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乱の13 作戦当日

小鳥達のさえずりと、厨房から漏れる静かな騒音が朝を告げている。

しんと静まり返っているよりも、心に安らぎを与える音たちは、冷えた大気に射しこむ柔らかな陽光と共同し、涼やかな朝に彩りを加えている。

その曇りのない青が現れた大空の下に、一つの影が存在していた。

女性のものとしては逞しく、男性のものにしては細めの人影。それは城の露台の淵に立って、広がる大地に根付く緑と光を浴びてやさしく輝く朝露を、長らくぼうっと眺めていた。目には捕らえられず、感覚には捕らえられる澄み切った大気の中、風に踊る植物は戦と共に数を減らして戦と共に数を増やしている。

主に減りし花々は、それでも人々のくすんだ心に光を燈そうとしているのか。小さくも儚く強くゆれている。対して増えし薬草は、日の光を浴びようと烈しく虚しくゆれている。眺める心優しき人影は、悲しみを感じて眉を寄せた。ゆるやかに瞼を下ろして戯れの劇に幕を下ろす。闇であるはずのそこは、しかし光を浴びて瞼を透けさせ、世界を赤にそめ上げている。青年は閉じた瞼をすぐに動かして、新たな景色を幕開けた。瞼と共に己の顔も上へ動かして見えた空は、青く変わったばかりの大空だ。特に何を思い出すわけでもないが、なぜか感慨深げにしばらく見上げてみる。見上げてる間、冷えた世界に光を射しこむ太陽が、憂慮の念を所在する彼の視線を受け止めていた。けれど彼は輝きに目を焼かれ、痛みを感じて目をそらす。と脳裏に過去の記憶が蘇えってきた。

あれは・・・・同じだったかもしれない。あの時も輝きの強さに負けて身を引いたのかもしれない。きっとそうだったのだ。光を消してはならないと思う心と、消そうという意思が競り合って意思に心が負けて刃を突きつけた。だが結局は、光たる想い人を傷つけただけだった。

「・・・・・・・・・・・・・」

苦い思い出は影の心に強く焼き付けられて、今も尚その心を戒めている。罪深い彼を包み込むように、朝の世界は穏やかでやさしかった。その虚しい耳に響くのは、軽やかな小鳥のさえずりと、せわしなく働く人間が放つ活動の音だけだ。それは世界が動き出す前の前奏曲で、騒がしくなく人の心をひきつける。

男はじっと、何をするでもなく奏でられる音に耳を傾けていた。だがふとすると、澄み渡った空を見上げる白い顔から、新たな音が作られていた。音は寂しく乾いた笑いの声だ。

それは彼が不意に漏らした声だった。まるで出口を求めて溢れ出した心のように、音として笑いが出て行くごとに、胸の虚しさが紛れる気がする。片手で覆った口から漏れる音たちは、誰にも咎められることないまま、徐々に大人しくなっていく。そのまま復活する事無く終わりを迎え、新たな音が紡がれた。

「また・・・選択するのか・・・・・・・・・」

未来を知る異能の者は、試練の重みが辛かった。耐えるだけの支えが彼には無い。内に潜んだ虚しさを声に出しても、けれど苦しみに変化はなく心を蝕んでいる。

「なぜだ。俺は贄ではないのに」

悲しく呻く影の存在に気づく者はいない。大地を駆ける者たちは慌ただしく、朝の準備に取りくんでいる。のんきに空を見あげて彼に気がつくことは無い。

彼の記憶の中にいる輝きの彼女も、再び天秤にかけられた家族も傍にはいない。

今の自分は逃げぬよう翼を奪われ、住める世界に限度を持った飼い鳥のようだ。定められた生き方を選ぶことのみ与えられて、只々もがくことしか自由がない。

「どうすればいい・・・・・・・・・・・・・父さんっ・・・・」

かつて己を支えてくれた者は、呼びかけても答えることは決してなく、ただただ自分の声だけが耳に届いて悔しくなる。変化さえない世界の音を打ち消すよう、続けて救いを求める言葉が溢れた。

