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二十四話


 イグン山の山頂を切り開くことで設営された砦は、夏といえど涼しい風が吹いていた。しかし、その過ごしやすい気候と裏腹にその砦にある鍛錬場では、熱気が吹きすさぶ。それは自然に起きた熱気ではなく、鍛錬上に集う者たちの期待から吹く熱だ。

 魔王軍最強の男と砦の指揮官にして蜥蜴リザード種最強の男の模擬戦。

 それを一目見ようと集まった蜥蜴リザードマン達の雄たけびと歓声が渦となって、この場所を温めている。円陣を組み遠巻きに見守る観客たちの熱気を浴びながら、エイサは自身が背負った大剣を抜き放たった。それだけで再度歓声が大きくなった。


「流石は魔王軍最強の男。剣を抜き放つだけでこうまで華があるか」

「御託は良い。さっさと始めよう。見世物になるのは余りいい気分じゃない」

「カカ……そう言ってくれるなエイサ将軍。これも上に立つ物の務め、この砦には貴公の戦いを見たことがない者も多い。そういったものに力を示す事で、不穏な事を考えなくさせるのよ」

「ふん。本当かな。その割には随分と楽しそうだが」

「本当だとも。しかし、楽しみにしていないと言えばそれも嘘になろう。最強の剣技味わいたいと願うは、武人としては当然の事。貴公も同じではないのか?」

「俺の戦う故は復讐だ。ならばこそ、過程に楽しみを見出すことは少ないさ。……俺は武人ではなく、復讐者だからな」


 そういったエイサにヒヴィシスは成程と頷いた。

 そんな彼に対して、エイサは肩を竦めながら問いかける。


「失望したか?」

「よもや。貴公の腕前は聞き及んでいる。わが友、オルグより。かの者に認められる程の武芸を身に着けている者の目的が何であれ、身に着けた武芸に嘘は無し。むしろその目的のために十二将全てを上回る力をつけた貴殿の在り方にこそ敬意を表そう」


 そう言うとヒヴィシスは日本の曲刀を抜き放った。

 牙のような飾りのついた骨刀。その刀が纏う魔力を一目見て、エイサはそれがドラゴン種の牙より研ぎだされたものだと見抜いた。蜥蜴リザード種は龍を信仰する一族。そして、そのドラゴンといずれ至るために武芸を磨き続ける一族だ。故にドラゴンとの誼は深い。しかし奴らより牙を二本も賜るとは、成程、それ程の実力を持つという事か。


「ディアルの魔力、そしてもう一本はファレシスか」

「流石、見ただけで見抜くか。その通り、この剣は大地を統べるディアル殿、そして炎獄の覇者ファレシス殿より賜りし刃。わが武芸、ドラゴンに認められし証よ」

ドラゴンに認められた蜥蜴リザードマンは、その身が滅びし後龍ドラゴンになる。……か。聞いたことはあるが、成程あんたは既にその資格を満たしたという事か」

「何、ドラゴン種に認められたものは、その魂を預けることでドラゴンに転生するだけの事。それは、いかなる種族でも同じよ。ただ、蜥蜴リザード種はかねてよりドラゴン種との縁が深いがため、その条件を満たしやすいだけ。牙を拝領する。ドラゴン種より転生を認められた証というだけの事。貴殿ほどの実力者なら、既にその証授けられていそうだが」


 その言葉にエイサは思い当たることがあった。

 そういえば昔、旅の途中。ドラゴン族との交渉に向かった時、ドラゴン種の姫君であったニコより、牙を渡されたことがあったのだが、アレはつまりそういう事だったのか。


「……昔、ニコより上の牙をもらったよ」

「ほう、流石は魔王軍最強。ニコ様より牙を拝領したものは未だかつておらぬと聞いていたが、貴殿はその偉業を既に成していたか」

「そういう文化に疎くてな。その時もらった牙はさ、乳歯を渡されたと思って、あいつの家の屋根に投げた」

「は……?」

「成程それでその時ブチ切れ喰らったのか」


 エイサの言葉にヒヴィシスは言葉を失った。

 そして、まじまじとエイサを眺めるが、五体満足で生きていることが不思議でならない。

 ドラゴンの恩寵を投げ捨てれば、その肢体引き裂かれてもおかしくは無い。ドラゴン種とはまこと恩義に篤く、嫉妬深く、何より我儘な生き物なのだから。


「……いや、よくぞご無事で」

「涙目で殴りかかってきたからボコボコにした。龍形態ドラゴニックフォルムも、人龍形態デミドラゴフォルムも両方を駆使して全力で殺りに来やがってな。あの時は苦労したね、魔王の傘下に入ることをドラゴン種が決めた瞬間だぜ? その瞬間にドラゴンの姫君を殺すわけにもいかず、三日かけてあいつのスタミナを削り切った俺を魔王様はもっと褒めるべきだと思ったね」

