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乱の11 あと2日


 宵明け朝過ぎ昼を越え、赤に妬ける夕方


深緑の服を着た中年の男が、金髪の美少女と黒服の魔術師と共に反乱軍のアジトである地下へ帰ってきた。まず目に入ったのは先日自分が仲間に引き込んだ、灰色の青年。

「グレンさん、どうしました?うなだれて」

聞き慣れた声、しかし見慣れない男に呼び止められた青年はうなだれたまま眉をひそめる

「あんた、誰?」

「いやだなぁ、私ですよ。ジャックです」

答えにあきらかな驚きを見せる灰色の青年に、ヒーロー休業中の男は苦笑を漏らした。

「そんなにいつもと違いますか?」

穏やかな微笑を見せる中年の男は、一見すると二児の優しいぱぱだ。

両隣にいる黒と金の子供がくすくす笑っている。

「ぜんぜん違う。ぜんぜん別人。言葉まで違う」

「平日に正体がばれてはいけないですから。しかしグレンさんも雰囲気違うようですが」

「・・・・・・そう?」

「疲れているようです。カイムが効いていますか?」

大人な声色は出会った時の彼とは明らかに違う。だがグレンにとってその程度の変化などかわいいものだ。

「あぁ、すっげぇ効いてる。おかげさまで筋肉が付きそう」

綺麗な姿勢は筋肉からできている。

「もうさ、何あれ?いつもの静かなカイム君はどこ行っちゃったの」

「はは、カイムは昔から意識の切り替えがハッキリしていますから。始めて見た人には驚きでしょう」

「昔からって、いつからの付き合いなんだ」

「いつから。そうですね・・・カイムがまだこんな」

ジャックは自分の手を腰の位置で平行にした。アリスの頭と同じ高さだ。

「小さいときからですか」

「んなちっちゃい時があったのか!」

「生まれたときからあの背丈では、母親は瀕死ですよ」

「そ、そうだよねぇ」

グレンは視線を上にやって彷徨わせた。いくらグレンから見たら小さくても、周囲と比べたらかなり長身だろう。無駄にでかいといわれる側の人間だ。

カイムが小さい姿を想像するのは難しかった。

「小さいカイムはそれはもう、やんちゃでかわいかったですねぇ」

聞く人は頭を抱える。

「うぉおおお、想像できねぇっ!」

「そうですか?なら、カイムの生家に行けば絵がまだ残っているはずですから、いつか見るといいです」

「絵?」

絵など、グレンの家には壁の落書きぐらいしかないが。

「カイムが幼い頃の肖像画です。ご家族皆様御揃いで名のある絵描きが画いた絵がまだ屋敷に残って」

「やぁーめー、難しい言葉はゆっくり話してくれです」

ジャックはにこやかに笑った。

「カイムが反乱軍になる前、住んでいた家に幼い頃の絵があるんです」

「な、なるほど。よくわかった。とてもよく分かった」

ジャックの両隣の子供が顔を見合わせて笑っている。

「笑うなって。じゃぁな、俺はもう寝るから、休むから。食事睡眠はしっかり取るから!」

握り拳を見せると、アリスが不安げに見上げてくる。

「ぐれん、だいじょーぶ?」

黒の少年が、ローブの下で苦笑したらしい雰囲気がした。

「大丈夫ですか。グレンさん、目が充血していますよ」

「お前、それで良く見えるなぁ」

「良く見えますよ、あなたの顔がくすんでいるのもはっきり」

グレンは胸を張って口端を上げる。

「まだまだ元気」

少年の黒いローブが広がった。腕を広げ、天を仰いだようだ。

「無理はしないように。と、一応言わせてもらいます。カイムさんなら加減すると思いますが」

うーん、と唸ったのはジャックだ。

「カイムは真面目で集中力があります。根をつめすぎても平気なくらいですから、放っておくと休憩も忘れます。疲れたときは疲れたと言うといいですよ。言えば分かってくれます」