「どうしろと」

光を見ても、希望を見ても、体がすくんで動けなくなる。それは何なのか良くわからない。それに対面してどう判断するが正しいかが分からない。何もかもが正しいと思えない。何もかもが分からず、それが一番分からない。

物質的には呼吸をして生きていても、息がつまり呼吸が止まっている気がする。混乱に飲み込まれ、悶えている気がする。自分では何も分からなく、予測もつかなくなってしまった。それなのに、この先には予言だけが隅々まで確実に広がっている。

家族を殺した予言だけが、自分の全てであるように。



   ***



「んじゃ、行くとするか」

男のおおらかな低い声が響く。日の光を浴びたばかりの、古い、けれどどこか美しさを見せる木造建築の店内は、周囲の高い建物の影に隠れてまだ暗い。少しでも黙れば静寂の空気に呑まれるそこで、声を出したグレンは煌びやかな、けれど同じ色で飾られた服を着ている。白い王城内では景色に同化してしまいそうな色合いで、金糸や銀糸で繊細な刺繍の施された白い軍装だ。身を包んだ彼の歩く姿は背筋も伸びて颯爽とし、様になっている。訓練の成果はお見事だ。

「あ、ちょっと待ってください」

地上の酒場には彼の他、同行するクローと見送りの衆が集まっている。その中で彼の隣にいたクローが、なにやらごそごそと自分の黒い服をあさっていた。またなにやら恐ろしいものでも出すのかと、グレンは一歩後ずさる。

「ふふ、グレンさん。これ持っててくださいね」

少年は、探し出した小さな茶色い球を差し出している。

「あ?何・・・を・・・・・・」

止まった。

完全に体の機能が停止した。目を見開いたまま、完全に停止して口だけあわあわと蠢く。

「い、いいいやいやいやいやちょっと待て!待って!待て!」

クローはおしかけ女房の如く、無理やり一度二度三度と玉を握った手を押し付けてくる。待て待てと、グレンはよろめいて後ろへ逃げた。

「そっ、それはお前の持ち物だろ。自分で持って行けよ」

反論を受けた小さな人は、男と違い平素と変わらぬ黒いローブに身を包んでいる。その中で少年が、見えはしないがにっこり微笑んだ。

「子供がこんな物を持ち歩いて良いと思うんですか?」

「持ちながら捜し歩いてたじゃねぇか!」

ふふ、と少年が含み笑う。

「それとこれとは話が別です」

「同じだって!マジで、ほんとに、ねぇ、そんなの持ってたら俺、気持ち悪くて気絶しちゃうわ!」

一大作戦へ向かうというのに、持っているのは緊張感ではなく、玉だけか。カイムは頭が痛くなったのを意図的に忘れようとした。あの玉は魔術で「木箱」を封じ込めた塊だろう。グレンが動揺するのも分かりはする。兵器の如く、恐怖玉となっている木箱の中が、今どのような状態か・・・・・・・想像してはいけない。だがしかし、だ。

「・・・いつまで言い合うつもりだ」

長引く前に釘を刺すと、場にいる者の注意がカイムへ向かう。するとここぞとばかりにクローは動いた。

「お願いしますね」

生まれた隙の間に、少年はグレンの手を開いてそれを握らせ、素早く相手との間に距離を置いた。それは適度に遠い距離だ。遠すぎては明らかにあちらに悪気があるから、返しに行っても正当性が滲むが。これは、この距離は、わざわざ間をつめて球を返しに行くには大人気ない、返そうにも返しに行きにくい微妙に近い距離である。少年は妙な事に器用だ。しかし作り出された逃げ場のない状況に、青年は呆然として。

「お前・・・ろくな大人になんねぇよ」

くらりと体の力が抜けていると、うな垂れて下がった頭の方に声が掛かった。

「元より、なるつもりもありません」

ふふん。と鼻でも鳴らしそうだ。

「こんにゃろう、お前なんかこうしてやる」

グレンは顔を上げると、適度な距離をずかずかと踏みにじっていく。そして辿り着いた黒衣の天辺を、玉を握った手とは別の手で、ぐあしぐあし、とまぜくちゃにしてやる。うわぁ、と珍しく困った声を出す少年に大満足した。「仕方ねぇ」とグレンは茶色い球をポケットに入れる。

「もー俺って偉い!偉人だ」

どこがですか。と否定の言葉が聞こえて、声がした下の方を見てみると、なにやら少年が服をもこもこさせている。妙な術でも使って、頭でっかくなっちまったのか?

