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四十七話



 魔王リアヴェルを星城ナグラムへと送った後エイサはモンリスと共にアドラの待つ船へと戻っていた。しかし戻ったところで未だ積み荷を全て載せ終えていなかったのを見かねたエイサほ鍛錬がてらその積み荷の運搬の手伝いに名乗りを上げ、他の魚人マーマン達の三倍の効率で次から次へと運んでいた。

 凄まじい身体能力に只人ヒュームよりも遥かに身体能力の高い魚人マーマン達からも驚嘆の声が漏れた。魔王軍最強の身体能力は伊達ではない。


「かといって将軍がやる仕事ではないっすけどねぇ」

「早く出港できるんだからいいだろうに。魚人マーマン達や商人達は喜んでたし、俺もバイト代を貰えて懐が温かい。まさにウィンウィンの関係って奴だ」

「その分将軍に対する敬意ってのが大幅に減りましたけどね」

「敬意なんぞ持ってもらわなくても結構だが?」

「敬意ってのは抱いといてもらえると、それだけで楽できるものっす。稼げるときに稼いで無駄遣いはしない方がお得っすよ?」

「楽をしたいわけじゃない。ただ、一刻も早く勇者を殺したい。それだけが俺の願いだ。そしてそれ以外には露ほどの望みもないさ」

「まあ、将軍が良いと言うなら構いませんけど」


 積み込みが終わり、甲板の上でドリンクを飲み干すエイサ。そしてアドラとの打ち合わせを終えたモンリスは二人で駄弁っている。やることを済ませてしまえば割と暇な二人は、そのまま海を眺めていた。


「それで出港はいつ頃になる?」

「荷物の積み下ろしは終わったんで、もうすぐだとの事でさあ。それから二日ほど航海した後、相手方の輸送船を叩きます。勇者が出てくるのはその後でしょうから、三日後くらいっすかねぇ」

「その間暇だな。海賊行為には出ても構わんのか?」

「敵船は全て拿捕の予定っすから問題ないかと。将軍殿がここにいるとバレなければ勇者も予定通りこっちに出てくるでしょうし」

「なら、暫くは暇と無縁でいれそうだな」

「嵐とかが来なければっすけどね」

「こんな快晴の海で嵐が来るかよ」

「今は夏っすから。いつ天気が変わるかは予想しにくいってアドラ殿が言っておられましたよ」

「ははは。心配性が過ぎるぜ」




 来ました。

 嵐が。

 海は大時化である。

 打ち付ける波が帆船を砕かんばかりに叩きつけられる。

 

「荒れたなぁ」

「荒れたっすねぇ」


 揺れる甲板の上でエイサとモンリスは凄まじく荒れる海の脅威に翻弄されていた。

 いや、翻弄されているのはモンリスだけで船が揺れるたびに必死にバランスを取っている。一方でエイサはいくら揺れても微動だにしていなかった。足の裏に棘でも付けて有って、甲板にぶっ刺す事でバランスを保っているのではないかとモンリスはいぶかしんだが、普通に歩いてモンリスを助け起こすエイサの姿を見てそれは無いのだと気が付く。

 叩きつけるような風雨がエイサとモンリスを一瞬で濡れ鼠のようにしてしまう。


「大丈夫かモンリス。様子見に来る俺に付き合わないで中で待ってりゃよかったのに」

「そうっすねぇ。そうっすねぇ。しかし将軍。将軍はなんで平気なんですかい?」

「体重移動がなってない。このくらいの揺れで平衡感覚を失うなど鍛え方がなっていないぞ」

「いや、嵐のど真ん中でその感想は絶対におかしいっす。波の高さで船バウンドしそうになってるんですぜ? ってか様子を見にって将軍言ってましたけど、様子を見てどうこう出来るようなものじゃないっすよ、これ」

「何とかするさ」


 言ってエイサはマストの一番上へと飛びあがった。

 足場の悪い中重たい全身鎧を身に纏ってマストの上へと駆け上がる。そしてマストの一番上に立つと、太陽を覆う分厚い雲へと視線を向ける。


魔力性質青色マナタイプブルー


 そしてエイサの言葉と同時に剣の魔力マナが膨れ上がる。魔力マナの種類は青。その特性は水。そしてあらゆる力の鎮静化。その性質へ無色の魔力マナをを変換し力ある言葉をもって解き放つ。


解放リリース力貫槍破パワーピアス


 その一撃はあらゆる力を貫く一撃だ。

 エイサの突きと共に放たれた一撃が雲を貫きその隙間より陽光が漏れた。そしてその突きに込められた魔力マナが周囲の嵐を鎮静化させていく。千々にちぎれた暗雲の隙間を中心に亀裂が入り、風雨が徐々に収まっていく。


「は……嵐を人力で払うってマジっすか」


 自然に対して生き物は無力だ。

 そんな言葉に喧嘩を売るような事を成し遂げたエイサにモンリスは幾度目か分からない驚愕の視線を向けた。嵐の擬人化、生物化などと謳われる嵐龍さえ打ち倒す力を持つエイサにとって嵐を鎮圧することはそれと大差ない。しかしこの技量は人の領域にあっていいものなのか。自然を鍛え上げた技量によって屈服させるという奇跡にモンリスは身震いが止まらなかった。


