五十話
鉄錆の香りがみちるせかいにてエイサと勇者たちは戦いを繰り広げている。
闘技場を満たす沸き立つ観衆はその全てがかつての映像の投射ではあるが、吠え猛る歓声は闘技場を揺るがし、戦いの高揚と流れる血に酔わせてくる。悪趣味な罵倒も、下劣な歓声も全てがエイサを戦いに駆り立てる。
悪夢の闘技場はそれ自体に強烈な効果を持ちえない。
付与して作り出すのがただの闘技場だ。そこに味方が生み出されるわけでも、相手に弱体を付与するでもない。この世界を付与する事でのメリットは、神からの神託を排除する事ができ、その上で相手の逃走を許さない事のみ。ただそれだけのメリットを享受するための維持コストに、エイサは自身の血を剣に捧げている。
術者を殺し切るか、術者が自身以外の全てを殺し切るか以外では解除されない呪われた付与魔法。しかし、エイサが用いたときの効果は絶大だ。遮るものの何もない闘技場は世界最強たる彼が用いることで、まさしく悪夢となり果てる。
「さあ、ここで死ね勇者ども」
「アリス!!」
「ええ、ソウジ!!」
言葉と同時に踏み込んだエイサをアリスとソウジが迎撃する。
放たれた斬撃をソウジが受け止め、その隙にアリスが剣をねじ込む。
だが、エイサはその二人を歯牙にもかけない。
受け止められた斬撃。それが弾かれる勢いのままその場より離脱して、フィリアの目の前に現れた。
「くっ!?」
「死ね」
斬撃がフィリアを薙ぎ払う。闘技場の壁にまで弾き飛ばされ、血反吐をまき散らした。
「チッ……」
殺し切れなかった自身の未熟さに舌打ちを一つ。神の祝福により一撃のみ威力を減衰され、壁に叩きつけた衝撃でしかダメージを与えられなかったため、ギリギリでフィリアは生きている。追撃を駆けようとするが、それに反応したソウジがフィリアの前に立ちカバーリングに入った。同時に、後ろからアリスの斬撃、シェリスの魔法、リヴィの矢が迫りくる。
アリスの斬撃を彼女の腕を取って防ぎ、そのまま振り回す事で魔法と矢を叩き落す。その勢いを殺すことなくアリスをソウジへと投げつけた。
ソウジがフィリアを掴んでアリスをかわす。くるりと空中で態勢を整えた彼女は壁を蹴りエイサへと再度突撃を駆ける。体に突き刺さった矢と魔法によって切り刻まれた傷跡は、フィリアの奇跡が治癒を施す事で既に消え去っている。
援護に放たれた矢をかわす動きと同時にリヴィの後ろに回り込んで一閃。
しかし、剣が直撃する直前でリヴィの姿が掻き消えた。
気配を探ればアリス達のすぐそばに合流している。魔力の残滓が彼女に起こった出来事を伝えてきた。空間転移。シェリスの魔法により場所を転移することでエイサの斬撃を無理やり回避させたのだ。
ゾブリと自身の血が奪われる感触。
闘技場がエイサの血を贄として奪っていく。
その痛みでさらに神経が研ぎ冷まされる。勇者を殺すための策が脳裏に奔る。
「フッ!!」
踏み込んだ。
その一撃が大地を揺らす。
その振動で僅かに揺れた勇者たちの連携の狭間を食い破るが如く突っ込んでいく。
その動きは閃光を置き去りにするが如く。
その一撃は大気を切り裂いて、切り裂かれた大気さえ置き去りにして勇者たちに襲い掛かった。それをソウジが一歩前に出て受け流す。爆発じみた激突音。衝撃全てを受け流すことなど出来ず、体ごとソウジが吹き飛び道があいた。二歩目を踏み出す直前、エイサに対してアリスが斬りかかる。
その刃を受け止める。
刃を刃似て受け止めるのは不可能。しかし、その刃を挟み込むように指で止められたアリスは驚愕の念をこの男ならやると言う納得で押しとどめ、隙を晒すことなく流れるように蹴りを放つ。放たれた蹴りは狙い違わずエイサの額に直撃する。
浅い。
蹴りごたえがまるでない。
あたったのではなく、ほぼ触れただけにとどまる見切りの極み。
そのまま左手一本でアリスを剣ごと投げ飛ばし、その態勢のままエイサは左膝の仕込みフックをフィリアに向けて飛ばした。
「させるかっての!!」
「合わせます!!」
リヴィがその一撃を弓で叩き落す。
同時にシェリスがエイサのいる場所を空気ごと氷結させた。
「ハッ!!」
気迫裂帛。
気を吐くと同時に魔力を解き放つ。
その魔力は衝撃波となって凍り付いた空間を破砕し、エイサは自由を取り戻した。
ナイフを三本呼び出して投擲。応じるようにフィリアが聖盾を展開し、それを防ぎきる。
「死ね」
瞬間エイサが裏回った。
影から影へ瞬間移動。
影踏の魔法を発動し、フィリアの後ろに転移して斬撃を振るう。だがその一撃はまたしても空振りに終わる。三人の姿が同時に掻き消えた。
シェリスの空間転移。
詠唱さえほとんど聞こえない程の瞬間詠唱魔法。
その力量に舌打ちを一つ。
同時にどの場所に現れるかを即座に掴み、エイサはそこへ向けて再びナイフを投擲した。