「偉人は痛んだ髪を絡みつかせたりさせませんー!」

梳かすの痛いんですよ!と少年は服から覗く口を尖らせている。もこもこの原因は、手をローブの中を通して頭まで持っていき、フードの中で髪を梳かしているからか。ははっと奇妙な姿を楽しみながら、グレンは勝ち誇った顔で。

「男は黙って耐えたまえ」

にかりと笑って言う。対する少年は声までむすっとした。

「耐えてるうちに無くなっちゃいます!」

髪が。

「お前そんなに少なかったの」

地味な目を丸くして、グレンはまた少年の頭に手を乗せる。抵抗されるのもお構いなしに「生えろー」と今度は両手で包み込むようゆっくり撫でてやる。すると少年は後ろに逃げて「結構です」と憮然と言った。取り残されたグレンの手が宙に浮き、所在無く指を動かしている。まるでおいでーと手招きしているようだ。悪い魔女みたい、と少年は珍しく怯えて身を縮めた。意外と子供らしいところもあるらしい。

「ふぁ・・・・・あんたら。朝から元気だねぇ」

声がして振り向くと、リースがあくびを手で隠しながら眠たそうな目をしている。透き通った緑の瞳はそれでもやはり美しい。むしろ可愛らしく見せている。

「でもそろそろ止めないと、落雷しちまうよ」

言われてみて気がつけば、言う彼女の隣で、カイムが片眉をひくひくと痙攣させている。なるべくグレンたちから視線を外し、腕組をして目を閉じている。なんとか怒りを過ぎ去ろうとしているらしい。

「ご、ごめんっ」

灰色の青年が、地味な顔を申し訳なさそうに歪めて言うと。

「・・・かまうな」

ふいと顔をそらす。それを見て大小の二人組みは少し黙って「では」と出て行こうとする。しかしそこに、見送りに来た人たちがそれぞれ言葉を送り始めた。はなむけの言葉を送るのはかまわないが、どうしてそう、どうしてそう長いんだ。それも二人を揶揄する言葉をまぜるから、でかチビ組がまた何か言い争いを始めたではないか。カイムは朝で増加している不機嫌を抑えながら、眉間に片手の指を押し当てる。別の腰に当てた手の指で、とんとんと自分の腰を叩きながら、いろんなものが限界に届きそうだった。

「いいから・・・・・お前ら、さっさと行け!日が昇るだろうが!!」

手で眉間を押さえるカイムに言われて、大と小の人影が一言「はい!」と返事をする。我先にと扉に走って出て行くが、後から出た少年はそれでも丁寧に扉を閉めていった。慌てても落ち着きがあるのは良いことだ。彼の美点だろう。

「大丈夫かねぇ」

古びて茶色がかったガラスの窓、そこから差し込む淡い朝の輝きに照らされながら言った。言葉の主である麗しのリースは腰に両手を当て立って、苦笑をしながらまたあくびをした。心配ではあるが、それ以上に眠気が強い。そこへ、心配いらないだろう。と返事をしたのは、早くも怒りを忘れたカイムだ。かれは珍しく穏やかな微笑を浮かべている。

「奴らが揃えば恐いものはない」

確かな信頼が言葉の中に含まれていた。「ふぅん」とつい声を漏らして、ダンクが意外そうに高い位置から見下ろす。こいつが信じたかと思っているところに、意外にも「そうですね」と言うマスターの声が聞こえた。ダンクルートは複雑な気分になる。警戒心の最先端たるマスターが信じたという事は、まぁ信頼できる奴らなのだろうとは思うが・・・。

