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四十五話



 メイドに連れられて向かった先には大きなテーブルが置いてある場所だった。

 シミ一つないテーブルクロスが敷かれたテーブルに席が三つ用意してあり、その対面には男が座っている。その男はエイサ達が部屋に入ると立ち上がり、エイサ達に向かって一礼し名前を名乗った。


「お初に目にかかります魔王様。私はシエイ・ホウデン。ホウデン商会の会長をさせていただいております」

「ああ。貴殿からの会談の申し出、実にありがたく受け取らせてもらった。私の名はリアヴェル。魔王リアヴェルだ。右手の黒い鎧を着た男が魔王軍十二将第一席、エイサ。左手の小鬼ゴブリン族の男がその配下のモンリスだ」

「御高名はかねがね」


 そう言ってシエイはリアヴェルと握手を交わし、その後にエイサ、そしてモンリスと握手を交わす。


「どうぞお座りください。心ばかりのもてなしとしてランチを用意させていただいております」

「ああ。好意に与からせてもらう」


 リアヴェルはそう言うと用意された席の真ん中に座わった。

 その両端を固めるようにエイサとモンリスも席に座る。それを見届けたシエイが手を軽くたたくと、メイド達が現れ、食事の配膳を始めた。スープから出てくるあたりコース料理の用だ。エイサはそれを見て作法とか覚えてねーよと、小さな声で呟けば、隣で呆れたようにリアヴェルがため息を漏らした。


「ははは。マナーなどお気になさらずとも結構ですよ。そもそも黒騎士殿が来られるのであれば、立会パーティ形式で食事をご用意するべきでしたかな?」

「あー。聞こえていたか」

「ええ、ばっちりと。しかし、かの黒騎士殿がこれ程年若い方とは思いもしませんでした。もっと老練な方だとばかり」

「それは此方のセリフでもあるさ。ホウデン商会なんてでかい商会の会長さんだ。どんな爺さんが出てくるのかと、思っていたぜ」

「エイサ」


 エイサの馴れ馴れしい言葉にリアヴェルが鋭くくぎを刺した。

 その言葉を聞いてエイサは我に返ると頭を下げるが、シエイは柔和な笑みを浮かべたままその謝罪を押しとどめた。


「気にしないでいただきたい。我々は良い関係を築きたいがためにあなた方をお呼びした。本来ならば私こそあなた方の下へと足を運ぶべきところを、寛大にもこちら側へ訪れていただいている。それを思えば、言葉遣いなど気に留める程のものではありません。……特にエイサ殿は戦場を生きる者。このような場は、本来不得手としていて当然でしょう」

「そうか。そう言ってもらえるなら、こちらとしても助かる」

「それに、私、黒騎士殿のファンですので」


 その言葉にその場にいる誰もが反応できなかった。

 シエイを見るに只人ヒューム族の男だ。魔法を用いて種族を偽っているようなこともない。それは、魔王であるリアヴェルから見れば一目瞭然。その男が何故魔王軍の将軍を応援するのか、理解が及ばない。王国にあってエイサは蛇蝎の如く嫌われ、悪魔のように恐れられているはずだが。


「……随分と妙な事を言うのね、貴方」

「本心です。無論、商いに関してはそう言った私事都合を交えたりはできませんが、個人的には応援させていただいているのですよ」

「ますますわからないな。貴方は王国側の人間でしょう?」


 リアヴェルの訝し気な視線を受けてもシエイの柔和な笑みは崩れない。その笑みを浮かべたままに彼はリアヴェルの言葉を訂正した。


「いえ、魔王様。私は王国の味方ではありません。商人の基本に忠実に財貨の味方ですよ?」

「その財貨のために自らの国を裏切ると?」

「無論。それが利益に通じるのであれば」


 あっさりとそう言い切ったシエイにリアヴェルの瞳が僅かに細くなる。警戒の色を強めた彼女の視線は戦う事を主眼に鍛え上げた戦士の心さえ容易く圧し折るほどの威圧感を纏う。だが、その威圧感もシエイにはまるで通じていなかった。百戦錬磨の名うての商人。凄まれた程度で恐れをなすほど弱腰では、自らの商会を守れはしない。戦う場所は違えど、彼もまた戦う者だ。


「まあ、いいんじゃないのか? 何のために動くなんざそれぞれ。それが忠誠であるのか、金銭なのか。ただそれだけの違いだろう」

「エイサ。貴方……」

「俺だって忠義によってお前についているわけじゃない。それを承知で俺を将軍席に据えているのに、他の奴には忠義をもって仕えろってのは横暴だろう。なあ? モンリス?」

「へへへ、あっしは将軍に忠義をもって仕えていますがね」

「いや、そうじゃなくてだ。俺はお前の立場を聞きたくて振ったんじゃない。お前の見解を聞きたくて振ったんだが……」

「ああ。それについては将軍のおっしゃる通りでさあ。誰しもが忠節に従って生きているわけじゃない。むしろ、目的があって誰かに着くことが最初っす。その目的を成し遂げさせてやりそれをもってに忠義に変えさせるのが上の役目。シエイ殿が財貨を目的として王国に仕えるのは商人として当然。そして、それは王国側も承知のはず。その上でシエイ殿から忠義を得られなかったのであれば、それはまさしくもって王国の失策でしょうさ」