「させねぇ!!」
「今度こそ取った」
そのナイフをソウジが叩き落す。
投擲した隙をアリスが突いた。
しかし、一対一の状況下でエイサが後れを取るはずもない。
放たれた一撃を弾き飛ばし、そのまま大剣をアリスに突き刺した。
血潮が噴き出る。
間違いなく致命の一撃を受けながら、それでもアリスは貫いた剣を握る腕を斬り落とさんとアリスティアを振るう。それに反応して、エイサは大剣より手を放し、大剣の柄目掛けて回し蹴りを放った。蹴り抜かれた大剣は闘技場の壁へと飛来し、アリスをくし刺しにした。
「戻れ」
言葉と同時に魔力で作り上げた糸を通してエイサは自身の大剣を回収する。背後より迫るソウジが付きだした槍の一撃を真上から踏み止めると、そのままソウジの顎へ膝蹴りを叩き込んだ。噛み締めた歯が砕け散り、首の骨が砕ける。
「再生術」
しかし、即座にその傷を聖女が癒した。
巻き戻るような再生。致命の一撃さえ無意味に変える神の奇跡。
内臓を完全にぶち抜いたアリスも、シェリスが空間転移により回収したことにより、これで戦線に復帰する。
「ふん。不死者も真っ青だな勇者共」
「てめえこそ、勇者も真っ青だぜその実力」
神器を振るいエイサに挑みかかるソウジがエイサの呟いた言葉にそう返した。
放たれる槍の一撃は連撃であれど、その一撃にて勇士を屠るに足る技巧と力が込められている。神器と相まってまさしく超人の技だ。しかし、その技をさえエイサの前には児戯に落ちる。降り来る突きの連撃の全てを受ける事さえなく回避して、その中より一発だけ選び取って軽くいなす。それだけでソウジはエイサの前に無防備を晒す事になる。
大剣がソウジの首を撥ね飛ばした。
意識が飛ぶ前の間隙にフィリアの蘇生術が割り込むことで死の淵より蘇る。
だが、ソウジの首を撥ねたのはエイサにとってはついでにすぎない。
崩れ落ち蘇生するソウジの横をすり抜け、再度アリスと後衛たちに迫る。
蘇生したアリスが飛び出すのを剣にこびりついたソウジの血潮を振り飛ばす事で一瞬の目くらまし。その血煙が彼女の視界を覆った瞬間にエイサは自身の速度を一つ上げてアリスの視界より掻き消えた。
「くっ!?」
気配を探る。
闘技場という平面に有ってなおその気配を感じさせないと言う絶技に、僅かに反応が遅れ狙いを悟ったアリスはフィリスたちの元へ戻ろうとそちらへ視界を向けた。既にエイサが大剣を振りかぶり空より落ちてくる。
「かわしなさい!!」
アリスの指示が三人へと飛ぶ。
しかしその指示はコンマ数秒遅かった。
シェリスの空間転移もリヴィの迎撃もフィリアの聖盾も全てが間に合わず、エイサの大剣が三人の真ん中に落ちた。
大地が砕ける。破砕された地面のかけらが散弾銃が如く周囲にまき散らされた。
「なっ!?」
「くっ!?」
「チィっ!?」
三人の悲鳴が重なる。
三人を襲った礫は容易く神の祝福を打ち砕く。神の祝福はあらゆる一撃より一度だけは身を守るが、その一撃の強さは頓着しない。いかなるダメージも初手においてのみ完全に防ぎきる。故に複数の同時攻撃や間断なく攻撃が放たれ続ける光線を系統の魔法なら防ぎきれるが、連続でされど間違いなく途切れている攻撃には弱い。
叩きつけた大剣が地面に跳ね返される衝撃を利用してリヴィとシェリスをアリスの方へと蹴り飛ばす。
エイサの方へ向かって疾駆していたアリスは二人をすり抜けるようにかわし迫るが、それでも一直線に到達はできずに僅かなロスが生まれ、そしてそのロスは致命的だった。
「聖盾!!」
「温い!!」
神の授けた奇跡聖盾に向けてエイサの斬撃が放たれる。
その一撃は聖盾に激突し、それを一切の停滞なく斬り裂き、そのままフィリアの首を撥ねた。そのエイサの背後よりアリスが斬りかかるが、それを身を引くことで回避し、そのままアリスの方へと向き直る。撥ね飛ばし空を舞った頭が落ちてくる。
それをアリスに向けて蹴り飛ばす。
「エイサぁ!!」
「死ね」
仲間の頭を足蹴にされてアリスが激した。激高して頭に血が上ったことで生まれるのは隙だ。それを逃すことなく、エイサは大剣を投擲。彼女の頭を抱えたアリスをその頭ごと貫いた。頭蓋が叩き割られ、臓腑を貫抜き、フィリアの脳漿とアリスの血潮が混ざりその場所に血たまりを作り上げた。
再度魔力糸を引くことで剣を回収して血潮を払う。
彼女たちの屍が魔力に返っていくのが見えた。
「そこまでするのか、貴様」
シェリスとリヴィの前にかばう様に立ちはだかるソウジがエイサに向けて言う。
その言葉は、エイサと同じく憎悪の炎に濡れていた。
皆様のおかげで50話到達しました。
ここまで書いてきて、まだ序盤が終わってらぬ辛さ。
これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします。