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一話

勇者に対する復讐するお話。

頭からっぽで書いただけのお話なので、ごゆるりと見てください。


 灼熱の風が戦場を吹きすさぶ。

 なめるように、見下すかのように天上からの荒れた風に、黒い鎧甲冑を身にまとった男はわずかに、背に負った大剣の感触を確かめた。

 場所は魔王軍と王国軍がぶつかり合う平原の北に位置する小高い丘だ。周囲には王国軍の兵士の屍が無数に転がっており、それらに集るような形で、小鬼(ゴブリン)どもが屍より身ぐるみをはいでいた。


「エイサ将軍」


 不意に黒い甲冑の彼に声がかけられた。

 下卑た表情の小鬼(ゴブリン)の男だ。槍のどちらが尖っているかを理解できる程度の知能があれば、兵長へと昇格できるなどといわれる小鬼ゴブリンの中でも、際立って頭の冴える男で、この部隊の部隊長だ。


「ああ、そろそろ来るだろうな」

「へへ、そういう訳でして、あとはお任せしても?」


 へりくだるような、その言葉に、エイサ将軍と呼ばれた彼は、小さく頷きを返した。

 それを受けて、小鬼ゴブリンの部隊長である彼は小高い丘に響き渡るような大声で撤退の命令を出した。

 いまだ残る戦場の戦利品に渋るもの、そもそも命令なんざ聞く気のない者、そういう規律のなっていないやつ以外の、珍しい部類に入る小鬼ゴブリンどもが、パラパラと撤退していく。それを見ながら、部隊長の彼は再びエイサに声をかけた。


「では、あっしもこれで、ご武運をお祈りいたしますぜ、将軍」

「勇者を地上へ呼び起こす女神にか?」

「いえいえ、将軍殿の武勇に対してですよ」


 その小鬼ゴブリンらしからぬ言い草に、エイサは小さく笑った。そして、それをごまかすように、片手を振って、早くいけと指し示す。それに応じて、小鬼ゴブリンの部隊長はさっさと後方へと向かっていった。


「あいつは、出世するだろうな」


 小鬼ゴブリンらしからぬ、知恵の回る部隊長に、そう小さくつぶやいて、再び戦場へと視線を向ける。小高い丘に残るのは、引き時を見誤っていまだ、死体漁りをしている小鬼ゴブリンども。

 そんな小鬼ゴブリンに対して、銀閃が走った。

 清浄なる気配をたたえた神聖な一撃は、ただその一撃で、戦場に散って死体漁りをしていた小鬼ゴブリンたちの首を撥ね飛ばす。


「来るか」

「ああ、来たとも」


 長く輝くような金髪。

 麗しの風貌に、手弱女のような肢体の細さ。そうでありながら輝くような力強さを感じさせる、美貌の少女が、似合わぬ戦場の中心にいた。

 勇者だ。

 当代が誇る最優。

 時代と女神の祝福を一身に受けた英雄がそこにいた。


「また、君か。いい加減にしてほしいんだけどさ。エイサ」

「無理な相談だ」


 ギシリと、握りこんだ剣の柄鳴りがエイサの拒絶心を示す。

 それに応じるように、ふわりと勇者も剣を抜き放った。

 折れそうなほどの細身の長剣。あれが、その名も高き聖剣、アリスティア。

 女神アリスの涙が形となったとされる、慈悲の剣。女神の一部より生み出された慈愛の剣は、女神の一部であるがゆえに、この世界において対抗するすべのない至高の聖剣だ。故に


