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三十六話


 結局、スロブだけでは説得は難しいと言う意見を聞いてエイサは彼と一緒に魔王城へ戻った。

 魔法陣の部屋は特に異常はなく、もしかして落ち着いたのではないかという淡い期待は、扉を開いた先が屋外だったことで儚く消えた。


「お主、本気で怒りが収まっとると思っとったのか?」

「いや、しかし一瞬期待した。……まあ、魔法陣を壊していないだけギリギリ理知的だったとほめるべきか」

「壊したらお前が戻ってこれんからのう。そのあたりは配慮するじゃろうて」


 しばし、吹き飛んだ元廊下月に照らされながら歩く。

 その場所から見る魔王城は、いつもの廃墟染みた様子がさらに増しており、もはやただの廃墟の用だった。そこに残留した魔力マナがゆらゆらと燻るように漂い、不気味さに拍車をかける。


「さて、覚悟は良いか?」

「いや、覚悟するのはお主だけじゃろうて。儂、怒られるようなことしとらんし」

「そう言うな、せめて援護くらいしてくれ。あいつの機嫌が直るまでは待ってられん」

「自業自得といいたいが、これも魔王様のため……か。仕方ないのう」


 スロブは大きなため息をついて見せた。


「なんだかんだ言いながら付き合ってくれる当たり、付き合いが良いよな爺さん」

「阿呆。お主がきちんと姫さんに話しておけば拗れぬ話ではないか。復讐を捨て愛のために剣を振るう。その事を受け入れたりの」

「そいつはできない相談だ」

「知っておるわ。だが苦言くらい言わせんか。みろ、怒り狂った姫が来るぞ?」

「へいへい」


 スロブに言われずともエイサはリアヴェルが近づいてくることに気が付いていた。魔王が動けば莫大な魔力マナの塊が動く。それを感知できぬ程エイサは鈍感ではない。剣を背より引き抜くと同時に目の前にリアヴェルが現れた。


「よう? ご機嫌麗しゅう? 魔王様」

「いいわけないでしょ、エイサ?」

「ふむ」


 優し気に微笑むリアヴェル。

 まるで怒りが収まっていないのが手に取るようにわかる。

 爆発するはずの怒りを飲み込み、胸の内でかき回して練り上げ、今ここにはけ口を見つけた。

 それが今の状況だ。

 それを、エイサとスロブは長年の付き合いで理解する。


「あ、これ無理じゃの」

「だろ?」

「と、いう訳じゃ、頼んだぞ将軍」

「は?」


 どういう意味か聞き返す前に突撃をかました魔王一撃をエイサは受け流した。

 その隙にスロブはそそくさと、魔王城へと入っていってしまう。


「エイサァアア!!」

「ちょっ、スロブ爺さんっ!?」

「終わったら呼んどくれ、儂、仕事がたまっとるんじゃ」

「嘘つけぇ。爺さん仕事とか殆どないじゃねーかっ!!」

「無視するなんて本当にいい度胸してるわね、我が剣!!」


 エイサの悲鳴染みた叫びを、リアヴェルの怒号がかき消した。

 魔力マナの籠った怒号は彼女の怒りと共に、咆哮となって周囲に轟き響く。その衝撃でびりびりと魔王城が揺れた。爆発した怒りに飲まれ、完全に我を失っている状態にエイサは目を白黒させた。兜の奥で理ヴェルの怒号がこだまする。


「あー。ほら、ちゃんと戻ってきたんだから怒りを収めないか、リアヴェル?」

「収められるわけないでしょうがっ!! 魔法陣に逃げ込むとか卑怯な手を使ってまで逃げ延びやがった癖にィイイ!!」

「ま、だよなぁ」

「仕置きよ。エイサ。仕置きしてあげる。二度とこんなことができないように、徹底的に」


 リアヴェルは地獄の底から響くような低い声でそう言うと、怒りのままに魔力マナ周囲に解き放った。その余波だけで大地が揺れる。天が割れる。だが、そんな激怒の対象になっても、エイサは余裕の表情を崩さない。


「悪かったって。ほら、反省してる。二度としない。だから、ほら、許せ」

「それが、反省している男の態度なものかっ!! 許さない。絶対に許さないんだから!!」


 その態度にリアヴェルの怒りは更に熱を増す。もはや殺意にも似た激情に身を任せるままに魔力マナを束ねる。そしてそれをエイサに向けて解き放った。

 エイサの剣が翻る。

 放たれた魔力マナは如何なる事象を引き起こすことなく霧散してエイサの大剣に喰われた。そしてそのままエイサは剣を担ぎリアヴェルに向かって手招きをした。明らかな挑発のポーズに彼女の視界が明滅する程、頭に血が上る。


