百一話
魔王軍十二将における会議は紛糾した。
キヨウを落とすことのメリットデメリットについての、激しく議論が行われ、それに賛成する立場の者たちと、東へと軍を進めるべきだという立場の者たちの意見の食い違いにより、長い時間の会議となった。
その会議をエイサは右から左へと聞き流す。補佐としてモンリスを横に座らせている以上、彼自身が言葉を挟む必要はないと割り切っているためだ。
そんな様子のエイサをモンリスは苦笑しながら眺めつつ、会議の行く末を見守っていた。結局はヒヴィシス、フェリオスが連名で出した案。すなわちキヨウの占領作戦が賛成多数により可決されるであろうことは、モンリスの手回しもありおおよその確定事項だったが、会議において状況の有利不利が出し切られるまで案を出し合う事に意味はある。そう言う事もあってその決は最後まで取られることが無かった。
それに会議とは言え結局は、魔王の一存が大きい。
女神の結界を破壊できるのが魔王以外に存在しない以上、議決権は彼女にある。しかしながら、十二将の意向を完全に無視した決をリアヴェルが取ることもできないのは、魔王軍が寄り合い所帯のためだ。リアヴェルのカリスマで維持されている寄り合い所帯である以上、それぞれが率いる部隊への影響力は、それぞれの将が保有する。そうある以上、議決を魔王の一存のみで決め続けていると、彼女のカリスマに陰りが出来て、統率が取れなくなる心配があるからだ。
「エイサ将軍。貴方からの意見を聞きたい。キヨウなんてあんな守りにくい場所を奪うメリット、あると貴方も思っているの?」
不意に反対派のニコよりエイサに問いがかけられた。
十二将よりエイサを除いた十一名の視線がエイサに集中する。
そんな重圧の中で、エイサは肩を竦めながら答えた。
「キヨウは経済の中心地だ。その場所を取ることにメリットがないわけでは無いだろう?」
「そんなことを聞いているのではないわ。そこを取って守り通せるか、その事について尋ねているの。経済の中心地を失った奴らが、キヨウ奪回に全力を尽くした時、あの守りにくい地形で本気で守り通せるか。その事についての意見を聞きたいと言っているの」
「あの辺りに展開しているのはイヴリスとフェリオスだろう? その二人なら守り通せるとは思うがな。やばいとなればイグンよりヒヴィシス。お前も出るつもりなんだろう?」
「無論、フェリオス殿、イヴリス殿より援兵の要請あらばいつでも」
「なら、どうとでもなるだろう。それでも不安だというのなら、次いでオオヤの城付近を攻略すれば、守るには問題ないと思うがな」
「……それでは、東への拡大が遅れるわ」
「お前とソニス将軍が陣を構える東を、そう簡単に抜かせるのか?」
「抜かせるつもりは無い。が、だからと言って東への拡大をおろそかにしていいという訳では無いわ。王都へ出来る限り近づくことで、王都への圧力を強化する。魔王軍の大方針を忘れたわけ?」
その言葉にエイサは押し黙った。
魔王軍の軍団としての方針についてはエイサも理解している。
王都へと圧力をかける事の出来る距離に至るまでは東進する必要は確かにある。
その事についてどう考えているのか、エイサはモンリスの方をちらりと見ると、モンリスは頷いて手を挙げた。
「控えなさい副将。私は、貴方の将と話しているの。もとより副将である貴方がこの場にいる事が出来ている時点で僭越。発言する権利などありはしない事を忘れるな」
「モンリスの言葉は俺の言葉だ。戦術において俺はこいつの言を最重要視している。それともニコ、お前は俺の言葉を遮る事が出来る程、偉くなったのか?」
「エイサ。貴様……」
「魔王軍。その将の位階は純粋な軍力で定められている。俺とお前が反目しあって、喜ぶのは王国だけと言ったのはお前だと記憶しているんだが?」
「チッ」
エイサの言葉にニコは押し黙った。
エイサの言葉は確かに彼女がエイサに言った言葉だった。
それはエイサ自身に魔王軍十二将、その筆頭としての自覚を持たせるための言葉だったが、この状況で持ち出されては彼女に反論の余地はない。怒気を収めて、モンリスに向けて手を向ける事で彼の発言を認めると、モンリスは席より立ち上がって戦略を語った。
「東への拡大についての大方針はもちろん理解しておりますが、キヨウを制する事はその大方針に反するものでは無いという事を、今ここではっきりと伝えておきたく存じやす。キヨウは経済の中心地であり、同時に交通の要所である事は皆様もご存じのはずで、その上で交通の要所となっているが故に四方より攻めやすく、守りにくい地形であるという事も重々承知の事では有りますが、同時にもう一つ大きな利点があるんでさあ」
