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乱の35 王の帰還


 静かな行進だった。

 大地を叩く馬蹄(ばてい)の音と馬のいななきが、道を避けて叩頭する人々の耳に響き、奏でる。それは決して逆らえない力というものを耳から全身へととどろかせ、人と空気を張り詰めさせていた。

 王がいる軍の行進なら当然だと、周りにいる多くの民は思った。しかしゼオンは違うことを思い、王も、兵も、ゼオンと思いを同じくした。

 王がいる行進なのに、なぜ誰も浮かれないのか。

 なぜ誰も城からでてきて笑顔で迎え入れないのか。

 今までアルゼムが戦場から城に帰ってきたことは、数えるほどだが確かにあり、その時は皆が盛大に祝っていたのに。

「……」

 しかし王が言葉にするには周りに目があり過ぎる。

 表情でゼオンに伝えるのも控えねばならない。

「――。」

 察してゼオンは部下に耳打ちし、聞いたソウマは指令書に言葉を書いた。城に待機している第4騎士隊長へ送られたそれは、紙が魔術師の青い光を帯びたかと思うと文字が消え、もはや白紙に戻って証拠もない。

「……」

「……」

 馬がいななき、大地の太鼓が馬の脚に叩かれて音を奏でる、ただそれだけの場にいる民は少なくて、アルゼムは胸が痛むのを顔に出していた。民に示しがつかないと、それをとがめるのは官吏たちの役目であるが、今ばかりは慣れない馬に乗りながら、静かに行進を続けている。馬車に乗っていたいなぁと、王と民の手前言えないことを思いながら進む彼らも、しかし城の門が閉じているのを見て異変と怒りを感じた。

「何事だ? なぜ王を閉め出すか」

 すいと動いてアルゼムの瞳がそれをとがめた。

 しかしゼオンとソウマの後の最前列を一人で進む彼のそれを見ることができたのはサイハという名の青年だけで、その瞳の冷たさにおそれと威厳をもって深く頭を下げたのも彼だけだった。ぱらぱらと少数の人が王の行進を見ているだけなのだから。

 騒ぎにもならなかった王の咎めに気づかず、官吏は言う。

「まったく王をなんだと思っておる。いつになれば私は」

「それまでに」

 思いもよらなかった場所から声がして、老いた官吏はお迎えが来たかと一瞬勘違いしてから若い瞳に行きあった。ウェルサといったか、まっすぐした目が印象的な騎士が、従順そうなしぐさで敵意を隠して隣にいた。

 武人は気配を消せるから嫌なんだ。と思いながら驚いて、しかし老いたりとて威圧の官吏の名をもつ彼が、子供の威圧に負けるわけにはいかん。

 何を言うか。と咎めようと口を開いたとき。

「民を不安にさせ、王の気に触れます。お静かになさいませ」

「……ほう、私に意見するか」

「出過ぎたまねとは承知でございます。しかし、お静かになさいませ」

「ふん、まぁよい。自粛しよう。……ウェルサと言ったか。相手の気を逆撫でする言い方をするから反感を買うのだ。それでは騎士も続かんぞ。改めよ」

「忠告に感謝いたします」

 返答が早すぎる。

「聞き流すか。それもお前の勝手よ」

「……」

「よう分かった。さがれ」 

「はっ」

 青年は武人然として従順に頭を下げると、アルザートの黒髪をなびかせながら持ち場に戻った。

「ふん」

 威圧の官吏はその圧力を周囲にまき散らしながら鼻息荒く馬にゆられる。

 ――生意気な小僧め。

 思い、同時に少し笑んだ。周囲ではらはらしていた兵士や官吏は笑った彼を見て、もはや彼が何を考えているのか分からず、推理することを放り投げてとりあえず歩く。それらを面白そうに見やりながら彼は。

