四十六話
シエイに招かれた屋敷を去った後、エイサ達はぶらぶらと港町を散策していた。
屋台に置かれていた串焼きを兜をずらして食べながら、物珍しげに歩く姿はいつもらしからぬ年相応の姿で、リアヴェルはそんな彼を苦笑混じりに眺めてた。
「それで? シエイの奴の目的は何かわかったのか?」
最後の一切れを飲み込みながらエイサがリアヴェルに向かってそう聞いた。しかしリアヴェルはその問いに答える事は出来なかった。リアヴェルも彼の目的を掴みかねている。そもそもからして、彼女も政治に長じていると言うわけではない。魔王として人を使う様になった期間はそれほど長くないのだから当然だ。
「わからない。けど胡散臭い男とは感じたわ」
「そうか? 俺は中々に芯の通った男だと感じたが」
「それは貴方のファンだ。なんてお世辞を受けたからでしょう?」
「いや、下らない世辞を受けて喜ぶほど暇じゃないが」
じろりとエイサを睨むリアヴェルの態度に苦笑しながらモンリスに視線を向けると、モンリスがシエイについて感じたことを話し始めた。いや、この男の事だ。シエイについて最初からある程度調べてはいたのだろう。その程度の用心は当たり前の様にする男だ。
「あの男は根っからの商人でさぁ。金銭のみに信を置き、金銭によって世の中を測る。そう言う類の男っす。その部分を胡散臭いととるか、それとも芯が通っていると見るか。どちらも間違っちゃいないと思いますよあっしは」
「お金ね。つまりあんまり信頼できないって事でしょ。お金次第ではすぐに裏切る不義り者。あまり好きには慣れないタイプね」
「つまり、金がある限りは裏切らない。そう考えればこれ以上信頼がおける相手もいないと思うがな」
そう言ったエイサをリアヴェルは睨みつけた。
リアヴェルは割と初対面の相手に対して厳しい。というよりも人見知りが近いとエイサは内心思っている。リアヴェルに言わせればエイサの方が初対面の相手に気を許しすぎるとのことだが、それの何が問題なのかエイサには理解できない。害があるなら斬ればいい。ただそれだけの事だ。
「……それで?」
「シエイ殿の目的っすか?」
「ああ。ただ飯食わせるためだけに俺たちを呼んだわけではないだろう?」
「いえ、それが目的っすよ多分」
「は?」
モンリスの言葉をエイサは理解できなかった。モンリスの言葉を鵜呑みにするのであれば、ただ飯を食わせてくれるただのいい奴という事になる。信頼できる男だとエイサは考えてはいたが、良い奴ではないだろう。少なくとも腹の中で何を考えているか悟らせない男ではある。あの柔和な笑みは内心を隠し通すための仮面だとエイサは見ていた。
「シエイ殿目的は金を稼ぐ事っス。これは商人なんだから当然。ここまでは大丈夫っすよね?」
「流石にそれくらいは分かる。しかし、それと俺たちにただ飯を食わせることに何の関係があるんだ?」
「目的としては二つ。一つ目は魔王様の値踏み。これは信頼に足るかとかそういうレベルのもんじゃなくて、きちんと話ができるかどうかの確認っす」
「いやいや、そりゃできるだろうさ」
「将軍。俺たちは魔王軍っすよ?」
モンリスの言葉にエイサは納得した。エイサが所属している軍は魔王軍であり、彼が仕えているのは魔王なのだ。
魔王。人類種の敵対者にして破壊者。女神の加護を受けた勇者によってしか倒せない絶望の具現。そんな怪物が率いるのが魔王軍であり、歴史上何度も人類と戦いを繰り返してきた存在だ。そこに所属しているためにいまいち認識が甘くなってはいるが、そんな存在に敗北し生殺与奪権を握られている。その状況下にあって今まで通りの生活を保証するなど信じられるはずもない。
「だから話ができるかどうかの確認ってか。随分とレベルの低いところでの確認からだな」
「交渉ができるかどうかを確認し、次に交渉相手が何を望むのかを調べる。手順としては間違いではないっすよ」
「そんなものかね。それじゃあもう一つは?」
「魔王軍が本当に只人を受け入れるかどうかの確認っすよ。多分メインとしてはこっちっすね」
「なにそれ。私は最初から只人と他の種族とのいざこざを禁止していたはずよ?」
「そうっすね。だけど、それが普通生活している人たちにわかりますかい?侵略してきた魔王の手下。そいつらが、只人の領分で横暴な態度を取らないなんて、一般の人には伝わりませんよ。だから、魔王様を招待した。そして、魔王様は話が通じる相手だと周囲に知らしめたんすよ」
「……屋敷に招かれて飯を食っただけでそんなことが伝わるのか?」
「無論。あの場にはメイドがいたでしょう? あのメイドは目です。商会のトップと軍のトップの会合に食事を用いたのは周りの目が必要だったからっす。あのメイド達を通じて市井にも通じるんすよ。魔王といっても、俺たちと大きな違いはないってのが」
「成程。私たちと取引を行うのであればその下地は必須。言われてみれば当然よね。ホウデン商会が相手とするお客様。そのメイン層はあくまでここで暮らす人々。その人たちにホウデン商会は只人を売ってまでもうけに走った。なんて思われては商売あがったりだものね」
