四十八話
海の上で魚人達の戦闘能力は龍種に匹敵する。
それを肯定するかのように、輸送船を襲撃した魚人達は王国軍を蹂躙している。そもそも船の上でしか満足に戦えない只人族と、海の中でこそ、その真価を発揮する魚人族とでは利用できるフィールドに圧倒的な差がある。その差が如実に結果に反映されていた。
既にいくつもの船が海の藻屑となり果てている。
「あまり殺すな。捕虜としてナグラムに送るのだっ!!」
その勢いにアドラの鋭い叱責が飛ぶほど、戦闘能力に隔絶した差がある。それをモンリスはアドラと共に船の上から眺めていた。魚人族の恐ろしさを存分に知らしめているそんな中で、また轟音が響いた。
船がかち割られた音だ。
ど真ん中より真っ二つにされた船が沈んでいくのがモンリス達よりも見えていた。
エイサだ。
体が鈍ると言う理由で参戦したエイサの一撃が、船を真っ二つに切り裂いたのだ。
海上という只人族においては地の利を得られない戦場において、誰よりも輝きを放つ只人の姿に魔王軍最強の名は伊達ではない事を見て取れる。海をホームグラウンドとし、圧倒的な地の利をもつ魚人族さえ押しのけて、戦場における最大の輝きを放っている。
相変わらず強い。
無双極まっている。
魔王軍最強の称号はどんな場所で戦ってもその称号を他者に譲らない。
「しかし、流石はエイサ将軍だな。海の上では流石に俺たちに軍配が上がるだろうなどと多寡をくくっていたが、あれはそんなレベルで戦っちゃいない。まさか、海を蹴って走るなどとは想像もしていなかった」
「会敵するのに最初に気が付いたのも将軍でしたしねぇ」
「全くだ。我ら魚人族は魚たちとの会話により敵の位置を誰よりも早く掴めると思っていたのだが、そんな我らよりも早く敵の位置を掴むとは、いったいどんな索敵範囲を持つのだ、あの男は」
「やることが無かったから、瞑想がてら気配探知に集中していた成果だ。と本人は言っていましたが……いくらそれに集中したからって数十キロ以上離れた場所を感知できるものなんですかい?」
「無茶苦茶を言うな。俺とてある程度の武術は嗜んでいるが、そんな無茶苦茶な距離を探知できるわけ無いだろう。数十キロって水平線の遥か彼方だぞ?」
「そうっすよねぇ。無茶苦茶っすよねぇ」
「いや、それ程でもない。陸地と違って海の上は目標以外にでかい気配がないからな。地上よりも探りやすいのは確かだ」
「……将軍。いつ戻ってきたんっすか?」
「ん? つい今さっきだが? あれ以上敵船をぶった切ると、捕虜を輸送するための船が足りんだろう? これでも戦闘後の配慮はしているんだ」
「いやそこじゃないっす」
「将軍。さっきまで敵の船をぶった切っていたのではなかったか?」
「いや、だから。最後にぶった切った後、こっちまで戻ってきただけだ」
「……そうなんですか。流石、離脱まで鮮やかっすねぇ」
モンリスは詳しく突っ込むことを諦めた。そして数百メートル先の戦場にもう一度視線を向ける。
そこまでは間違いなく海があり、戦場と今乗っている船とを切り離している。戦場から目を切ったわけでもないのに、どうやってここまで気づかれずに戻ってこれるのか、それがモンリスには不思議だった。いや、自身だけであるなら見落としもあるだろうが、隣にいるアドラも驚きの視線を見せている。海戦の百戦錬磨たるこの男が戦場の推移を見逃すとは考えにくい。本当にどうやって。
「いや、将軍の無茶苦茶っぷりを深く考えるのはやめておきやす」
「人を怪物のように言うな」
「いや、間違いなく怪物だろうに。龍種を超える人など人な訳がない」
「アドラ将軍まで言うのかい。お前だって海の中でならそれくらい出来るだろうが」
三人がグダグダ言い合っている内に海の上では戦闘が終わったらしい。松明をこちらに向けて振っている魚人の姿が見て取れた。それを見てアドラが操舵手に向けて指示を飛ばす。ゆっくりと船を動かして、輸送船の側へとつける。その時、不意にエイサが海の彼方へと視線を向けた。
「来るぞ」
「アドラ将軍、勇者っす!!」
「何っ!?」
「俺が出る。撤収準備を始めておけ」
そう言った瞬間に水平線の彼方より光線がエイサ達の乗る船に向けて迫ってくるのが見えた。
まずいとアドラが思った瞬間にはその光線に向けてエイサが斬撃を放ち相殺する。その余波は海上に響き渡り、海を凍結させた。
「今のは……」
「氷結魔法の類だな。魔力を用いて極度の冷気を収束、そのまま指向性を持たせてぶっぱなしやがった」
「何処から!? まだ敵さんの影すら見えてませんぜっ!?」
「魔法使いの本領発揮だな。基本的に魔法使いは遠距離戦でこそその真価を発揮する。魔法によって敵の位置を見定めそこに向かって魔法をぶっ放す、固定砲台としての使い方が一番効率がいい。目に見えない程の長距離からの攻撃ってのは流石に規格外だが……それでも、捉えたぜ」
「将軍、俺たちの対策は?」
