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二十一話


 武具を受け取ったエイサはアヴェンとの約束を果たすために、中庭へと向かっていた。

 相変わらず手入れの行き届いていないその場所は、エイサが普段鍛錬している周辺のみが綺麗に整地されている以外、植物が伸び放題に繁殖していた。彼の普段鍛錬している場所だけがきれいなのも、彼がずっとそこで剣を振るい、体を動かし続けたことで踏み均され、さらゆる植物が刈り取られた結果綺麗になったと言うだけで、誰かが手入れを行っているわけではなかった。しかし、最近はエイサが鍛錬を行うのであればと気を利かせたモンリスが部下の小鬼ゴブリン達に命じて、エイサが魔王城へきている間だけ、少しずつ手を入れている。

 この場所の荒れ具合は、まさしく魔王リアヴェルの怠惰さの象徴だ。あの女はそもそも、自分でやらなくていいことは極力自分でやらない怠惰な女だ。その美貌とカリスマ、何より軍勢を率いる能力と膨大な魔力、そして魔王としての責務があるがゆえに許されているところがある。無論魔王の居城が本当にこれでいいのかと、幾度も他の将軍からの上奏が入っているらしいが、ここに手を回すくらいなら軍勢に手を入れよという彼女自身の命により、結局はこのままの状態が続いている。

 モンリスが勝手にここを整備して、何も言われていないのは、モンリスがエイサ直属の部下であること。そして、魔王自身がエイサに対して直接の命令権を持っていない事。その二つのことが重なり、エイサの部下に対してリアヴェルが文句を言う筋合いがないためだ。


「待たせたな」

「いえ、将軍殿に稽古をつけていただけるなど、光栄の極み。よろしくお願いします」


 中ににエイサが到着すると、そこにはすでに準備万端のアヴェンがいた。

 そしてエイサが中庭に入り言葉をかけるとそれに簡単に返して、すぐに剣を抜き放つ。

 流麗な戦意が周囲を包み込む。卓越した剣技を持つ者が放つ気配は、彼女の力量が尋常の域にないことを示す。血筋や親の贔屓だけで副将を務めているわけではない。吸血鬼ヴァンパイアの中でも群を抜く能力故に副将に抜擢されていることを、ただ構えるだけで感じさせた。


「来い」

「行きます」


 先手をエイサは当然のように譲った。

 剣を抜き放つことさえなく、アヴェンにただ視線を向けるだけのエイサに向かって彼女は斬りこんだ。

 踏み込みは吸血鬼ヴァンパイアの身体能力を十全に生かした魔的な速度。普通の人間であれば消えたと錯覚しうるほどの踏み込みの速度から振るわれる斬撃も当然のように魔的だった。

 ギィン。

 そんな金属音が響く。

 小手でアヴェンの剣を打ち払った音だ。

 容易く魔的な速度の斬撃を見切り、剣の腹をその小手で打ち払う。ただそれだけの動作で、アヴェンの体勢が崩された。そこへエイサの左拳が突き刺さる。鎧越しでありながら、その膂力と技量をもって通された衝撃は、アヴェンの体力を著しく削った。


「まだまだっ!!」


 拳で打ち抜かれ弾かれたアヴェンが再度踏み込む。

 真正面から再度切り込むと見せかけて、エイサの後ろへと魔法のような足さばきで回りこんでの切り払い。しかしそれも容易く、左腕の小手で滑らされてかわされる。振り上げ切った剣を、今度は振り下ろすも先に流した左手の二本の指の間で止められ勢いを殺されるまま、足を払われた。

 アヴェンの視界が回転する。

 即座に自身を蝙蝠へ分解し、距離を取って肉体を再構築することで、転倒を回避したが、数メートルの距離ではあまりにもとった距離が短すぎた。軽い踏み込みでその距離をゼロにしたエイサに再構築した体の腕を掴まれ、地面にねじ伏せられる。

 再度体を蝙蝠へと変化、分解。今度は空で再構築して、魔法を放つための詠唱を行えば、即座にナイフが飛来した。詠唱を捨て剣でナイフを弾く。瞬間背後より衝撃がアヴェンを襲う。ナイフをおとりにその高さまでジャンプしたエイサの蹴りが直撃したのだと、地面に叩きつけられる瞬間に気が付いた。


