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乱の21 夢の中

 荘厳な卓に座った男が、厳しい顔つきそのままに重い声を出した。

「しかし、それでは我らの威信に関わります」

対し、紅い瞳の青年はふわり笑う。隙の無い笑みだと男は思った。

「新たな予言を受けたということにして下さい。それなら原因は私にある事になります。人々もあなた方が誤ったのではないと信じるでしょう」

「……なるほど。では、そのように発表いたしましょう」

 言うが早いか書類を取り出し、ペン先にインクをつけて流れるよう文字を書き込んでいく。見下げる青年は安心したように頷いた。

「なるべく早くして下さい。あの方が戻られると邪魔をされてしまう」

 書き終わった紙が卓の端にどかされると、新たな紙に文字が連なっていく。きりの良い所が見つかったのか、流れる文字が止まって厳格な顔が上がった。

「かしこまりました。今回の件では、あの方の言い分を信じた我々にも否がございます。できるだけ早く公式に発表いたしましょう」

「頼みます」

 顔を上げた男が頷いたのを見ると、青年はくるりと扉へ向かって振り返った。

 椅子が音を鳴らした。

扉の反対正面にある窓から入ってくる光が人影だけを浮かび上がらせる。

影が礼をした。重い声が、紅い瞳の青年の背にかかる。

「全ては予言の導くままに」

扉が開く音に続いて閉まる音が響くと、再び文字を連ねる音だけが部屋に流れた。

そのアルザートの王城を囲む荒れた庭園で、つややかに照り返す葉が水の重さで葉先を垂れ下げた。ぷっくりと丸みを帯びていく雫は今にも地面へ降り

たとうと、微塵な震えをみせていた。重みを増していく雫のもとに、城の中から低い声が、憤りと共に届いてくる。

「何たることだ」

音もなく、雫が落ちた。小さな水の粒を引き連れて、ぱらぱらと散る小さな水滴に先駆け、数回り大きな雫が生まれたばかりの水たまりに落ちる。ぴちゃんと水面に衝突すると雫は窪みを作って、新たに小さな水滴も飛び立たせながら水たまりへ混ざった。

「下女下男は時間が空いたら掃除をするように。と連絡しておけ」

「かしこまりました」

 ぱらぱら、と小さな水滴が泉の後を追って水面に窪みを作る。それは水滴よりも更に小さな水滴を飛び立たせると、大きなものに混じっていった。

「何と罰当たりな」

 声が漏れてくる中でも水たまりにやってきた小鳥が水浴びをし、滴を辺りに撒き散らした。

「放った昆虫を爆破させるなど・・・・こちらとしては住み付かれずにすんだが・・・・」

 小鳥から少し離れた場所の窓で、声の髪がさらさらとゆれる。チチチ、と幸せそうな声を出して毛づくろいをする小鳥の頭に、ぽたりと滴が落ちてきた。

驚いて羽を広げた小鳥の近くに黒い塊が落ちている。木の実の皮の破片のような、黒く脂ぎった鈍い輝きのそれは、わずかにヒクと動いて止まった。

「自然の摂理です」

そこから少し離れた地下の部屋で、少年は隠れた顔で微笑んで言った。

「巣に入り込んだ異物にまで情を持つのは、人間だけです。体内に入り込ませて爆破しなかっただけ、ありがたいと思ってください、よ……僕は、大人が……大嫌い、なんだ……から」

そう言って、布団の中に沈んでいった。疲れは自分では分からなくとも溜まるのだと、まどろみながら理解した。


 少年が眠るのから離れた酒場で、グレン・セティルも眠りについていた。昼寝と言うにはまだ早いが、眠りは深く、試作の飲み物を飲んでもらおうと思っていたリースはがっかりしつつも見守った。

(真っ暗だ)

青年は眠りの中で、闇夜に慣れているはずの目を凝らした。

(真っ暗だ)

闇に怯えたわけではなく、ただ見慣れないものを傍観するよう首を回し、一歩、見えない足を出す。視界に入らない足が砂利を踏む感触を伝えた。考えていなかった変化に、青年の胸中に警戒心が生み出された。

(砂利、か・・・・剣の教室も周りが砂利だったな)

闇が晴れてゆく。

瞬く間に視界が明るくなって反射的に利き腕で目を守った。時の経過と共にゆっくり下ろしていくと、目の前には見慣れた山の姿を背景に、見慣れた木造の家が建っていた。それは剣の教室ではなく。

(なんだ、家だ)

最初の戸惑いと緊張を捨てて、一歩一歩固い砂利道を踏みしめて進んだ。砂利は徐々に減って土に変わり、広く景色を見ていた視界は、ただ数歩進んだだけで家の入り口の扉で埋まった。

