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乱の47 俺がやる

書きあがっているのはここまでです。

これより先は書けるときに更新。鈍足です。スランプ完璧に抜けたい…。

「すまない」




 怒りが過ぎて、憎しみが過ぎて、呆れが過ぎて、頭が冷える。                  


 なんであやまんだ、こいつ。


 悪人は悪人らしく悪ぶってくれよ。倒しがいのあるバカをやれよ。なんでいいやつぶってんだ。




 グレンは闇に歩を進める。


 彼が開いてきた扉から戦場の叫び声と明かりが入り込み、じわりじわり闇がうすめられていく。


 夜目で見るには明るすぎ、昼目で見るには暗すぎて見えなかった王が見えてくる。




 白い服を着ている。


 白銀の髪が炎の明かりで少し橙色にきらめく。


 玉座に座って、片手で顔を覆って、もう片方の手は存在を忘れたように肘掛けにのったまま動かない。




「すまない」




 心からの言葉かもしれない。どうだろう。分からない。心が動かない。


 軽々しく聞こえた。




「いい。もういい」




 もう聞きたくない。




「俺がやる」




 グレンの右の方で誰かが動いて、誰かが止めた。声はしないが、カイムの背が見えた。彼が誰かを止めているようだ。


 あれ、とグレンは思った。そういえばカイムはアルゼム王を王にしたかったんじゃなかったっけ。まぁ、いいや、どうでも。




「おりて来い。オウサマ。王様は俺がやる」




 玉座に座っている銀髪の青年は、顔を覆っていた手をはずした。整った顔をしているが、やつれて見える。


 なんか、むかっとした。




「俺の友達はさ、村に殺されたんだ」




 王のやつれた顔が、色々な人の顔に見えて腹立たしい。




「病気が流行って、広がって、友達もその嫁さんも子供も感染はしなかったけど、だから殺された」




 木の柱の感触が思い出される。妙に印象に残っている。人が住むことで何度も触られ掃除され、木目が浮き出てきていた、ざらついた木の感触。




 無意識にいつもの光景が待っていると思いながら、家の扉を開けて、玄関の木枠に手を触れた。


 中に呼びかけて返事がなくて。見回すと、左の壁に赤い血しぶきがついていた。


 まさか、と駆け寄ったが人はどこにも倒れていない。壁下の床にある血は死ぬほどの量ではなくで、奥の寝室へぽつぽつと続いていた。濃茶色をした木の床だった。




『レン! マリアちゃん!』




 寝室は赤かった。


 赤い。そう、赤い色。嫌に赤々と見えた。赤いはずがないんだよ。床は茶色いはずなんだよ。ベッドはふかふかなはずだろう。ふざけんなよ。




「友達の子供が金色の目をしてたから、不幸を呼んだ悪魔の子だっつって、村の奴らが集まってあいつの家を襲ったんだ」




 故郷は、今この国に広がっている流行病がはじまった村だった。グレンの親もそれで星に帰った。


 不運だ。それ以外に理由があるものか。




「嫁さんと子供は逃げたみたいで、村のやつら怒ってたなぁ」




 グレンはハハッと笑う。


 ここの床は、磨き上げられた白い石だ。




「金目の子供がいても、育てる神がいなかったら神の育て子になれる訳がない。生みの親が育てちゃいけなかったんだ。だからこんなことになった。病気が流行っているのに魔術師は助けに来ない。魔術師すらおそれる病気なのかもしれない。こんなこと今までなかった。金目の子供が産まれたせいだろ。って、泣きそうな顔で怒るんだぜ」




 思い出し思い出しあふれるように言葉がでる。


 そう言った村のおっさんの家族は、おばちゃんも娘も病にふせっていた。もう秋になりかかっていた。稲穂も刈り取らなくてはならないが、村の人手はもうほとんどなかった。


 感染をまぬがれていた者も疲れ果て、そして病にかかった。


 もうあの村に人はいない。まず移住者もいないだろう。




「あんな子供に、責任おしつけんなよ」




 刺繍の立派な白い服を着た人が、玉座から立ち上がる。何段かある段差を下りてくる。




「面倒を押しつけられる役目は王様だろ」




 言葉に反応するように、アルゼムの白い顔がグレンとまっすぐに出会った。




「みんなに色々押しつけられてみんなを助ける苦労性な仕事が王様なんだろ」




 俺たちの悲鳴は聞こえなかったのか。


 叫びは聞こえなかったのか。


 空元気の笑い声を本物と思ったか。




「なんで」




 なんでこうなった。


 そう、何度つぶやいたか知らない。 




「なんで助けてくれなかったんだ」




 言ってみて、王の責任が重すぎるなと、頭の片隅が思った。だが権利を持っているということは責任を持っているということだ。王は魔術師を使っていた。明確に責任を負っていた。




