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乱の48 急転直下

……いやぁ元日本人としては美男美女のあっつーい接吻(せっぷん)場面を恥ずかしげもなく見せつけられると、異世界だなぁと遠い目をしたくなりますよね。


平和な街ではけっこう見かけるから、慣れてはきたけど。異世界っていうか外国だなぁと。みんな「普通でしょ」っていう反応なのでこういうの見てるとホームシックがうずく。私が日本で見た見知らぬイチャイチャカップルはひと組だけだったなぁ。


「あーそこのお二人さん、時間ないのでそろそろ話しましょうか」


私の声に、ぶちゅーってしていた金髪黒人美女のファレスと、銀髪白人イケメンのアルゼム王がこちらに向き直った。他にいるのは、私の横にいる背の高いグレンと、反乱軍の頭であるカイムに、カイムを止めているなんかぎらついた眼差しのアルザート騎士。


ファレスがアルゼムの腕の中から離れ、私に対して膝をついた。正座である。

タルタスの文化はちょびっと日本に似てる時がある。


「女神さま、ありがとうございます。本当に……なんとお礼を言えばいいのか。アルゼムに今日会えるだなんて、ずっと夢見るばかりで、もう、生きては叶わないのではないかと思うことさえあったのです。心よりの感謝と敬意をあなたに」


西洋風の生地の、けれど着物のように前合わせな作りの白いキラキラしたドレスを着たファレスは、正座をしたまま胸の上に両手を重ね、目を伏せた。

文化が違えど、美しいと思える姿だった。

日本の文化で三つ指ついて頭を下げるときのように、まっすぐ伸びて重ねられた指の美しさに目が行く。


「うん。これで終わりじゃないし、むしろはじまりになるけど、お礼は受け取ります。喜んでもらえて嬉しいよ、ファレス、よかったね」


心からそう思う。国が違うだけで恋がこんな大ごとになるなんて悲劇でしかない。ぶち壊せ国境。

顔を上げ、幸せに涙ぐむファレスの空色の瞳を見て、私も幸せな気持ちになる。


「ありがとうございます」


「私からも謝意を」


ファレスの横に片膝をつき、アルゼム王が(こうべ)を垂れた。

それにならい、ギラつき騎士も膝をついて私に頭を下げ、カイムもそうする。みんなを見てグレンは俺も座っとく? って感じであぐらかいて頭を下げた。神への敬意はないらしい。まぁ私人間だから全然いいんだけど。


「お礼の気持ちは受け取りました。では時間ないので手短に現状とこれからについて話します」


「はい」

「拝聴します」


とファレスとアルゼムが言い、みんな顔を上げた。


「先ほどタルタスは休戦を宣言しました」


「なに」


色めき立ったのは男たちだ。立ち上がろうとして、ぐっとおしとどめ、前のめりに聞いてくる。


「事実ですか」


「私がそうさせました。事実です」


「一体どうやって」


「ふふ」


教えてあげないよ。まぁいづれ結果は伝わるだろうが。


「これにより私がアルザートに休戦と、今後の方針についての提案をしに来ました。なおこれは私の独断ですのでどの国の思惑にも関係ありません。私の思惑だけです」


「あなたの思惑とは」


「アルザートにある古文書を読ませて欲しいので、恩を売らせて欲しいんですよ」


にっと笑って言うと、アルゼム王とカイムだけが反応を見せた。


「まぁ単純な人助けでもありますけどね。時間がないので手短に言います、アルゼム王、あなたはそこにいるファレスティーナ王女と婚姻して、アルザートとタルタス、両国をおさめていただきたい」


「ええええ!? まじか」


動揺を声に出したのはグレンだけで、貴族であろうアルゼムたちは表面上は普通にしつつもその目に興奮の色を宿すのが見えた。


「それは」


アルゼムが言いよどみ、カイムがひきついだ。


「発言の許可をいただきたい」


「どうぞ」


「タルタスはアルザートの傘下に入るという認識でよろしゅうございますか」


「違います」


と盛り上がった熱気がふっと下がる。


「タルタスは王が次代を指名する仕組みの国政です。血縁者以外でね。王にはファレスを指名していただき、ファレスをタルタスの新女王とします。その上でアルザートの王アルゼムと婚姻することで両国の垣根をとりこわす方向で進めていきたい。二国がくっついた新王国誕生と言ってもいいし、共和国でもいいですね」