「う、うん。わかったけどよ。なんかジャックが丁寧な言葉使うと、あんたら親子っぽいな」

ジャックとクローは顔を合わせ、グレンを見た。顔が現れているのはジャックだけだが、目が真ん丸くなっている。

「そうですか?」「そうですか?」

はは。とグレンは少し疲れた顔で笑って。

「そうでーすよーっと。じゃーな」

ぽんとクローの頭に手を置いてから、ひらひらと後ろ手を振って歩いていく。見送りながら

アリスが手を振った。

「じゃーなー」

「アリス。じゃあね、の方がかわいいです」

クロー先生の注意に、アリスはきょとと目を丸くして。

「じゃあね」

語尾を下げるところまで完璧だ。

「ふふ、アリスは覚えが良くていいね」

えへへ、と笑うと頭に手が乗ったので、視線を上げるとジャックが見えた。

「行きましょうか。リースが待っています」

「うん!」

「フフ・・・アリス。」

「はい!」

くすくす、と三人で笑った後。よく出来ました。と二人の声が聞こえた。

 いつもの酒場へ向かって歩きながら、クローは背後を見た。グレンの姿はもうなく、あるのは見知らぬ人々ばかりだ。

その一部には、かつては民に慕われた良き貴族がいると聞いている。少しだけ上質な服を着た人たちがそうだろうか。

「クロー、どうしました」

ジャックの声がしてクローは首を元に戻す。いつの間にか足が止まって、置いていかれていたらしい。ジャックとアリスが扉を開いて待っていた。

「何でも」

ローブの下で微笑み、走った。

貴族が常時いるというのは「反乱」軍という組織において珍しい。だがそれは必然であった。

 タルタスと開戦してからというもの、アルザートは自国の平民から取る税を重くし、軍事力を強化していった。それと共に貴族社会にも異変が起きたのだ。

「だぁーもーーわっかんねー」

それから程なくして、扉の中から情けない声が響いた。

いつもの執務室の拷問・・・ではなく修練が始まっている。

「分からないではない、分かるんだ!!この程度の作法もできずに王を名乗るつもりか!