神妙な顔をして周囲を見回す。リースもジャックも、そしてもちろんカイムに応えたマスターも安心しきった顔をして、それぞれ地下へ戻ったり開店準備をしたりと動き始めていた。彼らがこれなら、おそらく他の住民も信じるようになるだろう。

ふぅん、と納得行かない顔をしたまま、ダンクルートもまた地下への階段を下りていった。階段に置かれた闇で光る光草が、幻想的な緑の道を作っている。幻ともいえるこの階段を通るときはいつも思うのだ。ここは夢への道なのだと、ここは真実が何か、分からなくなる場所なのだと。ここは足取りが不安定で、夢心地になる。

しかし確実に、彼らを信じていないのは自分だけなようだ。それはどちらが正しい事なのか、彼には判断し切れないでいる。まるで判断力まで夢に浸食されて曖昧になっているように。



 そして、時を告げる鳥が一度も鳴かないうちに、そびえ立つ高い城壁の前に二つの人が立っていた。色味のない髪の後姿と、前も後ろも特に変わらない黒い姿が、まるで旅行に来たように立っている。大きな方の人影の手元で、一枚の紙がくたりと力なく垂れ下がっていた。

(ここだな)

グレンはにかりと笑う。出発前にカイムから渡された地図が指し示す場所はここに違いないだろう。城内と周辺の見取り図が事細かに書かれた高級紙の右下、一箇所に赤い丸印が付いている。赤い印のある所は、今の時間帯に城の見張りがいなくなる場所だ。

潜入捜査にこそ、その力を最大限に発揮するかわいそうな程色味のない色をもつ青年は

、小さな声で隣に立つ少年へ向けて何事かを言う。すると少年は頷いて、ローブの中をごそごそとあさり始め、アルザート原産の扇を取り出して風をつくった。この夏の必需品は彼のものではなく、朝にリースから貰った物だった。太っ腹にも貸すのではなく、譲ってくれたそれは紳士淑女がよく持っている。程よく風を起こし、使わないときは小さくなる優れもの。使い道は風を起こすのみだが、普段少年がそれを使うことは無かった。どこにでも風は吹いているからだったのに、本日は快晴・無風の洗濯日和の一日となるだろう。恐いほどに動きのない環境で、現在操れるほどの風がない。それは異様な事ではあった。

しかし問題なく作り出された風は、次第に彼らの周りでだけ動いて強さを増し、自然にはありえない動きをする。グレンがおわおわと困惑しているうちに、二つの体は静かに浮き上がった。

(おお!すげぇ、飛んでるよ!)

困惑の顔は、浮いた瞬間に嬉々とした笑顔に変わる。フードに隠された涼やかな笑顔と共に、二人は風のよう自然に塀の中へ入っていった。

入っていって、グレンはそれを見つけてしまった。

「・・・・・・・・・・・・ねぇ」

「はい」

少年は気にかけずに中への侵入経路を確認している。周囲に見張りがいないことは直ぐにわかったが、なにか別に警戒するべきものが無いかと神経を研ぎ澄ましているのが分かる。だがグレンの注意は別の一点に向かっている。

「あれ、何」

「生き物ですね」

少年がちらと見て端的に応える。さあいくぞ!という具合に中への侵入に行こうと、グレンの服を掴んで引きずろうとするが、グレンの方は動かずに壁の角に隠れてそれを見ている。帝都市民のちと高級そうな服を着た、明らかに強そうないかつい人たちが馬と共に集まっている。

