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乱の44 逃げたい交渉


「あんな術を使った後で、よくぽんぽん術を使える……」


 城の模型を眺めるスゥは、呆れ顔で吐息をついた。まったくもって才能ってものはずるいものだ。


 深く椅子によりかかり、静かにお茶を飲む。

 魔術師を化物と言いたがる気持ちが良く分かった。たった一人の魔術師のせいで、城はただいま穴ぼこだらけだ。

 この修復を真っ正直に大工へ任せたら金がいくらあってもたりない。スゥたち魔術師が動員されるのだろう。骨の折れる仕事になりそうだ。


 後にも先にも今にも面倒を起こしてくれる敵である。捕まえて修復作業を押しつけたいが、城の安全管理を思えば無理なのだろう。迷惑かけっぱなしの敵だ。


 ともかくスゥは早急にやらなければならないことがある。あちこちで暴れている魔力のうちどれが黒の魔術師本人から出た魔力か見極めなければならない。魔石をこんな陽動に使うとは、どれほど魔力が有り余っているのやら。


 オルシオの拾った魔石も今や価値はなくなった。オルシオは縁の糸を見ることができるが、魔石の縁をたどろうにも、あちこちに散らばる魔石のせいで持ち主までたどりつけないでいる。


 縁の糸がごちゃごちゃにからんでいるのだ、がんばっているオルシオには悪いが、諦めた方が正解だろう。


 お茶を卓に戻して椅子を模型に寄せた。再び魔力で輝く模型を凝視しはじめたとき、ノック音が部屋に響いた。

 うん? と顔を上げる。


「何か」


「あの、予言師です。できれば城を出たく思いまして、魔防壁を通していただけませんか」


 扉も開けずに言う相手に、スゥが入ってくださいと促す。緊張している赤い瞳と対面した。


 スゥがこの予言師と面と向かうのは初めてだった。聞きしに勝る美形である。もう少し頼りがいのある雰囲気があれば良い男と呼べるのだが。


 スゥは椅子から降りると、片ひざを立ててしゃがんだ

 そこで予言師のベルトバックに敵の魔石があることに気が付いた。


 この予言師も他の貴族のように装飾品を集める趣味でもあるのだろう。石でできたそれが今は魔石になってしまったと知ったらがっかりするのか喜ぶのか。


 ――面倒ね。言わないでおこう。


「わざわざのご足労、痛み入ります。外へ行かれたいのですね。しかし今は反乱軍のいる城外へ出られるのは危険でございます。敵は一般人へ手出ししておりませんゆえ、いましばらく部屋に鍵をかけておられるのが一番安全ではないかと存じます」


 そこまで一息に言って、スゥは赤い瞳が全く納得していないと見た。


「何か理由がおありでしたか」


 赤い瞳がやっと期待と緊張にふるえた。

 はい。と要職についている人間にしては珍しく素直な返事。素直というより気が小さいのかとも感じられた。


「城は、その、城の方が危険だと思います。反乱の者は大量に侵入してきています。いつ予言師である私を捕まえようとするか分りません」


「そうでございますね。では部屋の前に番兵をつけさせましょう。魔術師にも気を付けさせます。それでいかがでしょうか」


「それだけでは安心できません。敵にも魔術師がいると聞いています。しかも反乱の者らは我がアルザートの兵士ばかりか騎士までも打ち破っているではないですか。ここにいる限り危険です。外へ行かせてください。お願いします」


「お気持ちはお察しいたします。しかし私一人の判断ではお出しすることかないません。王陛下に御裁可をいただかなくては」


「では私が許可をいただいてきます。王は今どこにおられますか」


「それは……」スゥはちらと模型を見上げる。「それはなりません。王陛下の近くには敵がいます。危険すぎます。……あと少しお待ちいただければ事態は収拾されます。それまで待ってはいただけませんか」


「その少しの間が危険なのです。お願いです、出してください、私はまだ死にたくはありません」


 折れそうにない小心者……もとい予言師に、スゥは顔色一つ変えないまま心の中で溜め息した。予言師シラの口は徐々になめらかになり熱も帯びていく。恐怖に囚われて判断力を失っているな、と思った。


