表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/144

五話


 ドラゴン族との決戦の地に集められた部隊は精鋭だ。

 そうでなくては、進撃するドラゴン族の戦士相手に戦陣を保つことなどできはしない。 ドラゴンの中では下位に属する地を這うものでさえ、圧倒的な性能ステータスをもって熟練の騎士を叩きのめす。そんな怪物どもの集まり相手に、どうにかこうにか戦況を維持できていたのは、人という種族が長き時をかけて築き上げてきた戦術おかげだった。

 特に女神への信仰心を元に発現する神聖術は防御、治癒に特化してしている。この術に加えて地理を知り尽くしたという戦術的優位性、熟達の騎士たちが見せる連携の妙。それら全てが合わさって、圧倒的に押されてはいるが、致命的な敗北は逃れ続けていた。

 時間を稼ぐ。

 それが彼らに与えられた至上命題であり、彼らの存在意義だ。

 時間さえ稼げば何とかなるという宛もある。

 勇者という、理不尽をさらなる理不尽をもって塗りつぶす希望の化身。人の世における生きた伝説が、戦場をひっくり返す。その手はずだった。

 希望がある部隊は強い。

 誰もがその希望に縋り、誰もがその希望のために命を燃やす。そしてその力は集団の中で大きな力を与え、魔王軍の中でも最精鋭たるニコ・ラブリスが率いるドラゴン族の部隊を相手に互角以上の戦いを見せていた。

 その戦況の推移にドラゴン族の部隊長である男は唸り声をあげた。

 それは感嘆の声だ。

 ドラゴン族の性として強者に対する敬意がある。敵対していようが、憎むべき仇敵であろうが、素晴らしい力量を見せるものに対しては尊敬の念を隠さない。それは、足りぬ身体能力を戦術、連携、熟達、思慮、勇気、希望で補って見せる目の前の部隊であっても例外ではない。

 相対する者どもは強者だ。その事実に身震いするほどの歓喜を咆哮にのせ、自らが指揮する部隊の者共にさらなる奮戦を促すための発破をかけようとした。

 その時。

 一陣の疾風が戦場を駆け抜けていった。あるいは雷鳴。あるいは破壊。あるいは死そのものだったのかもしれない。

 彼は漆黒の鎧を身にまとうその姿を人型と見て取って、それでもなおそれが生物だと理解できなかった。

 鮮血が戦場を染め上げる。

 僅か一振りで戦陣を切り裂いて、黒い稲妻が白い軍勢をかち割っていくその光景。

 それを成した男を見知っている。

 ドラゴン族の戦士たちが強者と認めた者たちがまるで塵芥が如し。

 それを成した男をよくよく知っている。

 戦士としての究極のそれ。騎士としての無双のそれ。

 彼らの頂点でさえ届かなかった、魔王軍が誇る最強。

 それを見た瞬間に将である身でありながら、彼は戦場を駆け始めていた。吠え滾る咆哮は、喉も裂けよと言わんばかりに高らかに、肉体は部隊の誰よりも早くと疾駆する。

 戦場の空気は単騎によってがらりと変えられた。互角であった流れはエイサの単騎掛けにより全てが無為に伏す。

だが、それをただ見ているだけで済ませようはずもない。

 戦闘から蹂躙へと代わるその刹那、人の軍勢よりただ一人の少女が飛び出した。

 金髪碧眼。純白の鎧に身を固めた女神の勇者。

魔軍が誇る最強に対する人界の究極。

 疾風のごとく戦場を駆け抜けて、エイサに向かって突撃する。

 しかし……


「機を逃したな勇者」

「負け惜しみを言わせてもらうなら、君が戦術を嗜むとは思ってもいなかった。趣旨がえとは、君はつくづく酷い男だね」

「そも戦術を嗜んだ記憶はない。俺が持ち得るものは、貴様に対する憎悪のみだ」

「君にそこまで思われるとは、ふふ、女冥利に尽きると言うべきかな?」

「痴れ事を」


 勇者の突撃を馬上にて容易く捌き、その大剣で勇者の右腕を斬り飛ばす。破邪の聖剣、アリスティアを握ったままに彼女の腕が空を舞う。腕一本で済ませたのは、彼女の熟達した腕前があってこそ。並みの英雄なら、先の交錯で終わっていた。


「フィリアっ!!」


とは言え、腕一本失って勝てるとも彼女自身思っていない。だからこそ、飛びのくと同時に自身の仲間へと指示を飛ばす。


再生術リジェネイト


応じた声は、清廉な響きを持つ少女のものだ。天へと祈る聖句が、一瞬で勇者の右腕を再生させた。

 エイサはその声の先へわずかに視線を向けた。そこには可愛らしい少女の姿があった。亜麻色の長い髪。身にまとうのは女神を奉じる聖者の服装。長い錫杖を胸に抱きながら、エイサの方へと凛とした視線を送りながら女神への誓願を行い続けている。その請願が勇者に与えられた女神の恩寵をさらに強めている。