「は……成程すさまじい御仁だ。貴殿の旅の途中とあれば、今より若かりし頃の話と見受けるが、いったいいつ頃のお話なので?」

「六年前……だから、俺が十二の時分の話だ。まあ、ニコも今よりはるかに弱かったから何とかなったわけだ。しかしそれ以来目の敵にされてなぁ、ずーっとあんな態度を喰らってるわけさ。……文化の違いってのは恐ろしいものだな」

「十二とは……」


 エイサの言葉にヒヴィシスは絶句しかできなかった。

 人間の成長速度は知っている。十二という年頃が、大人になり切っていない年頃だと当然のように。しかし、その年で、ドラゴン族の姫君を圧倒し時間を稼ぐことなどできるものなのか。できているからこそ、今ここで対面しているわけだが到底信じられなかった。

 ニコ・ローズボルトはドラゴン族の白眉だ。

 純血のドラゴン種として生まれ、その中でも抜きんでた才覚を見せた結果、僅か十六の年をもって二千を数える親より族長の座を奪い取った正真正銘の怪物だ。数多の属性のブレスを吹き分け、その肉体性能は一撃で山を砕き、海を割る。

 その怪物を齢十二の少年が抑え込んだなど、信じられるはずがなかった。英雄とは言えど生まれながらに秀でているわけではあるまい、特にエイサの立ち居振る舞いは武芸をその身に染み込ませた者特有のそれだ。長きにわたり武芸を鍛え続けた来た者のそれだ。生まれ持ったものではなく後天的に身に着けた技量にて、エイサの強さは成り立っている。

 ならば、齢十二の時の技量はどれほどのものだったのか。

 成らずの大器でのまま、ドラゴン種の打倒を成し得る力量とはどれほどのものか。その力量にヒヴィシスの身震いが止まらない。

 武者震いだ。

 目の前の男の底知れぬ技量を知りたいと言う純粋な戦士としての渇望が、両手に握る骨刀に力を籠めさせた。


「参ります。エイサ殿」

「ああ、いつでも」


 言葉と同時にヒヴィシスは踏み込んだ。

 双刀を巧みに操り、逃げ場を殺し、防ぐ手を限定し、最終的に首を刈り取る手数主体の戦法。

 しかもそうでありながら、一撃一撃の威力がひどく重い。片手で軽々と振るわれる一撃が、大の大人を弾き飛ばすほどの威力を秘めている。二本ある長刀を自在に操るヒヴィシスの腕前は達人のそれに違いない。高速でありながらすさまじい威力を秘める一撃が雨霰のように降り注ぐ。

 だが、それを容易く受ける程エイサの力量は生易しいものではない。

 双刀による連続攻撃を大剣一本であっさりと防ぎきる。

 その力量を評する言葉をヒヴィシスは持ちえない。

 全力で二振りの長刀を振るう自身の剣を、大剣一本、それも片手のみで防ぎきられるとは流石に予想外だ。この力量レベルが魔王軍最強。この肉体性能スペックこそ魔王軍最優。この腕前こそが越えるべき頂。その高さに歓喜の雄たけびを上げた。


「成程、成程、成程っ!! これが無双、これが無敵、これ側が魔王軍最強っ!!」

「暑苦しい奴だ。お前も」


 ボルテージが上がっていく。

 そのたびに斬撃の嵐は速度を増し、威力を増していく。

 それでも、エイサの防御を一切崩せぬその鉄壁に、先に根を上げたのはヒヴィシスだ。

 硬直した戦況をひっくり返すために、振り抜いた斬撃の狭間に灼熱の息を吹きかける。体内で生成される可燃性のマヒ毒を焔と化して吹き付けるその一撃、受ければあっさりと全身の自由を奪うであろうそれさえ、エイサはその大剣で切り払って見せた。