「王の周りも固まってきたな」

 ――やっと引退できそうだ。

 城が近づくにつれてぴりぴりと張り詰めていく空気の中で、彼は余裕に笑い、彼の笑みに周りはおそれを感じてぴりぴりと空気は張り詰めていく。

 威圧のラーエ。

 ダリシュの兄。 

 不肖の弟も城にいるだろうかと、老いたラーエは思いつつ、視界の奥にある赤と白の城へまっすぐ走りだした一頭の馬とそれに乗るゼオン総隊長を眺めると、彼は未来を思い描いた。

「ふん。」

 老人の笑みは優しい好々こうこうやそのものだが、秘めたる思考はうかがい知れない。

 他の官吏は本物の好々爺であるけれど、彼らはラーエの思考を信頼し、今はそれを読めずとも、彼の後につづく思いを持って、彼が何かをするときは一丸となって力を貸すだろう。それが何であろうとも。

 ばらばらでも一緒であり、一緒でもばらばらである人々の視界で、今は一足先にゼオンが城についた景色があった。

 ぴりぴりと、空気が変化に震えるなか、王の銀髪が風にながれる姿はいつにもまして異彩を放つ。


        

 風が頬を撫でる。

 障害のない坂道はすぐに終わり、城の裏門にたどり着いた。見慣れた顔が、やはり見慣れた生真面目な顔で出迎えていて、ゼオンは努めずとも冷静に問う。

「シオン、何があった」

「兄上、反乱軍です」

 治療した後の怪我が見えた。

 城への侵入を許したとはゼオンにも連絡がきていたが、シオンが怪我をするほどとは。

 やはり少数精鋭か。

「規模は」

 問うたが、反乱軍の人数など高が知れている。

 活発に動く人間が三名なのだ。若い剣士と、魔術師に、最近はなりをひそめている熊のような図体の男。その分、精鋭ぞろいなのだろうが問題ない。陛下に辿り着くどころか、兵の山の前で立ち往生しているうちに騎士隊で叩きのめすだけ。

「規模は、分かりません。ただ反乱軍が近々動くとの情報があったため厳戒態勢をとっています。しかし本来、奴らの強みは情報を漏らさないところにあります。存在さえ知らぬ民がいるほど徹底しているのです。これは奇妙ではありませんか」

「……自ら流したか」

 シオンはうなづいて言った。

「規模も実力も分からぬままですが、今の我が軍の兵は相手を甘く見ています。情報を漏らしたということが余計に反乱軍を弱く見せるのでしょう。それが奴らの狙いなのかもしれませんが、急なことゆえ緊張をもたせることができないでいる状況です。私の力不足です。申し訳ございません」

 規模も実力も分からぬ。

 だから連絡書でこちらに現状を伝えなかったのか。反乱軍にいる魔術師を警戒し、連絡書の内容を盗みとられないようにと。

「……かまわん。ともかく事情は分かった。王が城に近づけば門は開くのだな」

「はい。それはもちろん」

「ならよい。私は戻る。警戒は怠るな」

 はっ。と返答があるのを後頭部で聞いたとき、ゼオンの頭に何かが引っかかった。我々は何か見落とてしはいないか。

 なにか、なにかが引っかかっている。後で考えるとした何かが思いだされようともがいている。

 反乱軍……そう、反乱軍にかかわる何か。

 反乱、反抗、処罰、ヴォルクセイ……貴族。

「……行方不明の貴族の行方は、どうなっている」

 調べさせていたはずだが、資料を見た記憶はない。

 城に戻りしだい読んでみるか。

 のぼってきた坂を駆けおりながら考えるゼオンの耳が、そのとき空気を切り裂く音をとらえた。

 彼には小さいその音は、遠くゆったり進む王の耳には大きく聞こえたことだろう。矢が飛んでいく音だ。音が王の近くを通った時、馬上の王は身をよじったあと、落馬した。銀の光が見えなくなった。

