三十一話
木々が切り倒され、日の光が差し込むようになった山の中、五人対一人の戦いは拮抗状態を迎えていた。
エイサに真っ先に突っかかるのは森人の少女だ。
その麗しの顔を赫怒により真っ赤に染め上げて、矢を無茶苦茶に放ちまくる。
怒り心頭で我を忘れたとしてのその力量に陰り無く、矢を同時に三本つがえ、同時に違う急所に向けて放つつ様は、まさしくもって達人芸だ。しかし、その三連射をエイサは自らの鎧の頑強さに任せて受け止めて、少女との距離を一瞬でゼロにする。
「貴様っ!?」
火花が散った。
少女に向けられた一撃をギリギリのところで割り込んだソウジの槍が受け流した火花。
受け流してなお、ソウジの足がふわりと浮いた。
女神の加護量 が上がり、肉体的性能が向上し、自身の腕前も上がっているはずなのに、容易く弾き飛ばされるエイサの力量にソウジは舌打ちを鳴らした。そのエイサがソウジを弾き飛ばした瞬間を抜いて、森人の少女の矢が再びエイサに放たれる。それと同時にソウジの後ろから放たれていた氷の刃がエイサに向けて殺到した。
放たれた三本のを左手でつかみ取り、氷刃は全て斬撃を叩き落す。
両手がふさがった隙を狙ったアリスがエイサに向けてアリスティアを振り抜こうとするが、エイサはつかみ取った矢をそのままアリスに向かって投げ返す事で対応して見せた。
薄い何かが二枚割れる音と、金属音が響く。
何かが割れる音はフィリアが願った神の祝福が砕け散る音。金属音は飛来する矢を防いだアリスティアが鳴らした音。投げ返された三本の矢は狙い過たずアリス、森人の少女、そしてフィリアあの急所を狙っていた。アリスに向けられたそれはギリギリで防げたが、他の二人はそれで一度死んでいたことを示す。
達人技から繰り出される一撃を、まさしく超人めいた技巧をもって跳ね返したエイサにアリスはその笑みをさらに濃くしてそのまま斬りかかる。その斬撃をエイサは剣先を蹴り上げることで軌道をずらして回避、そのまま右手の大剣をもって、アリスの首を刈り取ろうとする。
エイサの一撃は間違いなく致命傷だ。神の祝福が残っていようと、そのまま斬り殺されると直感したアリスはギリギリで左腕を用いてエイサの大剣を迎え撃つ。再び何かが割れる音、同時に左腕の骨が砕ける音を聞いた。激痛が彼女の神経内を駆け抜ける。だが、それを表に見せることなく少女は笑って見せた。
「すさまじいね、エイサ。神の祝福の上から、それでもなお一撃で殺されかけるとは思ってもいなかった」
垂れ下がる左腕。それを庇う事なく続けざまにアリスは剣を振るう。それをエイサは避けて、そのまま弾き返された大剣を突き出した。その一撃をアリスティアで受けとめる瞬間にエイサの大剣はぴたりと停止、フェイントに引っかかったと気付く余裕もなく彼女は宙に浮いた。
剣を引き戻す態勢そのままにエイサは自身の右足を使ってアリスの両足を刈り取ったのだ。
剣を大地に突き刺すように止めを放つ。
しかし、エイサを止めようと放たれていた氷刃のことごとくを無視し、よりの頑強性に全てを委ねるままに。アリスにエイサの大剣が突き刺さる直前に、再度願われた奇跡が発現し神の祝福が、彼女を守る。一瞬だけ止まった刃に対してアリスはアリスティアを振るうが、その一撃を見越していたかのようにエイサは剣を引き戻し目の前にまで戻ったソウジに向かって再度度振るう。お互いの突きと斬撃が交差し速度を競い、当然のようにエイサが競り勝っち、神の祝福が砕かれて、その上からソウジを薙いだ。
「アリスっ!!」
「ナイス、ソウジ」