「好機ッ!!」


 しかし、ブレスを大剣で切り払う絶技を見せたがゆえに大きく薙ぎ払われた後の隙は消しようもない。ヒヴィシスの一撃が対にエイサを捉えるその瞬間、左手の小手でその一撃をあっさりと受け流して見せた。


「なっ!?」


 ヒヴィシスは絶句する。

 あエイサの装備している小手は確かにスロブが鍛え上げた名品だ。そんじょそこらの防具とは一線を画す性能を持ってはいるが、ヒヴィシスの武器は伝説のそれに並ぶドラゴンブレイドである。立田の名品であれば一切の抵抗なく切り落とすその一撃を、優しく撫でるようにして受け流したエイサの力量はまさしく筆舌に尽くしがたい。


「いや、良い攻めだ。流石は将軍。だから、そろそろ動くぞ」


 絶句するヒヴィシスに向かってエイサはそう告げた。

 そしてそれと同時に一歩だけヒヴィシスに向かって距離を詰める。

 軽く振り抜かれた大剣を両刀を用いて受け止めた。すさまじい衝撃が受け止めた手に奔る。

 目で追うのがやっとの速度、その上威力は両の手を使ってようやく留められる威力。殆ど力を用いることなく、技によってのみ振るわれた一撃は、ヒヴィシスの想像のはるか上を行く。

 不意にエイサの姿が真正面から消え失せた。同時にヒヴィシスの視界が回転する。無造作に放たれた足払いが、見事にヒヴィシスの両足を刈り取り空中に浮かせたのだ。無造作に。そう、無造作に放たれた一撃。だが、その行動の予兆は全くなく、かがむと言う行為にだけで視界より完全に消え去る魔法染みた身体操作能力。空中に体が投げ出された瞬間にそれを悟ったヒヴィシスは、咄嗟に自らの尾を叩きつけて頭から地面に落ちることを避けたが、その瞬間エイサの蹴りが腹部に叩き込まれ吹き飛ばされた。

 腹部に奔る衝撃で蹴り飛ばされたのだと理解したヒヴィシスは同時に幾度目かの驚嘆の念をエイサに抱く。装備を含めて200キロを優に超える巨体を吹き飛ばす膂力。技巧が研ぎ澄まされているのは十分承知していたが、それだけではない、肉体の隅々まで鍛えあげられている。


「流石っ!!」

「そりゃどうも。……それで? まだ続ける気か?」


 吹き飛ぶ自身の体を尻尾で支えて飛び起きながら、ヒヴィシスはエイサの事を称賛した。

 そしてエイサの言葉に答える代わりに、もう一度エイサに突っ込むことで回答とする。


「だよな」

「無論!!」


 まだまだこの程度じゃれ合いにすぎぬとばかりに、ヒヴィシスはエイサを攻め立てた。連撃の速度をさらに上げ、自身の脂汗を振り絞るように全力を尽くして切りかかる。そしてそのこと如くを撃ち落とされて、さらにさらに浮かべる笑みを濃くしていった。

 ヒヴィシスは戦闘狂だ。

 族長として蜥蜴リザード族を率いる責務により、指揮官をしている以上実際の戦場ではあまり前に出ないが、自身の性としては前線を駆る一兵卒の方が余程向いていると自覚がある。そうであるなら、目の前の男ほどの強敵とまみえて戦闘を収めるなど出来はしない。

 久方ぶりの挑戦者の立場。強大な敵へ全霊をもって立ち向かう高揚を彼は楽しんでさえいた。

 その高揚にエイサは真正面より応じた。

 自らの力量のを小出しにして少しづつ手を抜く量を減らし、相手の限界を引き出そうとする戦い方をしている。その事はヒヴィシスにもわかっている。そして、その力量の奥深さに舌を巻くしかない。大海の深さの如く、どこまでも底知れない力量に歓喜の声を上げ、自らの全霊を超えた力を発揮しつつある自分にその歓喜をさらに強める。

 もはや手合わせではなく指導だった。

 それを恥辱などとヒヴィシスは受け取らなかった。

 魔王軍最強。その実力はどこまでも深く、どこまでも高い頂にある。

 それが分かっただけでも収穫だった。

 鍛錬上に響く打ち合いの音。

 それはただただ長く、その場所で響き続けた。




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