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三十五話



「いや、何もあそこまであそこまで切れる事ないんじゃないか?」


 そうエイサがぼやく程にリアヴェルはキレた。

 どのくらいかというと、魔王城に割と洒落にならないレベル被害が出る程度にブチギレた。

 爆心地にいたエイサに効かぬとわかっていながら山ほど魔法を叩き込む程にガチギレした。

 ティーカップの取っ手を握りつぶした瞬間に、言い訳が通じないと悟ったエイサがさらっと逃げ出したことも、その怒りに拍車をかけはしたのだろうが、それでも空一杯に属性魔法を唱え、山ほどゾンビを召喚し、海の底から響くような怨嗟の言葉をエイサに投げつけた。そして、そのこと如くをエイサに通じなかったことが余計彼女の怒りを煽った。


「ま、しばらくすれば落ち着くだろ」


 怒り狂うリアヴェルの攻撃をさらりとすり抜け、あらゆる攻撃を無意味にして、空間転移用の魔法陣室まで逃げ込むと、適当にランダム転移し、その後もう一度違う魔法陣へと飛ぶという小細工までして逃げ延びたエイサは、後のことを何も考えずとりあえず自分の用事を済ませるためにエルメルダのところまで来ていた。

 どこか遠くで怒号が聞こえた気がするが、その全てを気のせいだという事にして、エルメルダがいるはずの部屋へと歩いている。控えめに言ってくそ野郎な事をしている自覚はあるが、あれの説得はさすがに無理だろうと内心に言い訳をつくる。

 二週間もの間エイサに会えなかった不安、シャロンと懇ろになってしまったのではないかという焦燥、重要な秘密を相談もせずにモンリスに話という怒り、あらゆるものがごちゃ混ぜになった結果だ。そう容易くその怒りは収まりそうにない。


「といっても、結局もうすぐ会議有るから出席しないといけないんだよなぁ。また、モンリスに代理を頼むか?」


 モンリスが聞いていれば絶対に断るだろうことを口にしながら、エイサはエルメルダの部屋に繋がる扉を開けた。


「……」

「……」


 そこには険悪な雰囲気で互いに押し黙る、エルメルダとスロブの姿が有った。

 闇妖精ダークエルフ鉱人ドワーフって種族による不仲があったっけ? などと思いながらエイサもその部屋に入ると、途端に二人の視線がエイサに向けられる。そしてお互いがホッとしたような表情を見せた。


「……ようやっと来おったな、エイサ将軍」

「お待ちしておりました将軍。スロブ様が教えてくれなくて、私やきもきしていたんですよ? この方、剣を見るなり、成程と呟いた後ずっと、続きは将軍が来てからなどと、私を焦らすのです」


 疲れたような表情のスロブと輝くような笑顔になったエルメルダが実に対照的な絵面だった。


「成程、流石爺さん義理堅い」

「そりゃどうも。それで? 説得はできたんじゃな?」

「伝えはした」


 エイサはスロブの問いにそう答えて視線をそらした。

 その様子に大まかな事を悟ったスロブはとても大きなため息をついた。


「つまり、姫さんは」

「大荒れ」

「だろうのう」


 肩を竦めたエイサの言葉に対して、そうだろうなぁ……などと呟くスロブの姿は先ほどにもまして疲れて見える。しょうがないじゃないか……と言い訳をエイサはしたかったが、結局は彼の不手際が端を発している以上それを彼は言えなかった。


「……適当にどっかで飯でも食うか?」

「あほか。これで儂まで戻らんかったら、姫様がどう暴れるか見当もつかん。精々その状態の姫様をなだめられるように頑張っとくから、次回の会議には出るんじゃぞ?」

「……やっぱり出ないとだめか? モンリスに任せるつもりだったんだが……」

「それをしたら、もう魔王城はおがめんの」


 それは出禁という意味ではなく、単純明快にリアヴェルの怒りで魔王城が消し飛ぶだろうという予想よりの言葉だ。


「……わかったよ。流石に爺さんを住所不定にはできないからな」

「儂の事を気遣うなら、もう少し姫さんの事を気遣ってくれぃ。儂、あれでも姫さんの事、孫娘くらいには可愛いがっとるんじゃ」

「善処はするさ」

「お話は終わりですかね? では、では、私にこの魔道具の先を教えていただけるのですねっ!!」


 二人の会話が一段落着いた直後、エルメルダがエイサを問い詰めるように言った。

 普段の理知的な様子からは伺い知れぬ、酷く興奮した様子で。

 そんな彼女の額を抑えると、エイサは彼らを挟んだ中央の机に置いてあった剣を握り、そのまま軽く魔力マナを剣に通す。それだけで剣が輝きを取り戻し、同時にエイサの胸に刻まれた証が僅かに熱を持った。


「っ!? 将軍、いったい何を」

「ふむ、やはり剣ではなく所有者の方へ術式を刻んでおったという事かの?」

「みたいだな。ま、当然か。あらゆるものを切り裂く超兵器。誰にでも使えるようにはしておかないってわけだ。必要な時に、必要な奴が使えるようにというのであれば、自然所有者にの方へ使用するための術式を刻むことになる」