「……分かりました。では護衛に兵を数人お付けしましょう。彼らとともに魔防壁まで行ってください。通れるようにいたします。しかし今は敵の魔術師が土の壁をつくっています。火薬をつかい、穴を開ければ通れましょうが、火薬庫も敵に爆破されてしまいました。こればかりは私たちにも何もして差し上げられません。それでもよろしいでしょうか」


 諦めさせるつもりで言ったのだが、弱々しかった男の顔にパッと喜色が射した。なんとかなると思っているのか、理解していないのか。まぁどうにもならないと分かればあきらめるだろう。


「それでかまいません。ありがとうございます。ですが護衛の兵はいりません。敵に怪しまれてしまいますから」


「そうでございますね。では、兵たちは私服へ着替えさせましょう。それならば敵に紛れて逃げられます」


「着替えている間に、何かあったらどうするのですか」


「ご安心ください。兵が来るまでの間はここにいていただきます。万一の時も私が命に代えてもお守り申し上げます」


「そう、ですか」


 真っ直ぐな目でそう言われては反対するのもしのばれるのか。予言師はしぶしぶ納得した。スゥは微笑んで、幾分かやわらかくした声で言う。


「他に何かご不安な点はございますか」


「いえ、これで……」


「それでは兵が来るまでの間、こちらでお待ちいただきます。心地よい環境とは呼べず恐縮でございますが、どうかご容赦ください。良ろしければこちらにお座りください」


「ありがとうございます」


 スゥは部屋の端にあった椅子を持ってきて模型のほど近い場所に置いた。スゥのものより大きいそれは、座ると手すりに使い古された感触がある。


 座ったシラは、自分の体とのずれが大きくてしっくりこなかった。

 誰のものなのだろう。思いつつも、シラはそれより護衛の兵をどうしたものかと頭をひねる。


 薄暗い部屋の中、赤い瞳は小さな魔防壁を形作る赤と緑の光を見つめたまま停止した。



    ******



 城の地下独房兼拷問部屋の扉が開いた。

 鎖で壁に貼り付けられているダンクルートは怪我のせいで目を開くのも痛いのか、薄眼で見てみた。王兵が出入りするより数倍は勢いよく開いた扉の中には見慣れた灰色があった。


「いたいた! 無事だったな。よかったよかった」


 グレンはあっけらかんと笑う。

 尋問されてたことも忘れそうな能天気っぷり。心を暗くおおっていた雲をすっとばされた気がして、傷がひきつる顔でダンクも笑う。


「これのどこが無事だってんだ。たく、こっちはいてえ思いしてるってのに」


「なんだよ、暗い時こそ笑えってばあちゃんに教わらなかったのか」


 グレンはずいぶん血色がいい。青い服に飛び散っている血の赤も、返り血より飾りの刺繍と言った方が適して見える。


 グレンの横を通り過ぎてヴァルが入ってくる。ダンクの腕をつなぐ鎖の鍵をかちゃかちゃさせだした。見張りの兵士からでも奪ったのだろうか。


「お、悪いな」


「いや。苦労かけたな」


 どうってことねぇさとひきつった顔が笑う。

 グレンは何やら嬉しくてたまらないらしく、自分こそ牢から解放されたみたいに喜んでいる。


「よぅっし、これで俺らの役目は終わりだな! ダンク! かせ外したら玉座んところ行こうぜ、あんたも自由行動だろ? どうせ暴れたりねぇんじゃん。一緒に王サマをぎゃふんと言わせようぜ」


「ハハッ、元気だな。まあ足りねぇは足りねぇが、俺は他にやることがあるんでね、一緒にはいかねぇよ」


「やること? なにそれ、俺らも手伝った方がいいのか」


「いや、他の隊の仕事だ。好きにしな」


「だよな! よかった! また先延ばしになるのかって思っちゃったよ。じゃ俺は玉座に行くわ」


 ダンクの手枷が取れた。手首を回す。ヴァルは足枷をかちゃかちゃ言わせだした。

 腕をふりまわすダンクはにやりと笑う。


「お前は当然行くんだろうが、ヴァルもトイサンもギルもリリオルも行くのか? 脱出までは休んでもいいんだぞ」


 名前を呼ばれ、ヴァルとリリオルは顔を見合せる。トイサンは何を聞いてるんだと不思議がってぽかんとした。すでに答えは決まっているようだ。そしてギルは一人で考えているように見える。


