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百二話


 魔王軍十二将の会議が終わればエイサに成すべきことは無い。

 そもそもからして、会議で何かしらの提案を行う事が殆どない彼からしてみれば、会議があろうとなかろうと大勢に差はない。今回はモンリスの言葉を通すために出たことに意味はあったが、それ以外にはそもそもからして興味もなかった。

 そんな様子のエイサに対して不機嫌そうにニコが声をかけた。

 声をかけてきた方を見てみれば、その声音の通りに不機嫌そうな表情のニコが立っている。さらりと無視する事さえ考えたエイサではあったが、ここで無視をすればどういう対応をしてくるかは想像に難くない。嫌そうな表情を隠そうとすることもなく、ニコの方へと近づくと彼女は眉根を顰めていった。


「せめて、嫌そうな顔を取り繕うくらいしたらどうなのかしら、エイサ」

「お前を相手に? は、表情筋の労力の無駄だ。生憎、無駄な事はしない主義でね」

「そう。相も変わらずムカつく男。……まあ、いいわ。少しお茶会に付き合いなさい」

「え、嫌だが?」

「今回の会議の件についてよ、否と言わせるつもりは無いわ」

「俺に会議の内容について尋ねる事に意味がない事くらい、お前は十分に承知だろうに、それなのに俺を突き合わせるのを、無駄というんだぞ。そして俺は」

「無駄な事はしない主義だというのはついさっき聞いた。数秒前に聞いたことを忘れる程、鳥頭のつもりは無いわよ。……それとも、馬鹿にしているのかしら?」


 じろりと睨みつけてくるニコに対してエイサは肩を竦める事で答えとした。無論、馬鹿にすることで彼女を怒らせて、この場をうやむやにし、逃げ出す腹積もりであったのだが、どうやら目の前の少女はそれを許してはくれないらしい。この少女がエイサを呼びつけるときは大方において面倒な事になることをよくよく知っているエイサとしては何かしらの理由を付けて逃げ出したくはあったが、目の前で睨みつけるニコはエイサを逃がすつもりは欠片もないらしい。

 仕方がない。と、エイサはため息を一つついてせめてと言わんばかりに彼女に問いかけた。


「お茶菓子は最高級の物を用意しろよニコ」

「誰に物を言っているのかしらエイサ。私が用意し、馳走するもので最高級以外のものを出したためしが合ったかしら?」

「……確かにな。分かったよ、お前の誘いに乗るとするさ」


 そう言ってエイサはニコの後へと渋々ながらついていく。

 そんな彼とは対照的にニコは随分と嬉しそうな態度を取りながら、エイサの前を歩いていた。その様子を見ながらエイサは兜を僅かにいじる。カチャリと金属がこすれる音がして、僅かに目元より入り込む光がゆがむ。それ以外には黙々と彼女に付いていくと、彼女のために用意された部屋の前についた。

 基本的に魔王城の部屋は掃除されていない状況が基本だ。

 リアヴェルとスロブ、そしてエイサ以外にこの城へ常駐している者がいない以上、掃除の手が回らないため最低限の補修を除いてはそのままにされているのが常だ。しかして、彼女の部屋は綺麗に掃き清められ、調度品にも僅かな埃一つ積もっていない。この辺り、彼女が事前に入れる自身の手の者に掃除させているのだろうが、中々にどうして手間をかけるものだとエイサは妙な事に感心した。


「どうぞ、適当に座りなさい」

「はいよ」


 部屋の観察をしていたエイサに対してニコが声をかける。

 その言葉に従って、部屋の中央に置かれた丸型のテーブルの前の椅子に腰を掛けると、ニコが自らお茶を入れ、戸棚より茶菓子を用意する姿が見れた。普段ならメイドにさせるようなことを進んで自ら行う彼女を意外気な視線で見れば、その視線が気に障ったのか彼女は眉根を寄せた。


「何よ。私がお茶と菓子を用意するのがそんなに不思議?」

「ん、いや、まあ、初めて見る光景ではあったな。メイドはどうした?」

「貴方を呼びつけたのに、他人を入れたくなかったの。察しなさいな」

「ふぅん? なんだよ、マジで戦略の話でもするのか? そう言うのは俺に尋ねても意味はないぞ。モンリスを呼ぶか?」

「良いわ。そんなことを期待しているわけでも無いもの」

「……なら、ますますわからんな。私的なようで俺を呼びつけるならメイドくらい入るだろうし、公的なようで俺を呼んだというのであればモンリスは必須だろう。……一体何を企んでるんだ、お前」

「企んでいるとは随分な言い草ね。まあ、意図がないと言えば嘘にはなるけれど、別段貴方をはめようとしているとか、そう言う気は一切ないことを保証するわ。……そもそも、貴方をはめようとしたところで、私程度の浅知恵あっさりと踏みつぶすだけの力を貴方は持っているでしょう?」


