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五十五話



 戦場に勇者の気配を感じ取ったエイサは、即座に出陣をモンリスに伝え、自らの愛馬を駆り戦場へと飛び出ていった。それを見送るモンリスは本当に好き勝手に動くエイサの事をイヴリスに伝える役目を担う事になり、大きくため息をつくしかない。彼が陣内へと戻りイヴリスに伝えるために、戦場を見渡せる山に登ったころには、既にエイサは戦場の片隅に単騎で突撃しかけているのがその山の上からも確認できた。


「あー、イヴリス将軍。見えているでしょうがご報告いたします。エイサ将軍が出陣。南より一直線に駆けるとのことでさぁ」

「ええ。今見えているわ。だけど、せめて私に報告してから出撃するくらいの配慮は出来ないのかしら、あの男」

「ご容赦くだせぇ。うちの将軍、勇者とあらば突撃しちまうのが悪癖でして」

「悪癖とわかっているなら直させなさいよ全く。それで? あいつが出たって事は勇者が出たのかしら? そんな報告、こちらには上がって来てないけど?」

「あっしの方でも未だ報告は上がってきちゃいませんが……まあ、エイサ将軍が感じ取った以上間違いないでしょうさ。あの人の感覚の鋭さは、探知魔法よりも鋭いっすからねぇ」

「……ま、いいわ。あの男が出撃して、士気は上がれど、下がることは無いでしょう。お手並み拝見と行きましょうか。グランセル。全軍に指示を伝えなさい。我らが魔王軍最強のために道を開けてあげなさいと」

「了解しました」


 イヴリスの言葉と同時にグランセルは姿を消した。

 そして後ろで兵士を呼び、何事かを伝えている。

 その指示が終わると、呼ばれた兵士が通信魔法を用いて、指示を部隊へと拡散する。

 それが伝わった瞬間、山の上からでも陣形がはっきりと割れるのが見えた。陣形が割れたことでエイサの前に道ができる。その道を見たエイサは躊躇いなく愛馬をそこへ突っ込ませた。

 漆黒の鎧を纏う戦士が土埃を上げながら、王国軍の陣へと真っ直ぐに突撃していく。

 そんな彼に向かって雨霰のように矢が降り注ぐ。

 それを、剣を抜き放ち一撃振るうだけで大半を叩き落す。続く多種多様な属性の魔法の矢も同じく。一切の傷を負うことなく、歩兵の列へと突っ込んだ。斬撃が振るわれる。一度振るうだけで十に近い数の首が飛ぶ。あっという間に屍が大地に積み重なり、血潮が川のように流れていく。エイサの操る馬の蹄に踏みつぶされた歩兵の死体、一瞬で胴体を真っ二つにされた死体がエイサの駆け抜けた後には、道標の様に転がっている。


「奴らあれでも王国の精鋭なんだけどね」

「並の精鋭ではエイサ将軍を止められはしませんよ」

「そうみたい。……全くあの男、普通に戦場にでればこの戦いはおろか、王国を全て切り取る事さえ不可能ではないでしょうに」


 戦場を人無きが如くに駆け抜けるエイサを見ながらイヴリスは小さく不満を漏らした。

 戦争という行為を嫌う彼女にとってしてみれば、こんな事をだらだらと続けているのは無駄に見えるのだろう。単騎で戦場を一変させる一騎当千の大戦士。それを投入する事で戦争を終わらせる事が出来るのであれば、すぐ様それをするべきだ。そんな不満が瞳の奥にありありと見える。


「仕方ありますまい。エイサ将軍の目的と魔王軍の目的とには明確な違いがある。その違いがある以上、エイサ将軍を自由に戦場に投入する事は不可能でさぁ」

「それを何とかなだめすかして、戦場に足を向けさせるのが貴方の仕事ではなくて? モンリス君」

「いえ、あっしの仕事は将軍の補佐でしかありません。将軍の意向に従う事こそ、我が役目」

「その将軍が誤った道を行こうとするのであれば、それを留めるのも副官の仕事でしょう?」

「将軍が誤った道を行っているとは思えませんので」

「ふぅん」


 言い切ったモンリスに向かってイヴリスは目を細め視線を送る。

 ピリピリとした肌触り、敵意が向けられている事を理解しながら、モンリスは浮かべた笑みを消しはしない。モンリスはエイサの望みをかなえることを第一とすることを彼に誓った。それは決してその場限りのものではない。故にいかに強大な力を持つ者が相手であったとしても、その態度を変えることはしないのだ。


「ま、将軍の望む道が変わった時。その時にはイヴリス将軍の望むとおりに動いてもらえるやもしれませんがね」

「あの男が自ら望みを曲げると? そうは思えないのだけれど」

「望みは曲げないでしょうさ。しかし、望みは変わる。今しばらくはそれをお待ちください」

「随分と確信的にものをいうのね、モンリス君。その根拠はどこにあるのかしら?」


 その問いにモンリスは多く笑って見せた。

 その問いこそが、彼の望む問いであったからだ。だからその問いに、彼は笑って答えて見せた。


「あっしも譲れぬ望みがありましたさぁ。おそらくは生涯変わらぬであろうと思っていた願いが。しかしどうして、将軍と出会うったことにより、その望みを捨て新たな望みを抱く事が出来た。自らの望みって奴はきっと、新たな出会いによって変わるのです。ならば将軍もきっと」