「くっ!!」

「ふむ」


 大地に叩きつけられ、一瞬息が詰まる。それでもアヴェンは即座に立ち上がり、再度剣を構えるがその瞬間エイサの大剣が首筋に突き付けられていた。


「……参りました」

「ああ。とりあえずいくつか指摘しよう」


 アヴェンの幸福の言葉に、エイサは自身の武器を背に負いなおした。武器を使われることさえなく完封されたアヴェンは小さくながらもため息をついた。


「一つ目。単純に身体能力不足だな。人間の俺に負けているなど話にならん」

「そ、それは将軍がすさまじいだけです。私の身体能力は同族の中でも屈指のそれです」

「いや俺が言っている身体能力ってのは性能スペックの事じゃない。むしろその操作性だ。体をどう動かしたら、どう動かしたら効率よく使用できるかっていう部分での身体能力のことだ。当然だが俺の肉体性能自体はお前には届かない。超越種の性能スペックに人間が勝るはずがない。なのに俺がお前の攻撃を容易く流したり受け止めたりできるかというと、肉体の使い方に圧倒的な差があるからだ」

「……肉体の使い方……ですか?」

「ああ。あまり知られていない事だが、人間種と超越種、その他亜人種においても、肉体の根本的な構造は変わらん。特に只人ヒューム吸血鬼ヴァンパイアはその構造において殆ど大差ない。ならば何がその肉体の性能差を生み出すかと聞かれれば、その身に宿す魔力量の絶対的な差こそがその性能スペックを大きく分ける……らしい」

「らしいって……えっと?」

「エルメルダの受け売りだ。俺とて専門家ではないから、詳しい説明なんぞできん。が、体の使い方については、いくらでも説明ができる。無論言葉ではなく、実戦的な手法でだが」


 実践的な手法と聞いてアヴェンはごくりとつばを飲み込んだ。

 今の手合わせが鍛錬だと思っていたが、それは彼女の勘違いだったらしい。今のは本当に彼女の実力を測るためだけのもの。ここからが本当の鍛錬だ。


「例えば先手の踏み込みからの斬撃。胸を借りるという気持ちで踏み込んできたのは、真正面から突っ込んできたことからも分かったが、格上相手に放つもんじゃないな。しかしそれは戦術的な話だし、ここでは置いておくとして、アヴェン嬢は斬撃を腕だけで振りすぎだ。まあ吸血鬼ヴァンパイアの膂力であれば十分人間くらい切り裂けるんだろうが、斬撃は腕だけで振るものじゃない。足運び、腰の連動、両肩への伝達、そして腕のしなり。肉体の各部位を連動させることで、初めて斬撃として完成するものだ」


 そう言いながらエイサはアヴェンの前で大剣を振るって見せた。

 閃光のような一撃が、空間を削り取りかねない勢いで放たれる。

 その斬撃をアヴェンは目で追うことさえ出来なかった。


「目で追えなかったか。……まあ、次はもう少しゆっくりやってやるから、見て盗め」


 呆然としていた彼女の前でエイサは再度大剣を振るう。

 今度はゆっくりと。目に追える程度の速度で。

 それを見たアヴェンはエイサの技巧に感服のため息を漏らした。

 全身全てが連動し振り抜かれる様は、成程自身の斬撃が腕だけで振っていると言われてしかるべき程に美しい。エイサのあらゆる部位が大剣を振るうためだけに連動し駆動している。その様を美しいと言わずして、なんというのか。まさしく剣撃の極み。


「美しい……ですね」

「感想は良い、だがこれで少しは理解できたか?」

「はい。貴方の剣の振るい方を見れば、確かに私の剣は腕で振っているだけというのが良く」

「なら、もう一度だ」


 そう言うとエイサはアヴェンより距離を取った。

 打ち込んで来いと言わんばかりのその態度に、アヴェンは再度剣を構えなおす。


「行きます」

「ああ」


 再度真正面か切り込む。意識するのは全身の駆動。振るうにあたっての最適行動。その一撃をエイサは自らの大剣をもって受け止めた。火花が散る。ぶつかった金属音が遅れて聞こえるほどの高速斬撃。その一撃を見て彼は成程、才能はあるとアヴェンの評価を少し上昇させた。