ならば即打ち首だ!!民衆の前に跪きながら許しを請え!!」

熱血教師の生徒は、ぬるい。

「やっぱ王様辞めようかなぁ」

「途中棄権は認めん!」

「ぐーんそー、厳しい。休ませて」

「軍曹ではない!休憩か、いいだろう。私が50数える間に済ませろ」

「えぇー短っ」

「1!2!3!4!」

歯切れがいい。

「早っ」

扉の中が急に慌しくなった。




作戦決行まであと  3日






翌日の、少し離れた山の上。


「おーい」


早朝に鳴く鳥の声にまぎれて男の声が響いた。

視線の先にいるのは赤毛の髪を短く切った、12・3才ほどに見える少年。

「おっちゃん」

男は息を切らせながら少年の元に走り寄る、少年が立っているのは小高い丘の上。

体力のないこの男には少々キツイ。

「ふぅ、ケビン、こんにちは」

いつでも礼儀正しい男に少年は笑い声を上げた。

「あっはははは、息切らしながら挨拶すんなよ。今日もヒーローの衣装なんだな、

にあってねぇぞ」

「そうかね?かっこいいと思うんですがね」

今日はいつもの奇怪な格好に身を包むジャックは、納得がいかないようで自分の格好を見下ろすが、その姿もまた不恰好だと、変わった美的感覚の男に少年は噴き出した。

幼さが持つ人の心を穏やかにする笑顔だ。

「あっはははは、変な大人!!!ははははは」

「変じゃないぞ!前と違って誇りを持って生きているからね」

子供相手に真面目なことを言うが、言われた方は気にした風もなくごく自然に笑顔を返す。

「まぁな、おっちゃん前よりずっとかっこいいよ!」

へへ、と照れくさそうに頭をかいて明後日の方角へ視線を逃がす。

褒められるとは思っていなかった奇抜な男は、不意の言葉に一度時を止めて

じわじわと喜びがにじみ出てきたのか笑顔を浮かべ、次第に濃くしていく。

がしっ!と少年を抱き締める。

「うわ!!ちょっ!おっちゃん!!?」

混乱そのままの声を上げてバタバタと暴れる赤毛の少年に、男は瞳を潤ませた笑みと共に

「ありがとう、君のおかげだ」

少年は先ほどよりもさらに照れくさそうに赤らんだ。

「おっちゃんが頑張ったからだろっ、俺何もしてないからっ」

「君のおかげだ!!!」

感謝の声を大空に響かせる。

少年は締め付けてくる腕を逃れようとバタバタしていた手足を、だらりと垂らした。

もういい、諦めた。

「わかったから、わかったから放せっ、汗くせぇ!!」

「あ、すいません」

パッと小さな体を開放する。開放された子供は赤みの引いた顔で口先を尖らし、呆れた目線をずっとずっと年上の男に向けた。

「やっぱ変わってない。」

ぶすっと言う少年。しかし言われた男はすっくと立ち上がると、

「ははははは、変わらないものもあるさ!でも剣が扱えるようになったぞ!!」

自信満々に握り拳を天に掲げる。

「へぇー、やってみてよ!!」

少年は先ほどの不機嫌を吹っ飛ばし、きらきらと期待に目を輝かせている。子供の機嫌は変わりやすい。

ジャックは「腰を抜かしたまえ」のセリフの後、すらりと腰から剣を抜き放つ。

その所作だけ見ると一流である。

夏のぎらぎらとした太陽の光に反射して、刀身が銀の輝きを見せ付けた。

「おぉーーー」

歓喜の声とともに、少年の赤みの強い茶色の瞳が輝きを増す。歓声を浴びた男は頬をほころばせると、眼つきを真剣なものに変えた。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

少年が唾を飲み下す。小さな音が不釣合いに大きく聞こえた。

「はっ!!」

銀の輝きが弧を描いて緑の大地の頭をかすめる。風がうなり声を上げて空気を斬った。

再び銀色の半円が描かれて、剣先が青い空へと向けられると男の背後の空間まで移動する。

「はっ!!」

銀の輝きが弧を描く。再び空間が切り裂かれ、風となって悲鳴を上げる。

新たな悲鳴と共に先ほどより鈍い音が響き、柄が男の頭上に掲げられる。

「はっ!!」

再び風が悲鳴を上げた。



・・・・・・・・・・・・・・・




「ただの素振りじゃん」

華麗な剣舞を期待していた少年の呟きは、無心に腕を振り続ける男には届かない。

「まだまだヒーローには程遠いね」

冷静な子供の声が、鳥のさえずりと共に空気に混ざった。



              *




あれから月が五回は満ち欠けを終えたころだったろうか。


残夏の部屋に冷たい風が入ってきていた。開けてある窓のすぐ外では水が止めどなく流れ落ち、一人きりの部屋は清涼な空気で満ちていた。

「・・・・・・・・・・綺麗な風だ」

スイラは水と氷の国である。有り余る山の雪解け水を城の地下までひき、生活用水として使うほか、水を城の中心で上昇させている。上った冷たい水は陽の目を見ると、屋根の上に作られた溝を通って流れ行き、壁から少し離れた位置で落ちていく。水は滝を生み出し、滝に護られる夏の赤き城は名高い観光名所である。それも美しいだけではなく、戦時には城の外に作られた壕の蓋を開けて水を溜め、敵が攻め入れなくすることも出来る。有り余る水はスイラの土地の特徴であり、転じて農作物はスイラが誇る輸出物であった。だが街を流れる水はなく、水の都は存在しない。民家に一つは井戸があり、上水道をひかずとも困ることがないからだ。

水の都という街の呼称は、他国の街に譲っていた。

「・・・・・・・・・・・・良い風だ」

ベリアルは仕事をする手を止め、入ってくる清涼な空気に感じ入っていた。彼は海でも山でも風を感じているのが好きなのである。

「やぁ」

妙な鳴き声の獣が居るものだと、目を薄く開けると何も居ない。だが気配を感じて振り返ると少し前に上司であった人物が居た。滝が落ちる開かれた窓に腰かけている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

