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十三話


 頭蓋を両断された感触。生涯で一度たりとも味わいたく無い感触だった。その激痛が脳髄の全てを支配する感覚。その痛みに耐えかねて、男は飛び起きた。


「はぁ……はぁ……」


 荒く、浅く呼吸を繰り返す。

 気が付いたその場所は清潔なベッドの上だった。静謐な空気が周囲を満たすその場所に見覚えは無かったが、先ほどの感覚で自分が敗れ去ったという事を自覚して、胸元、額の順番で自分の体を確認する。そこには一切の傷がなく、あるのは胸元に輝く勇者の証のみ。


「起きたんだ?」


 不意に彼に向かって声がかけられた。

 そちらの方へ視線を向けると、そこには彼の愛した少女の姿があった。

 長い金髪、青い瞳。女神の生き写しと称される極上の美貌を持つ麗しの勇者。

 アリス・アヴァルティア。

 ゲーム、ブレイブヒロイックスに登場する勇者一行パーティ一員メンバーにして、メインヒロイン。彼が好きだったゲームのキャラクター。そんな彼女に対して、弱みは見せられないと彼はベッドの上から体を下して、自分の体の調子を確かめた。


「ああ起きてる。ほかには何人起きた?」

「あなたで最後。神の祝福《メンバー登録》がギリギリのタイミングだったから、君の蘇生が一番遅かった」

「あ……そりゃ悪かった。スライム程度ならユリニオン含めて一人で何とでもなると思ったんだが……黒騎士? だっけか? あんなのが出てくるとは思わなかった。なにあれ? 隠しボスかなんか?」

「隠しボス? 勇者殺しは一度たりとも隠れたことは無いけど……知らないの? あれが、魔王軍最強の大剣士」


 その言葉に男は頷いた。


「魔王軍最強ね。確かに、あれは魔王よりも強そうだ。だったらこっちも仲間を集めないとな。いま、何人集まってるの? アリスちゃんがいるって事は、四人くらい?」

「君を含めて四人目。私、フィリア、シェリス。そして君。えっと、名前を聞かせてもらってもいいかな?」

「ソウジ。ソウジ・ヤクモ。よろしくな。アリスちゃん」


 そういうとソウジはアリスに右手を差し出した。握手の求めにアリスは応じて彼の手を握る。ソウジのテンションは内心で大きく盛り上がっていたが、それを表に出さず、付いてきてほしいというアリスの求めに従って、彼女の後についていく。


「とりあえず、これからの目標だよな?」

「ええ、勇者殺しを打倒するためには戦力が足りない。だから、もう少し戦力を探す」

「アリスちゃんの紋章は導く者の紋章。勇者一行パーティに入れるものの選別ができるんだっけ?」

「……そう、だけど。どうしてそれを? 紋章の秘密は今のメンバー以外に伝えた事が無いのに」

「はは、女神様の思し召しって奴さ。任せとけ、誰がどこで仲間になるかは全員知ってる。……ってか、何度も探しに行ったしな」

「……? よく意味が分からないわ。それはどういう?」

「いいから任せてくれって。んで、仲間ってなると前衛がもう一人欲しいな。あの黒騎士相手に時間を稼げる凄腕が」

「……私とヤクモ君ではだめなの?」

「ああ。無理だ。そもそも俺からしてヒットアンドアウェイを繰り返すタイプの軽戦士。アリスちゃんだって、アリスティアの切れ味を生かすための速度重視の万能型。ああいった純然たる力で押し込んでくるような重戦士タイプとは、戦うべき土俵が違う。まあ、あの野郎の場合は、そんな重戦士型でありながら、俺ら軽量級の速度を上回る速度を叩きだしてくるのが厄介ではあるんだけど、今必要なのは黒騎士と同じタイプ。つまり、重戦士型の勇者一行パーティ一員メンバーがいれば、そいつを主軸にして立ち回れるだろ?」

「うん。確かに、それは君の言う通り。私たち二人では、あの男相手に持ちこたえる戦いは難しい。速度で圧倒するにしても、彼は私たちの速度に平気で着いてくる」

「だから、重戦士タイプの仲間が欲しいってわけだ。聖騎士とか、それこそあの黒騎士のような暗黒騎士タイプ」

「だけど、そんなに簡単に重戦士の素養を持つ勇者一行パーティ一員メンバーなんて見つかるの?」


 アリスの言葉にソウジは不思議そうな顔をした。そして頬を掻きながら、彼女に問いかける。


「いや、いるでしょ?」

「え?」

「だって君の幼馴染。エイサ・マナクラストは当代きっての聖騎士パラディン。女神への信仰篤く、そして君とも縁深い勇者の中の勇者じゃないか」


 ブレヒロの主人公。

 ソウジがブレヒロの中で最も好きだった男キャラ。

 魔物にそうと知らず育てられ、勇者に覚醒すると同時に母に殺されかけたことにより、そんな悲劇を世界からなくすという理想を抱き、そしてその理想のままに時代を駆け抜ける大英雄。苛烈で、熱烈で、鮮烈に生き抜くその生き様こそが、ブレイブヒロイックスという作品における核だ。