「陛下!!」

 ゼオンの叫びに、多くの声が重なる。

 町の住人は命惜しいと近くの建物に逃げていき、兵と騎士は剣を抜き、官吏は兜をかぶって王に駆け寄り、王の周囲は剣を構えた騎士が囲み守る。

 ――賊はどこだ。

 意識は研ぎ澄まされていく。

 ――陛下を城に連れ行く道はどこだ。

 ゼオンの手綱を操る手は体が覚えたまま無意識に動いた。

 部下達の声がしている。彼らなら上手く罪人を捕らえるだろう。ゼオンは周囲に意識を張り巡らせ、森と住居に隠れた敵の気配を探りながら走った。王にとっての最善の策は何だ。

 全身の血が滾る(たぎる)。しかし頭は平時に増して冷静。周囲の変化を敏感に感じ、分析しようと身構えている。過敏な神経はこの大地と空気にまで張り巡らされているかのよう。

「賊を捕らえろ!」

 ウェルサの声が轟く(とどろく)。兵と騎士が4人森へ入る。あそこに敵がいるのかとゼオンは察知し、そこを避けるべきか、むしろ目の前を通るべきか、策を考えながら進む彼に共鳴してか、兵と騎士は彼が考えた最善策とほぼ同じ形で警戒の体制をとり、身構える。と、今度はソウマの野太い声。

「他の場所にも隠れている。探し出して捕らえよ!」

 ソウマの声と、周囲の木陰から「いけ」という声がしたのは同時だった。いや、本来なら、位置的にはゼオンに聞こえるはずがない。しかし敵のそれも聞こえた。若い男の声。どこかで聞いたことがある。

 林の中から数多の鎧を着込んだ男たちが現れる。兵と賊の剣が、耳痛い金属音を奏ではじめたその時になってやっと、ゼオンは王の元に戻ることができた。

「陛下っお怪我は!」

 馬から飛び降りたゼオンの、怒鳴り声ともつかない声にアルゼムは鋭い眼差しのまま微苦笑する。

「騒ぐな、かすり傷だ」

 確かに怪我は左腕にある浅いひとつだけのよう。落馬したのは、避けようとして体勢を崩したせいか。それか狙いにくい馬の影に身を移したか。

「御無事で何よりです。すぐに城へ」

 すでにアルゼムを護っていた騎士が五人から二人に減っていた。

 それほど敵が強いという印象はゼオンにはなかったが、ちらりと戦場を見てみればなるほど敵は物影を上手く利用して、かく乱作戦に出ているようだ。

 兵だけではまとまるまい。誰もが認める指揮者が必要。混乱時では兵の上位者よりも、それは騎士の方が適任。

 それで二人に減ろうと、王の守りは二人いれば十分だと分かった。城にたどり着けばシオンの隊がいる。

 ともかくシオンの隊が居る場所まで、とアルゼムに伝えている時、ヒュン、と後ろの方で音がした。

 ――!

 矢。ゼオンが認識して剣を抜くより早く、アルゼムの剣が斬り落とす。

「陛下」

「悪いがゼオン、私も戦う」

 漆黒の瞳は意思強く。

「兵にばかり危険な目にあわせるわけにはいかぬ」

「なりません、奴らの狙いは陛下なのですぞ!!」

 アルゼムを狙う矢は、兵と騎士に邪魔をされてもはやアルゼムの元まで届かないでいた。戦況は我が方の有利と見える。そしてアルゼムは神童と呼ばれる剣の腕。かといって敵が狙う王を戦場においておくのは鎧を着ずに戦うようなもの。しかし。

「私が狙いか。悲しいが、そう思うだろう。しかしだからこそ私はここにいる。私が狙いと思える今も、しかし真実を我らは知らない。狙いが私というのは我らの憶測にすぎない。あからさまな狙いは、ひっかけやもしれぬ。私が城に戻ることを望んでいるとすれば思う壺だ。従ってやる義理はない」

