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乱の7 大切だから空回る

「ただいま」


「おや、おかえりクロー」


閉店後の暗い酒場兼食堂に入ってきたクローという少年は、黒い布を頭からかぶったような、質素なローブを身に纏っていた。


「その年で朝帰りとは感心しないねぇ」


「ははは、人に言えないような事はしてませんから大丈夫ですよ。リースさんもこんな時間までお仕事ご苦労様です」


と少年は生真面目に会釈をする。リースは、わざとらしい会釈を見て笑いがでた。笑い声に混じって、片付けている手元の食器の音が店内で静かに響いていた。


「ふふ、あたしも片付けが終わったからすぐ寝るよ」


「あ、それは邪魔しちゃいましたね。じゃあ僕はこれで」


少年は酒場の裏口へ向かっていく。その扉が彼のいつもの通り道だった。しんとした店内に聞こえる少年の足音は、夜の寂しさを助長させる。


「あんた・・・・」


「はい?」


少年は顔だけで振り向いた。


「どうして反乱軍に入ったんだい」


え、と少年は不思議そうな声を出して、首だけではなく体ごと振り返る。


「前に答えたじゃないですか。役に立ちたいと思ったんです」


「・・・あんた子供の癖に丁寧な話し方だからね、国に反抗するような子供とは思えないんだよ。変わってるからだと思ってたけど、それだけじゃ説明にならない気がしてねぇ」


「そう・・ですか?前から自分変わってるのかなーとは、思ってたんですが・・・」


うーんと唸って思案する。考えるときに、顎に手をおく癖はカイムからの影響だろうか。カチとリースの手元の音が止まった。


「そう思うことも、子供にしては変わってるよ」


リースが苦笑してそう言うと、少年は不思議そうに唸った。一段落した片づけから手を引いて、リースは少年の方を向いた。


「はぁ、でも自分としては普通なんですよね」


「・・・あたしはね、本人が良いならかまわないんだよ。アリスもなついてることだし、演技だとは思わないさね」


少年は噴き出した。


「演技って、そんな風に思ってたんですか!?」


面白いとばかりの声である。


「反逆者のふりをした国の密偵なんじゃないか、なんて考えてあんたを信用してない奴もいるんだよ」


笑うクローとは変わって、リースは真剣な口調である。しんとした空気がそれを後押しして、クローは笑うことが悪いことのように感じた。


「話し方が丁寧だから国に反抗するような子供には思えないし、フードで顔が見えないから余計にね」


クローが、つと、笑みを引いた。


「仲間内にも敵がいるって事ですね・・・」


「そう、あんたは良い子だけど自分のことを話さないからね。明日にでもカイムに何か聞かれるだろうよ。あたしが告げ口したからねぇ」


素早く少年の顔が上がる。


「告げ口?」


困惑の声を聞いて、リースは「大丈夫さ」と続けた。


「あのことは言ってないよ。女性陣だけの秘密って事でみんな楽しんでるからねぇ」


うふふと笑うリースは、先程とはうって変わって愉快げである。


「そうですか。ばれてもかまわないことなんですけど・・・。フフ、どうせなら大々的に驚かせたいですからね」


「ふふふ、男どもが知ったときの顔が目に浮かぶねぇ」


あははと声を大きくして笑った。


「考えただけでも面白いねぇ。フフ、そうそうカイムに言ったことってのは、あんたがしょっちゅういなくなってるって事さね、近いうちに聞かれるだろうよ。皆に不信がられてるんだから、これを機会に白黒はっきりさせちゃいな」


ああ、とクローは納得した。


「そういえば何の連絡もしないで行ってますからね。あはは」


「あはは、じゃないよ。まったく、そのせいで余計に不信がられてるんだよ。少しは立場を考えな」


「ふふ、僕はまだ子供なので」


そういう難しいことはよく分かりません。


「通じないね」


「え?」


顔の見えない少年は、心底驚いた顔をしているのだろう。


「ダメ・・・ですか?子供だからいつの間にかいなくても仕方ない、みたいな広い目で見てもらえたり」


「しないね」


顔の見えない少年が、少しがっかりしているのが分かった。


「子供とはいえそんな丁寧な言葉使いの天才魔術師だよ。なかなか信用されないさ」


じっと少年を見据えると、物理的には見えないのだが逃げずにしっかり見返してきた。リースはひとつ頷いて続ける。


「忘れたのかい、普通の魔術師は国家に絶対の忠誠を誓っているんだよ。それも魔術を身につける機会を与えてくれた国に感謝するようにと、強制的に入れられた教舎で叩き込まれるんだ。そんなところから出てきたかもしれないような、しかもその年でそこまで力を使いこなせるような子供を、簡単には信用できないものなのさ」