 勇者を導く者アリス。そして、勇者エイサ。その二人のカップリングは、アリス好きのソウジをして認めざるを得ないほどに絵になるカップリングだったのだから。

 不意にアリスが刷剣を抜き放った。アリスティアの切っ先がソウジの喉元に突き付けられる。


「……なに? 何のつもり? え?」

「私とエイサの関係をどこで知ったのかはどうでもいい。それが神様の啓示だっていうのなら受け入れる。だけど、その言葉を二度と口にしないで」

「……オゥケェ。わかったから、アリスティアおろしてくれよアリスちゃん」


 軽薄に、されど両手を挙げてほほに冷や汗を流しながらソウジはアリスにそう返した。ソウジに鋭い視線を向けていたアリスは不承不承といった感じでその剣を納刀する。その瞳には、隠し切れない憎悪の光があった。


「憎悪ってか、情念の光か」


 前を歩くアリスに聞こえないように小さな声でソウジは小さくつぶやいた。

 ブレイブヒロイックスというゲーム中に置ける彼女の在り方を思えば、ある意味それも当然か。勇者エイサ。プレイヤーの分身に何よりも懸想し、何よりも依存し、そして何よりも執着していたのは間違いなくアリスだった。幼馴染にして、自らが導くべき勇者様。その勇者様が仲間になっていないこの現状はゲーム展開とは違っている。

 違っているからこそ、ソウジという男がこの世界に存在できているのだから。

 とはいえ違っているにしても、主人公不在の物語。冗談めかして、あの黒騎士相手に自身のことを主人公などと言ってみたが、悲しいかなその状況はあながち間違っていないらしい。


「ブレイブヒロイックスはエイサが主人公だからこそ成り立つ物語。だってのに、その主人公不在の世界へ放り込まれるとは、あの女神様も中々に酷な事をさせるもんだ」


 もう一度呟いたその言葉は、誰に届くでもなく空に消えた。

















 勇者を撃退した結果。ナグラム城周辺地域の制圧を完了した魔王軍。その部隊を率いる将軍たちは、再び、魔王城へと招集をかけられていた。

 魔王軍魔術研究部、第一課魔王軍兵装研究課長。ヌルシル・エンヴェッタの作り上げた簡易転移術式により、拠点として確立した場所への空間転移においてはそれほどの魔力を使用せずに行えるようになったこで、魔王城に集まることはそれほど難しい事ではなくなっている。

 それ故に大きな拠点を制圧する度に、魔王軍の将軍たちは次の侵攻拠点を定めるための会議に出席するために、魔王城へと集まることを決められている。

 その様子を、魔王軍魔術研究部を総括する立場にあるスロブ・ゴルドヘルは、苦笑を浮かべてみていた。

 十二将の内十一までは何時も義務ではなく、魔王のカリスマに触れるために、親愛の情を、自らの忠誠を示すために我先に集まるのだが、その筆頭だけは面倒がって出たためしがほとんどなかった。最近に至っては城にいるにもかかわらず、名代を代わりに出席させるなどという荒業まで披露して、その会議をさぼり倒している。

 本当に会いたいと願う相手に袖にされ続ける魔王様に、いずれ癇癪を破裂させるぞなどと、長らく共に過ごした爺としては思うが、傍から見ている分には面白いだけであったし、何よりそんな私情を優先するほど、小さな器に育てた記憶は無かった。


「爺さん」

「かっか。とはいえ、儂にばかりかもうては、お姫様が再びへそを曲げよりますぞ、将軍?」


 そういいながらスロブは、エイサの武具を受け取った。魔王城によるたびに、真っ先に自身の元へ武具の整備を頼みに来るエイサの一途なその在り方は鍛冶師としては確かに好ましい。いっぱしの戦士としてその気持ちも理解できないではなかった。武具の状態をいつも通り確認していけば、相も変わらず惚れ惚れする様な使い込みをされた武具の数々。使い込まれながらも日々の整備を怠っていない、まさに武芸者の鏡と言わんばかりの武具に、彼の本質が垣間見える。