「口出しをお許しいただけますか」


カイムが濃い緑色の目を光らせて言った。


「どうぞ」


「ファレスティーナ様が現タルタス国王と血の繋がりはない、と私は聞き及んでおりますが。養子とはいえそのような前例を作ってはのちのちの国政に悪影響ではございませぬか」


「そうですね。なのでファレスには主に象徴としての国王になっていただきたいのです」


「象徴?」


「ほとんど権力を持たない王です」


「失礼ながらそのような王では何の価値もないのでは」


「あります。権力は今まで通りザキーラ元国王に譲渡する形になりますが、あくまで譲渡。行き過ぎた政策があれば止める権利を有することとします」


「なるほど……歯止め役なのですね」


「そうです。ファレスたちの次の代では、アルザートにタルタスの血の入った王が立つことになりますね。そのころには両国の垣根がなくなっているといいのですが、まぁだめでもいいでしょう。タルタスの次の王は元に戻して血縁以外で通例通り選んでいただきます。このとき両国がどこまで融和しているか、で未来が変わってくるでしょう。そのためにはアルゼム王、ファレスティーナ女王の両名には、両国間のわだかまりをなくすよう、死力を尽くしていただきたい」


「はい、心得ております」


ファレスが頭を下げると、アルゼム王がそれにならった。


「身命を賭していたしましょう」


「それに関してアルゼム王にはしていただきたいことがあります」


「拝聴します」


「アルザートには今、奴隷商がいます。タルタスのみならず周辺国から人を誘拐していく組織。この組織の存在がザキーラ国王のアルザート嫌いの始まりです。奴隷商による人身売買を取り締まり、徹底的になくしていただきたい」


「奴隷?」


見開いた目。信じられないと言いたげな声。アルゼム王がこれに関して無知であったことがうかがえる。彼の目が頼ったカイムに動揺は見られなかった。


「我が国の裏社会を牛耳る組織ですね。つぶしましょう」


カイムには迷いもない。


「はぁ? うちの国、そんなんもあるのかよ!? 嘘だろ」


そう言うグレンをカイムは一瞥して、首を横に振った。


「あるぞ。聞いたことがある。南方で好き放題しているらしいが、あの疫病でそれどころでもなくなったのか噂も小さくなってきていた。疫病に感謝はしたくないが、潰すなら今だろう」


「へぇー」


アルゼム王の黒い目が悔しげにゆがんだ。彼の手にファレスが手を添えると、ハッとしたように彼女をみる。


「これから良い国を作っていきましょう。一緒に。ね」


「ああ……これから……だな」


罪を負ってなお進まなければならないアルゼム王だけど、ファレスのような支えがあるだけでも違うだろう。


「とりあえずはそれだけ、じゃあ、私はアジトに行ってくる」


「アジト? そんなのあんの?」


なんのアジトか分かっていないグレンに、私はふっと笑ってみせた。


「反乱軍のアジトだよ。くる?」


「え、なんで神様が行くんだ」


「今、反乱軍にアルザート軍が攻め入ってるんだよ」


「は?」


なに、と他もそれぞれに反応して、カイムが強い目でこちらを見てくる。


「まことですか」


「まぁね。そうだ。アルゼム王、誰か偉そうな騎士か、権威のある人間を貸して欲しい。アルザートと反乱軍は休戦したと証言していただきたいんでね」


「ではウェルサ」


「陛下、今ここを私が離れるわけにはまいりません」


カイムが彼を振り返った。


「アルゼム王は俺が守ると誓おう。ウェルサ、行ってくれ」


「カイム……だが!」


「俺は反乱軍を指揮している。その俺がやめろといえば、反乱軍のやつらはとりあえず従ってくれる。アルザートの騎士は言わずもがな陛下に危害は加えるまい。残るべきは俺だ。頼む、アジトに残っているのは非戦闘員だ。アルザートは非戦闘員を攻撃するような国なのか。違うだろう。我が国の威信を守るためにも、俺の仲間を守ってくれ、ウェルサ!」