 そう言うとエイサは女神の剣を机の上に戻し、そして用意されていた椅子へと座りこんだ。


「勇者の紋章。神託を受けるための目印だけだと思っていたが、いろいろと役割があったらしい」

「勇者の紋章? エイサ将軍何を……まさか?」

「ああ。そのまさかだ」


 何かを察して息をのんだエルメルダ見えるように、エイサは装備を外していく。

 兜を脱ぎ、鎧を外し、そして下に着こむアンダー一枚になった時、わずかに手が止まる。しかし、その躊躇いもわずかに自らの胸元を露出させた。戦士の体を知らぬエルメルダでさえ均整の取れたその肉体美に見惚れてしまいそうなほど完成されている。無数に刻まれている傷跡でさえ、その肉体の美しさを際立たせるための彫細工のようだ。


「……綺麗」

「まあ、エルメルダ女史の言いたいこともわかるが、見るべきはそれではないのう」

「こんな傷跡まみれの体の何が綺麗なのか俺にはとんと理解できないんだが」

「かか、所有者には分らぬだろうて。しかし、今見るべきはこやつの胸元に刻み込まれた痣じゃな。少し見にくい、魔力マナを回せ、エイサ」

「ああ」


 スロブの求めに応じてエイサが痣に魔力マナを回すと、勇者の証に光が宿る。

 同時にエイサの脳裏にどこまでの清浄な声が響いた。


『勇者さま……』

「黙れ」

『わが愛しき勇者さま……』

「黙れっ!!」


 その声で消えてしまいそうになる憎悪を滾らせる。

 彼の内で滾る炎は消せはしない。

 どれほど優しく諭されようとも、この炎が消えるのであれば生きていく価値がない。いかなる褒賞も称賛も復讐を果たせなくなるのであれば、選ぶ理由には弱すぎる。魔力マナを回すを止めて即座に装備を付け直していく。心配する声が聞こえたような気がするが、その声に答える事さえ出来ず、ただひたすらに自身に宿る殺意を高める。最後に兜をかぶるとようやく声が遠くなった。


「……難儀なもんじゃの。女神の神託か?」

「ああ」


 エイサは鎧を付け直してどさりと椅子に腰を下ろした。そんな彼にスロブが心配そうに声をかけた。それに額に汗を浮かばせながら答えると、エイサは大きくため息をつく。そして驚いた表情のエルメルダに声をかけた。


「見たな?」

「え……ええ。今のが?」

「ああ。勇者の証だ。神の祝福であり、神の呪い。そしておそらく、その剣を握るための制御術式」

「もう一度見せてもらっても?」

「今日早めておけ、一度女神様に感づかれた。連続で使えば流石に逃がしてはくれないだろう。流石は全能の神。知ることさえ出来れば何でもできる」

「全知ではないのであれば、全能ではないとおもうがのぉ」

「そもそもからして、アリス教団の教えの言葉からの引用だ。俺だって女神様が全知全能だなんて思っていない。本当に全知全能の女神様であるのであれば、俺を勇者にはしなかっただろうさ」


 吐き捨てるようにエイサはそういうと、エイサはスロブの前に置かれていたお茶に手を伸ばした。目線でいいか? と問うと、スロブは重々しく頷く。先程見た額に汗を浮かべるエイサの姿をみて、その程度の事で目くじらを立てる程、彼は狭量ではない。素早く兜をずらして既に冷めたお茶を流し込むエイサを不憫に思う。

 エイサが鎧をつけていないとき、神様に知られてしまえば即座に神託が降る。そして、それに頷けばきっと彼は幸せになるのだろう。勇者への復讐心を捨てるだけで、あらゆる栄華を手にすることを可能とするだろうに、それに背を向けてただひたすらに復讐のためだけに生きる。その生き方が哀れでなくてなんという。


「憐れむなよ爺さん」

「すまぬな。耐え忍んでくれ、エイサ将軍」

「謝るな。俺は自分でこの道を選んだ。爺さんに謝られる故は無い」


 そう言ってエイサは再びエルメルダに視線を向けた。

 驚愕の色と心配の色を示す顔。だが、その目の色だけは間違いなく好奇心に濡れている。

 魔法学を専門とする者にとって、エイサの持つ痣は余りにも貴重な資料だ。それをエイサ自身も理解しているからこそ、そんなエルメルダを責めない。むしろ、心強いと思う程だ。


「明日、もう一度見せてやる。場所は……そうだな、魔王城が良い。リアヴェルに結界を張らせて、そこで見てくれ」

「……よろしいのですか?」

「心配そうなふりはやめろ。お前の眼は全くそんなことを言っていないぞ」

「……おや、これは失礼を。では、明日改めまして」

「ああ。その代わり見つけろよ?」

「無論、これ程の情報を戴けるのであれば、確実にこの剣を制御する方法を見つけて見せましょう」

「違う。それじゃない」

「え?」


 呆けた顔を見せるエルメルダに向かって、エイサは凶悪な顔を見せた。

 殺意にあふれ、憎悪に染まる勇者に向ける顔。それが兜で遮られているにもかかわらず、エルメルダを震わせた。


「勇者の証に式があるなら、この証に奴らが蘇生する方法だって乗っているんだろうさ。その理屈を探れ」

「成程、貴方の言い分には一理あります。勇者の代名詞はその剣ではなく、幾度倒しても蘇る不死性にありますからね。なら、勇者の証にその術式が刻まれていても不思議ではない」


 その言葉にエイサは頷いた。

 エルメルダの表情は、以前の憔悴しきった表情のそれとは違い、生気に満ち溢れている。自らの好奇心を抑えきれない表情だ。この好奇心の強さこそ、この女の向上心の源だ。


「じゃあ、明日魔王城でな」

「はい。ですが、魔王様の説得は大丈夫なんですか?」

「あ? ……ああ。スロブ爺さんが何とかしてくれるだろ」

「儂かいっ!?」





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