「・・・・そうですか」


しんと少年は言葉を発しなくなる。この少年は、自分が考え付かなかった意見を頭に叩き込んでいるときは、そうなるのだ。長い付き合いではないが、その短い期間でリースがこの姿を見かけることが幾度となくあった。それは文化的な、その土地で培われるものに関することが多いと感じていた。この少年はまだ、この地域に馴染んでいないのだ。


「あんたには酷な事だけど『教舎で学んだわけではない、知り合いに教えてもらった』なんて信じてくれないよ。今はみんな国に見捨てられて心がすさんでしまっているからね、余計に信じられなくなってるのさ」


「そっか・・・・そうか、なるほどそれで・・・」


少年は「なるほど」とまた唸って、ついとリースを見た。視線を受け取るリースからはフード下にある黒い色眼鏡が見える。


「なんだかみんなの目が子供を見るものとは違ってるなぁとは、思ってたんですが」


ふふと笑う。黒いローブの中にある肩を、困ったようにすくめたのが分かった。


「気づきませんでしたね」


リースはくすくすと笑う。


「そこまで分かっていて気にしてなかったのかい。相変わらずだねぇ」


少年はばつの悪そうに頭をかいた。


「反論できませんね。放っといて良いようなものかと思ってて」


「それじゃ何の解決にもならないじゃないかい、仲間なんだから仲良くしないとねぇ」


そうですねと少年は頷くが、ふっと肩を落として溜め息した。


「でも信じてもらうためとはいえ、このフードも色眼鏡も外したくないんですよ」


「光に弱いんだったね。だったらそう言えば良いじゃないか」


「この前そう答えたんですが・・・本当か分からないからって、外されそうになりましたよ」


はぁ、とまた溜め息をつく。ローブに隠れた肩がうな垂れた。


「まったくこれだから男ってのは・・・」


何も知らない男性陣と違い、何気にクローを可愛がっている人の多い女性陣がクローをいじめるとは思わなかった。リースの考えを裏付けるように、実際クローによってたかったのは廊下ですれ違った男たちであった。


「でも光に弱いって事はカイムさんとダンクさんにも理解してもらえましたよ」


心から嬉しいといわんばかりの、ほんわりとした声だ。


「それは良かったねぇ」


「はい」


少年は嬉々と笑う。


同じくふふと笑うリースと違って、少年の口からはあくびも出てきた。


「さ、もう眠いだろう。部屋に戻りな」


リースに促されて、少年は「はい」と頷く。


「ではまた明日。あ、今日ですか」


「そういう時間帯だね」


「ふふふ、じゃあまた今日中に。おやすみなさい」


「おやすみ」


扉が開きそして閉まる音がすると、店内はまたしんと静まり返って静寂とリースだけが残される。ただ心だけは、たくさんの人を感じた。


「がんばんな、魔術師さん」


ふふとリースは微笑みながら店じまいを再開した。かちゃかちゃと手元の仕事道具が音をたてている。ふふ、とまた笑うと心の温かさを実感して、穏やかというものをまさか軍を名乗る奴らのアジトで感じるとは思ってもみなかったと思う。ふあ、とリースも穏やかに負けたあくびが出てきて、口元に少し荒れのみえる手をあてた。波打つ金の髪にロウソクの明かりが届いては、朝と夕に現れる太陽の輝きをつくりだしている。もうすぐ本物の光が目覚める時刻だった。