「利点?」
「はい。交通の要所であるという事で四方八方から攻められるリスクと、同時に四方八方へ攻め入る事が出来るメリットを併せ持つという事です。これにより、キヨウより攻め入る姿勢を見せ続ける事で、東進という大方針を王国側へ悟らせないという戦略的メリットがまずは一つ」
「だが、王国側には既に我らの東進の大方針など、遠の昔にバレているだろう。キヨウを攻め取ったからと言って、その大方針に対して疑いなど向けられようハズがない」
「いえ、そういう訳でも無いんですよこれが」
そう言ってモンリスが取り出したのは何かしらの文書だ。
それをエイサを通じてニコへと渡す。
その文章を一読したニコは、目を細めて再度モンリスへと視線を向けた。
「これは」
「へい、王国領内で出回っている新聞でさあ。王国領キヨウ北域に住む人々への疎開勧告の発令について書かれております」
「それは読めばわかる。だが、これが貴様の言う我らが大方針に対する意義とどうつながるというんだ」
「それを説明するには、我ら魔王軍の軍略に関する視点を説明せねばなりませぬが、よろしいでしょうか?」
「エイサの代わりであるのであれば戦略に口出しをしても問題はない。貴様の僭越、今回ばかりは認めましょう。戦略視点より見てどう変わると」
「我らが魔王軍が取りうるべき戦略は基本的には一つ。東の王都を攻め滅ぼす。そうすることで女神の結界、その神核を破壊することで占領可能領域の恒常的拡大にあります」
「そのとおりね。女神の神核。それが王都大神殿には存在する。それを魔王様によっては貸してもらう事で、女神の結界の完全破壊を行う事で、我ら魔族が生存できる領域を拡大する。それこそが我ら魔王軍の目的」
「はい。ですので魔王軍の取るべき大方針は王都の制圧。それに間違いはございません。無論王国側もそれについては承知済みの事でしょう」
「ならばこそ、東進を進め王国軍の本隊を叩くことがこの戦争を終わらせる早道ではないのかしら?」
「無論、その点については異論有りません。最終的な目標としまして、現在の大方針を変更する必要はまるでない。ですが、キヨウを抑える事が可能となれば、王国軍としても中々に厳しいことになる。それを暗示しているのが先の新聞でさあ」
モンリスの言葉にニコは再び先の新聞を読み直す。
しかし、そこにかかれている文章はキヨウ北域に住む人々への疎開勧告があった事のみだ。それ以上の文章を読み取ることはできない。それを確認したニコは再び鋭い視線をモンリスへと向け直した。
「何が言いたい、エイサ将軍が副将よ」
「キヨウ北域の疎開勧告というのはすなわち、そこに軍を敷く準備が必要となったという事です。これは、先の戦いでエイサ将軍がイヴリス殿の軍に随伴した際に大きくキヨウの部隊を叩いたことによる反応。つまり王国側は、キヨウを失いうる可能性を考えているという事の証左でもあります。しかし、本来キヨウを失ったところで経済的な損失は大きくとも戦略的には大きな損害は発生しません。なぜなら、四方を平原に囲まれ大きな街道でつながる守りにくい要地であるからこそ。ならば、何故キヨウ北域に軍を敷く準備を王国側が整えているのか」
「……キヨウ北域。そうか、その果てに海があるな」
「そう言う事でさぁ。キヨウを占領した後にその北まで占領できれば、王国領土は中心で真っ二つに割れてしまう事になります。そうなれば軍の伝令はもちろん、物資の輸送にもいろいろと問題が発生するのは自明の理。故に、キヨウ北に軍を敷き、その攻勢に備える必要がある」
モンリスの言葉にニコは押し黙った。
彼の意見は確かに的を射ている。
キヨウ北部を抜ければ、王国側の輸送、伝令は厳しくなるだろう。そうなれば、王国西側の士気は落ちる。
「その上で、王国西側の諸侯は中々に東側の諸侯と仲がよろしくない。ま、左遷された先の人間が、左遷をした人間を恨まない方が可笑しいって訳ですから」
「……ふん。加えて、王国西側の奴らは魔族に対する恣意が薄いか。成程、貴様の論にも一理はある」
「では?」
「ああ、私はこれ以上の反対は予想。……だが、わが軍の大方針はあくまで東進だ。その事は忘れるなよ?」
「無論。それが大前提であることは肝に銘じておりますとも」
二人の議論をもって会議のケリは着いた。
後は詳細を詰めるのみ。
大きなため息をついて自席に座るモンリスの肩をエイサは叩いて健闘を報いると、モンリスは小さく笑みを浮かべて、エイサへと礼を返した。