青年は無意識に近い意識の中、当たり前に扉へ手をかける。

「ただいまーっと、飯できてる?」

開くとほぼ同時に声を出すと、中にはあっけにとられた顔の両親。

「久しぶりに帰ってきたと思ったら、まず飯か」

よく日に焼けた健康的な肌色の父が、いつものように苦笑した。

「この子はいつも昼食の時間を見計らって帰ってくるんだよ。全くしょうのない子なんだから」

農民でありながら不健康に色白の母は、生まれたときから白髪だったという髪を丁寧に縛り上げた顔で笑う。卓についていた母は立ち上がって、縛った髪を揺らしながら奥へと消えていった。青年は、決まった席に座って父の視線に向かい合った。

「今度はどこに行ったんだ?」

「ああ、えっと・・・」

聞かれた青年が楽しそうに旅の話をしだした。

どの国へ行った。面白い奴に会った。泥棒を捕まえた……。

嬉々として話す青年の言葉を、優しい眼差しで父が聞く。戻ってきた母と食事と共に、青年は話を面白おかしく話していったあの頃。

農家に生まれながら武の才に恵まれた青年は、剣の腕に磨きをかけ、騎士になることを夢見ていた。



                

カイムは相変わらず執務室に居た。各地から集まった情報処理もその他の雑務もやり終えて、残るは明日以降の分と計画の分だけになり、昼食のために居慣れた部屋を後にする。

外に出ると目の前には広間が広がっていた。そこは時間になると、中央部分の横断を禁止して軍の訓練場となる場所だ。訓練の時間以外の訓練は、それぞれ各自で場所を探すようになっているのだが、その臨時の訓練場所は、使われていない倉庫であったり、古代に使われていた頃は裏広間とされていたらしき場所であったりしているようだった。特に問題も無いので好きにさせているが、集団暴行などという見下げた真似をする者が現れた場合の対処法と罰は既に決めていた。よって起きても問題は無いが、友と共に造りだした反乱軍の中にそのような愚行を成すような恥知らずなどいないと信じたい。今のところ、自分の願いは裏切られていないようだった。

「こいつは・・・・」

意識の外で扉を開いたカイムは、その酒場で寝ている男に気がついた。カウンターに突っ伏して、まだ青年と呼べる年の男は、帰った時と同じ返り血のついたままの服で寝ている。意識の外で音を立てぬように扉を閉めると、一応あれが誰なのか一応確認しようとカウンターへ向かった。

頭にきているのに、足音を立てぬよう慎重に歩いてしまう自分がむなしい。

「おやカイム。いつもより少し遅めの昼だね」

そうか。と答えつつ、遅くなったことに驚いていた。いつもと変わらぬ仕事量であったはずなのに。どうしてだろう、と思ったと同時、どこかのお調子者どもを気にして作業速度が遅くなったのだと気づく。

「……何故こいつが、こんなところで寝ているんだ」

増したイラつきは、そのまま声に乗った。

「寝ちゃったんだよ」

さらりと、何事か作業をしつつ答えたリースを睨む。

こんなところで寝かすんじゃない。

「寝るなら部屋にしろ」

「あたしに言われてもねえ」

カウンターまで歩いて、寝る人物を見下ろせば、やはり妙に親近感の沸く顔があった。

綺麗過ぎず、醜くもない、人の警戒心を解く顔がすやすや寝息をたてつつ眠っている。

子供なら微笑ましいことこの上ない光景だ。

子供なら、だ。

「おい、起きろ。寝るなら部屋にしろ」

肩を掴んでゆする。

居ないから良いものの、クローやアリスの教育上あまり放置しておきたいものではない。早々に撤去すべきだ。

「そっとしておいておやりよ。疲れているんだ」

「こんなところで寝ても、休めん」

 そもそも、自室というものが在るのだからそこで寝れば良いのだ。体を痛めそうな、背を丸めて腕を下敷きにした状態で眠るなど、理解できん。

「そうかい。少しは休まると思うんだがねえ」

 少し休むくらいなら、多く休め。

「起きろ」

 頭を拳で叩く。ごんごんという音でも聞こえてきそうな固さだった。……それなりに手加減はしてやっている。

「……んん…」

 寝顔が少し厭そうに歪んだ。そんなところで器用に嫌がるんじゃない。

「誰に迷惑がかかるわけでもないんだ。寝させておやりよ」

 すかさずリースが止めに入った。母というものは厄介だ。

 もう一度頭を叩いてみるが、起きやしない。どうにも仕様がなくなった。

「…………仕方ない。疲れが取れなかったなどとほざいたら、叩き出しておけ」

 放っておくことに決め、リースに後を託す。

「任せなよ。激辛健康カクテルをご馳走しよう。目が覚めて一挙両得だねえ」

 陽気に笑う美貌のリースは、なぜか恐怖を誘った。




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