「……機会をくれないか」




 アルゼムの声に、灰色の眉がひそめられる。




「償いの機会をくれないか」




 声に確かな意志を感じた。




「君が王族であれば、君に任せるのもよい選択だろう。だが、王族は今や私だけなのだ」




 そんな確かな声をしているのに、どうして助けてくれなかった。




「君が王になれば必ず、今までと違う施政をしくだろう。それが善政で、悪を罰するものだとしても、だからこそ国が荒れる。私が今やっとよく理解したのは、人間は悪人もまた多いということだ。君が正しければ正しいほど、悪人が荒らすだろう」




 心が動かない。




「厳しく締めあげている行軍中でさえ無粋をはたらく者がいる。貴族は君の善政に反対するだろう。王をないがしろにするということは、彼らもまたないがしろにされるという恐れを抱かせる。中でも悪どいことをしている貴族は君を許すはずがない」




 そんなの、どうでもいいじゃないか。


 死人はどうせ、今もうまれている。




「国は元から荒れてる。今更、どうだってんだ。今まで無事だった貴族が被害にあうってか。それこそどうでもいい。みんなを見捨ててた奴らを俺も見捨てるだけだ」




 心なんか動かない。とっくの昔に定めている。




「返してくれよ、みんな。俺の大事なもん全部お前が――」




 俺が助ける。俺が変えてやる。俺がやる。




「……決意は固いのだな」




 グレンが剣を抜くと、王も抜いた。




「へえ、抵抗するんだ?」




 アルゼムはフッと、はじめて小さな笑みを見せた。




「責任があるからな」




 剣の切っ先が上を向く。その先にいるだけで穴があきそうな、ぴりっとした緊張が張りつめる。




 グレンが先に動いた。横なぎに一閃、これをキンッと軽くはじかれて、無防備な前面がアルゼムの剣の軌道の中にさらされた、片足で床を蹴って横にそれる、着地と同時に屈んでアルゼムの足をねらって蹴りをいれるもよけられ、二人は再び距離を取る。




 アルゼムが動いた。縦に一閃し、よけられるのも想定の内であるよう、即座に下から振り上げてグレンの服を軽く斬った、上がった腕のために空いた懐を狙ってグレンが剣を横にぐと、アルゼムの服の房飾りが切れてパラパラと床に落ちる。




 不謹慎だが、グレンは少し楽しくなってきていた。


 かすかに笑みすら浮かべるグレンに対し、アルゼムは胸の内にまだどろどろと定まらない何かがあるのを感じて、今一つ体が戦いにのってこない。




 グレンの剣には迷いがない。斬撃から伝わるまっすぐな力、それが今のアルゼムにはないのが自分でも分かった。




 覚悟が足りない。それがすべてだ。




「私は……」




 でもかすかに、今まで気づかなかったほどかすかに、心の底に眠る確固とした思いがあるのを感じる。ファレスのことではなく、もっと根元の自分の思い。




「もうおしゃべりの時間は終わりだよ」




 灰色に染まった長身の男はそう言って斬りかかってくる。


 彼の剣を受けるほどに意識が戦いに染まり、無駄な想念がふきとんで、砂に隠れていた遺跡が顔を出すようにアルゼムの奥の奥に隠れ続けていた何かが手に触れた。




「私は、諦めない」




 ギンッと相手の剣をはじき、距離を置いて灰色の目を見る。




「私は、君に任せない」




 心の手が、それをつかんだ。




「私は責任を全うする。ファレスも諦めない。もし諦めないまま月日が過ぎて、一人寂しく死ぬのもかまわない。もし彼女が他に夫をとっても、それもかまわない。私以外の世界がどう動こうと、どう変わろうと、私はこれから罪を償いつづける。それを君に任せることはしない。逃げることもしない。王として最善を尽くしていく」




 グレンは鼻で笑う。




「ご立派だな。でも俺には関係ないね」




 グレンの剣の切っ先が、ピッとアルゼムに向かう。




「それを貫きたかったら、俺に勝ってみせろよ」




 切っ先を向けていた剣を、そのままの状態でぐんっと前方へ突き出した。アルゼムは意表を突かれたように目を見開き、横へ体をそらしたが、剣はアゴをかすかにかすって血があふれ出た。