「力山を抜き、気は世を蓋う。かつて豪傑をそう称えたらしいが、こいつはそれ以上だろ」

「そう褒めるなよモンリス」


 呆然と呟いていたモンリスの側へエイサが下りてきた。

 重鎧を装備していると言うのに着地音一つ聞こえない。声をかけてもらったから下りてきたことに気づけただけ。


「いや、流石は将軍。嵐すら鎮めるとは。本当に人間ですかい?」

「嘘偽りなく只人ヒュームだよ。誰にでもできるとは言わねーけど、これくらいならニコでも容易く行う。そう驚くな」

ドラゴン種最強の怪物を引き合いに出さんでくだせえ」

「は。確かにニコはドラゴン種最強の怪物だ。だがアレはあくまでドラゴン種における頂点だ。だが魔王軍における頂点じゃない。そしてあの女にできる事が俺にできない道理などあるものか。戦闘という分野において俺は最強だ。少なくともそう自負し、そう認められている。だから褒めるなモンリス。その誉め言葉は俺にとっての侮辱だぜ? ドラゴン種にできる事でも只人ヒューム種には出来ない? は、そんなわけあるか。性能スペックが足らない、才能センスが足らないなんてのはなやらなかった奴のたわごとだ」

「いや、たわごとにしないで欲しいんですが……無理なものは無理でしょう」

「やらなければならない理由があった。出来なければならない理由があった。ならばやるだけ、出来るようになるだけ。そんな単純な話だ」


 その言葉には殺意が込められている。

 勇者に対する明確な殺意。漏れ出るその殺意を浴びてモンリスは口をきけなくなった。呼吸一つでさえ殺されてしまいそうに感じる程の濃密な殺意。モンリスに向けられたわけでもない漏れ出ただけのそれによって、モンリスは呼吸を止めた。慣れていたつもりだったが、流石に甘すぎる。この殺意にはなれることが無い。


「……っはぁ。俺も武術を習いましょうかねぇ。これ程の技量俺も頑張れば身につけられるっていうのであれば」

「出来るだろう」


 エイサの意識の矛先をそらすために軽口をたたいたモンリスにエイサはそう答えた。その言葉から嘘偽りは感じない。本心からこの男はできると思っている。


「ただし、それのみに全てを注ぎ込めるのであれば……だけどな」

「は……そいつは遠慮したいっすね」

「……そうか。まあ、無理強いはしないさ」


 そんなことを言っているうちに大時化が収まりつつある。

 エイサが嵐を砕いたことにより、あたり一面には晴れ間がのぞきだし、風も穏やかなものに変わり始めていた。


「おいおい、こいつはどうなってる。今日一日は大嵐のはずだが?」


 不意にそう言って現れたのはアドラだった。急に揺れなくなった船に違和感を感じて船長室より出てきたらしい。そして外の景色を見て驚きの表情を見せている。

 そこへ彼の部下らしき魚人マーマンが駆け寄り、いくつか言葉を交わすとエイサの方へと視線を向けた。半信半疑の表情はその報告が信じがたいものだったからだろう。その気持ちがモンリスにはよくわかった。


「エイサ将軍。うちの部下から信じがたい報告を聞いたんだが、アンタマジで嵐を晴らしたのか?」

「ああ。何か問題があったか?」

「……いや、問題はないが……なんつーか、アンタ嵐の化身か何かだったのか?」

「まさか、只人だが?」

「だよなぁ。全身鎧で身を固めてるからもしかしてと思ったが、だよなぁ」


 そう言いながらアドラは首をかしげている。

 どうやら目の前の光景が信じられないらしい。その気持ちをモンリスは痛いほどよくわかる。しかし生憎ながら現状という確固たる証拠が目の前にあっては信じるほかなく、その結論に至ったアドラはエイサをつま先から頭のてっぺんまでじっくりと確認しなおした。


「あー……将軍。一つだけ聞きたい。……どうやって?」

「嵐の中心点に向かって力貫きの魔法式をぶち込んだ。風の流れを吹き込んでくる風を逆方向からの剣圧をもって押し返しつつな」

「成程。全く分からん」

「でしょうねぇ。とりあえず嵐をぶった切ったとでも思っておいてくださって、大体間違いじゃないっす」

「そうか。ますますわからん。というより理解したくない」

「アドラ将軍。それほど驚くべきことではないだろう。このくらいニコ将軍でもやってのける」

「嵐の化身を従えるドラゴン種最強の超越存在を引き合いに出されても困るんだがなぁ」

「モンリスにしてもアドラ将軍、アンタにしてもひどい話だ。俺を魔王軍最強などと持ち上げておきながら、ニコにできる類の事を俺にできないなどとは流石に人を信頼しなさすぎだろう」

「いや、将軍が人だから信じられんのだが……。只人ヒューム種の性能限界はそこまで高いのか?」

「さて? 只人ヒュームの性能限界など知らねーけど、少なくとも俺は出来る。それで十分だろう」


 その言葉はある種の傲慢さを含んだ言葉だ。

 自分自身を基準に置く圧倒的強者特有の自負でもある。

 しかしその傲慢さがアドラには心地よく、同時にどこまでも頼もしくあった。

 その力量をもって嵐を吹き飛ばす。人の身で天変地異の領域にまで到達した力量は、まさしく魔王軍最強にふさわしい。


「将軍がいれば勇者、恐れるに足らず。だな」

「ああ。それこそが俺の役目だからな」


 アドラの言葉に返したエイサの瞳にはどこまでも純粋な殺意の光が宿っていた。





 


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