「さて、行くよ、エイサ」

「ああ、来い、勇者」


 友へと囁くように、いかなる情感を込めた言葉か、それら全てを無視してエイサは剣と盾を取った。

 右腕を覆う漆黒の盾、左手一本では振るう事叶わぬほどに長大な剣。前身はところどころ赤黒く変色した大鎧。それらを身に着けて、なお聖剣一本に劣る装備ではあるが……

 腕を払った。

 そも、聖剣と打ち合うことなどできはしない。

 あれと打ち合うには、それこそ絶大な魔力か、もしくは全く同じ素材を用いた聖剣、魔剣がいる。

 そんなもの、エイサはどちらも持ってはいない。

 だからこそ。

 ゾブリと。

 肉を割き、鉄塊が肉に食い込む音がした。

 エイサの大剣が勇者へ突き刺さった音だ。

 そのまま、腹部を真横に切り裂くように振り抜いて、再び彼女に相対する。

 自己再生の奇跡が彼女をいやしきるその前に、再び大剣を突き立てようとして、再び振るわれた聖剣の柄頭を自身の持つ大剣の柄頭ではね上げた。


「は」

「温い」


 再び大剣が勇者の肉体を貫く。

 砕けろと言わんばかりの一撃は違うことなく、再び彼女の正中線を抉り抜いた。

 二度の致命傷、その傷を受けて勇者がよろよろと後ろへ後ずさる。

 その隙を逃すことなく接近し、苦し紛れに横なぎに振るわれたアリスティアの腹を真上へと弾き、その勢いのまま斜めへと袈裟斬った。鮮血が噴き出る。

 だが、まだ死んではいない。

 この程度で息絶えては何が勇者か。

 臓腑が零れているにもかかわらず、苦悶の表情一つ見せず、嬉々として戦い勇むその姿に、反吐が出るのをこらえながら、傷口に向けて右手の盾をたたきつけた。

 ぐちゃりと水音を含む打撃音が、耳に入る。

 吹き飛ばされて、ようやく膝をついた勇者に向けて追撃を行う。

 苦し紛れに振るわれるアリスティアの一撃は、緩急をつけた歩行で回避し、止めとして脳天に大剣の一撃を叩き込んだ。

 頭蓋を割断し脳髄を二つに切り分け、顎先まで真っ二つにして、ようやく一息つく。

 勇者の屍は残らない。

 勇者の屍はいつだって、光となって消えていく。

 それは、勇者の肉体が女神より与えられた人類に対する慈悲であるがゆえになのか、それとも単純に蘇生するために肉体が残っていては不都合があるからか、その当たりの理屈をエイサはしりはしないが、屍に扮して奇襲を行われないというその一点だけは、彼が勇者に対して好ましいと感じている点だった。

 剣を振るい血を払う。

 空中に舞い散るそばから光の粒子となって消えていくその光景は、確かに美しいと言える光景だが、こんなことを幾度も繰り返している彼にとってしてみれば、特に感慨が浮かぶような光景ではなくなっていた。