「エイサッ!!」


 腕ごと剣を弾き飛ばされた勇者が予備として腰に下げた剣を抜き放った。わずかに視線を逸らしたエイサの隙を狙った、疾風にも似た音抜きの剣技。

 金属音が鳴り響く。

 勇者が放つ斬撃は間違いなくエイサに直撃した。一瞬の交錯で放たれた斬撃の数は五つを数える。しかし、そのこと如くをエイサは鎧で受け切ってみせた。

 予備の剣とはいえ勇者が刷く剣は間違いなく名剣と呼べるものであり、同時に勇者の技量も人域の最高位にある。だと言うのに、一切の傷を負う事なく痛痒を感じさせる事なく受け切って見せたその鎧の質の高さに、あまりにも鮮やかに鎧を扱うその技巧に勇者は溜息を吐くしか出来なかった。敵対している彼女が見惚れるほどの卓越技巧。戦いに身を置く者として、もはや嫉妬すら出来ない程の武芸の極みがそこにあった。

 ガジャンという音がした。

 金属音に生々しい水音が付随したそれは、エイサの大剣が勇者の頭蓋を叩き切り、そのまま股下まで振り下ろした音だ。エイサの斬撃を受けようと勇者が構えた名剣ごと、勇者の肉体を守る鎧ごと一瞬の停滞なく、頭頂から真下に縦に割断された勇者の肉体がその場で二つに分かたれた。

 鮮血がエイサの鎧を朱に染め、同時に勇者の血肉が金の粒子へと還っていく。

 その光景を戦場にいる誰もが息を飲んで見ていた。

 余りに残酷で同時に美しくもあり、何より現実感の無い光景はまるで神話の一場面であるかの様。


勇者一党パーティか」


 戦場にあるまじき静謐の中、エイサの声がフィリアと呼ばれた少女に向けて放たれた。

 エイサの声に一番最初に反応したのは周囲の騎士たちだ。

 勇者一党の一人である彼女を守るために、エイサに向かって突撃を敢行する。


「無駄な事を」


 そんな騎士たちをエイサは再度一撃で切り伏せる。それ程の時間がかからず、フィリアの周囲には動ける者はいなくなり、周囲に残るのは屍の山と血潮の川のみとなった。

 そんな光景のの中で、エイサは騎乗姿のままフィリアへと近づいていった。

 握った錫杖をエイサに突き付けながら、少女は険しい表情を向けた。

 少女のか弱き抵抗を無視して、エイサは彼女の胸元へと剣を向けた。漆黒に艶めく大剣が、聖なる衣を僅かに裂いて、胸元の柔肌に一筋の赤い線を引いた。滴り落ちる血液が、赤と白のコントラストを際立たせる。そして、エイサはその胸元に刻まれた紋章を見て取ると天を仰いで大きなため息をついた。


「な、なにを……?」


 問うたフィリアに答えもせず、突き付けた大剣をそのまま押し込む。

 悲鳴と血飛沫が周囲に舞った。

 エイサが押し込んだ剣は、狙い過たずフィリアの心臓を貫いた。

 だからこそ断末魔の悲鳴は長くない。その悲鳴が途切れると同時に力を失った彼女の体が崩れ落ちて、そのまま光の粒子となって、世界に溶けていく。

それは勇者が死したときと同じ現象だ。その光景が示すのはフィリアという聖女も、女神の加護の元に何度でもよみがえって来るであろう事。

 その事実に辟易する。


「死んでも蘇る勇者様と聖女様か。は……あいつらに比べれば、不死者アンデッドの方が、死に対してよほど紳士的だ」


 エイサは吐き捨てるようにそう言った。そして少し離れたところで敗走している人族の部隊を興味なさげに眺めた。戦力のあてを失い潰走している部隊相手なら、武勲を稼ぐことは容易いだろうが、そもそもからしてそんなことは求めていない。

後のことは味方に任せることを決めると、戦闘が一段落したことによりすり寄ってきた自らの愛馬を優しくなで、エイサは再び騎乗姿に戻った。

 役目は終わった。

 戦争に勝つことがエイサに求められた役割ではない。そうであるならこれ以上戦場にとどまるのは蛇足だ。それを彼は理解しているからこそ、勇者を屠れば直ぐに帰陣するのが彼の常だった。今回もそれに習おうとする。しかし