獣じゃなかったのか。と思うまもなく、言葉を失う他なかった。

それはあまりに奇妙で、なのに面白い程周囲の景色に調和して美しかったのだ。

「ふふ、久しぶり。ベリアルさん、少し旅に付き合ってくれませんか。頼れる連れが居ないと、力不足で困ってね」

女神は大仰に肩をすくめた。日本でなら感情表現が大きい人だと思われただろうが、ベリアルは特に何も気にかけることなく思案した後。

「承りました。どちらへ」

「スイラの要点巡りを軽くした後・・・・タルタス、だったか。戦争中の砂漠の国へ行きたい」

「タルタスであっております。イバルラの通行できる道を通るか、海を通ることになりますが。いかが致しますか」

「どちらが早いの」

「国内の旅が北上するものならば海の、南下するならばイバルラを横切る道です」

「海にしよう」

「御意」

無表情の男に、美羽は笑いかけた。

「よろしくね」

それでも男に表情は表れず、せっかくの美顔が台無しだ。美羽は苦笑して。

「そうだ、私突然居なくなったりしたから、聞きたい事もたくさんあるでしょう?どうぞ、答えますよ」

ベリアルは変わらず無感情の顔で。

「・・・今までどちらに」

ああ。と美羽が応えた。

「スイラを見て回って、アルザートへ行った後逃げ帰ってきました」

「・・・・・・・・・ご無事で何よりです」

少しだけ感情が表れた気がした。

「ふふ、ありがとう。危険ではあったけれど、一度行ってアルザートが良くわかった。妙な国ですね。重税で大変だと皆言うのに、なぜ政治に誰も異を唱えないのか、理解できん」

ベリアルは一瞬動きを停止した。脳から情報を抜き出しているのだろうか。

「・・・かつて重税に異を唱えた大貴族がおりました。ですが彼の死後は異論を唱えるものは無く、民もさして興味を持っておりませんので静かな情勢が続いております」

「悪に屈しているということ?」

「その様な表現もできます」

「・・・・・・・そう」

ですが。とベリアルは美羽を見る。真っ直ぐ真実を伝えるのみの瞳、にごり無く、けれど光もない目を美羽は無感動に見て、つまらない目だと判断した。

けれど顔には出さずに笑んで促す。

「近頃は抵抗する者がいるという話もあります」

ほう。と彼女の瞳に光が入ったのを彼は無感動に見て短く。

「しかし明確な証拠は」

ありません。と彼は言葉を止める。不確実な話を人に話さない人らしい。

「そうか」

話はそれで終わりになった。




スイラはまだ知らない、いや知る者はまだ数少ないアルザートの悲しい歴史。それは戦争が始まってから創られ始めた。


戦争が始まりアルザートが軍事に力を入れるようになってからというもの、必要な軍資金は平民への重税となって国を苦しめていた。その平民への重税に異を唱えた大貴族ヴォルクセイ家の失墜は大きな転機となり、以降多くの心ある貴族家が影を薄くしていく。

それも影だけではなく、彼らは徐々に人数を減らし、住まう屋敷の人影は使用人のものだけという異様な事態を引き起こしているのだ。そんな彼らの荒廃していく家々を目の当たりにして、良心ある他の貴族たちもまた息を潜めるようになり、最早、ヴォルクセイ家側の持ち直しは不可能と見られている。


それから3年の月日が流れ


アルザート帝王国には反乱軍と呼ばれる抵抗組織が生まれていた。

貴族たちが少しずつ金銭と人員を出し合って生まれたそれを、作り出したとされるのは黒髪に深い翠の瞳を持つ男。

カイム・ヴォルクセイ

ヴォルクセイ家最後の主レイゲン・ヴォルクセイの1人息子である。





作戦決行まであと   2日




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