 ただ、今回も自らの復讐心を満たせたという事実に暗い喜びを抱くだけ。

 エイサは復讐者だ。

 勇者に対する、勇者に対してのみなんていう、変わり種の極みのような復讐者である。

 そして復讐者の願いはいつだって、復讐の完遂である。

 しかし、勇者は死ななない。

 その女神の加護がある限り、幾度でもよみがえって、そして魔王を打倒するのだという。

 だから、彼の復讐は決して終わらない。

 その無限に連なる復讐劇を見て、辛くは無いのかと聞いたものがいた。

 それに対して、彼はいつだって凄絶な声音でこう返すのみだ。


「復讐相手絶対に死なない。これ程復讐し甲斐がある相手などいないだろう」


 それは、まさしくもって狂った言葉だ。

 永劫続く復讐を肯定する狂気の沙汰だ。

 しかし、そのことを彼は否といわなかった。

 彼はそれでいいと受け入れてしまったのだ。

 その有様に、その質問をしたものは大きくため息をつくしかできなかった。


「お前はいつかきっと復讐を完遂できずに死ぬよ」

「無論。勇者相手に死ねるなら本望だろう」


 それは、魔王軍に所属する者が答える言葉としては完璧な回答だった。

 魔王軍、対勇者部隊将軍エイサ。

 永劫に挑む、愚かしき剣士。それが、彼に与えられた称号だった。












「終わったか、エイサ将軍」

「オルグ将軍」


 勇者を打倒し、魔王軍の陣内へと戻ったエイサに声をかけたのは巨躯の鬼だった。

 大鬼(オーガ)であり、小鬼ゴブリン部隊を纏めるこの部隊の長であり、エイサが預けられた部隊の長でもある。エイサも彼に報告するために陣内へと戻って来ていたのだが、勝利の宴の真っ最中、勇者の事なんぞ耳に入れたがる奴もいないだろうと思い、しばし報告を控えていたのだが、向こうから声をかけてくるとは意外だった。


「それで首尾は……などと聞くまでもないか。貴殿が無事戻った、つまり勇者は打ち滅ぼされたという事だろう?」

「ええ、あくまでも此度はの話ですが」

「女神の加護、厄介なものよな。捕縛したとて自害して蘇生される。どうにかならんのか?」

「その当たりのことは術師の分野。剣士である私には門外漢であるかと」


 その言葉を聞くと、フンとオルグは鼻を鳴らした。


「術師などと、戦場を知らぬ青びょうたんどもの繰り言よ。勇者一人縛れぬのであれば、貴殿の方が万倍役に立つわ」

「勇猛名高きオルグ殿にそういわれますと、面映ゆいですが、術師の方々の苦労もあるのでしょう、私からは何とも」

「相も変わらず殊勝な事よな大剣士。どうだ、貴殿も我らの部隊に加わらぬか?」

「お戯れを。この軍名、我が主より預かりし部隊、投げ出すことはできはしませんよ」

「無為なることをし続けるがごとき役割、投げ捨てたとて誰も文句は言うまいに。そも、俺が言わせんが」

「それでも、私の役目はあくまでも勇者を討つこと。それ以外の役割を追加で持つことはできません」

「もったいない話だ。貴殿の武威があれば四天王の座位とて目指せるだろうに」


 そういってため息をつくオルグに対してエイサは苦笑で返した。

 この将軍の真っ直ぐなところをエイサは気に入っていた。

 人の身であるところのエイサを、その武勇の身で評価し、本気で勧誘してくるところは、魔王軍に逢って珍しい。使えるのであれば小鬼ゴブリンでも出世させる。その言葉の通り、この男に種族による偏見はまるでないのだろう。強いか、弱いか。あるいは使えるか、使えないか。それ以外に判断基準を定めない、その在り方を貫いている。


「申し訳ありませんオルグ殿」

「何、貴殿の心変わりに期待してはなどいない。しかし、心変わりする気になればいつでもわが軍門をたたけ、俺はいつでも貴殿を我が右腕として扱う用意がある」


 そういうとオルグは大口を開けて笑って見せた。

 器のでかい、将器があるというやつなのだろう。

 つられてエイサも小さく笑うと、そのままこの場を去ることを伝えた。

 勇者討伐の報告を終えた今、陣内に特に用はない。

 するとその言葉を聞いたオルグは少しばかり眉根を寄せた。


「宴席には参加せんのか?」

「私は、いまだ役目を果たしきっておりませぬので」

「勇者討滅。ほぼほぼ不可能な事であると理解しながら、貴殿何を楽しみに、戦っておるのだ?」

「知れたこと」


 珍しい愚問に、少しだけ語気を強めながら言った。


「勇者を殺す。これ以上の楽しみは無い」

「なるほど。これは俺の愚問だった。許せよ勇者殺し。そして、再び戦場で会おう」

「ええ、ではまた、戦場で」


 言うとエイサは陣内を後にした。

 向かうは自身に割り当てられた幕内へ。

 ようやく、一つの戦場が終わりへと向かう。

 魔王軍は、また一歩王国軍を壊滅へと近づけたのだった。



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