「変わると? 随分とあの男に依存した考え方ね。貴方みたいな男が希望的観測を持って動くなんて、少し意外な話。でも分かっているの? そんな風に願いが変わるには、変えてくれる誰かと出会わなければならないという事を」

「いいえ、イヴリス将軍。エイサ将軍は既に出会ってるんでしょうさ。しかし、今はまだ胸の内に燃える憎悪によって自身の願いに気が付いていないだけ。ならば、変わるのも時間の問題でしょうさ」

「……ふん。変わるまで私たちの軍が持てばいいのだけれど」

「それこそ、あっしの仕事でさぁ。将軍が自身の真意に気づくまで、魔王軍を持たせる事。それこそがあっしの役割だと思っております」

「そう。なら失敗したときの次善策は練っておきなさい。私はあの男が変わるとは思えない」

「へへへ。そいつは無理な相談でさぁイブリス将軍。将軍はうちの将軍の事を少々軽く見ておられる。うちの将軍は真正の英雄ですぜ?」

「憧憬までは許すわ。だけど、崇拝にまでその念が至るのであれば、貴方の眼は曇ってしまうわよ?」

「崇拝。ははは。あっし空は程遠い言葉ですな。しかし、その言葉肝に銘じておきましょう」


 モンリスはそう言って頭を下げた。

 そんなモンリスに対して興味を失ったのか、イヴリスは戦場に向けて視線を再度向けた。

 言葉を交わしている内にエイサは王国側の陣をずたずたに引き裂いていた。

 凄まじい実力。凄まじい練度、凄まじい勢い。

 戦場における究極は余りに隔絶した実力は、単騎で戦場をかき乱すと言う非現実的な光景を作り出している。王国軍が弱いのではない。アレはエイサが強すぎるのだ。


「頃合いね。グランセル」

「は。指示を飛ばします」

「ええ。だけれど、決してエイサ将軍の前には出さないようにね。あんな者についていかせるのは、私たちの軍をして自殺と大差ないわ。少しずつ、ゆるゆると前に出して敵を押しつぶしなさい」

「無論ですお嬢様」


 グランセルはそう言って幕内より姿を消した。

 それを見送るとイヴリスはもう一度戦場へと視線を送る。


「さて、後は勇者だけれど」

「そのあたりはうちの将軍の管轄でさぁ」

「わかっているわ。だから、あまり前に出ないようにと指示を出したの。あの男、勇者を前にしてお預けができる程、躾が出来ているわけではないものね」

「エイサ将軍を犬扱いですかい?」

「あら? 怒ったの? でもピッタリでしょう? 躾の出来ていない餌に飛びつく犬。首輪と鎖は着いていても、鎖の先の飼い主を振り回すあたりがそっくりじゃない」

「そいつは認めますがね、生憎うちの将軍は犬程可愛らしい動物ではありませんぜ?」


 モンリスは至極真面目な表情でそう言った。

 そんな彼の言葉にイヴリスは確かにと頷いて見せる。戦場で活躍するエイサは地獄の番犬ですら比するには温すぎる。古の神話に謳われる大英雄が如し。単騎にて戦場を勝利に傾ける無双の極み。

 不意に戦場に輝きが満ちた。

 聖なる輝き。

 清浄なる気配。

 神聖なる者が戦場に降り立って王国軍を鼓舞する。

 勇者だ。

 あれもまた、エイサとは別の無双。無類にして無敵の大英雄。

 それが戦場にて激突する。

 もはや幾度目かを数えるかさえ分からぬほどの激突。

 その激突は、戦場にいるあらゆる者たちを置き去りにしてたった一つの戦場を作り上げる。

 戦争の舞台が変わった。

 部隊同士の戦争から、たった五人と一人の戦闘行動に規模が貶められた。

 変則的とはいえ、今から行われるのは一騎打ちだ。

 勇者という五人一組のパーティとエイサという単騎が互いに相食み合い殺し合うだけのモノに成り代わる。そしてその決着がそのまま戦いの帰結となるだろう。それが勇者の戦いだ。それがエイサの戦いだ。戦争がたった一つの戦闘に集約されるなどという理不尽にイヴリスはため息をついた。


「嫌になるわ。結局勇者とエイサ将軍の一騎打ちで戦争の趨勢が決まるのであれば、最初から争わせておけばいいだけのにねぇ?」

「それが出来れば、一番楽なんでしょうけどね。そいつは王国軍が許してくれませんぜ?」

「ふん、分かっているわ。ただの愚痴。だけれど、あの男の戦いを見ていればそうも思う。私たちはいったいいつの戦争をしているのかしら? たった一騎の英雄様が、戦場の趨勢を決める。あは……まさしく、神話の世界のお話じゃない。……ほんと、嫌になる。これだからあの男は嫌いなの」


 そう言いながらもイヴリスの視線は勇者と相対するエイサに注がれている。

 食い入るような視線は、エイサの挙動の一切合切を見逃す気が無いことを示している。

 その視線はまるで恋する乙女か、憧れのヒーローの活躍を見逃すまいとする少年のまなざしか。どこまでも熱いものが籠っていた。



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