノであり、撃ち落とされて問題がある訳ではなかったが、それでもこうまで容易く撃ち落とされる程に温い一撃ではなかったはずだ。
強くなっている。
それも明確に、目に見える程に。
エイサとて鍛錬を積み上げ、戦いを積み上げることで今現在も成長を続けている。自身の腕が上がり続けている事を自覚している。その成長速度は英雄の名に恥じぬ速度を保っている。そんなエイサをしてなお、勇者たちの成長速度は異質だ。
腕を上げた。
そんなものでは収まらない。
勇者たちの力量は前回戦った時とはもはや別物だ。
勇者たちの身体能力は前回戦った時とはもはや別人だ。
総じて、同じ人間がここまでの成長速度を発揮できるなど、エイサには到底信じられない。
「チィ」
ソウジの突きを大剣ではね上げる。
跳ね上げた瞬間にソウジは飛びのき、その空間にアリスが踏み込んでくる。
振り抜かれる斬撃を身をずらす事で回避して、跳ね上げた大剣を再度叩きつける。
その一撃は紙一重で回避され、振り抜かれたエイサの大剣が大地を抉り、そして揺らす。
しかしその振動による足止めをアリスは大地から飛びのくことで回避して、後ろに下がったソウジと場所を入れ替える事で残した隙をかき消す。
踏み込んできたソウジの突きを影踏を用いて受け流し、フィリアの影に転移。そのまま大剣を振るうが、振るった先に聖女の姿はなく、転移してきたソウジがその一撃を受け止めた。ソウジとフィリアをシェリスの魔法が入れ替えたのだ。
受け止めるままに吹き飛ばされるソウジ。
その瞬間にエイサの背筋に冷たいものが奔って、その感覚に従ってエイサは跳躍した。
エイサが元居た場所に氷の槍が突き刺さり破砕する。
空に逃れたエイサに向かって矢が放たれた。
鉄板さえ容易く貫く威力を秘めたそ矢が一射にして数十に分裂して襲い掛かる。
それを回避するためにエイサは左の肘よりワイヤーを射出。近場の柵に絡めてワイヤーを巻き戻す事で無理やり空中で態勢を変える。降りそそぐ矢の雨を全てかわし切ると降り来る浄化の光をその大剣で叩き切った。
「今の連携まで容易く防ぎますか」
「は、あれくらいあの男なら当然だろうフィリア」
「でもでも、一発くらい掠るかと思ってたんですけどねぇ」
「それでもあの男は避けた」
「ええ、少なからず脅威に感じてくれたみたいね、シェリス」
勇者パーティが再度集結しエイサに向けて各々武器を構える。
それを見て取ってエイサの視線はますます険しくなる。
理屈に合わない。
武術の腕前であれば一つのきっかけにより開花し、その力量が高まることもないわけではない。その事をエイサ自身は良く知っている。しかし、魔法の力量に関してはおかしいだろう。魔法の力量に関して重要になってくるのはその知識と使用者の身に宿す魔力の量だ。
知識に関しては一朝一夕に身につけられるものではない。それは魔法を使用しているエイサもよく知っている。……いや、知識を身に着ける事と実際に戦場で運用する事が同義ではないと言うべきか。魔法を使いこなすにはそれ相応の時間がかかるのだ。
だからこそ魔法の威力向上に新たな知識が身についたという事は考えにくい。この鍛錬では少しづつ運用の幅を広げていくから、徐々に威力が上がっていくが、一気に能力が向上することは無い。
ならば、魔力量が増えたか。
だが、それは更にあり得ない。
基本的に魔力量の成長は緩やかで上限もある。
シェリスという少女は勇者に選ばれるだけあって、その身に宿す魔力量は優秀で、また上限もそれに倣って人類最高峰の物ではあるだろう。だがこれほどまで急激に魔法の威力が高まるほど魔力が向上するなどありえない。それこそ、魔力の宿る肉体。それが別物に変わっているのではないか。
「……成程。女神の加護か」
そうつぶやいてエイサは思考を切り捨てた。
どの様な手段をもって力を手に入れているのか。それの考察など戦う上で必要ない。いかなる理由があろうとて、いかに勇者共が強くなろうとて、それによってエイサが退くことなどありえないのだから。
武器を構えた。
呼吸を整える。
先手を取ったのは勇者たちだ。
神速に等しい速度で踏み込み来るアリスとソウジの二人。
彼女たちをエイサは自身の剣を持って迎撃に入った。