三十七話
「んで、このボロボロになった城、どうするんだ?」
「すぐに直すよ。僕だって壊したくて壊したんじゃない。半分以上君が悪いんだから」
「俺は避けただけ。お前壊した人。それなのに俺に半分以上の責任を押し付けるのはおかしくないか?」
「そもそもの原因をたどれば君が悪いんだから、責任は取るべきだろう?」
「知らねーよ。明後日会議があるのに大丈夫か?」
「ふん。戻すだけならすぐに戻すさ」
そう言うとリアヴェルは指を鳴らした。
その瞬間時間が巻き戻るように城が修復されていく。
それを見てエイサはほう、と感心したような声を出した。
「へえ、こんな魔法もあるのか。便利だ。後で教えて欲しいぜ」
「……結構魔力を食う魔法だ。君では使いこなすのは難し。せめてニコクラスの魔力量は欲しい。諦める事だね」
「……いや、ニコクラスの魔力量とか持ってるわけないだろ。もうちょっとこう使い勝手が良くならないのか?」
「時空間に干渉する類の魔法だ。本来なら一人で発動させること自体規格外なモノなんだから、魔法の術式云々ではなく、僕の力量に関して褒めろよ。流石は魔王様ってな」
その言葉にエイサは周囲を見渡した。
ボロボロだった魔王城はわずか数十秒で普段のそれへと戻っている。その魔法の凄まじさはそれだけで実感できるが、何分破壊したのも目の前の魔王様だ。自分で壊したものを自分で直しただけの話、あまり褒める気にはならなかった。
「ふーん。戦場で破壊された柵の修復とかに使えるかと思ったんだが難しいか」
「これを発動させるだけの魔力があるなら上から岩槍でも落として即席の柵を作る方が効率的だろうし、そもそも敵の目の前で悠長に発動できるような類の魔法じゃない。熟練の魔法使いであれば、容易く割り込んで打ち消して見せるだろうしね」
ならば使いではないかとエイサは即座に興味を失った。
そんな現金な態度にリアヴェルはため息をついて見せる。
「それで?」
「それでとは?」
夜風の涼しさが火照った二人の体を冷やし、戦いの余波を消していく。
どこか穏やかな空気が流れる中で、リアヴェルはエイサに向かって問いを発した。
「とぼけないで。君がわざわざ戻ってきたって事は、僕に何か用があるって事でしょう? もう怒らないから、言ってみなよ」
「ああ。そうだな。一つ頼みごとがあるんだった」
「頼み事? いったい何?」
「明日、結界を張ってほしい。そこで、エルメルダにこれを観察させる」
そう言いながらエイサは自分自身の痣がある場所を鎧の上から軽く叩いた。その様子を見たリアヴェルの視線が細くなって、わずかな躊躇いの後、大きくため息をついて答えた。
「わかった。それにしても随分と急な話ね。今まで誰にも話さなかった貴方の秘密をいきなり二人に話し始めたこともそうだけれど、その上で観察までさせるなんて驚きよ? なに? エルメルダの事を気に入ったの?」
「研究者としての奴を信頼しているだけだ。奴なら、勇者の証の術式を解き明かし、不死身の理由を突き止めてくれるだろうってな」
「ふーん。まあ、君が色仕掛けに引っかかるような奴じゃないってのは知っているけど、彼女美人さんだから、少しだけ心配してたのよね」
「そんな暇はない」
「知ってる。そして、君はいつも通りの君だった」
そう言うとリアヴェルは城内へ向かう。
その後ろについて、エイサも中へ入った。
彼女の魔法で修復された城の中は、つい先ほどまで廃墟一歩手前だったことが嘘のように片付いていた。
「それで、晩御飯はどうするの? 食べてく?」
「あ? そうだな。久しぶりにお前の料理を味わっていくのも悪くない。頼めるか?」
「はいはい。今日はお肉だから期待してお待ちなさい」
「お、良いねぇ。戦いの後はやっぱり肉だな。血肉が戻る」
「血なんて一滴も流してないくせに」
「エネルギーは使ってるから間違いなく血肉は減ってるんだよ」
グダグダと言い合いながら二人は城内を歩く。
その二人の姿は魔王と魔王軍筆頭将軍には見えず、ただのどこにでもいる男女の姿に見えた。
「それじゃ俺、爺さんに声かけに行くから」
「わかった。三十分くらいで出来ると思うから、それを目途に食堂に来て」
「わかった」
すっかりと普段の様子でしゃべる二人。
その姿に先ほどまでの確執は見えない。
その事にエイサは少しばかり胸をなでおろした。
「ああ、それと」
「ん?」
「別に許した訳じゃないから。勘違いはしないでね、エイサ?」
「……はいよ」
そんな彼に対してリアヴェルはくぎを刺した。凍えそうなほどに冷たい声で。
そんな彼女に対してエイサはただ粛々と頷くしかできなかった。
「よくもまあ許しましたのお、姫様」
「こいつがこんな奴だって事は昔から知ってた。知っていながら、それを容認していたのは僕だ。なら、それが表になった時に許さないと喚くのは流石にフェアじゃない」
「いや、十分喚いただろうに」
「うん? 何か言ったかい? エイサ?」
「いや、何も? ただ、許されたと思ってな」
「ははは。面白い事を言うねエイサ。さっきの言葉忘れた? 許してないよ」
「覚えてるよ……ったく。フェアじゃない云々はなんなんだよ」
「は……決まっているじゃないか。建前だよ」
「そうかい」
三十分後、エイサ、リアヴェル、スロブの三人は魔王城の食堂へと集まっていた。
