百四話
燃え盛る戦場の果てにエイサは剣を振るう。
その一撃は並ぶ兵士たちの首を容易く跳ね飛ばし、戦場を更なる朱色に染め上げていく。
止めようのない暴虐の進撃に対して、兵士たちにできることは無かった。
吹き荒れる嵐の前に過ぎ去ることを願うしかできない人々と同じく、目の前の嵐が自身に被害をもたらすことなく、過ぎ去ることを願う事しかできず、そして願うだけでは許されずに、その嵐の目の前へと飛び出て、少しでもその嵐の進みを遅くすることが彼らの仕事であった。
血飛沫が吹きあがり、周囲を焼く炎の熱によって蒸発し、鉄錆の香りを充満させていく。
悪夢のような光景、悪夢そのものと言っても過言ではないエイサの進撃にその動きを止めようと飛び掛かり、即座に切り捨てられていく。その光景はパブロフの犬の実験を思わせる光景だった。
陽炎を駆り突き進むエイサを止める手段も、止める方策さえない。
精鋭たる王国の兵士、騎士たちをもって手を付ける事が出来ない理不尽に対して、いかなる策も踏みつぶされるのみ。一瞬の時間稼ぎすらできずに、ただ微力な抵抗をもって死するのみ。
「エイサッ!!」
「来たか」
不意にエイサに向けて声がかけられた。
そちらを見るまでもなく、陣の奥より馬に乗り駆ける男の姿が見えた。
勇者ソウジだ。
それを見て取るや否やエイサは陽炎を彼に向けて走らせた。
逃げる敵を無視し、向かってくる敵兵は一閃をもって葬り去り、そのまま斬撃をソウジに向かって放つ。
馬上より繰り出されたソウジの槍とエイサの剣がぶつかり合った。
馬上にて繰り出された一撃でありながら正確にソウジの槍の刃の部分を避けてぶつけられたその一撃は、そのたった一合をもって彼の槍を空へと弾き飛ばした。
その一撃で、相対するエイサの力量が跳ね上がっている事をソウジは悟る。
されど、退くことなど出来ず馬より飛び、跳ね上げられた槍を握り直すままに着地して、その着地を狙って放たれたエイサの投擲ナイフの全てを叩き落す。
陽炎が反転する。
そして馬上のままに再度迫るエイサ。
そんな彼に向けてソウジはまずは足を止めるために陽炎の首を狙う。
それに反応してエイサは手綱を引くことで陽炎の足を止めさせ、その上でエイサの槍を剣で弾き飛ばした。馬上のエイサと地上のソウジが打ち合う事わずか三合。槍を弾かれ体勢を崩したソウジに向けてエイサが再度剣を振り下ろす。
その一撃をギリギリのところで飛んでかわしてソウジはようやく追いついてきた他の勇者メンバーと合流した。
「大丈夫? ソウジ」
「ああ、無傷だよ、だが油断はするな。あの男人様の事を強くなったとかほざく割に、自分だって意味が分からないくらいに強くなっていやがる」
「またぁ!?」
落ちてきた槍を構えなおしたソウジに向かってシェリスが無事を問い、それに答えたソウジの言葉にリヴィが悲鳴のような言葉を漏らす。悪夢のような相手が更に強くなっているという状況にもはや笑うしかできないソウジは笑みを浮かべたままエイサに相対した。
応じてエイサ自身も陽炎より飛び降りる。
降りる際に陽炎の首筋を幾度か軽くたたいて、彼への謝意を示すとそれに答えるように陽炎は小さく嘶いて、その場より離脱していく。
自身の意をくみ取ってくれるいい子だ。
などと、走り去る陽炎を流し目で見送りながら、エイサは再び自身の大剣を勇者たちに向けた。
「ソウジ、話はそこまで。来る」
「ああ。望むところだっての」
エイサが構えを取ったのを見てアリスがソウジへと注意を飛ばす。
言われるまでもなく、ソウジはエイサに向けて槍を構えなおしていた。
五人の勇者とエイサの間に灼熱の風が吹く。
周囲に燃え広がった炎が人を焼き焦がす異臭が立ち込める中で、どちらともなく勇者達とエイサは幾度目ともわからぬ激突を行った。
「シィッ!!」
先手を取るのはソウジだ。
放たれる槍は、以前よりも格段に鋭さを増している。
だが、それに応じるエイサの剣撃もまた、以前のそれとは比べ物にならない程にその鋭さを増していた。
ぶつかり合って、たった一合で手がしびれ動きを止められたソウジのカバーにアリスが入る。そのアリスの振る斬撃を左手一本で白刃取り、掴んだアリスティア事アリスを大地にねじ伏せる。そのアリスを救うために放たれたソウジの槍を踏みつける事で切っ先をアリスの頭に向けて叩きつけるが、その一撃をアリスティアを手放して転がることでアリスはギリギリで回避して見せた。
腰にさしてあるもう一振りの名剣を抜き放ち、エイサに向かって切りつける。