 つらつらと言葉を並べたモンリスへ冷めた目線をリアヴェルは向けた。

 その視線を受けモンリスは口を塞ぐ。

 それを見てリアヴェルは再度シエイに視線を向けるが、彼はその柔和な笑みを崩さない。


「なに? 忠誠を金銭で買えと?」

「いえ、金銭を稼ぐのは私どもの役割。金銭を受け取るが魔王様の役割。そのような役目違いを私は言いませんとも」

「へえ。なら何をもって私を呼びつけた? 欲しいものを言わないのであれば、たとえ功を上げても私が報いることは出来ないじゃない」

「魔王様。それを魔王様が聞くのはいけませんぜ?」

「モンリス。私は貴方に発現を許した覚えはないわ」

「ですが、あっしは将軍の意を受けて忠言をするのが役目。ここで言わねば将軍の下にいる意味がありません」


 再度冷たい視線をリアヴェルはモンリスに向けたが、今度は彼が口を塞ぐことは無かった。彼女の冷たい目線を真向から受け止め、そのままに言葉を紡ごうとする。


「モンリス」

「魔王様、言わせてやってくれ。モンリスの言葉は俺の言葉。モンリスの忠言は、俺からの忠言も同義だ」

「エイサ……」


しばし考え込むようにリアヴェルを口を閉ざした。そして、わずかな躊躇いの後にモンリスに向かって頷く。それを見てモンリスは言葉を紡いだ。


「部下が何を欲し、何に重点を置くかは主の仕事っす。それを本人に聞くのはまずい。それは自身の器を貶める。魔王様はそんなことを気にしないと言うかもしれませんが、魔王様が軽く見られると魔王軍全体が軽く見られてしまう。それだけは避けなければならないっす」

「それなら……」


 言いかけてリアヴェルは言葉を飲み込んだ。モンリスが目を細めたからだ。そして思い当たる。成程、ここで本人の前で何を欲しがっているか部下に聞くのも良くは無い。注意された失策をそのまま繰り返すのは、流石に能が足りない。故にここで回答すべき答えは一つだ。


「貴方の思いは確かに受け取った。金銭をもって私たちを支援するというその寸志は、間違いなく魔王軍に対する功績。それの功に対して後日必ず報いるとしましょう」

「ふふ、これは寛大なるご処置、ありがとうございます魔王様」

「礼などいい。今後も一層の活躍を期待するぞ、シエイ」

「ありがとうございます。親愛なる魔王様」


 そう言うとシエイは深々と頭を下げた。

 そんな彼を胡散臭気にリアヴェルは見つめている。しかし、臣下の礼を取られて不服を漏らす程、彼女の心は狭くはない。強めていた威圧感を普段のそれに戻すと、同時に腹の虫が鳴く音が彼女の隣より聞こえた。


「エイサ」

「いや、昼飯まだでな。だから、このタイミングで腹の虫がなるのは当然の事なのではないだろうか。このスープすっげぇ良いにおいするし」

「あのねぇ。これ交渉の場よ? 本気でランチを期待してくるんじゃないの」

「そうは言われても直接的に俺が交渉するわけじゃない。そう言う事は全部モンリスに任せてある。俺がここに来たのは、モンリスに飯が出るって聞いたからだしな」

「……呆れた。貴方本気でランチ目的にこの屋敷に来たの? 魔王軍十二将の筆頭としてその自覚が出てきたものだと思って、少しだけ喜んだ私の気持ちを返しなさい」

「いや、知るかよ」


 ぎゃあぎゃあと子供の喧嘩をする二人をシエイはにこやかに眺めている。そんな彼の様子を見ながらモンリスが小さくため息をついてスプーンを取った。それをスープの皿に触れさせるとカチンと小さな音が響いた。


「将軍は食わないんすか? なかなかいけるっすよ?」

「おいおい、主様ほっぽって先に飯を食うやつがあるか。無論、俺も食う」

「エイサ……。全く……モンリス、貴方もいったいどういうつもり?」


 スープの皿を持ち上げ、兜をずらして流し込むエイサの姿に大きくため息をつきながら、リアヴェルはモンリスへと問いかけた。だがそれに答えることなくモンリスはスープをテーブルマナーに乗っ取りながら飲んでいた。


「モンリス」

「魔王様。のまねえならもらうぜ?」

「飲むわよっ!!……全く貴方達は……」


 怒りを表情に表しながらリアヴェルはスープに手を付けた。上品な味わいは流石は大商人が用意したものだ。彼女自身料理の腕前にはそこそこの自信があったが、それでもこの味は格が違う。流石はプロフェッショナルが用意したものだった。


「いかがですかな?」

「美味しいわシエイ」

「それは良かった。エイサ将軍、モンリス殿もいかがでしたか?」

「中々にってところだな」

「素晴らしいコンソメスープっすね」

「それは良かった。これからもいろいろ出てきますので、楽しんでいただけると幸いです」


 そう言うとシエイはにっこりと微笑んだ。

 そしてエイサ達は彼のもてなしを十分に楽しむのだった。


 

 





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