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四十四話



 航海は特に大きな問題が発生する事もなく、エイサ達の乗る船は無事にナグラムの港へとたどり着いた。

 星城ナグラムより南にある港は、このあたり一帯では一番大きな港であり、同時に星城ナグラムまで一本道でつながっているという事もあるため、魔王軍東方制圧部隊の物資集積場になっている。

 ナグラムが制圧されて以後、その場所は種族の垣根なく自由市場として開放されていることもあり、戦争中であるにも関わらずとても賑やかだった。

 魔王軍に所属する多種多様な種族だけではなく、制圧された側の只人ヒューム族や近くの森を拠点としている森人エルフ鉱人ドワーフといった亜人種達も露店を出したり、港より物資を下ろしていたりしているのが見て取れた。

 魔王軍といっても別段に只人ヒューム族を滅ぼすための軍ではない。むしろ、王国によって迫害されている者たちが集う解放軍といった方が正しい。だからこそ、魔王軍に恐れを抱いていた只人ヒュームたちも、特に迫害をし返すと言った蛮行を行わない魔王軍に対してある程度受け入れが進んでいる。

 その結果がこの港の現在の状況だ。

 言葉が通じる者同士、そして金銭という利益を求める者同士、馴染むのは実に早かった。商売人達の商魂を侮っていたと言ってもいいのだろう。商人たちをこの港へ繋ぎとめるために、王国時代の税額の半分に引き下げた事もあって、港の発展具合は王国がこの港を支配していた時よりも上になっているほどだ。

 その港町をエイサは物珍し気に見て回っていた。

 積み荷を降ろす間、船にいられては邪魔だとアドラに言われ、船より追い出されたのだ。その後、モンリスはここで用があるとエイサに告げ去り、手持無沙汰となったエイサは暇つぶしもかねて港町を見て回っていたのだ。


「……しかし、失敗したもんだ」


 町を見て回りながらエイサがぽつりと呟いた。

 多くの食べ物の屋台が立ち並ぶ通りで、昼飯の一つでも取ろうと思っていたのだが、エイサは財布を持ち歩くと言う概念がない。というかそもそも金銭に関して縁遠い生活を送っている。

 朝昼晩は全て軍の糧食であるし、武器武装の整備費用も軍持ち。新たな武器にしたってスロブに伝えれば金銭を用いることもなく、手に入れる事が出来るため金銭を用いる機会がほとんどなかった。


「モンリスの野郎はどうやって金を稼いでるんだ? そう言えばあいつに給金とか渡した記憶がない。……というか俺の給金とかどうなってるんだ? リアヴェルからもらった記憶もないし……」


 今更ながら不安になってきたエイサは一度魔王城に戻って確認しようと考えて、ナグラムにある魔法陣を利用するためそちらの道へ足を向けようとした。エイサは金銭に関して頓着するたちではないが、金銭の重要さは身に染みて知っている。幼いころの清貧生活の賜物だ。

 そんな時、エイサの耳にか細い悲鳴が聞こえた。

 研創に紛れて消えそうな声ではあるが、聞こえてしまった以上無視するという事も出来ず、エイサはその声が聞こえてきた裏路地へと向かう。

 そこにあったのは予想通りの光景だった。

 少女を取り囲む幾人の男たちの姿。少女は涙を浮かべ、男たちは下卑た視線を少女へと向けている。それれを見て見ぬ振りもできず、一応の治安維持のためにエイサは声をかけた。