しかし、その斬撃をあっさりとエイサは大剣で受け止めて、受け止めるだけに飽き足らず自身の筋力と技巧に任せてアリスの剣をへし折った。
「くっ!?」
「無茶をするな、神器を使えッ!!」
エイサに踏み留められていた槍を跳ね上げるに任せて、槍先にアリスティアをひっかけてアリスの方へと弾き飛ばす。そのアリスティアを握り直したアリスが、その勢いのままにエイサに再度斬りかかった。剣を握る籠手の部分に大剣の柄頭をぶち当てる事で斬撃を止め、弾きあった勢いを利用した回し蹴りをアリスに見舞う。アリスティアを跳ね上げられたことによってがら空きとなった腹部に、エイサの蹴りが直撃して吹き飛ぶ。その彼女をエイサが追撃を掛けようとしたが、放たれた矢によってエイサの行き先を遮られると、踏みとどまった勢いを利用して、そのまま再度ソウジのへと斬りかかった。
火花が散る。
エイサの斬撃は正確にソウジの槍の刃先部分を避けて柄の部分に直撃し、その交錯の差異に散った火花だ。エイサの斬撃を受け止めた勢いで後ろに吹き飛ぶソウジ。彼を追撃しようとしたエイサの背後から氷の刃が迫るのを見る事すらなく、斬撃をもって叩き落してソウジへと肉薄するが、今回は勇者だけが相手ではない。
勇者の奮戦に士気を取り戻した王国兵たちがエイサの前に立ちはだかる。
「やめろっ!!」
「邪魔だ」
ソウジの静止の声が戦場に響くが、それを無視して立ちはだかった王国兵の首を一瞬で跳ね飛ばす。エイサを一瞬留めることさえ出来ずにこと切れた王国兵たちを苦み走った表情でわずかに弔いの言葉をかけながら、ソウジは迫るエイサと相対した。
「なんだ、兵士たちに蘇生術はかけてやらないのか? 聖女様も中々に酷な人だな」
「それをした瞬間に俺とアリスを殺して、ここにいる奴らを皆殺しにできるのがお前だろうが」
「さて、何のことやら」
エイサの言葉に噛みつくようにソウジが反論した。
その言葉をエイサは否定することもなく、ただソウジの槍を捌き、その隙間を縫うように剣を叩きつける。反射的に受け止めようとしたソウジだが、その威力に体が浮いてなすすべなく吹き飛ばされた。着地と同時に大地を転がるように威力を逃がし、立ち上がる瞬間に跳躍する方向を無理矢理にエイサに向け直す事で、再度打ちかかる。アリスとタイミングを合わせた同時攻撃だが、エイサにはl傷一つつける事が出来ず、ただ一瞬で止められた。
「強すぎる」
「は、貴様らが弱すぎるだけの事」
ぽつりとアリスが漏らした言葉に対してエイサは嘲る様にそう返した。
的確に放たれる援護の弓を兜で受け流し、その存在を無視するようにして剣を振るうさまは、武威の極みたる領域のそれだ。今まで戦ってきた目の前の男も確かに隔絶した強者だったが、ここまで圧倒的だったかと、疑問を挟む間もなく追い込まれていく二人。
フィリアの神の祝福が幾度も彼らの命を繋ぎ止めている。
斬り砕かれるたびにその祝福による障壁を張り直してもらってはいるが、下手な受け方をすれば神の祝福毎斬り殺されかねないその技の冴えには背筋が凍る。間違いなく、目の前の男はその力量の領域を一つ上に上げている。今までの戦闘能力では説明のつかない、力の差に歯を食いしばりながら耐え忍ぶ以外に二人にできることは無い。
「これでも、岩くらいなら砕く威力があるのよっ!!」
悲鳴のような文句を叫びながらリヴィが二人の援護に矢を放つ。
一息にて三射放たれた矢は、彼女の言葉の通り一撃一撃が岩を穿つ威力を孕む。
しかしその一撃をあ剣で叩き落すどころか、兜の丸みを使って受け流す、鎧の厚いところで受けたうえで、その瞬間に体を僅かずらす事で威力を逸らす。あるいは左手の籠手に備え付けられた小さな盾でピンポイントに受け流すなどという超絶技巧を見せられては文句も言いたくなろう物だ。
しかし。
エイサの斬撃が二人を吹き飛ばした。
否、或いは自ら後ろに飛んだか。
それを見てエイサは後衛のシェリスに目を向ける。
長い呪文が完成し、放たれるであろう極大の魔法を魔力の高まりより理解して避けられない事を悟る。故に。
「集え、古の時代が怒り」
「ふん。魔力性質青色」
「氷河激怒」
呪文の完成と共に世界が氷に包まれた。
周囲の空間ごと絶対零度近くにまで温度を引き下げる必滅の魔法。
空間そのものごと凍らせる、氷結魔法における極大魔法の一つ。それが世界を覆い尽くす。
「解放対抗呪文」
それをエイサの剣から解放された一撃が切り伏せた。