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乱の5 レインバルという男

地上の騒音とは無縁の、静寂と共にある地下で、眠りの男レインバルはい

つものごとく眠っていた。長い本名よりもバルと略された方の名が通るその

男は反乱軍に属する国家反逆者。だが彼に限って反逆者とは名ばかりだ。変

革を起こそうという気迫とは縁遠い眠りの世界をよく好んで、多くの時間を

音の遮断された自室で夢と共に過ごしていた。彼の特技といえば、眠りに関

する知識と、ぼんやりうろたえない据わった肝か。

ふとレインバルは爽やかに目を覚ました。泉の底に落ちていたようなはっ

きりしない意識はふわふわと浮上して、寝ていた五感も稼動し始める。視覚

は寝る前と変わらない暗闇をとらえ、聴覚は微かな音をとらえ始めた。

扉の外、それもだいぶ遠くから音が聞こえていると、バルは目覚め始めた

意識の中で思う。

(訓練の時間かな)

微かに、だが確実に聞こえてくる音は人の声で、数多の声が集まって部屋ま

で届いているようだと察する。遠くからの大人数の声、といえば広場からの

声だと思ってバルは立ち上がった。ぽりぽりと頭を掻いてあくびをし、短い

髪に寝癖をつけたまま、バルは部屋を出て廊下を進む。

廊下は広いが長く、上下左右にある白い石壁は冷たく、歩けば寂しさを感

じる。けれど天井や壁の所々にある装飾や絵画が冷たさの中に温度のある変

化をつけて寂しさをかき消していた。それがただの気休めでしかなく、人の

心を満たせないことは、毎日毎日長い階段を上る人々を見れば自ずと考え付

くことだった。自然を求める人の心と、叶わぬ虚しさが漂う白壁の廊下をバ

ルは真っ直ぐ歩いていく。訓練場と兼用の広場へ近づくほどに、聞こえてく

る音は大きくなる。それは歓声という良心の声と呼ぶにはおこがましい。

狂声に近い熱気をはらんでいる。バルは少しばかり気後れして足を止めた。

「なにやってんだ・・・?」

戻ろうかと思い悩んで、しかし人の性に好奇心をかき立てられ、足は後ろを

向くことが出来ない。喧嘩かな。と予想しつつ廊下を抜け切る。二階にある

ロビーには大量の人の声が木霊していた。

「わぁっっ隊長あぶねぇ!!」

(・・・・はぁ。隊長が)

吹き抜けの大広間に出て、さっそくに聞こえた声の出所ははっきりしないが、

見ている先ははっきり分かった。バルコニーの手摺りに大勢の人間が群がっ

ている。簡素ながらも装飾の施された、白い手摺りは姿を隠している。

「おぉっとぉ!」

「おお。ふぅーヒヤッとしたぜ!やるなぁあいつ」

争いは周りの空気までもを巻き込み力を伝染させて、夜にあっての光のよう、

人の本能をかき立て引き付ける。時に理性の切れるそれを毛嫌いし、バルの

横を冷めた顔や嫌悪の顔で通り過ぎていく者もいた。

「うぉっそうするのか!!」

「きゃーダンクさんがんばれー!」

バルは一人寂しく立ちすくむ。

「なんなんだ・・・?」

大量の人間の言葉が、動物の発する騒音に変わって耳をつく。バルは止まっ

た足を動かして、手摺りに群がる人ごみを分け入りその視線の先を覗き込ん

だ。周りの人間が熱い視線を送る階下の広場に、訓練場で戦う二人の姿がある。

「あ。隊長」

一人は彼も良く知るダンクルートという男。反乱軍の軍隊長、という肩書き

に一応なっているらしい最強の誉れ高い大男だ。そんな彼に対峙して、それ

も互角に渡り合っている見慣れない青い服の奴がもう一人いる。

(はぁ・・・隊長ってあまり訓練してるとこ見たことないのに。とゆうか相

手になる奴がいないってぼやいてたのに。いたんだな。)

状況の説明をと周りの観客の中から知り合いを探してきょろきょろしていれ

ば、すぐ近くに同期の男がいて、ようと肩に手を置いた。

「なぁおい。あれ誰?」

「すっげーーー」

同僚は気づかずに、体を乗り出して下を見ている。

「おい」

「・・・・・・・・・・・」

見入っている。

「おーいっ!!!!!!!」

ぐいと肩を掴んで自分へ向かせると、それでやっと同僚は邪魔だと言いたげに

バルを見た。

「あ?なんだバルか、今良いところなんだ話は後に・・」

「これは何をやってるんだ?あの隊長と互角に渡りあってるの誰?」

「はあ!?お前今まで何やってたんだよ」

これでもかってくらいに目を見開いて見てくる。バルは細い目をさらに虚ろに

細めたまま答えた。

「・・・・ねてた」

ねてたぁ?と目の前の男が反芻する。

「うっわ。もったいねぇ~~お前いい加減いつでもどこでも何時間でも寝ちまーの直せよ」

さも同情していなさそうに言う。

「余計なお世話だ・・・で?何なんだあれ。誰。」

「あれはな、新しい仲間になる予定の奴だよ」

とまた視線を階下に向ける。

「国家のスパイじゃないか見極めるために戦わせてるらしいぜ。それがまたつ

えーんだよ!!!!始めは俺も見てなかったんだけどさ。何でも自信満々に、

隊長含めて全員でかかって来いとか言ったらしいぜ。さすがに隊長は気をきか

せて辞退したらしいけどよ。そんで結局隊長以外の5人と戦うことになってさ、

したらあっという間に勝っちまって。そこからは俺も見てな!すんごかったぜ?