「く、正しいんだけどさ。正しいんだけどー聞きたいのはその答えではないんだよねー」

あれは何の集まりだ。

「そんなことより、早く入りましょう」

少年が長衣の後ろをひっぱっていこうとするが、明らかな体格と力差で動いているのは服だけだ。

「そんなこと、じゃねぇの。ちょっと見てくるから、お前先行ってて」

「え?」

人のおニューの服をのびのびにしている格好のまま、少年は間が抜けたように口を開いている。思考が停止しているように見えた。

「だから先に行っててって」

「馬鹿言わないでください、貴方が交渉するよう言われているじゃないですか」

停止はしていなかったらしい。グレンは嬉々とした表情のまま、焦っている気がする声の子供に。

「ならキミが見てきてよ」

「・・・・・・・・後で行ってきます」

「ダメだ」

頑として言い切ると、少年が珍しく肩を落とした。

「・・・なんでダメなんですか」

「なんとなく」

「じゃぁ、なんとなく一緒に中へ行きましょう」

「・・・・・・・・・・・・」

いやさ、わがまま言っているのは十分承知しているんだけどさ。あの集団は普通の集まりではないと思う。気にかけておいたほうがいいだろう。

グレンは真面目な顔をして表情で訴えかけるが、対する少年も目を隠した色眼鏡越しに真摯なにらみを利かせてくる。互いに譲る気がないのがわかる。

「・・・・・・・・・・・・」

長いような短い沈黙の後、ふぅ、とグレンが疲れたように息を吐き。

「分かった、俺は中行くから。あれよろしくな」

少し折れて、自分だけさっさと城の小さい扉を開けて入っていく。素早く行動して早足で終わらせた行動に少年はついて来れなかったらしい。「え、ちょっ・・・・・待て!!」扉を閉めたときに少し後ろを振り返ってみたら、扉に今手を伸ばさんと言うところで閉めきった。

あいつがちゃんと、やつらの事を調べてくれるかは分からないが。奴らの正体が分からないで取り残されたら、不安を感じる事はあるだろう。少しくらい情報を集めてくれるかもしれない。

そんな事を考えているグレンと変わって、少年の方は扉の前で固まっていた。

あの馬鹿野朗。と罵ってやりたいところだがそれでは品がないと口をつぐむ。

(・・・・カイムさんが厳重注意してた事、忘れているのか?)

あの裏口に居る集まりを警戒する気持ちは分かるが、それいぜんに奴らが居る事をカイムから聞いていたのに。

「・・・・・・・・・・あんの野朗」

とってつけた品なんて気にしていられるか。クローはぽつりと悪態をついてから、壁を越えて侵入してきた侵入場所に戻ってどかりと座った。放置されきった植木は小さな林になって、彼の姿を隠してくれる。さらに伸びきった草が少年を完全に包み込んで見えなくしていた。ここならそうそう簡単には見つからないだろう。

そしてカイムの言葉を思い出す。ほんの出発前夜、グレンが礼儀指導を受けている部屋に来いと呼ばれて行った場所で、カイムが真面目な口調で話したのだ。

『この日アルゼム王が秘密裏に城を出立するとの情報がある。それに伴い城内の警備が手薄になるはずだ、そのうちに目標との交渉を進めろ。だが半刻もあれば元来の厚い警備を取り戻すだろう。時間がない。交渉とは言っても、今回は只こちらの考えを伝えるだけで良いんだ、伝えることを伝えたらすぐに戻って来い。

それから、どこかに人が集まっているところがあるだろう。言うまでもないが、決してそこには近寄るな。いいか、これは絶対だ。忘れるなよ』

はい。と応えたクローと違い、確かにグレンは疲れた顔で反射的に返事をしていたように思えたが。まさかろくに頭に入っていないとは思わなかった。

厳しすぎる教育は実を結びにくいようだ。

「グレンさん、あれは王の行列ですよ」

草むらに隠れながら呟いて、少年は城を見上げた。真白の壁の角や隅を、紅い筋が血管のように飾っている。

(大丈夫かなぁ・・・・・・あの人、中で無駄話とかしそうだ)

姿の見えない灰色の青年を思い、黒の少年は苦笑した。

まぁ、なんとかなるだろう。

前向きで気楽なところが、二人の一番の共通点だ。ぼんやりと見上げた空は、硝子越しでは薄暗く、それでも少年はさわやかな空気を感じ入った。すうと深く息をして、また少し苦笑する。吸えば感じる朝の空気は、記憶に違わず新しく感じた。

 その空気と共に現れて、あの灰色の青年はこの国に何をもたらすだろうか。



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