「ま、そう言う事っす。そういう意味では魔王様がクッキーを作って来てたのは大正解っすねぇ。統治者としてはどうかと思うっすけど、親しみは沸きます。将軍が無遠慮にぼりぼり食ってたのもまた同じく」
苦笑しながら言うモンリスにエイサは視線をそらした。
しかし腹が減っていたのだから仕方が無いだろうと小さくこぼすと、リアヴェルは呆れたような視線を向けた。その視線に負けてエイサは話題をそらすためにモンリスへと再度問いを投げかけた。
「それで? 魔王様が知りたがってた、あいつの欲しがるものはなんなんだ?」
「今の状況なら何も与えないで、いくらかの金銭を魔王様がせびるって状況が向こうが一番欲しいものっすかねぇ。ホウデン商会はあくまで只人の味方。魔王に金銭を差し出しているのは魔王に無理矢理脅されているから。ホウデン商会から積極的に裏切ってるわけじゃない。そう言う体で関係を築いておきたいと向こうは思ってるでしょうさ」
「それは駄目ね。王国全てを切り取るのはうちの規模的には不可能。いずれ防衛線に切り替えて、持久戦をやる必要がある。そうなった時、支配地域の民が敵側に回るなんて目も当てられない」
魔王軍の戦闘能力に関してリアヴェルは全幅の信頼を置いているが、王国全てを支配するには指揮官の数が足りていない。そして指揮官の育成には長い時間がかかる。一朝一夕で解決できるような問題でない事をリアヴェルは良く理解していた。
「シエイ殿はそれをご存じでしょう。たとえ今知らなくとも魔王軍の内情を調べていくうちにその結論にはたどり着く。ならば、目的を修正して次善の状況を練る。その際に欲しがるものは単純明快っす」
「もったい付けるなモンリス。で、シエイは何を望むんだ?」
「魔王領内の通行、運航の安全。ホウデン商会の基本は材料を仕入れその材料を加工して売却する事。その材料の仕入れ値を出来る限り抑えるために領内の安全確保をシエイ殿は望むでしょうさ」
「……そんな当たり前のことでいいのかしら?」
「そんな当たり前のことを当たり前に行う。それが領内を治める基本でしょう。道を整備し、その道の安全を確保する。そうすれば商売人たちは勝手に利益を上げるでしょう。それが、シエイ殿の言っていた商人の役割です」
「成程……よくわかったわモンリス。後で褒美を上げる。何が欲しいか考えておきなさい」
「へへ。ありがたき幸せ」
リアヴェルに向かってモンリスは頭を下げた。
その様子を見ていてエイサはふと思い出す事がある。
自身の給金の事についてだ。無くて不満はもっていないが、問題はいくらかある。今日のように昼飯を取れない状況になりうることを考えればある程度金銭を持っておきたかった。
「魔王様。俺の給金に関して聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「給金? ……ああそうか。貴方将軍位にあってその恩恵を一切受け取れない状況にあったのよね」
「……そもそも将軍の位に恩恵があったことさえ初耳だぜ」
「種族の長が将軍位に付いている事が殆どだから、その長として種族の者たちより上がってくる金銭を保証し、またその種族の者たちへ勝手に税をかけない。それが将軍としての恩恵。そしてその種には私の名の下で庇護と公平な裁量を約束している」
「いや、将軍位に付いている恩恵になんて興味がない。飯代を払える程度の報酬とモンリスへの給金について何とかしてほしいだけだ」
「……え? 私貴方に部隊運営の資金渡してると思うんだけど。あの中から自分の取り分を除いた分を部隊運営の資金に回すように命令書にも書いてあったと思うのだけど……」
「……そうなのかモンリス?」
「もらってるっすよ将軍。……ってか書類一式と一緒に袋も俺っちに投げたじゃないですか。あの中身全部金貨っすよ」
苦笑気味に言うモンリスにエイサは納得した。
「悪い。俺の勘違いだったようだ」
「待て。貴方もしかして私の書状さえ読んでいないの?」
「……いや、モンリスがチェックするし、その中から必要な情報だけ抜き取って俺に教えてくれるなら、それでいいかなって」
「……私が貴方宛に出した書状も?」
「……何それ」
エイサがそう言った瞬間にリアヴェルの視線が細まった。
そしてモンリスの方へと視線を向ける。すると彼は苦笑しながら肩を竦めて答えを返した。
「魔王様名義ではなくリアヴェル様名義でエイサ将軍に出された文章は、すべて将軍にお渡ししてありますけど? 封も切っていないあれです」
「……ああ、あれか」
「それ、どうしてるんすか? 読んではいるんっすよね?」
「魔王城の自室になってる」
「あー、これ読んでもない奴っすねぇ」
「大事な事なら直接言いに来るか呼び出すかするだろうし問題は無いだろう。大体晩飯は一緒に取る訳だしな」
「そういう問題じゃないと思いますよ将軍。だってほら」
モンリスが指さした先にはリアヴェルの姿があった。
落ち込み、暗いオーラを身に纏って何事かをぶつぶつ呟いている。
その様子にエイサは口元をひきつらせた。
「いや、同じ城にいるじゃないか。なら直接聞くだろ普通」
「恋は盲目なんでしょうさ」
エイサの弁解にモンリスは適当にそう返した。