 王を狙わない反乱があるのだろうか。ゼオンはそう思うが、きっと正しいのだろうとも思った。彼の勘は戦場で強い。しかし、それでも。

「それでもかまいません。たとえ、陛下が真の狙いでないとしても、お戻りになるべきです」

 万一のことがあってはならないのだ。

「……」

「陛下が危険な場にいては、兵も騎士も力を出し切れません」

 アルゼムの周りから兵や騎士が動けないでいることに戦場の流れを読める者なら気づくだろう。それはつけ入るすきにもなる。

「私は安全な城にいるべき、か。なるほど。そうしよう」

 あっさりと返事があった。一瞬、ゼオンは笑む。

「陛下の意向に逆らった罰は後で受けます。今は中へ」

「ああ、後は任せる」

「御意」

「罰することもない。気にするな」

「はっ!」

 アルゼムが馬に乗りあがる。それに遅れぬようゼオンが馬にまたがろうとしたその時、視野の端に矢が見えた。近い矢、新たに現れた矢が1、3、4……全てで7。目は矢を見て、手が剣を抜いた。体は無意識で馬に乗りきった。ぎらつく刃が自然と矢を落としていく。前の2、右3、左1、後方4、前にさらに2増えていく3、1、慌てるな、斬れ、矢、矢、矢、陛下。陛下へ向かう矢がある。

「陛下っ」

 体が無意識に動いた。

 ゼオンの体が矢とアルゼムの間へいく。同時に腕に力が入り、剣を動かした時、察した。

 間に合わない。

 腕に変わって全身に力を入れたその刹那、突き刺さる衝撃が腹にきた。

「ゼオン!」

 王の声。

「平気です」腹が圧迫される、痛みはない、関係ない、矢がくる、斬れ。王を守れ。矢が来る、馬についた鉄の仮面が矢をはじいた、馬は平静だ。良い子だハーゼル。

 視界がぶれた。馬上から見る地面があった。血と矢が落ちている。

「走れ!」

 王の命令。ほとんど無意識の中でハーゼルを走らせた。腹に異物を感じる。矢が後方に消えていく。城がさっきよりも大きく見えてくる。

「閣下っ!!」

 ウェルサとソウマが叫んでいる。共に走っているのだとは察したが、どれほどの時間を走ったかは感覚がまひして、もうよく分からなかった。

「……兄上」

 ハーゼルから引きずりおろされると、シオンの声がすぐ近くから聞こえた。顔は見えない。空だけがある。

 腹に手が触れる。

「っ……」

 痛かった。容赦がない。シオンだな。

「どうだ」

 王の声。少し目を上にあげると、汗一つかいていない顔があった。厳しい顔でシオンに聞いている。

 王は無事だ。

 王は無事だ。

「……くっ」

 ほっとしたせいか腹が急激に痛く感じた。

「当たり所が良くありません。すぐ魔術師に診せなくては」

「連れて行け」

 アルゼムの澄んだ声がする。平静な、落ち着いた声だ。

 戦場でさえそれは人の心に影響するのか、シオンの焦りが薄れたようにゼオンには見えた。

「御意。陛下は、不具合などは」

「平気だ。気にするな。ゼオンが守った」

「御意。リオルっカルシスっ、閣下を医療所へ」

「はっ!」

 近くにいた若い二人の兵士が駆け寄って、ゼオンを両脇から持ち上げると門の中へと連れて行く。

 その様子を、特に焦ることも不安がることもなく見送りながらアルゼムは、ついて来ていた二人の騎士、ウェルサとソウマ、そしてシオンをいちべつすると、澄んだ声を、しかし似合いの美声からは離れた威厳ある戦場の声で言う。