エイサの剣によってソウジの首元に一筋の傷が走った。
エイサの腕を狙った矢の一撃が僅かに軌道を変えたのだ。それと、ソウジが首を傾けたことにより、ギリギリのところで致命傷を避けられた。だが、彼の身に着けていた軽鎧はエイサの剣圧に負けて吹き飛んでしまっている。掠めただけでその威力に背筋が凍り付く思いをして、傷も負って、神の祝福という盾まで失って、エイサ相手にできたことは窮地に陥ったアリスをその場から脱させた程度。つまり、最初に戻っただけ。その事実にめまいがしてきそうだ。
五人が再度合流してひと塊となる。
すると、森人の少女が抗議するように言葉を紡いだ。
「なんですか、あれ。怪物じゃないですか」
「ああ、だからそう言ってただろ。だから最初に言ったんだ。何をされても切れんなって。切れてどうにかなるような相手じゃねぇ」
「いやいやいやそれはそうですけどぉ、私ら五人がかりで被弾してるのが魔法だけ。しかも、その魔法も全く通用していないって、いくら何でも無茶苦茶じゃないですかっ」
「通用していないのは事実だけどそうはっきり言われると悲しいなリヴィ」
「集中して。集中し続けてないと、すぐに全滅させられる。少なくとも今までの私たちはそうだった」
「集中してますよ。してますけど、愚痴の一つ二つ言わなきゃやってられません。なんなんですか魔剣士。話は聞いてましたけど普通そういう話って、大体実像の半分くらいなもんじゃないんですか? これじゃあ、話の方が半分です。これでも七百の年月を刻んできましたけど、あれ程の英雄が何で向こう側に」
リヴィと呼ばれた森人が最後まで言い切る前に、エイサの姿が掻き消えた。
木々が倒れて足場の悪い中、重鎧をつけて瞬間移動染みた高速移動。集中している前衛二人が一瞬見失う程のそれをさらりと行いながら、エイサは大剣に溜めていた魔力を解き放った。
「魔力性質赤色」
パーティの真横に現れたエイサの口より、魔力が籠った解放言語が紡がれる。放たれるは赤色の稲妻を纏った斬撃だ。
「解放雷刃閃破」
「っ! 瞬間詠唱聖盾」
それをギリギリのところでフィリアが防ぐ。
勇者一行全員を飲み込む稲妻の奔流は、ギリギリのところで聖なる盾により防がれる。
「ぎぃ……ぐぅうう!!」
凄まじい威力にフィリアがうめき声をあげた。
聖女と称されるフィリアの持つ魔力を限界近くまで神に捧げ、継続的に捧げ続けていると言うのに、それでもなお斬り潰されそうなその威力は、大魔法使いが行う大規模魔法の威力すら越えている。どれ程の魔力をその剣に蓄えさせていたのか、専門外のフィリアでは見当もつかない程にだ。
彼女を救うためにシェリスが魔法を高速で唱えていく。
凄まじい一撃の中にあって、彼女は冷静に魔法の構成を読み取り解きほぐす。その中で気づくのはその魔法の緻密な構成だ。緻密かつ精密なその魔法は一流の魔法使いでさえ、発動を失敗させかねない程に正確な魔力操作能力を必要とするものだった。それこそ、一歩間違えれば魔力逆流により、全身を焼かれかねない程に。少なくともシェリスであればごめん被りたい力量を要求するその武器を容易く用いる男に、彼女は冷や汗を流しながらも術を完成させる。
「瞬間詠唱対抗呪文」
そして、力ある言葉と同時にエイサの放った一撃がマナに戻る。
奇跡のように赤色の奔流が掻き消えると、目の前には煉獄のような光景が広がっていた。
大地が融解し、倒れた木々は一直線上に焼け焦げ、火がついている。