「……」


 スロブの言葉に何も返すことなく、エイサは武具の修繕をただじっくりと眺めている。

 その視線にさらされながら、エイサの武具の細かい修繕を施すのにもスロブは慣れたものだが、時折くらい、魔王様の乙女心を汲んでやってほしいとは思う。しかし、そんな行動をするような生半な男ではないという事も、また幼き頃より十年共に過ごしていれば理解できることだった。


「儘ならぬものよのう」


 鎧に刻まれた術式のほつれを、刻印刀を用いて軽くなぞり直すことで修繕し、小手に仕込んであった投擲用の小刀を仕込み直す。思えばこの鎧も十年選手だ。彼が戦いより戻る度少しづつ改良や仕込みを増やし重ねていった結果の漆黒の鎧。全身に刻み込まれた傷は、戦士ならだれもがうらやむ歴戦を誇る戦化粧だ。

 それを、齢十八の青年がこさえたなど、誰が信じるのか。自身の三分の一ほどしか生きていない青年が越えてきた戦場を思う程に、その凄絶な在り方にため息が零れ落ちる。


「どうした? 何か問題でもあったのか爺さん?」

「いや、問題は無い。いつも通り、こんな使いにくい鎧をよくこれ程まで上手く使いこなしているもんだと、畏敬の念しかわかぬよ将軍」

「……あんたが手放しで人をほめるなんて、珍しいじゃないか。何かいいことでもあったのか?」

「さてな? 魔王軍の吉報は喜ばしき事ではあるが、私事において何かしら喜ばしいことは無い。将軍が魔王様と密会していた……などという事があれば、少しは日々の無聊を慰められようが……どうやら、そう言ったこともなさそうだ」

「ああ、そんな暇はない」

「個々の恋愛感情は暇かどうかで定まるまいに」


 大剣の接合部分。成長に合わせて全体を少しづつ肥大化させていったことによりできた刃の層の部分にたまる、微細なカスを針のような器具で取り除いた後に、再度打ちなおすことで層を埋める。その作業をしながら、スロブはエイサの方へちらりと視線を向けた。

 その視線に気が付くと、エイサは肩を竦めてみせた。


「あの女の感情について、いらないなどとは言えん。直接ぶつけられたこともある身の上だ。しかし、それにこたえるかどうかは、俺が決める。そして、今はその時じゃぁない」

「ほう。なら、いずれその時が来ると?」

「ああ、勇者を殺しきる。我が身を焦がす憎悪が、奴のみを滅ぼし尽くしたその時になら、この体くらい、あの女に好きにさせてやるさ」

「僕は、君の体が欲しいんじゃない。君の心が欲しいんだけどね」


 エイサがそう言った瞬間。不意に女の声が聞こえた。

 魔王の声だ。

 何もかもを蕩かせるような媚びを含む魔性の声音。

 その声は、入口より聞こえてきた。

 そちらの方を二人が視線を向けると、いつの間にかそこにはリアヴェルの姿があった。


「君の心。憎悪に染まる君の心が、僕に濡れ、僕に染まってほしい。そう願っている」


 言いながら、かつかつと靴音を鳴らしながらリアヴェルはエイサへと近づいた。


「爺さん。手が止まったぜ?」

「あ、ああ」


 ほかの将軍が魔王城に集まっているときに、リアヴェルがスロブの鍛冶場へ来ることが珍しいこともありスロブの手は止まっていた。しかし、エイサは魔王の姿を見てまるで動じた風も見せず、淡々とスロブにその事を示した。彼の鋭敏な感覚はとっくに彼女の来訪を悟っていたのだろう。

 壁に背を向けたまま、足音鳴らして近づいてくるリアヴェルにこれと言った反応さえ見せない。


「エイサ」


 鍛冶場の暑さでリアヴェルのの額にはわずかに汗が浮かんでいる。だがその瞳は鍛冶場の暑さ以上の熱に濡れ、エイサのことをただ見つめている。両手を伸ばし、額と額をこつんとぶつけた。そして、そのまま、魔眼の魔力を開放する。

 人を惑わす魅了の魔眼。人の心などその悪しき輝きの前では全くもって無力のはず。しかし……


「邪魔だ。リアヴェル」


 その魔眼をあっさりと無視して、エイサはリアヴェルが押し付けてきていた額を手で押し返した。そして、再び自身の武具が整備されていく様子を見つめ続けている。


「……そろそろ自信なくしちゃいそう」


 あっさりと魔眼を無力化されたリアヴェルはそうつぶやいて、エイサの横の壁に背を預けた。二人仲良く、スロブが武具を鍛え直すのを眺めている。

 その姿をちらりと見てスロブは小さく吹き出した。

 その姿はもう十年近く前。共に旅をしたその時と何ら変わりない、二人の姿だったからだ。


 




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