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三十九話



 不機嫌なままにエイサは自らにあてはめられた席に座っていた。

 将軍たちの集う円卓会議。

 本来ならモンリスに丸投げする予定だったが、それをリアヴェルに止められては、渋々とは言え出席する以外に彼に道はなかった。


「不機嫌そうね、エイサ」

「ニコか」


 そんな彼にニコが声をかけた。

 ちらりと横に目を向ければ、楽しそうに紅茶のカップを弄んでいる。

 その様子を見るに、ニコはこの会議が嫌いではない様子だ。


「それで? なんでそんなに不機嫌なの?」

「俺の出る意味が分からんからだな。モンリスで問題なかろう。俺よりも奴が聞く方が何倍も有意義だろう?」

「あら、そうかしら? 貴方が出ることに意義はあると思うけど?」

「戦術も戦略も俺には分らない。そんな男が方針を定める会議にいたところで、意味はないと思うがな」


 そう言うとエイサは頬杖をついた。

 兜と小手が触れあいわずかな金属音が響く。しかし、その音は会議が始まる前の喧騒に飲まれて消えた。


「はは……貴方の場合は、いるだけで意味があると思うけど?」

「世辞はいいよ。俺に学は無い。この場にいる意味は限りなく薄い。違うか?」

「勇者に関することについては十分に発言するでしょう? それだけで十分よ」

「ふん。モンリスがここに出ていれば、もっと建設的な発言をするだろうに」

「あら? あの子、ここではあまり発言をしないわよ?」

「なに?」

「まあ、彼と一緒にこの会議に出たことのない貴方が知るはずもないでしょうけど、ここにいるときは何も言わず、ただ報告を聞いているだけよ。もちろん、振られれば答えるけれど、それだけ。そういう意味では貴方であっても彼であっても、会議の質は変わらないわ」


 ニコの言葉にエイサは沈黙した。

 そしてそれがエイサの処世術であることを理解して苦笑する。

 贔屓されている自身の有能さを出来る限り見せない。

 それはエイサに対するある種の信頼の表れであり、同時に彼の用心深さの証明である。

 自身の名前が極力出ないように動く。そして、自分自身の有能さをエイサが理解していればそれでいい。戦闘能力をほぼ持たないが故に自分の名前が表に出て、狙われるような事態を極限まで回避する。筋の通ったやり方ではある。


「らしいと言えば、らしいやり口だ」

「ホント、あの子のことを信頼しているのね? エイサ」

「自分で見出した奴だ。俺が信頼せずして誰が信頼する?」

「ふふ……貴方にそれ程までの信頼を寄せられるなんて……嫉妬してしまいそう」


 くすくすとニコは笑った。

 その様子にエイサは鼻を鳴らす事で答えとする。

 龍族の姫。

 嫉妬深く、その性淫らたる大怪物。

 その女に目を付けられるとはモンリスが聞けば嘆きそうな話だが、その事をエイサがモンリスに伝える気はなかった。それは彼ならこの程度予想しているだろうと言う信頼の表れであり、それを見て取ったニコはますます笑みを深くした。


「ああ……本当に嫉妬してしまいそう。味方であるはずなんだけれど」


 呟いた言葉にエイサは答えない。

 その様子にニコは肩を竦めて言葉を噤んだ。

 議場に美しい少女が入ってくる。

 吸い込まれそうな程に美しい女。

 魔王だ。

 その少女が自身に用意された玉座へ歩み寄ると同時に、会議場に集まった全員が立ち上がった。


「楽に」


 魔王リアヴェルのその言葉で全員が腰を下ろす。

 相も変わらぬ痺れるようなカリスマ。

 そのカリスマに触れて心地よさそうにニコは笑みを浮かべた。

 圧倒的なカリスマ。

 玉座に腰を下ろし、円卓を見下すその様は、まさしくもって王のそれ。

 その有様に、円卓上より感嘆の息が漏れる。

 どれほど長く接しても、一向に薄れる事のない凄絶なまでのカリスマ。

 それは彼女が自然と零す魔力マナの波動と相まって、畏敬と畏怖を彼女に付与する。

 魔力マナを繰るものであれば、ただ目の前にあるだけで心奪われる。魔王とはそれほどまでに隔絶した存在だ。それこそ、付き合いの長いニコでさえ、彼女には畏敬の念を抱いているほどに。言葉では軽く扱う事は出来ても、態度をもってそれを示す事が出来ないほどに。

 どれほど勇猛であっても、どれ程無謀であっても、彼女が目の前に立つだけで首を垂れる。

 それが魔王。それがリアヴェル。

 生命に対する絶対優越権をもつと言われても信じてしまいそうなほどに強大な力を持つ、魔王軍が首魁。

 だというのに。


「変わらないわね、エイサ」

「あ? なにがだ?」


 小さくつぶやいたニコの言葉にエイサが反応する。

 その声の大きさは彼女に合わせて小さいが、その声に畏怖や畏敬の念はまるで感じられなかった。

 魔王のカリスマを浴びてまるで気にも留めていない姿に、ニコは小さく笑みを浮かべて何も返さない。

 そのニコをエイサは瞳を細めた。

 無論、細めるだけで何もせず、円卓へとすぐに視線を向け直す。

 会議が始まる。

 しかしその会議にエイサは一切の興味を示さずに、ただ報告を聞いているだけだった。

 ちらりと部屋の隅へと目を向ければ、そこには表情を隠し話を聞くモンリスの姿がある。

 円卓会議とは言え、ここに入ることを許可されている者はこの会議を自由に確認できる。モンリスはエイサの名代としてこの会議への参加資格を持っていた。最も机もなく、お茶も出ない見学者という立場でこの会議に参加したいと言うものはとても希少だ。他に参加権限を持つ副官や名代は基本的に自分たちの部隊運営に従事していたりと忙しいため、今回この会議に参加する将軍以外の者はモンリスだけのようだ。