「おはようさん」


酒場兼食堂に入る。長身ゆえの長い足を闊歩させていく先には、黒髪の美しいカイムと無造作な茶髪が良く似合うダンクルートの姿があった。


「おう、よく眠れたか?」


グレンを振り返ったダンクは、無表情のカイムと違って笑っていた。


「昼まで寝ていて、良く眠れていないわけがないだろう」


書類に目を向けたままカイムが冷たく言い切って、ぐっとグレンは言葉が詰まった。


「ねぇこの人冷たくない?もっとねぎらいの言葉をかけてくれても・・・」


「不必要な戦いまでするような奴をいちいちねぎらっていたらこっちの体がもたん」


正論だった。グレンはまたぐっと言葉が詰まる。


「はぁ・・・何でそう嫌味を言うかなぁ」


青年はそう呟いて、その場を後にした。見えなくなった背後からまだ何か言われてくるかと思ったが、その気配はないまま席に着き、グレンは食事の目録に目を通した。


十数行の文字に視線を送っていく。手を上げるのを決まった合図として顔も上げた。


「綺麗なお姉さん!こっちも注文」


「はいよ」


美しい波打つ金髪の、まるで女神の如き美貌のマスターであった。ふわりとゆれる髪は頭後ろでひとつに結ばれていて、彼女が歩くたびに右へ左へ動いている。更には美しい髪に負けず劣らず綺麗な女性の容姿。見とれなかったら男ではない。いや、女でも見とれること請け合いだ。


明るい緑の瞳の彼女に見とれながらも、グレンは料理を注文してほうと息をついた。カウンターに頬杖をついて待っていると、左の下の方に人の気配がする。


「おみずになります」


つたない子供の声が聞こえてくると、カウンターの影になっている低い位置から、コトリと水の入ったグラスが置かれた。グレンが首をぐいと動かして下を見ると、美人マスターに瓜二つの髪と瞳の少女が嬉しそうに笑っている。


「おーありがとな、お譲ちゃん」


言って頭をくしゃりと撫でてやる。少女は大きな眼を細めて屈託なく笑った。


「えへへ」


金のウェーブがかった髪を、マスターと同じ頭の位置に結わえた小さなウェイトレスは、ひととおり撫でられるとくるりと振り返りカウンターの中へと走っていく。てててて、という効果音の入りそうなおぼつかない足取りはグレンを心配にさせたが、転ぶことなくその姿は見えなくなった。


「よくできたねアリス。母さんも鼻が高いよ」


「うふふ、アリスもうおてつだいできるよ」


カウンターの中から誇らしげな声が聞こえてきた。少女の声には自信が満ち溢れている。


「そうだね。じゃあ次は、あそこの、眉間にしわを寄せていてそんなにつまらないことしかないのか、と突っ込みたくなる顔の人とでっかい人に、これを持っていってくれるかい?」


マスターの視線はカイムとダンクに向いている。


「うん!!」


元気の良い明るい返事が聞こえた。そして再び現れた小さな少女は、幼いながらトレーを持つ手と足元の二点両方に注意を向けつつ、ゆっくりゆっくりしかし確実にダンクとカイムの元へ向かっていった。