 アルゼムは剣を抜きざまグレンの斬撃を受けてはじく、グレンはぐるりと体を回転させると、勢いをつけた一撃をアルゼムめがけて振り抜くと、アルゼムが屈んで避け、振り抜いた勢いで隙が出来たグレンの懐に、白銀の剣を突き出した。




 グレンが体を後ろに傾ける。




「はああああ!」




 左に振り抜いた剣を地面に突き立て、重心をそちらに傾けると、右足でアルゼムの胴を蹴り飛ばす。


 グレンの胸から血しぶきがあがり、アルゼムが横にとばされた。




 右足が感じた手応えはいまひとつであったが、アルゼムはわき腹に触れながらゆっくりと立ち上がった。




「強いな」




「あんたもな」




 アルゼムが白銀の剣をしゅんっとふると、剣に着いた血油が白い床に弧を描いて散った。




「はっ、いい剣だな」




 グレンは懐紙を取り出して、わずかについたアルゼムの血をぬぐう。ギルド製の懐紙は血も油もよく吸う。


 二人とも剣を構えたとき、急に光が射し込んできた。城を包んでいた土の卵がぼろぼろと音もなく崩れ去り、日の光が謁見の間に満ちる。




 グレンの灰色の髪が、アルゼムの銀の髪が、それぞれ光を受けてその色の違いを明らかにする。


 部屋の外からも聞こえてくる戦いの音、剣のぶつかり合う音、誰かが斬られたのであろう声、力をひきださんとばかりに出される叫び声。それらがぴたりと静かになった。




 それを合図にグレンが斬りかかる。




 アルゼムがグレンの剣をいなし、グレンの体の横へ回りこむと、いなして下へ向いた白銀の剣をそのままグレンのわき腹から背中にかけて斬りつけた。グレンはこれを横に蹴り飛んでそれ、振り向きざま振り抜こうとした剣が、振ろうとした方向ではなく前方に見えた。




 首の裏えりがグイッと引っ張られ、足が宙に浮き、地面に胸から叩きつけられた。




「な……っ」




 すんでのところで受け身を取ったが、背に足をかけたアルゼムの体重がのしかかっている。起きあがろうと思えば出来るが。


 白銀の細身の剣が、グレンの首筋に当てられた。




「……勝負あったな」




 アルゼムの静かな声が響く。


 冷たい床に頬をつけたグレンの中から、黒く重い気持ちがどっとあふれ出てきた。




「くそっ」




 当てる先のない感情が拳にあつまって、押さえつけられたまま床を思いっきり殴った。痛みは感じない。




「ちくしょう」




 もう一度殴ると、さすがに痛みを感じた。出てきた血に乗って感情が流れ出ていったように、グレンの荒ぶる感情が静かになっていく。




「はっ、負けた。負けちまった」




 ぎりっと歯噛みする。




「ふざけんなよ俺。なんで負けてんだよ。振り出しじゃねぇか」




「振り出しではない。私はもう、昔の私ではないからな」




「なに、じゃあ、疫病すぐどうにかしてくれんの」




「ああ。この戦いが終わったらすぐ魔術師たちに調査と治療へ向かわせよう」




「いつタルタスが攻めてくるかもわからねぇのに?」




「そうだな、では医療専門の者だけでも、としようか」




「はじまっちまったもんはさ、しょうがないと思うんだ。戦争。戦わないと滅ぼされるだろ……でも、だからって、国内を放置していいわけじゃねぇだろ」




「……ああ。その通りだ。すまない」




「でも攻め滅ぼされるような目にあって、これ以上みんなを苦しめないでくれよ」




「心得た」




「そのためには、あんたのかわいい子、あきらめるしかねえかもしれねぇぞ?」




「それは……」




「あんた一人の幸せを考えるならさ、あんたは王様じゃねぇほうがいいんだよ」




「……そうかもしれないな」




「どうすんだ」




「それでも責任を果たしたい。ファレスは……叶わぬ恋を抱いているくらいは、よいだろう?」




「ふうん」




 首筋に剣を当てられ、床を見ながらグレンは、ふぅとため息をついた。




「……あんた反省してるし、今回だけあきらめる。でもまた馬鹿な王やってみろ。次はどんな卑怯な手を使ってもぶっ殺すからな」




「ああ」




「今度はいい王様になるんだろ」




「そのつもりだ。簡単ではないだろうが、もう投げ出さぬ」




 そっか、と言ったきりグレンはしばらく黙った。




「……じゃあさ、マリアちゃん探してくれよ。金の目の子供はなんか神様とか言われてる女が預かってるみたいだけどさ、その子供、たぶん俺の親友の子供なんだよ。でも母親の話はぜんぜん噂も聞こえてこねぇからさあ。もし神様とかいう女が悪いやつで、母親のマリアちゃんから子供取り上げたとかだったらかわいそうだろ」