「おい、そこで何をしている?」

「ああん? 関係ない奴は引っ込んで……」


 エイサの方を振り向いた男たちの顔がこわばった。

 声をかけてきた男が漆黒の全身鎧を身に纏い、巨大な剣を背に負った男であれば、そりゃ顔も引きつらせるのも道理だろう。


「駄目だ。これでも一応は治安維持をつかさどっている側らしいからな、この目で見たものは見逃せない」


 エイサがそう言うと、男たちは渋々引き上げた。

 それを見送って悲鳴を上げた少女の方へと向き直る。


「大丈夫か? 嬢ちゃん」

「ひっ……」


 そしてその少女にも引かれて、エイサはため息をついた。

 一応助けた側でありながらこの反応は、流石に胸が痛む。

 少女は、ぺこりと頭を下げると、その場より小走りで立ち去って行った。


「戻ろう」


 疲れたようにため息をついて、再び大通りへと戻る。その場所でエイサはモンリスを見かけた。素晴らしいタイミングで見つけたモンリスに向けて、エイサは声をかける。


「良いタイミングだモンリス」

「将軍? この辺りで何をしてるんですかい?」

「暇つぶしがてら、飯でも食おうかと思っていたんだがな。金銭を持ち歩かない主義で、食うものも食えない状況だったのさ。ああ、笑っていいぞ?」

「何やってるんですか将軍。……飯がまだなら、ちと俺っちの用事に付き合いませんか? 商人との会合の予定でして、そこで飯も出ると思うんですけど」

「会合に飛び入りなんぞ向こうが困るんじゃないのか?」

「将軍と誼を結ぶことに喜ぶ商人はいれど、嫌がるような商人はいないと思うっすよ? ただでさえこういう場に全く出てこないんすから、将軍」


 自身の立場をまるで理解していない物言いのエイサにモンリスは苦笑しながらそう言った。

 迷惑にならないのであればただ飯を食べることに躊躇いの無いエイサは、先導するモンリスの後に続く。


「それで? 商人てどこの誰と会うんだ? 名前くらいは知っておきたい」

只人ヒュームの商人で王都でも屈指の大商人。ホウデン商会の会長殿ですよ」

「へぇ。俺でも聞いたことがあるレベルの大商人じゃないか。どうやったらそんな奴と会えるんだ?」

「普通に面通りの依頼文来てたっす。なんで将軍が知らないんですかい……」

「俺宛の封書の処理も全てお前に任せてるからなぁ。お前が来て以来無駄な時間を費やさなくて助かっている」

「一応読んどいてもらった方が良い分だけは仕分けしてお渡ししてると思ってたんですけど、もしかして読んでなかったっすか?」

「読んではいるさ。だからその名前にもピンと来たわけだしな」

「読んではいるけど覚えてないって事っすか……。まあ、良いっすけどね」


 どうせ注意してもなおらないであろうことは目に見えている。自分が覚えていれば問題は無いのだろうが、本当に勇者を殺す以外の事には無頓着な男だとモンリスは顔をひきつらせた。その分補佐し甲斐があり、自らの行動を撃鉄しないやり易さは分かるが、自分が不正に手を染めるような事があればどうするつもりなのかと思わないでもない。

 自分がしっかりしないと。と、モンリスは認識を新たにすると同時に自分にかけられた期待に、武者震いが起きた。


「人をやる気にさせるのが上手い人だ」

「それは褒められているのか?」

「勿論ですよ」










 ホウデン商会が使用している屋敷は非常に大きな屋敷だった。

 これで店ではなく、客人をもてなす時に使う屋敷であるという事にエイサは驚きを隠せない。

 隅々まで行き届いた掃除に、品の良い調度品。廊下にしかれたふかふかの絨毯。お金持ちの家を想像して、その想像の通りの屋敷がそこにはあった。


「これはまた、魔王城とはえらい違いだな」

「将軍。そりゃ思いましたけどそういうのは口に出さんでくださいよ」

「いや、そうは言うがな見ろ。メイドさんまでいるんだぞ? 魔王城とは華のが違う」

「んな事言っていると、魔王様にすごい目で見られてしまいますよ?」

「お前が黙ってりゃ、あいつの耳には届かないだろう。なら、問題ないね」


 けらけらと笑いながらエイサがメイドの後に続いて通された応接室へと足を運ぶ。

 そこには先客がいて、優雅に紅茶のカップを傾けていた。


「で? 華がなんですって? 我が剣」

「……なんで魔王様がここに?」

「王国を牛耳る大商会との交渉ですもの、私がいるのは自然でしょう?」

「……モンリス?」

「そりゃあ、魔王様にも文章くらい回ってるでしょうさ。俺のせいじゃないっす」


 リアヴェルはにこやかな笑みを浮かべている。その姿は美しい。客間にありながら、彼女がこの屋敷の主人だと言われても納得してしまいそうなほどに艶やかだ。

 そんな彼女を見ながらエイサは彼女の横に用意された席に着いた。

 そして、目の前に置かれていたクッキーに手を伸ばすと、一瞬だけ兜をずらして口へ放り込む。


「美味いな。いいクッキーだ」

「それ、私が作って持ってきたの。お口にあって何よりよ、エイサ」

「道理で俺好みの甘さなわけだ」

「……もう将軍、黙っておいた方が良いんじゃないですかね」


 口を開けば口を開くごとに追い詰められていくエイサを見て、モンリスは小さくそうこぼした。

 その言葉にエイサは頷くと、黙々とクッキーを口に詰め込む機械になる。

 そんな彼の様子をリアヴェルはジト目で眺めていた。エイサは無論その視線に気が付きながらも知らないふりを居続けている。口元に僅かな嗜虐的笑みを浮かべてリアヴェルがエイサに問いただそうとしたとき、メイドが応接室に入ってきた。機先をそれによって先んじられたリアヴェルがそのメイドを僅かに睨みつけるが、それを意に介した風もなく彼女は頭を下げた。


「招待させていただきました皆様がおそろいになりましたので、ご案内させていただきます」

「客人を待たせるなんて無作法をかますわけにはいかんな。向かうか」


 クッキーに手を伸ばすのをやめたエイサが颯爽と立ち上がる。

 そんな彼を再び鋭い視線をリアヴェルは送りながらも、エイサの行動に倣って立ち上がった。


「普段は作法など気にせぬ君がそんなことを言うとは、いつの間にそんな紳士になったんだい?」

「何を言う。俺はいつだって紳士だ」

「良く言うわ。紳士なら、あんなふうに無遠慮にクッキーをぱくつくものですか」


 リアヴェルの嫌味を右から左に聞き流しながらエイサはメイドの後をついていく。

 その様子をリアヴェルは呆れたように見ながら、同時に諦めたようなため息をついた。


「魔王城に戻ったら、私の部屋に来なさいエイサ」

「……え、嫌だけど」

「エイサ?」

「わかったよ。ったく、軽口位許せ」

「君は騎士としての自覚が足りないようだ。たっぷりとお説教してあげる」


 そう言って蠱惑的な笑みを浮かべたリアヴェルの表情を横目で見ながら、エイサはモンリスに向かって問いかけた。


「海の後の予定は」

「決まってないっす。なので、諦めて説教喰らってきてください将軍」

「そっかー」


 エイサは諦めるしかなかった。

 リアヴェルの説教は長い。それを知るエイサは大きくため息をついた。





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