「娘さん?」


グレンは顔を斜め後ろに向けた。そのとき自分の顔が笑みにゆるんでいることに気がついて、照れくさく頭をかき、なんとか顔を引き締めながら美人なマスターを見た。


「そうさ、良い子だろう?アリスっていうんだ、先月5才になったばかりさ」


真正面から嬉しそうな美女の顔に行き会った。透明感の在る緑の瞳、透けるような白い肌、その美しさに見とれてしまう。


「・・・・・・・・・」


「・・・あんた大丈夫かい?」


じっと見つめていた顔にそう言われて、グレンははっと我に返った。


「へ?あ、あぁそっかーアリスちゃんかー5さいかぁ先月かぁ」


はははと笑うグレンに美女は苦笑する。そしてカタと音を立てて湯気の出る皿を二人の間に置いた。


「はいよ、召し上がれ」


立ち上る湯気は上だけではなく下にも広がり、置かれたとほぼ同時にグレンの鼻孔をくすぐって彼の意識を引っ張った。


「おお、美人の作った料理は上手そうだな!!」


「ははは、お世辞が上手いねぇ兄さん」


「お世辞じゃないよ」


ふふふと美女は笑う。


「そんなこと言っても何もでやしないよ」


「そりゃぁ残念だな」


はは、と今度は照れではない笑いと共に出された料理に手をつけた。むぐむぐと租借して、一気に飲み込むと口を開く。


「ねえ、名前なんていうの」


「ん?さっき言ったじゃないかい。アリスだよ。名前もかわいいだろう?」


「そうじゃなくてさ」


ふふ、と美女は笑う。


「違うのかい?」


「娘さんじゃなくて、おじょーさんの名前」


「あたしはお嬢さんなんてお淑やかな生き物じゃないよ」


「そうじゃなくてだなー」


灰色の髪をがしがしと掻いた。美女は綺麗に微笑むばかりである。


「あんたの名前!<マスター>じゃ上にいるおじさんと区別つかないからさ!」


「なんだい。口説かれてるのかと思って警戒したのにねぇ」


美女は微笑を崩し、面白くないといった声を出す。だが崩した表情はとても彼女らしく見えて、心は近づいたような気がした。


「八割くらいそうだけどね」


グレンがにかりと笑う。


「なんだい。感心して損したね」


と言うと、美女はくすりと笑って。


「あたしはリースってんだ。そしてここは酒場兼食堂<アリス>。今後ともどうぞご贔屓に」


ぺこりと小さくお辞儀したリースが顔を上げると、苦笑する青年が見える。


「ほんと、溺愛してんだな」


「子供がかわいくない親がいるかい?」


はは、と青年は破顔した。


「お見逸れしました」




  *




一方、グレンが去った後のダンク・カイム卓では。


「・・・・・そんなに嫌味か」


カイムが腑に落ちない様子で呟いていた。合い席するダンクルートはくっくと堪えるように笑っている。


「まぁ、普通よりかは嫌味が多いな」


ふむ、とカイムは顎の下に片手を置いて沈黙した。


「そうか・・・・・・」


ダンクはくっくと笑う。


(こいつもそんなことで悩むのか)


何を考えているか分かりにくい男の意外な一面に、ダンクは新たな笑いのつぼを見出した。


「改善しようってんならいい心がけだな」


「・・・・・・?なんのことだ?」


深い森のような翠の瞳が不思議そうにしている。くっくと笑っていたダンクの口は半開きになって。


「は?何ってお前、グレンに言われたことで悩んでたんじゃねぇのか!?」


カイムはひどく冷静に、眉間にしわを寄せたまま答えた。


「それはもういいんだ」


「・・・・・・・・・・・お前、意外と切り替え早いな」


ぽっかり口を開いてダンクルートは感心している。カイムは気にもしない様子でまたハラリと手元の資料を取った。


「そうか。ところでこれについてどう思う?」


資料を持たない逆の手で、卓上に置かれた残りの資料をトントンと指で叩く。


「・・・・・・確認する必要があるだろうな。たとえ本当だとしても、一度は国を捨てた者だ


上手くいけばこっちに引き込めるかもしれねぇ」


真面目な顔になったダンクルートに、カイムが同意を表す頷きをみせた。深い考えをしないと思われがちなダンクルートであるが、こうして真面目に話をすることもあるのである。それは多くの人が知らないことだった。


「私も同じ意見だ。問題は誰が行くかだが・・・」


カイムは言葉を途切らせて横を見た。ゆっくりとだがとんとんと、小さな足音が近づいてきている。


「おみずになります」


たどたどしい声の後で、カイムたちの前に水の入ったグラスが置かれる。慎重すぎとも思われるくらいゆっくり仕事をした手は、卓よりも下から伸びている。その小さく細い手の持ち主を見て、カイムがふっと笑んだ。