床を殴ったままだった拳をゆるめた。



「助けてやりてぇんだ。親友の嫁で、俺の村の生き残りなんだ。探して保護してやってくれ」




「心得た」




 アルゼムは剣をグレンの首筋からはずして、彼に手を差し出した。グレンはちょっと嫌そうな顔をしてから吹き出すように笑い、手を借りて起きあがる。




「手を抜いたか?」




「まさか。全力でやって、負けた。戦おうと思えばまだ戦えるけどな。勝負にはっきり負けたし、あんた思ってたのとちょっと違ったから、今回はもう手出ししねぇ、今回はな」




 グレンは照れくさいように頭をかく。




「許したわけでも、同情したわけでもねぇけどな。……がんばれよ」




 そのとき静かにドアが開いた。


 静かに、そう、あたりは静まりかえっていた。戦いの音が止んでいる。




「そういや、なんで静かになったんだ?」




 ドアを開いた人物がカツカツと歩いてくる。




「終わったみたいだね」




 若い女の声だった。黒い軍服を着ていて、小柄だ。




「ちょっと待ってて」




 まだ顔がよく見えない遠くに立って言う。


 ちりん、と鈴の音が鳴った。それは涼やかな音をたてながら床にちりちりと転がる。




 訳が分からず、誰かが何かを言う前に、女は縦に長い楕円の形に白いもやをつくると、それが消えるのと一緒に消えてしまった。




 ――見覚えがある。


 これは転移の術を使ったときに出てくるやつだ。




 開いた扉から見える兵たちが皆、戦っている途中の姿勢のまま動きを止めて石像のようになっているのが分かった。




「何だあれは!」




 カイムとつば迫り合っていたウェルサが荒々しく言う。グレンが、床に銀の鈴が落ちているのを見つけて近づいたとき、白い楕円形の固まりがぼわりと目の前に現れた。




 それが霧の晴れるようにして消えると、中から二人の人が現れる。




 褐色の肌に金の髪、空色の瞳をしたしなやかな長身の美しい女性。


 もう一人は、さっきの黒い軍服の、長身のグレンにとっては子供を見るくらいに見下ろす低身長の、黒髪の女性。




 その小さい方の女を見て、グレンは言葉を失った。


 固まるグレンの横を、黒人の女が泣きそうな顔ですり抜けていく。横を通ったとき花のような良い香りがした。




「アルゼム!」




「ファレス……?」




 アルゼムのため息ともつかない感嘆に満ちた声を背後に聞き、ああその子が噂のタルタスの、と考えたが、それにつづく別の考えもそれそのものも、蘇ってきた別の情報に埋もれてしまった。




「ああ、ファレス。本物かい? どうしてここに」とかなんとか言いながら抱きしめたであろう音が背後からする。


 ファレスと呼ばれた女の答えはアルゼムの体と衣服が邪魔して、グレンまでは届かない。




 いや、届いてはいたかもしれないが、このときもうグレンの耳は記憶でふさがっていたのだ。




 幼い赤子の、光ってすら見える金の瞳が脳裏に浮かんでくる。今は亡き友の子供。それと同じ瞳を、目の前の女はもっている。




 あの子供は男だったし、まだ二歳ほどのはずである。だからこの女は……。




「あんたが女神ってやつ?」




「そう呼ばれていますね」




 黒髪に、金の瞳をした女はにこりと笑う。




 体の力が抜けた。


 そんな体の反応に、自分にも神にすがる心があったのか、とグレン自身驚いた。悪い奴なのではないか、という疑いは不思議なほど晴れている。思いこみかもしれないが。




 気の強そうな整った顔は、わりと穏やかな声で。




「まだやらないといけないことがあるので、手短に話をしましょうか」




 と言って、グレンの背後でいちゃこらしているであろう二人に目を向ける。だが何か言わんとした口は片手で覆い、女神は横を向いた。




「……もうちょっとだけ待とう」




 グレンは、ははっと笑った。





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