黒髪のウェルサは、青い目を怒らせてカイムを見た。


「……お前を信じていくんだからな、裏切るなよ! カイム!」


「ああ。約束しよう」


「陛下、護衛でありながらおそばを離れることをお許しください」


ウェルサが片膝ついてアルゼムに頭を垂れた。


「よい、私が行けと命じたのだ。何かあれば私の責任だ。アルザートの民を守ってくれ、ウェルサ」


「はっ!」


立ち上がったウェルサに続いて、グレンが立った。


「はい! 俺も俺も! 俺も行くぞ女神サマ! アジトのやつら助けに行くんだろ。連れてってくれ」


「はは、そう言うと思ってた。では私と手をつないで」


背の高い2人を見上げながら手を出す。大きな手に自分の手を重ねると「手ちいさ」とグレンのつぶやきが聞こえた。そりゃあ女なんでサイズ違うよね。

2人を巻き込むようにして、私はアジトにあるモノとの縁に魔力を込めた。すうっと空間が溶け、宇宙空間に入ったような感覚になる。ふっと重力を感じて目を開ければ、そこはアジトのある薄暗い酒場の中だった。


なぜか女性がたくさんいて、兵士は床の木の板から生えてきた縄みたいなツル?に囚われて動けなくなっている。

それらを見ておおむねの現状を理解したけれど、予想外の顔がひとつあった。

久しぶりに見るさらさらの金髪。


「美羽……!」


赤い瞳が見開かれ、私を見つめていた。


「シラ……」


久しぶりに見た顔は、相変わらず優しげな美形だけれど、前よりちょっと不幸そうな雰囲気に拍車がかかってる気がする。ちょっと痩せた?

彼との間にあったあれやこれやなんやかんやが走馬灯のように思い浮かんで、私は目をそらした。


……気まず。


「あー! 美羽さんちょうどいいところに」


気まずい空気を切りさく少年の声。見れば、兵士を足蹴にした黒いローブの子供がそこにいた。クローだ。

やっぱりアルザートの兵士を縛り上げたのはクローだったか。床の木に魔力を入れて増幅させた木で敵兵をとらえたんだな。


「師匠、敵の大将はどこ?」


「下です下。でも僕いま転移使えないんですよね。連れてってください」


私がたどった縁の道具の片割れを持っている人物だったから、近くにいたクローは、私にかわいいクマさんの形になってるボタンを渡した。わかった、と応える前に、横のグレンが、


「ししょう!?」


と私とクローを見てあごを落とした。


「師匠ですよ。魔術の」


「そうそう、僕が師匠なんですよ」


「えええええええ」


ごーん、とあごが落ちたままだが、時間がないのでボタンを持った方の手で彼の手をまた握る。ウェルサは、意味わからん、という顔をしていた。グレンとつないでいる手にクローも手を乗せ、少年はシラを振り返る。


「予言師さんも来ないんですか? 行くなら美羽さんに触ってください」


「え、あ、ああ。じゃあ、美羽さん……すみません」


「うん」


色々な問題は先送りにして、シラはウェルサとつないでいる方の手にその手を乗せる。手の甲に彼の手が触れる感触が、なんだか妙に懐かしく感じた。手の甲に触れられたことなんかないのにね。


「行くよ」


ふっと息を吐いて思考を捨てる。

また縁に魔力を流し、すうっと空気が溶けていく。

次に重力を感じた時には、視覚に何かが見えるより先に子供の泣き声が耳についた。


「グレン!? クローも!」


「くろぉ!」


話に聞いていた金髪美人のリースさんと、その娘の天使アリスちゃんがいる。

ここはどこか、と周囲を見回すより先に殺気がきた。


振り向きざま、空気中の水分に魔力を流す。

ピキッという音とともに、斬りかかってきた赤い制服のアルザート兵は凍りついた。鼻から上だけ無事にしてるので死んではいない。今のところ。

周囲は明るく、地下とは思えない広々とした空間だ。入り込んでいるアルザート兵はまだ少ないが、反乱軍の女性たちが見ている方向を見ると、巨大な扉が破壊されていた。そこから敵兵がなだれ込んできているまさにちょうどその時だったようだ。


この空間がなんなのか分からないが。


「よくわっかんねぇけど、いっぺんあいつら寝かすか」


私が魔術を放つ前に、グレンが剣を握って駆け出した。

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