 そう言ってニコはくすくすと笑った。

 その笑みはらしからぬ純粋な笑い顔で、そんな表情をあまり見たことがないエイサは少しだけ呆気にとられた。こんな彼女の表情を見たのは、いつ以来か。昔、魔王と旅をしていた時以来か。それ以後となれば、お互いに中々立場というものを考える必要があって、彼女のそんな笑顔を見る機会はなくなってしまった。随分と懐かしい表情を浮かべる彼女の顔を少しばかり気恥ずかしさを感じながら、彼女の入れたお茶に口を付ける。

 しばし、お茶を啜る音と出された茶菓子を咀嚼する音以外が聞こえない静かな時が流れる。

 黙々と茶を啜り、茶菓子をかじるエイサの姿をニコは何が楽しいのかにこやかに眺めていた。


「それで? 何の用だ?」

「まさか、茶菓子を振舞うだけのために俺を部屋に招き入れた訳では無いだろう?」

「感想」

「は?」

「その茶菓子の感想はいかが?」

「あ? ああ、まあ、そこそこいけるが」

「そう。それならいいの」


 そう言ってニコは自身も茶に口を付けた。

 そんな彼女の様子にエイサは首をかしげる。

 本当に何のつもりか分らない。この状況に不気味ささえ感じ始めたころ合いでニコはエイサに向けて問いかけた。


「随分と無様を晒していたようだけれど、少しはマシになったのかしら? エイサ」

「……そんなことを聞くためにわざわざ、俺を呼んだのかお前」

「あら、わが軍の最高戦力が使い物にならなくなっては一大事と、これでも心配していたのにその言い草は、酷いんじゃないかしら?」


 そう言って口を尖らせるニコの姿は年相応の少女のようにも見える。

 しかしもって、その力をよく知るエイサからすれば、そんな彼女の態度は不信感を抱かせるに足る。

 とは言っても彼女は味方だ。少なくとも魔王軍の仲間であることに違いない。自身の不調を、自身の揺らぎを見抜かれていたことに対して、いつ見抜いたのかさえ分からない事は棚上げすることにしたエイサは、自身の状況を素直に伝えた。


「問題はない。解決したとは言わないがな、少なくともその糸口は掴んだつもりだ」

「ふうん? 復讐に変わる何かをその芯とする事が出来た。そう考えてもいいのかしら?」

「ふざけたことを抜かすなよニコ。俺の芯は今も変わっちゃいない。俺の心底にあるものは今もなお復讐で、その事に変遷は無い」

「……呆れた。燃え上がる復讐の根本を見失ってなお、貴方はそれに耽溺するのね」

「根本を見失ったわけじゃない。そもそもこの身を焦がす憎悪の基を俺が勘違いしていただけの話だ。誰のためにではない。自身のためだけに俺は復讐に身を浸した。確かに先代魔王、シスターリスティアの事も俺の復讐の理由の一つであったことに間違いはない。だが、それだけの為に俺は剣を取ってアリスを殺す事を望んだわけでもない」

「それじゃあ、貴方はいったい何のために復讐を願うのかしら? 母を殺され、その相手に憎悪を抱くのならば筋は通るけど、母は生き残っており、その母自身も貴方が復讐に耽溺することを望んでいないというのに、一体何を理由としてその復讐の炎を滾らせる?」


 真剣な表情でニコはエイサにそう尋ねた。

 その言葉にエイサは何も答えない。

 答える事が出来なかった。

 それは理由が自身の胸の内に無いからではない。

 胸に滾る憎悪。その正確な理由を自身でも未だに把握できていないからだ。

 彼の心に未だ憎悪の炎は燃え盛っている。その焔はリスティアという原因が消え去ってなお、その火を弱める事さえなく。何故か。その答えをエイサは自身も未だつかめていない。だが、胸に宿る炎はますますその力を増しているようにさえ感じる。

 ソウジという男との戦いの途中に感じた喜悦。

 そしてその喜悦を自覚した途端に益々内に燃える炎がその勢いを増したようにさえ感じられる。

 理屈は分からない。理由なんてより一層。だが。


「この胸に宿る憤怒。ああ、そうだ。俺は怒っているんだろう。怒りに狂っているんだろう。その理由が分からずとも、その意義を知らずとも、ただそれだけで俺には十分だ」

「難儀な男。復讐の枷より身を解き放たれてどう変わったのか楽しみにしていたのに」

「悪かったな、生憎。俺が未だに復讐に身を囚われている」

「そうね。本当に訳の分からない男だ事」


 そう言うとニコはカップに残ったお茶を飲み干した。

 それを見てエイサは座っていた椅子より立ちあがり、席を辞そうとする。そんな彼を止める事無く、ニコは見送って、エイサが扉に手をかけた時に一つだけ聞いた。


「私が初めて作ったお茶菓子、気に入ってくれた?」

「……まあ、味はそこそこよかったからな」



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