「エイサ」

「ニコか」


 戦場を離脱しようとしていた彼にニコが声をかけた。

 天幕にいた時と変わらぬ優美なドレス姿からは、戦う気などまるで感じられない。土埃と血煙がいまだに残るこの場において、あまりにも異質な恰好の少女は、しかしその姿であってなお、あらゆる英雄を上回る怪物だ。

 とは言えわざわざ戦場でドレスを着込むほど、酔狂な奴でもなかった筈だが。


「何のつもりだ?」


 訝しみながらもエイサがそう聞くと、ニコは不機嫌そうな声で質問を返した。


「それはコチラのセリフよエイサ。あんた、どこ行くつもり?」

「どこと言われても、俺の役割は終わっている。なら、陣払いするのは当たり前の話だ。それよりも、ニコ。俺にはお前の格好の方が余程訝しむべき格好だと思うが?」

「……ふん。私だって、戦場でこんなものを着込んでいたくないけれど、我らが魔王様のお言葉には従わなければね」

「そうか。まあ、奴が言うのであれば俺程度では及びもつかない深謀遠慮でもあるんだろうさ。理由があるなら、それ以上俺が何かを言う必要はないな」


 それだけ言うとエイサはニコの隣を抜けて自身の陣払いへ向かおうとする。しかし、その行き先をニコの右腕が遮った。


「何のつもりだ?」

「戦場でのやり取りは終わったけど、戦争自体が終わったわけじゃないでしょう。占領政策に従って、攻めてた町のトップ共と交渉するんだから、あんたもついてきなさい。あんたも魔王軍の将軍でしょ?」

「知らないな。俺の役割はいつだって勇者を殺すことのみだ。交渉だの、部隊の指揮だの頼まれた記憶はあっても請け負った記憶はない。そもそも俺が奴と結んだ契約は、勇者を殺すまでの間の武力の貸し出しだけ。そんな些事はどうでもいい」


 その言葉にニコの視線が細くなった。並の人間では既にショック死していてもおかしくないような眼光をその身に受けながら、エイサは平然とニコの瞳を見つめ返していた。


「魔王軍幹部としてあるまじき発言よね、それ。もう少し将軍としての自覚を持ちなさいエイサ」

「知ったことか。それとも何か? 力づくで言う事を聞かせて見せるか? それなら付き合おう。くだらない交渉事よりも、お前と刃交えている方が遥かに有意義だ」


 エイサの言葉にニコは僅かに頬を染めた。魔王軍の任務よりもお前との逢瀬を楽しみたいなどと、好いた男に言われれば、そりゃあ頬も染めよう、口角も釣り上がろうというものだった。

 無論、エイサがそういう意味で言ったのではない事は十分に承知している。


 今のは交渉ごとをやっているくらいなら、お前と戦っていた方が鍛錬になって有意義だ。という意味であることを、ニコの理性は十分理解していたが、感情面では喜びを抑えられなかった。


「ま、まだいい」

「だったら、やはり俺がいる意味はない。先に陣払いをさせてもらうぞ、ニコ」

「……」


 真っ赤になってうつむき、無言を貫くニコ。その態度を了承ととりエイサは自身の陣内へと馬を走らせた。

 脳裏に写るは勇者一党の聖女の姿。勇者と同じく光の粒子となって消えゆく現象は別に構わない。勇者一党が現れた事はモンリスから聞いて初めて知ったが、勇者一党がいずれ現れる事は以前より聞いていた。

 かつて、魔王が魔王ではなかったあの頃。エイサがまだ将軍ではなく、ただのガキだったあの頃。復讐に燃え、復讐のみに生きると決めていながら、その生き方に全てを捧げられていなかったあの頃に。

 脳裏に流れるかつての記憶。

 宛はなく、只さまようだけの寄る辺なき子供二人と幾人かの大人たち。

 そんな時代のことを、思い出してそれを再びため息とともにかつての中へ沈めておくことを定めなおした。寄る辺なきそんな時期の短くも長い旅の時。エイサと魔王の……


「将軍」


 不意にエイサに向けて声がかかった。馬上より声のした方に視線を向けらば、モンリスがそこにいた。


「……陣払いの準備は?」

「既に。何時でも引けますぜぃ」


 エイサはモンリスの言葉にうなずきを返す。それに応じて、モンリスをは陣払いの命令を伝達した。

 十人程度のゴブリンたちが動き出して、荷車に纏められた荷物を引きながら撤退していく。精鋭部隊のように粛々とした撤退ではなく、ワイワイとにぎやかな陣払いにモンリスはバツが悪そうに頬を掻いたが、エイサはまるで気にした風もなく馬を走らせた。


「将軍。流石にもうちょい部隊の人数増やして練度あげまましょうぜ? 流石に将軍が率いる部隊にしちゃおそまつがすぎらぁ」

「好きにしろ。もとより俺に部隊経営なんぞできはしない。全て任せる」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