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乱の45 問い


「上手くいきましたね」

 クローは土壁にあけた穴の向こうを満足に見た。土壁の穴ついでに、城壁にも穴があいている。もちろん彼の仕業である。


 青空の下に、城を囲む魔防壁があらわになっている。そこに白い魔法陣が張り付いていた。


 土壁と城壁の穴をとおって魔法陣に手をかざす。すると陣を形成する難解な文字が眩しく光りだした。文字は陣を丸く縁取るようにして脇に寄せられ、中央にはぽっかりと空白ができた。そこだけは魔防壁を彩る赤と緑の魔力さえなく、木々がすっきりと見えている。


 白い文字に照らされながら、クローは明るい外へと逃げ出した。


 もちろん周囲に敵兵はいない。遠い場所にある魔石を暴れされているから、そこに集まっているのだ。


 そそくさと森に隠れて、ひとまずアジトがあるのとは全く違う方向へと走る。敵兵はいないだろうと思っていたクローは、しかし奇妙な気配に気づいた。


 眠っているような気絶しているような。ともかく起きている人間のそれではなく、ましてや戦士のそれでもない。


(敵だったら適当に怪我でもさせておきますか。追われても邪魔ですし、城にはいられても迷惑ですし)


 息でもひそめて反乱軍の逃走兵でも狙っているのかと思いつつ近寄っていくも、気配はいっこうに変わらない。手練れなのかなと思っていると、それが襲ってくる前に発見した。


 若い男が三人、草の中に倒れていた。反乱軍のような服装だが、自前装備の反乱軍には見られない質の良い服だ。血の匂いはしない。生きた人からにじみ出る微量な魔力があるから死んでもいない。当然こんな所で寝ている間抜けもいまい。気絶させられているのだろう。何が――。


「そうか」


 なるほど。そういうことか。


「あの予言師も意外とやりますね」


 彼の仕業に違いない。


 予言師だから、王の方でも護衛をつけるなどの配慮をしたに違いない。この状況でよく護衛など出す余裕があると感心するが、みんなそろって力を発揮することもなく裏切られるとは思わなかったろう。


「彼の方が早そうかな」


 人目を忍ぶ身では空も飛べない。馬を奪っても乗ることが出来ない。

 走りながら、意識を糸に向ける。しかし縁の糸は震え、転移は拒まれた。


「どちらが先にしろ、堪えて下さい、リースさん、アリス、みなさん」


 どうか、下手に反抗して、殺傷沙汰にはならないでください。



     *


 カイムはちょっと疲れてきていた。

 いかに耳が不自由で、まだ慣れてもいないだろう敵とはいえ、二十数人を相手にしていては体がいくらあっても足りない。


「俺が中に入る。入口を奪って封鎖しろ」


 エドガーが素早く反応した。他の三人も続いて壁際に寄り、入口へ猛攻撃を仕掛ける。

 壁と四人の体でなんとか入口への道が出来た。


 隙間を走る。最短距離には騎士が一人。それを斬り伏せ、扉の中へすべり込んだ。


 中は、見渡す限りが闇だった。


 少年の術のせいで城内はだいぶ暗いが、城の廊下には火も入り始めてそれなりに目は効いた。だがここには灯りが一つもないらしい。廊下からの明かりだけが頼りの、漆黒の闇。


 人の気配はあるのかどうか、まだ外の敵の気配に圧倒されている神経では判断しきれない。背後から扉が閉まる重い音がして、廊下からの光が消えていくそのとき、しゅん、と空気を斬る音が扉の音より近くでした。


 とっさに飛び退くが、肩から胸にかけてを何かが通り過ぎていく。寸の間をおいて、そこに皮膚を裂かれた痛みが走る。


「くっ」


 視界は頼りにならない。

 剣を握り直し、意識を研ぎ澄ませた。


 右だ。

 ギンッと剣がぶつかり合う。

 ハッと笑う声がした。


「音だけで見切ったか、カイム!」


 嵐が雨を武器に変えて吹きつけてきたような声だった。


「その声、ウェルサだな」


「反逆者が名を呼ぶな!」


 剣圧を受け流して飛び退く。


「なぜ罪人になどになった! お前なら政治を直接変えられた!」


 ウェルサの殺気だった声がする。彼のいる場所は特定できる。声の響きから窓が開いていないことも分かる。

 あとは、アルゼムだ。ウェルサの気に圧されて、他の気配が分からない。


「答えろ! カイム!」


「……私には、直接変えられたとは思わん」


 ウェルサの斬撃を避けながら玉座へ近づいてみる。人の気配は、しない。

 剣において神童と言われた男だ、気配を消すくらいできるか。


「アルゼム陛下! いるなら返事を。私はあなたに話がある」


「カイム!」


「話くらいはさせろ。お前は私を買っているんだろう」


 闇に言い据えると、かすかにウェルサの敵意が薄くなった。


「私はアルゼム陛下が変わらない限り、この国に未来はないと思ってきた」


 またウェルサの気配が濃くなるが、邪魔をする気はないらしい。話が終わってから、と思っているのだろう。好都合だ。


「そして、変わらないまま、陛下は我が父を殺すにいたった」


「やはり、それが原因か」


 痛い声だった。心を針で刺されたような沈痛さのある、ウェルサの声。彼が騎士になったとき、最初に仕えたのはレイゲン・ヴォルクセイだ。思うところはあるのだろうとは思うが、カイムは小さく首をふる。


「それだけではない。ダリシュのこと、貴族のこと、なにより国中に広がる病、すべての事象が待つことを許さない状況になった。私は今あなたに決断を求める」


 淡々と話すつもりが、徐々に考えるより先に声が喉を通りぬけて行くようになってきた。感情がまぎれるその声に、カイム自身おどろきながら、闇を見る。

 焦りだ。声にあるのは焦り。自分は焦っていたのだ。

 思えば焦らない方が不思議なのか。日に日に増えていく死者数、終わりの見えない戦、異国を嫌うタルタスの狂気。


 ぐっと歯噛みして、溢れるものを口から押し流す。


「陛下に問う。今は、己の手で政治を主導していく覚悟をお持ちか!」


 たとえ才能がなくとも、覚悟だけでもお持ちか。


「そのために恋を諦める覚悟はあるか!」


 我が国の頂にいるのはあなたなのだ。それを拒否するのか。


「答えを。陛下!」


 あなたはどう生きたいんだ。


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