 足枷が外れて、暗い石壁の牢内に鉄の枷が落ちる音が響き、ダンクがうんと伸びをした。ゴキゴキボキと骨の折れるような音が部屋に反響した。


 アルザートの拷問には騒音で意志薄弱にさせるというものもあるんかねと思いつつ、ダンクはしっかと立ち上がった。

 敵に没収されていた剣を道具入れから取りだしてベルトに挟む。


「行くなら急げよ。まだ王が捕まったという合図はねぇが、カイムと王はもう接触してんのかしてねぇのか、まぁ時間の問題だろう。ただな、グレン、カイムはたぶん王の治世を再建させるつもりだからよ」


 え、と訳が分かっていないグレンを見て、ダンクは我がいたずら成功したり顔で笑う。


「気をつけな。反乱軍は今の政治に反対するという意味で協力しちゃいるが、最後の目的は違う。カイムは大貴族だぞ、王家に一番近い人種が王族に未練がないはずねぇだろ。だし抜かれるぜ」


「ええええーっなにそれ、王様になる手伝いしてくれるってケイヤクショにあったけど」


「解釈は変えられるからな。カイムとしては、三日天下にならねぇよう、王になったら手伝うって意味だったんだろう。玉座に着けるように手伝うんじゃなくて、座り続けていられるように手伝うってことだ」


「へ? どゆ意味?」


「本物の王になるってのは、玉座につくってことじゃねぇのさ。王族でもない奴が王になったら反発がすげぇだろ。それをうまく乗りこなして国に求められるような、本物の王になれるようには手伝うぜってことだ。でも玉座を奪えるかはお前の実力次第だってことだな。お前を玉座に着けるつもりなら、玉座突入隊に入れてるさ」


 確かに、と納得顔のヴァルたち四人を背景にして、グレンだけが体中ガツンガツン殴られたようにふらふらしている。


「うええええっなんだよそれ、約束がちげぇじゃん、聞いてないんだけど、嘘ついちゃだめだよってじいちゃんに教わらなかったのか」


「おいおい、文句言ってるひまにもカイムは前に進んでるぜ」


 うごめいていたグレンがぴたりと止まった。とたんにしゃんと背筋を伸ばして嬉々と目を輝かせる。


「そうだよ、早く行かなきゃ。みんな行こうぜ」


「おお!」


 元気に応えたのはトイサンだけだ。しんと独房が独房らしい静けさを取り戻す。


「お前らは行かねぇの?」


 またまた困り顔になったグレンに、ギルは「行くよ」と言う。無言は肯定の意だったらしい。


 リリオルとヴァルは考え込んでいる。

 肩をすくめたトイサンが、実兄の背をバシと叩いた。


「考えんのは後にしてさ、行こうよ」


「ん……」


「いつもそうやって先越されんだぜ。な、まず行って、王様に文句言ってやろうよ。兄貴も言いたいことあるだろ」


 なおも唸りながらヴァルは皆を見た。グレンは肯定を心待ちに見返してきて、ダンクは様子見を決め込んだ眼差しを返した。

 ふっと吐息をつく。


「そうだな。考えてもらちが明かない。まずは行ってみよう」


 よっし! とグレンとトイサンがガッツポーズする。二人はきらきらした目でリリオルを見た。ヴァルも苦笑して彼を見る。


「リリオルはどうする」


「うん、特に異論は見つからない。俺も行こう。乱がどうなるのか見届けたいしな」


 いよっしゃあ! と喜ぶグレンとトイサンを先頭にして、すぐさま一行は部屋を出て行った。


 一人残されたダンクは相変わらず楽しげに笑いながら、皆が明け放していった空間を見つめていた。目は意地悪そうに細められている。


「がんばれよ。ここでまんまとはめられるようじゃ、お前には王の資質がなかったってことだ」


 どうなるんだろうなと楽しげに、悠々と部屋を去る。

 出てすぐのところに兵士が二人倒れていた。血を流し過ぎているのか、意識を取り戻す気配はない。まだ生きてはいるようだが。


 ――魔術師の治療がなければ死ぬな。


 少しの間ながめて、よっこらせと両肩に担いだ。重いなあと言いながら、地下階段の上まで運んでおいた。


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