「私は城内に待機する。護りはウェルサだけで良い。ソウマは指揮をとれ。シオンは城内警護。指示の伝令にはモリィ、君が」

 城内待機していた兵の一人が背筋を伸ばす。

「御意」

 三つの声が応えた。

 アルゼムの漆黒の瞳がモリィとソウマを射とめて言う。

「兵と騎士は護りを気にせず攻めに徹しろ。城の守りは術師に任せるが、敵中にも術師がいると報があった。地下・上空からの潜入もありえる。指揮官は上空の警戒も怠るな」

 はっ。とモリィは持ち歩いている紙束に走り書きした。

「シオン、今城にいる術師は誰だ」

「エイ、リファを除いた4人です」

 アルゼムは走り書きの終わったモリィを見る。

「ではスゥとゲライを城の防護にあて、上空と地下も遮断する防護壁をつくらせろ。イルヴァを医療所に待機させ、オルシオは戦闘に加えて早期決着をつけさせよ」

 的確だった。オルシオは全てに勝る魔術師で、戦いの術を好む。

「御意のとおりに」

 モリィが応えると、アルゼムは空気を切り裂くように腕を伸ばした。アルゼムにつなぎとめられていた注意が散ったきがする。

「行け」

「はっ」

 三人が動くのとともにアルゼムは物見の塔へ向かった。ウェルサが付いてくる。

 城の中央、塔の三階、城とつながる短い階段を入ってすぐのその部屋で待機するのが戦時の彼の常だった。いつものタルタス戦なら、円卓の上に資料があるが、今はまっさらである。部屋の壁にある小さな窓から外を見ると、厚いガラス越しに外の様子がよく見えた。

 敵は隠れたままだった。そのまま戦いが続いている。森を伐採しておくべきだったろうかと思いながら、そういう問題でもないなと解釈した。

 物影に隠れて攻撃されると追うのが難しい。しかし数が多い方が有利である。広大な森なら少数で大人数を倒すこともできようが、この町中にある小さな森では、確実に自分達が勝利を得るだろう。

「……」

 アルゼムが今日帰ってくるという情報を得られるような人間が、そんな失敗をするだろうか。

 数で劣ると知っていた戦いで、数で負ける戦を仕掛ける?

「ありえないな」

 もう一度、外に目をこらした。生気の弱い王都の町、かわらず栄える森の中にいる敵の様子、味方の様子……。

「……」

 何か、変わっている。

 赤い軍服の割合が減っているように見えた。敵が増えているのか。

 味方にも気づいた者がいるようだった。意外だったのだろう、動きに動揺が見られる。

 だが、ソウマも気づいたらしい。

 指揮が慎重になって、剣の輝きがまとまりをみせていた。

「反乱する者が多い、か。私はどうすれば良かったのだろうな」

 アルゼムがのぞく窓より遠く、部屋の入口に立つウェルサは答えない。

「……」

 敵は多い、しかしそれ以外の変化はなかなか見られなかった。ただ敵は必死なのだということは、いやというほど感じられた。タルタスの軍と戦っている時に勝るとも劣らない気合いがある。

 それぞればらばらの鎧や服を身につけている者たちが、それでも必死に何かひとつのことをしようとしている。

 彼等はこの戦いで何をなそうというのだろう。

「私を殺したいのか?」

 青い服を着た敵を見ながらつぶやいた。

 離れた兵舎から応援が来る前に、それか二つを分断して、その隙に。

 ……その割には敵意を感じないのはなぜだろう。とアルゼムは苦笑する。自分が鈍いだけだろうか。

「……分からないな」

 戦場で敵の意図が分からないのはかなり不利なのだと、身をもって知った思いだった。情報こそが勝敗を決するとはよく言ったものだ。建国の王の言葉だったろうか。賢王と共に称えられるアルザートのすばらしき王。その言葉にここでもまた従うならば、今まずすべきは情報を集めること。

 つまり捕虜をなるべく早くに捕らえることだ。

 アルゼムは戦場を眺めた。捕虜、それが捕まえることから始まる。

「不利だな」

 タルタスなら最も明らかなそれが、しかしここでは最も分からない。何だ。何を守ればいい。狙いは何だ。タルタスのように侵略ではないだろう、王を殺すことでもないかもしれない、では何だ。ただ玉座が欲しいだけか。

 奴等はいったい、何をなそうとしている。

 分からない。

 分からない。

「……それでも、私は勝つ」

 今はそれだけを考えればいい。そして、勝つ流れに違和を与える部分を探せばいい。そこが敵の反撃の糸口で、反撃を切り返す糸口だ。

 全ての色を混ぜ合わせるとできる黒の瞳は、迷いない輝きで夏の大地を眺めている。

「問題はない」

 今までだって負けたことはないのだから。

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