「ふふ……あの子、自分の部隊は良いのかしら? ねえ、エイサ?」

「知らないな。俺は部隊の全てについて奴に委任している。その奴が大丈夫と判断したのなら、まあ大丈夫なんだろうさ」

「あら、意外。そんなにも信用しているんだ」

「ああ。それの何が問題だ?」

「問題は無いけれど、貴方が他人を信用するなんて驚きね」

「そうか? 割といろいろな奴に信を預けているつもりだがな」

「嘘つき。貴方が信用している相手なんて、スロブの鍛冶師様とあの子くらいじゃないの。それ以外に信用している相手なんて見たことがないわ。無論、私はおろか魔王様だって例外なく……ね?」


 ニコの揶揄う様な言葉にエイサは肩を竦めるだけで回答とした。

 その言葉は間違ってはいない。

 エイサは基本的に他人に信を置くことをしない男だ。特に女に対してそのガードはすさまじく固い。それこそ、十年連れ合った魔王に対してさえ全幅の信頼を置いていない事からそれは明らかだ。

 その理由は単純明快。

 いまだ、勇者アリスが引き起こしたことを心的外傷トラウマとして背負っている。

 かつて幼くして裏切られた事実が、彼に女性に対して信を置くことを拒ませている。その事をエイサは自覚している。自身の悪癖だと思っているが、それでも直すつもりは更々ない。いや、直せないと言った方が正確か。

 この胸を刺す痛みは、彼の憎悪が枯れ得ぬ証。

 燃え盛る炎の副産物。

 ならば、その痛みを自覚することでこそ、さらなる殺意を滾らせる。


「エイサ。ニコ。何か言いたいことでもあるのか?」

「いや、何もない」

「ええ、こちらも」


 小声で話し合っていた二人に魔王からの叱責が飛んだ。

 その叱責を容易く受け流してエイサは答えると、それに追従する様にニコも答えを返した。

 しばし睨むようなリアヴェルの視線が二人に突き刺さるが、互いに涼しい顔をしてその視線を受け流す。その様子にリアヴェルは大きくため息をついて、続きを促した。


「どうぞ、アトラ」

「うむ。よかろう」


 半魚人の男。アドラ・レルディンカがリアヴェルの促しに答え、報告を再開する。

 彼はズイーアの港を中心に一代戦力を築く海の王だ。

 基本的に陸上は苦手とする半魚人でありながら、卓越した魔法と鍛え上げられた筋力により、地上にあっても優れた戦士であり、水の中にあってはエイサですら手こずる力量を誇る大戦士。その優れた武威と、数多の半魚人を統べるカリスマ性を買われて、十二将が第九席に名を連ねている。

 現状の仕事は後方支援。すなわち物資の輸送にあたることが大半だが、彼がいなければ魔王軍の進軍が停止してしまう。正しく魔王軍における生命線を担う男だ。

 最もナグラムを落とした現状において、海上輸送を止める手段が王国軍にはない。

 事実、彼の報告を聞くに特に大きな問題はないとのことだった。


「……ん?」

「どうしたの? エイサ?」

「いや、別に何でもない」


 モンリスへとちらりと視線を向けたエイサは彼の表情に疑問符を漏らした。随分と真剣な表情でアドラの報告を聞いている。あの表情を見せるという事は何か引っかかるところがあったという事に他ならないが、何がそれ程疑問だったのか、この場で聞くほどエイサは仕事熱心ではない。どうせ後でモンリスから戦略を説明されるのであればと後回しにした。


「ふぅん」

「いいから、前を見ていろ。流石に二度目は許してくれそうにないぞ?」


 小声でエイサはそう言って顎でリアヴェルの方を見るようにニコへと促した。

 ニコがリアヴェルの方へと視線を向ければ、そこで目を細めた彼女と視線がまじりあい、その視線の鋭さに慌てて背筋を伸ばす。切れたリアヴェルの厄介さを知らぬニコではない。また二度目の間違いを犯すほど彼女は愚かでもなかった。

 その様子を苦笑しながらエイサは見て、その後にモンリスの表情について考える。

 しかし、彼の表情から読み取れることなど彼には一つしかなかった。


「次は海の上か。船酔いはしないが、あまり好きじゃないんだがな」

「あら、随分と判断が早いのね? どうしてと聞かせてもらっても?」


 エイサの表情を見たニコが懲りる事もなくエイサに問いかけた。

 その様子にエイサは視線を細めて咎めるが、効果はまるでない。

 その美貌ににこやかな笑みを張り付け、にやにやとエイサの言葉を待っている。

 ため息を一つ。

 そして、エイサは彼女の問いかけに答えた。


「モンリスがアドラ将軍の言葉に疑問の表情を浮かべた。つまり、何かあるだろうってのを予想しているって事だ。そして今まで奴は予想を外したことがない」

「だから、次に何かあるのは海だと。貴方はそう言いたいの? ふふ……アンタあいつの言葉は素直に信じるのね?」


 言外に私の言葉は信じないくせにという皮肉を織り交ぜながらニコはエイサをからかった。

 そのからかいにエイサは応じることなく、海へ持ち込む装備に意識を傾けている。

 海上での戦闘をエイサは殆ど経験していない。

 川や湖上での戦闘経験はいくらかあるが、本格的な航海を共にするとあれば準備は必須。ならばと報告を終え真面目に会議を聞いているアドラに視線を向ける。

 魔王軍第十二将が九席、アドラ・レルディンカ。

 話したことのない相手だが、いい機会だとエイサはしばし彼を眺めていた。

 


 

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