「とっとと撤退しろ。出来る限り射線から逃れるようにジグザグに船を走らせながらな。出来る限りのフォローはするが、何発か直撃は覚悟しておけ」
「りょ、了解」
モンリスがそう言った瞬間、再度水平線が光った。
再び迫る光線。それを再度斬撃を飛ばしてエイサが相殺する。相殺したときに発生した衝撃波によってまたも海が凍り付く。その場所に向けてエイサが跳躍した。海を大地のように踏みしめて敵に向かって疾駆する。
「アドラ将軍!!」
「わかっている。一度引いて立て直す。全員乗船急げッ!!」
「しかし、いくら何でも行動が早すぎる。俺っちの行動が読まれたか……それとも……」
「モンリス。お前は船内に籠れ!! この一撃お前が喰らえばひとたまりもないぞ!!」
「そりゃどうも、ご気遣い感謝しやす」
再び放たれた光線が船の側を掠める。
その光がなぞった通りに海水が氷結し、その周辺までも凍らせていく光景に背筋が凍る。
流石は勇者の放つ大魔法。その威力はもはや天変地異のそれに等しい。夏場の海水をこうも容易く凍らせるなど、尋常の威力ではない。あんなもの直撃すれば氷の像になってしまうだろう。それはアドラも例外ではない。
四射目。
その一撃は海上を走るエイサがそらしたが、完全に逸らし切る事が出来なかった。
王国軍の補給船へと直撃し、船ごとその周囲の海が凍り付き、そして光線の威力に負けて砕け散った。
「しかし、あれ程の魔法を容易く連射できるのか。凄まじい腕前だ。……いや、感心している場合じゃないのは分かってはいるんだがな」
「親方ぁ!? 全員乗り込めましたぜっ!!」
「よっしゃあ!! 全員撤退!! あの光線が届かない距離まで全力で引くぞ!!」
「「「「「「「オッス!!!」」」」」」」
アドラを先頭に何人もの魚人たちが海へと飛び込んだ。
そのまま、船の底を掴むと全速力で船を曳いて逃げる。
風を掴んで走る帆船の速度を上回るその速度は、魚人が船を扱う事による発生するメリットだ。魚人族の泳ぐ速度は帆船の最大速度を上回り、同時にその速度をもって帆船を運用することも可能としていた。
放たれる光線を回避しながら逃げ延びる。
永遠にも等しい数分間。
それを越えてようやく攻撃が届かなくなって、アドラは大きくため息をついた。
「全員、生きてるか?」
「勿論ですよ親方」
「むしろ客人の方が心配なんですが」
「は。俺らがエイサ将軍の事を心配するなんぞ100年早い」
「いやあ、そっちじゃなくって、あの小鬼の副官っす」
「そうそう。この速度でぶっ飛ばした船に乗って、死んでないっすよね?」
「……」
部下からの問いかけにアドラは慌てて海から飛び出し、船内にて待機しているモンリスへと駆け寄った。
「生きてるか? モンリス」
「生きてますよアドラ将軍。ただ、ちぃっときつかったっすねぇ」
「生きているのであれば問題はない」
「そうっすね。ただ、船酔いで死にそうっす。まさか数分で船酔いになるとは思ってもなかったっすけど」
そう言うとモンリスはふらふらと立ち上がった。
「それでアドラ将軍。無事に抜けれたってことでいいんですか?」
「ああ。一応の射程外には出れたのだろう。ここまで魔法が飛んできていない」
「うーむ。それはエイサ将軍が勇者と接敵したからって可能性もありやすが、とりあえず一安心って事ですかい」
「ああ。少なくとも現状は直接狙われていない」
そう言った瞬間に海上に衝撃波が伝わって船がびりびりと揺れた。
凄まじい破壊力が空気中を伝わって海をざわつかせる。轟音が彼方の水平線より聞こえてくる。
「それにしても凄まじいな。ここまで衝撃が伝わるのか」
「多分、この威力は勇者の一撃っすねぇ。エイサ将軍は受ける際に衝撃を逃がすから、その衝撃が拡散するって言ってましたし」
「受け流してこれか」
「なんでしょうね」
連続する轟音が海面を揺らす。
空は晴天だと言うのに、まるで嵐のただなかにいるようだ。
勇者と魔王軍最強の戦いは、その余波だけで天変地異を引き起こす。
響く轟音荒れる海原。
それらが、人によって引き起こされている現象だとは到底信じられない。
「昔、俺は只人って奴を見下していたよ。海の中で呼吸もできない、出来損ないだとな」
「まあ、只人って種族は、特別特化した能力がない標準的な種族っすからねぇ。……それで?」
「いや、この光景を見せられて、見下していたことを反省した。いやはやすさまじいな、只人は」
そのアドラの言葉にモンリスは頷いて同意を示した。
只人。
何の特性も持ち得ぬ只の人。それが一般的な只人種への評価だ。
しかしそれが本当だとはモンリスには思えない。只人種は目に見えないところが、他の種族と比較したときに抜きんでている。モンリスはエイサを見てそれの推測を確信に変えている。
「意志の力っすねぇ」
「意志の力。それがどうした?」
「人が他の種族より秀でている点っすよ」