「そうだ。それでいい」

「は、はい。ありがとうございます」

「後はその体使いを身に染み込ませろ。意識することでその斬撃を繰り出せるようになるのでは意味がない。意識せず、無意識のままに自身に最適な体使いをもって斬撃を放てるようになれ」


 そういって、エイサは剣を収めた。

 そしてアヴェンから離れ、今度は一人剣を振るい始めた。


「エイサ将軍」

「伝えることは伝えた。後は自分なりに考えろ。鍛錬ってのは自分でやるから意味がある。何も考えず、只素振りをするだけなら、脳をもって生まれた意味がない。一振り一振りに意図を込め、一振り一振りで自らの肉体を変えていくという意識、それをもって始めて鍛錬の意味が生まれる」

「わ、分かりました」


 エイサの言葉を聞いてアヴェンも剣を抜き素振りを始めた。

 一撃一撃に意味を込めて、振るうたびに自身の足りぬ部分を補う様に剣を振るう。

 エイサとアヴェンは共に時間を忘れるほどに集中してただ管に剣を振るい続けた。

 一撃振るう事に意味を考え、一撃振るうごとに自らの肉体操作を自問し、その最適解を見つけ出すその時まで、素振りが終わることは無い。


「素振りを日課にするな。素振りは自らへの問いかけだ。自身に染み込ませた剣の振るい方が正しいのか、それを常に自問しろ。見つけた答えに満足するな。変化し続ける。それが成長するって事だ」

「はい」


 そして二人はソニスが、中にはにアヴェンを探しに来るまで延々と剣を振るった。

 その時間はアヴェンにとって至福の時間だった。

 自らの腕前が少しづつ上がっていく感覚。

 何より憧れた最果ての大剣士と共に剣を振るい続けるその感覚。それら全てが、彼女にとっては喜ばしい。


「精が出るな二人とも」


 そんな二人に苦笑気味に声がかけられた。

 声をかけたのはアヴェンを探しに来ていたソニスだ。

 エイサは彼の気配を感じ取ると同時に剣を背負っていたが、アヴェンはソニスが声をかけるまで彼の気配に気が付かないほどに集中していたため、声を駆けられて大いに驚いていた。


「こ、これは父上。何か御用でしょうか?」

「やれやれ、憧れの筆頭殿に稽古をつけてもらっているからとはいえ、出立の時間を忘れるほどに夢中になる奴があるか」

「出立の時間……ああっ!?」


 ソニスの言葉を聞いてアヴェンは中庭より空を見上げた。

 既に日は傾きかけており、空は朱色に染まっている。

 昼過ぎには魔王城を出る予定だったことは覚えていたが、中庭の薄暗さは陽光による時間経過を伝えにくい。それに加えて素振りに没頭していたことで、出立時間を大幅に遅れてしまったらしい。


「申し訳ありません父上。すぐに出立の準備を……」

「もうよい。全て済ませてある。後はお前が魔法陣へ向かうのみだ。……城に持ち込ませていただいたものをさっさと回収してこい。私は、筆頭殿と話したいことがある」

「わ、分かりました。申し訳ありません。すぐに準備してまいります」


 アヴェンはそう言うと、エイサへ一礼を行い。そのまま魔王城の中へと飛び込んでいった。

 その様子に苦笑しながらエイサはソニスの方へと視線を向ける。


「何用だ将軍」

「娘の面倒を見ていただいたことに対する礼だよ。どうやら先の戦いの時の蟠りはなくなったらしい。……まあ、アヴェンは貴公のへのあこがれを抱いていた。その貴公より直々に指導などを受ければ、蟠りなどすぐになくなるか」

「面倒などと、俺はいくつか指摘をしただけだ。剣才はある。磨けばまだまだ光るだろうに、それを燻らせているのはもったいない。ただそれだけの事だ。……それに、未熟な剣士への指導は俺の糧にもなるしな」

「ふ……そう言っていただけるならありがたい限りだ」

「父上、ただいま戻りました」


 二人が会話していると、そこにアヴェンの声がかかった。

 いくつかの手荷物を持っている。出立準備を整えたのであろう彼女を見て、ソニスは再度エイサに一礼をして、その場を後にした。

 エイサ二人がその場を後にするのを見送った後、再び鍛錬を再開した。

 振り抜かれる一撃は流麗にして鮮烈。洗練された動きは、まさしく人の武芸の極致のそれだった。



 

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