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番外編4「ホームシック」

 こっちの世界に来てはや半年。

 異文化にもだいぶ慣れてきた。

 本日はいつものようにベリアルの部屋でくつろいで、ちょっとしたらまた冒険と修行の旅に出かけようと思っていたんだけど。

 なぜか、ソファに寝転がったら、ふつふつと心の底から不安が浮き上がってきた。

 なんだこれ、と思って、思い当たった。

「ホームシックだ」

 ホームシックだこれ。なんか寂しい。

 別に今に不満があるとかじゃなくて、なんか寂しい。

「うー」

 うなって吐きだそうとしてみても、寂しさは心の底から出てこない。

「ホームシックめ」

 くったりと長椅子に寝転がった。

 ベリアルは我関せずとばかりに仕事に集中している。

 ああ、いつもの様子なのに、なんかそれも寂しい。

「ホームシック、ホームシック、ホームシック、ホームシック」

 ちょっと精神がキちゃってるかも。

 ああ、どうしよう、帰ろうにも帰れないのに。

 いや、帰ろうと思えば帰れるのかもしれないけれども、そのためのリスクがいかほどかも分からずに実行できるほど無鉄砲じゃないというか。

 ああ、ホームシックだ。

 なぜホームシックだ?

 ちょっと考えてみよう。

 まずホームシックとは何か。

 異文化に触れて、実家に帰らないでいるとなるものだろう。

 ということは異文化に触れすぎて、自分が変わった人間だと感じるところから来る、寂しさなのかもしれない。

 自分が変わっていると思い過ぎて、故郷の慣れ親しんだ気配や言葉や声や人や考え方に触れて、仲間はいるのだと感じたい!

 という気持ちがホームシックと呼ばれるものなのかもしれない。

 ということは、私は今、仲間がいなくてさみしいということになるな。

 では、誰かに慰めてもらえば、ホームシックもマシになるんじゃないかな。

「なぐさめるか……」

 なんかギュッて抱きしめて欲しいぞ。

「……ベリアルは駄目だな」

 男相手に、恋人でもないのにするもんじゃないってのはもちろんだけれども。

 これ以上こいつと私がラブラブうわさを増やしても得することがない。ていうか損が多いよな。だって侍女の目がきらきらなんだもん。

 どうしたことか。

 レオンなら抱きつけるけど、なぐさめるというのとは違くないか。

 他に仲がいい人となると、侍女の誰かか。

 ダナエやマリアなら心良く引き受けてくれそうだ。うん、いける。

 でももし二人に断られたらどうしよう。

 クールビューティーのカレンさんも、ベリアルみたいに淡々と受けてくれそうだ。うん、カレンさんもいける。

 でも三人とも仕事で忙しくて断られたりしたらどうしよう。

 ていうか休暇中でいなかったらどうする。

 仕事関係なく、プライベートで城に居るような仲が良い人となると、フリアか。

 そうだ、フリティアン。どうして思いつかなかったフリティアン。

 高飛車でベリアルのいとこのフリティアン。

 でもホントはとっても優しいフリティアン。

 初対面でも高飛車だったけど初対面でも優しかったフリティアン。

 なんだかんだで世話焼き気質なフリティアン。

 ベリアルにはちょっと邪魔がられている可哀想なフリティアン。

 なんかフリアに会いたくなってきた。

  むくりとソファから起き上がる。

 そのまま部屋を出ようとすると、めずらしくベリアルに呼び止められた。

「……どちらへ」

「フリアに会いに」

「そうですか」

「なに、一緒に来たいのか」

「……いえ」

 ベリアルはまだ何か言いたげに逡巡している。

 なんだ、歯切れの悪い。らしくないな。

「どうした」

「……時間がある時でかまいませんが」

 ベリアルは視線をそらした。

 どうしたベリアル。 君が視線をそらすなんてはじめて見たぞ。何事だ。

「城下へ買い物にまいりましょうか。……侍女が、あなたの好きそうな菓子屋ができたと言っていました」

「………え」

 本当にどうしたのベリアル。何事だ。

 なんか様子がおかしいぞ。

 それはつまりデートに通じるものじゃないのか。仕事じゃないし。

 あのベリアルがデートのお誘い? 侍女に言えと言われた……だけで急にそんなことを言いだすほど、誰にでもいいなりになるような奴じゃない。私に従ってくれるのは上司だからだし。

 かといって、ベリアルが私に恋愛感情などあるはずもなし。

 だって行動がフリアや侍女に対するのと同じだよ。そりゃ、ちょっと長く一緒にいるから、少しは特別に扱ってくれるところも無きにしもあらずだけれども、けれども、けれども。

 えええええ。

 いや、そんな、困る。

 私、恋愛感情ってよく分からないんだよ。

 ぎくしゃくしちゃうよ。

「……いやならかまいませんが。良い気晴らしになるかと」

 気恥しげなベリアルの声で、ハッと我に返った。

 気晴らし……!  そうか気晴らし!  ベリアルからそんな提案をされたのは初めてだし、デートに誘うようなものだから、恥ずかしかったんだな! ベリアル!  気を使ってくれたんだね。  良かった、気晴らし!  いつものベリアルだ。

「ははっそうか。ありがとう。あとで連れて行ってもらえるかな。楽しみにしてる」

 また面倒な噂が増えそうだけれども。

「承知しました」

 この優しいほほ笑みに免じて、がまんするか。

 なんか、ホームシックもやわらいだし。

「じゃ、とりあえずフリアのところ行って来る」

「はい」

 フリアに抱きついた後、最初にする話題が見つかったね。

 今日はあったかい優しさの収穫日和になりそうだ。

 きっとベリアルに似ている微笑で、でもベリアルより長時間を彼女は笑って、寂しさなんて忘れさせてくれるだろう。

 そのあと、レオンにも抱きつきに行こうかな。

 それでレオンと一緒に侍女部屋へお邪魔してみよう。

 いくら異文化の中とはいえ、やさしい人がやさしく、温かい気持ちをくれることに変わりはない。 今の私が欲しているものは、それで補えるものだって、感じるよ。 優しい人のいる世界で、本当に良かった。


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