食堂といっても、大人数が会食を行うの場所ではなく、コックたちが賄いを食べる内部の小さな一室。そこが彼ら三人が食事をとるところだった。
作るのはいつも通りリアヴェル。
魔王様に食事の準備をさせるのはどうなんだと思わないでもないが、彼女自身の趣味が料理であること、そして男衆二人は野戦料理くらいしか出来ない事もあって、ずっと前から彼女が作っている。そして彼女自身も料理をするのは好きだった。
旅をしていたころを思い出す。
仲間もなく、たった三人で旅をしていたあの頃。
ひもじい思いもした、辛いことも多々あったけれど、何もかもが新鮮で楽しくさえあったあの頃。
彼女にとって料理とはその残滓でもある。
楽しき日々の残滓。それを奪い取ることは、スロブにはできなかったし、エイサは魔王の威厳に関して興味を持つような男ではない。勇者が魔王を狙っている限りリアヴェルの側にいるであろうが、それは魔王軍があってもなくなっても変わらないだろう。魔王軍のくくりなど彼にはどうでもいい事だ。彼には復讐しか見えていないのだから。
「チキンステーキか」
「なに? 文句でもあるの?」
「いや、好物だ。魔王様が自ら作ってくださるお料理に文句なんてありませんよ」
「そう。それで? ライスオアパン?」
「そりゃ、ライスよ」
「はあ。相変わらずの米食ねぇ。チキンステーキなら、パンかなって思ったんだけど。なんで?」
言いつつもリアヴぇエルは大きな丼を食器棚から取り出してライスを山盛り盛り付けた。
旅をしていた時からエイサはライス好きだ。
それこそ、自分が食事当番をしているときは必ずこれを鍋で炊く程に。
「孤児院ではこれを山盛り食う事が最高の贅沢だった。だからじゃないか?」
「家庭の味ってやつ?」
「さあな? だが、白米を腹いっぱい食う事に、俺は安らぎを覚えるのさ」
「母の味にはなかなか勝てんというやつかの?」
「まあ、あんまりシスターの飯が美味くなかったから、ただの白米が一番美味かったっていう、身もふたもない理由もあるにはあるんだがな」
「あんまり知りたくなかったなぁ。お母さま料理上手くなかったんだ」
「まあ、調味料なんてものをほとんど手に入れられない生活をしてたんだ。当然と言えば当然なんだがな」
そう言うとエイサは目の前に置かれた皿から一切れチキンステーキを切り分けナイフを刺して口元へ運んだ。同時に丼に盛られた白米をかきこむように食べる。
「うむ。なかなかいいぜリアヴェル」
「それはどうも。しかしあなたぐらいだよ? 魔王となったこの僕に食事の給仕をさせるなんて奴は」
「は……今更だ。俺の中ではお前は未だに幼馴染のリアヴェルだからな。魔王様ですって言われても、態度なんぞ直せるわけがない。公の場で表に出してないだけ成長したもんだぜ」
「復讐一辺倒であるお主が、魔王様となった姫にどう接するか、どう改めさせるか、割と気を揉んだんじゃぞ? 姫様が魔王様になった以上は立場を考えて動いてもらう必要があったからのう」
むぐむぐとチキンステーキを肴に麦酒を飲み干したスロブがそう言うと、エイサは肩を竦めた。
「流石に状況は理解していたさ。その上で空気を読まないなんてことをしたら、勇者討伐の役目から外されかねん。それだけは許容できかっただけだ」
「本当にそういうところだけは鼻が利く。その察しの良さを僕を慮る事にも少しは使って欲しいものだね」
「それは無理だ。お前の事を慮る事で勇者討伐に対するメリットが生まれるのであれば、そう動くかもしれないが。それがない以上俺がお前を慮る事は無い」
「知ってはいたけど、改めて言葉にされると腹立つなぁ。そこまで復讐に入れ込む必要なんてないだろうに。君の、勇者に対する執着だけは理解できない」
「理解される気も、理解してほしいとも思わない。この復讐は俺のもので、誰かに理解してほしくてやっているわけじゃない。ただ自らのために、自分自身の感情のままに動いている。それだけの事だからな」
「身勝手よねぇ」
「身勝手なのは百も承知の上だ。だが、それを承知の上で俺は感情のままに動くと決めた。その行動が魔王軍のメリットにつながるから俺は今ここにいるだけの話。……それこそ、俺が勇者を殺すメリットよりも、デメリットの方が大きくなると、お前が判断したのなら切り捨ててもらっても構わんさ。その時は俺一人ででも奴を殺す。ただそれだけの事だ」
そう言い切ったエイサの言葉に嘘偽りはない。
この男は軍を離れ一人となっても、勇者を殺すために動き続けるのだろう。
どれほど言葉を尽くしてもそれを止めることは出来ない事をリアヴェルは理解している。それでももしもの可能性に賭けて、彼女は言葉を尽くす以外に方法を知らなかった。いつか必ずその言葉が彼に届くことを信じて。例えその可能性が限りなくゼロに近くとも。
「……飯時にする話じゃないな」
「……そうね」
「そうじゃのう」
手の止まった食卓を見てエイサはため息をつきながら言うと、それに二人も同意した。
そして空気を変えるように話題を他に振って、再度夕食が再開される。
賑やかにワイワイ言いながら食べるこの食卓がリアヴェルは好きだった。
これだけが旅の名残を感じさせるものだから。
この先、戦争が終わりエイサの復讐が終われば、また旅をしたい。
そんなありもしない空想を抱かせてくれる、この食卓が彼女の数少ない安息の場所だった。