「ありがとう」


「ふふふ」


リースに似た笑い声を残して、少女は満面の笑みで駆け戻っていく。カウンターの中にいる母の元へ行くことは見ていなくとも分かった。


「・・・良い子だな」


ああ。とダンクが頷く。


「寂しいだろうに、その素振りを見せもしねぇ」


カイムの顔に、また微笑が現れた。けれど微笑の中には悲しみの色も同居しているようだった。


「クローが来てからずいぶん元気になったよな」


ダンクはアリスの持ってきた水をぐいと飲む。口の中が潤って、言葉も出しやすくなった。


「 知ってるか?クローがいるときはいっつもくっついて歩いてんだ。本当の兄妹みたいなんだよな」


はは、とダンクはやさしく笑った。まるで幸福が舞い降りたような、けれど寂しげな笑みだった。


「そうか」


ふっと端正な顔でまた笑う。久しぶりに笑った気がして、リースに忠告されるのも無理はないかと思い、今度は小さく苦笑した。


「おっと、そろそろ仕事だ」


空になったグラスを卓に置いて、ダンクは立ち上がった。座っているカイムに大きな影がかかる。


「誰が行くかはグレンにでも聞いたらどうだ?自分で行くとか言い出すだろーけどな」


はっはっはっと後ろ手に手を振りながら、彼は上機嫌に店を出て行った。そんなダンクを鋭い視線で見送って、カイムはひとつため息をこぼす。


「なになに?俺に何を聞くって?」


カイムの顔からまた笑顔が消える。明るく笑うグレンは、問いの眼差しをカイムに向ける。諦めたような溜息の後。


「・・・・・・・・・・・・城に潜入する必要ができてな。適役が見つからず、探している」


城。とグレンは頭の中で繰り返した。


「私は顔が知られているから無理だ。ダンクはあの体格だ、目立ちすぎる。他の腕のたつ奴らの中にも適任者がいなくてな、このままではクロー1人で行かせることになってしまう。子供に一人で行かせたくはないのだが・・・」


「だったら」


グレンは意気揚々として。


「俺が行くよ」


「やめてくれ」


カイムは額に手をあてて、頭が痛そうに即答した。


「なんでだよ」


心外だ、という思いがわかる声色だった。


「城での礼儀を知っているか?」


つとカイムはグレンを睨む。灰色の青年はきょとりとした。


「礼儀?」


「誰が通れば頭を下げる。誰が通れば道を開ける。いつどこで叩頭しなければいけないか、その他諸々ある決まりをお前は知っているのか?」


「・・・・知らねぇ」


グレンは気まずげに目を泳がせて、だがはっきりと言った。


「なら無理だ」


きっぱり断言する。彼は気づいていないのだろうが、彼のこの言い方は人の想いを断ち切るほど強いものだ。独断で判断し行動する立場のせいで身についたのかもしれないが、大抵の人は思いを拒否されたと感じて黙ってしまう。


「・・・・・・でも俺、覚えないといけねぇんだ」


すうと、耳に入ってくる真面目な声だった。


「国王になるんならそのくらい知ってないとだろ?だから、その潜入の日までに覚えられるようにする」


堅い意志が感じられた。


「カイム、教えてくれ」


「何故私に頼む」


端正な顔が歪んだ。


「だってあんた、貴族っぽいから」


「そうか・・・」


カイムは黙ったまま目を閉じた。


「無理か?」


ついと、睨むではない目で翠の瞳がグレンを見据えた。目からは、何を考えているかは読み取れなかった。


「いや、構わない」


「ほんと?」


「ああ、だが・・・」


「よし!!これで一歩前進だな」


グレンは上機嫌にはっはと笑い出す。あまりの姿にカウンターからリースが声をかけた。


「なんの一歩だい?」


「へへへ、国家の乗っ取りだ」


リースは数秒固まった。何を感じ取ってか、カイムが苦い顔をした。


「やめときな、どれだけの犠牲が出ると思ってるんだ?」


彼女らしくない冷たい声が発せられた。しん、と店内が静まり返る。何か嫌な予感がした


「何も知らないで国を乗っ取ろうとしても・・犠牲が出ただけで終わっちまうんだよ!!!」


いつもは綺麗な澄んだ声が、今は荒々しく猛々しい。威圧する動物のような声だった。


「な、何怒ってんの・・・?」


「怒ってなんかいないよ!!ただ、ただ・・・・・」


くっと苦い顔をして下を向く。醜態をさらすことを、心の片隅で引き止めているように見えた。


「ただ」


グレンがリースの言葉を繰り返す。いつも聞く彼の声からは想像できない、寒気がするほど冷たい声が続く。


「何だよ。リース」


緑の瞳は何か一線を越えた色に変わり。


「あの王を失脚させなくてもっ、犠牲を出さなくてもっ!何とかする方法があるかもしれないだろっ!?」


抑えていた感情は爆発した。


「それを男はそうやって!わざわざ死にに行くようなまねばっかりするのさ!」


叫びに近い声が響いた。静まり返った店内に、顔を赤くして怒るリースの声だけが響く。


「残された者の気持ちは考えもしないでっどうして無駄に死ぬようなことをするんだい!!」


怒りで顔を赤くする彼女は、激怒と言うより泣いているかのようだった。





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