「いいぜ、偶には幼馴染の激情に付き合ってやる。おら、来いよリアヴェル」

「良くほざいたわねエイサ。なら、最後まできっちり付き合ってもらうんだから……」


 普段の冷たさすら感じさせる声音ではなく、激情に染まった声でリアヴェルは言った。

 低く、されどどこまでも暗い熱を帯びた声。

 魔王である彼女の本質が垣間見える。

 魔王という、人ならざるものを統べる少女の本質。超越種の中の超越種。

 人類種の天敵が、その力の全てをたった一人に向けられると言う、絶望的な状況の中にあってさえ、エイサは余裕を崩さなかった。


「さっさと来い。俺だって割と忙しいんだ」


 そしてどこまでも彼女を軽く見る言葉に、彼女は自身の立場を忘れてエイサに躍りかかった。

 魔力マナを剣状に伸ばして武器とし、渾身の力を込めてエイサに叩き込む。

 しかしその一撃はあっさりとエイサに受け止められた。

 全身を魔力マナで覆い、肉体を強化したうえでの連撃。

 魔王という超越種が抱く魔力マナをもって強化された肉体の一撃は技量という観点から見れば拙いが、その肉体性能ステータスだけならエイサすら凌ぐ。一撃受けとめるだけでエイサの両腕にずしりと重い負荷がかかり、その余波だけで大地を砕く。

 そんな一撃を受けてエイサは平然としている。

 彼の技量によってあっさりと受け流される。そして、その事実がリアヴェルの怒りを加速させる。


「いっつも、いっつも、そうやって人を馬鹿にしてッ!!」

「馬鹿になんてしてないっての」

「してるっ!! 僕の思いを知りながらッ!! 僕を蔑ろにしているッ!!」

「いや、だからしてないって」

「ふざけるなよ!! 何が魔王様だ。何が我が剣か。なにが契約だっ!! 全部全部自分の都合で自分の思い通りに進めているだけじゃないかっ!!」

「結んだ契約は遵守している」

「守ればいいってものじゃないっ!! あの契約はっ!! そんなつもりで結んだつもりではなかったのにっ!!」


 勇者から狙われる魔王。その勇者から彼女守ることを対価に、勇者と優先的に戦いの相手とする。

 それがエイサとリアヴェルの間に結ばれた契約。その契約を確かにお互いに守ってはいる。だが、それは守られているだけで、その願いに込められた契約の意味は食い違っている。

 リアヴェルは、その契約によってエイサが離れていかない事を願い。

 そしてエイサはただ勇者と戦う事のみを願った。

 エイサだけはその食い違いを理解していたが、リアヴェルはその食い違いに気が付かなかった。

 ただ、それだけの話。


「結んだ契約は遵守する。それ以外に注文を付けていなかったお前の落ち度だろう?」

「違う! 違う違う違う違うッ!!」


 リアヴェルの駄々っ子のような癇癪をエイサはその剣で弾き返す。

 冷徹なまでの剣の冴えは彼女の心を抉る。

 燃え盛る熱は涙となって彼女の瞳より零れ落ちた。

 それをぬぐいに手を伸ばす事さえせずに、エイサはただ淡々と彼女の癇癪を受け流す。


「守ってよ。私を勇者から守ると契約に誓ったのなら!!」

「守っているさ。勇者を打倒することで、お前の身の安全を確保している。ついこないだだって、戦場に出て勇者を殺したじゃないか」

「守るなら、僕の心まで守ってよ。……馬鹿みたいじゃないか……僕は……君が僕を守ってくれるって言った時、とても喜んだのにっ……それなのに……」


 剣を振るう力が抜けていく。

 流れる涙は止まらない。

 そこには怒りに狂う魔王の姿は無く、ただどこまでも孤独に震える少女の姿があった。

 だが、その姿はエイサの心には響かない。

 悲しいかな、エイサはもう自らの心を復讐に売り払った。

 彼が心に留めるのは勇者を殺すその一つみ。だから、リアヴェルの慟哭を理解することができない。そして、理解するつもりもない。


「……悪かったよ」

「嘘つき、何も悪いと思ってないくせに」

「……そうだな」

「……約束」

「あ?」

「一つだけ約束して」

「……わかったよ。これから先は、お前に相談してから……」

「違うよ」

「ん? そういう事じゃないのか?」

「そんな約束したって、どうせ守らないくせに」


 剣をしまい、涙を拭いながらいったリアヴェルの言葉にエイサは苦笑で返した。

 幼馴染だけあって、エイサの事をよく知っている言葉だ。

 成程、いかなる約束があろうとも、それを最善と知れば容易く約束は破る。

 エイサはそういう男だ。復讐のために手段を選べるほど彼は我慢強くない。


「なら、何を?」

「帰ってきて。僕の側にでなくてもいい。ただ、貴方が無事であればそれでいいから……」


 問い返したエイサにリアヴェルは即答で返した。

 それは、とても簡単な願いだが戦場に身を置く彼にはとても難しい。だが、ここで否といえば彼女は更に食い下がるだろう。それを知るエイサはゆっくりと頷いた。


「復讐のためにはまだ死ねない。死ぬ気もない。だから、その約束は必ず守るさ」

「……嘘つきだね。自らの身を顧みることが無ければ、勇者を殺せるって状況なら君は迷わず勇者を殺す方をとるくせに。……だけどいい。約束はした。もう、それでいい」


 そう言うと諦めたようにリアヴェルはその手に持つ魔力マナ剣を消した。

 そして再び、エイサを睨みつける。

 涙を必死にこらえなら見据える視線に力は無い。

 視線と視線がまじりあう。

 互いに言葉を用いず、ただ見つめ合う二人。

 その思いが交わることは無い。

 

 





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