生木にさえ火をつける凄まじい熱量を誇る一撃は、山林の中で振るわれることで大惨事を引き起こした。魔力をもって生み出された炎を容易くは消えず、折より吹いていた南西の風にあおられ、みるみるその規模を増していく。エイサが剣を振り抜いてからわずか数秒で山が紅蓮に染まった。
「貴様ぁ!!」
「リヴィっっ!!」
その光景を見て激情に飲まれそうになったリヴィをソウジが普段からは信じられない程に鋭い声で止めた。山全体に響くのではないかという大声に、リヴィが不意を突かれ一瞬だけ動きが止まる。その隙を突くためにエイサが踏み込むに応じてアリスとソウジが一歩だけ前に出る。そして目の前に飛び込んできたエイサに対して自身の武器を向けた。
金属音が響く。
エイサの一撃を二人掛かりとは言え捌いていく。
しかし、力量の差は如何ともしがたく、二対一にも関わらず二人はエイサに押されていく。
その戦況に一石を投じたのはリヴィだった。
放たれた矢ががエイサの握る剣の柄頭に当たり、すさまじい衝撃を生む。
一瞬手放しそうになりそうなほどの衝撃を受け大剣が吹き飛ばされそうになるのを、剣を握り直す事し無理やり筋力で抑え込んだ。その隙をぬって二人の勇者が反撃を仕掛ける。しかし、その程度ではエイサは小動もせず、即座に押し返して見せた。
「頭は冷えたか?」
「いいえ、この光景を見てブチギレない森人なんて、森人失格です。混ざり者だって、この光景を見れば卒倒するでしょう。だから、ブチギレてないなんて嘘は言いません。ブチギレてブチギレて、一周回って辺に冷静になってるだけ」
ソウジの揶揄う様な言葉にリヴィは底冷えするような声音で答えた。
「だから指示をよこしなさいソウジ。この男を殺せるのなら、私、気に入らないアナタの命令でも聞いてあげます」
「は、上等」
そしてソウジの指示に従う事を伝えた。
それは彼女なりの信頼の証だ。
彼女は多対一で叩く戦闘に詳しくない。七百年という歳月は彼女の力量を高め、数多の獲物との一対一を経験させたが、その隔絶した力量から複数人で同時に一体にかかる経験が少ない。それで今まで生きてこれた。それで今まで問題がなかった。しかし、目の前の魔法剣士ほどの力量を持つ者を少女は知らない。多くの幻獣、魔獣を狩った凄腕の狩人をして、ここまで者は見たことがないと言わしめるほど、その力量は極まっていた。
矢をつがえながら精霊に祈りを託し解き放つ。
風の加護を受けた魔弓の一射は空飛ぶ龍すら地に伏せさせたことがあるほどの威力を叩きだすが、それさえ剣を握らぬ左手でつかみ取られて投げ返されるという、あまりにも理不尽なまでの力量にもはやその問いを我慢するのは限界だった。
「我が名はリヴィ・ビリード。禁忌が森の森人。その森人たる我が名をもって問おう、我が同胞にいかな理由をもってこれ程の暴虐を成す。故有るならば答えよ」
森人の問いかけ。
森に生きる彼らが、森を傷つけた者へと問う最後の問答であり、最後の慈悲。
その問いかけを投げつけながら、彼女は矢をつがえ放つ。
それを鎧の丸みをもって逸らし、その問いに答えを返すことなく踏み込みんだ。
「そうか。それが答えですか」
エイサのその態度に、普段持つ最後の慈悲を彼女は捨てて、森を穢す咎人を自身の弓をもって射殺す事だけを念頭に置いて、弓を引き絞った。
森人の森に対する愛は深い。
それこそ、小枝を踏み折ったものに対して、骨を折ることで贖いとする程に。
エイサは森人の逆鱗に触れた。それがいかに執念深いものかを知らず。しかし、そんなことは彼にはあまりにもどうでもいい事だった。彼の目的はいつだってたった一つ。勇者を殺す。ただそれだけに集約されるのだから。