あの野郎、物足りないからって隊長とそのまま戦り始めやがったんだ」

目がキラキラしているなとバルは思う。

「お前も見てけよ!!!こんなのめったに見れねぇ!!!!!!!」

(へぇ・・・)

覗きこんだ先の光景を見て、確かに面白いなと思っていると数分後にはバルも

熱心な観客のひとりになっていた。






「へへっ」

グレンはダンクルートの剣を受け止めると、背後に跳び下がって距離をとった。

「何笑ってんだ?」

そう言うダンクもまた笑っている。

「へへっ久々に強え奴とやれて、楽しーんだよ!!!」

言いながら斬りかかる。今二人が使っている剣はそれぞれの使い慣れた剣では

なく、カイムが持ってこさせた訓練用の剣で、当たっても斬れずにひどい打撲

ですむものだ。

「ハハッ俺もだ!!」

グレンからの一撃をダンクは剣で受け流した。受け流したまま剣をグレンの剣

に当てて刀身が自分に向かないように体の外へずらす。ずらししてできた隙間

に長身ゆえの長い足で蹴りを入ると、グレンは身をかがめてよけた。ダンクが

声に出さずに舌打ちする。

グレンは着地すると、動いていた勢いと遠心力を利用して体を回転させ、回

し蹴りでダンクの足を蹴り払う。だが、その目にもとまらぬ速さの動きを、ダ

ンクはかわして剣を振るった。グレンは空ぶった蹴りの反動でダンクに背後を

みせていたが、それは経験上分かっていた隙で、すぐに片手に持つ剣で受けて、

そのまま流した勢いを回転力に上乗せして再び蹴りを入れる。とついにダンク

はよけきれずにくっと声を出して倒れそうになるが、片足で踏ん張って体を持

ち上げる。体を持ち上げながら剣も持ち上げて、横からなぎ払うように斬りつ

けるとグレンが真っ向から受け止めた。ついにかち合った二つの剣は金属音を

上げてせめぎ合う。力勝負となったところで次第にグレンは押されていく。分

が悪いことを悟ってグレンは一度後ろに飛び退き距離をとった。力技ではダン

クルートが上だ。グレンは真っ向からの力勝負を避けるように身を翻しては剣

を振るう。均衡する実力の戦いは終わらずに、気がつけば二人とも距離を置い

て神経と気迫だけの戦いに変わっていた。剣を構えたまま動きの止まった二人

に習うようにして、階上にいる観客たちも固唾を呑んで見守った。

その場に響くは炎の燃えゆる音のみが、人の耳にはきんと痛い圧迫する音が続

く。動きのない中でカイムが凌ぎをやめてコインを取り出した。遠い昔の絵物

語に出てくる建国当初の王の横顔が彫られた赤銅のコインを、指で弾いて地下

の空に飛ばす。戦う当人達以外の視線がコインに集中する中で、赤銅の円はく

るくると回りながら宙を上り、上昇の限界を迎えるとくるくると下降を始める。

コインが下降の限界を迎えたのとほぼ同時に、コインが石に当たった甲高い音

と時を同じくして二人同時に地面を蹴った。


再び始まった攻防戦は、互いに小さな傷をつけながら1時間ほどにも及んだ。

(底なしの体力だな)

とカイムに呆れさせた二人もさすがにもう限界である。いつまでも楽しそうに

口角を上げつつ息を切らせる彼らにも、身をもって限界が感じられ、そろそろ

決着がつくだろうと当人も観客も考えて、見る者はかたずを呑んで見守った。

グレンが勢いに乗った流れで剣の牙をむき、ダンクが体重と力を乗せた刃を振

るう。ガキンというけたたましいねに続いて金属が石に落ちた音が響いた。グ

レン、ダンクルート、共に剣を手放している。

「そこまでだ」

と震える振動音をかき消すようにカイムの声が聞こえた。

「もう十分だ、これ以上続けることは私が許さん」

階上の所々からがっかりしたような、気が抜けたような溜め息が漏れて、カイ

ムはつと上を睨みをつける。だがその睨みはすぐ下に降ろされることになった。

「はっヤダね、最後までやらせっ・・うお!」

グレンは背後に飛び下がった。突然飛びかかってきた小さなナイフが、間一髪

頬すれすれを通り過ぎて壁にぶつかり音を立てて床に落ちている。

「っ・・おい!不意打ちなんて卑怯だぞ」

落ちたナイフはどうも果物用のものらしい。強盗に襲われた主婦かよと思いつ

つもグレンは投げたであろうダンクを睨む。だが茶髪の大男は、俺じゃないと

いわんばかりに両手を天に向けて肩をすくめていた。

「なんだ?じゃ誰だよ」

「僕だよ」

灰色の目を丸くして、声のした方に首を動かすと、そこには真っ黒いローブに

身を包む小さな人間がいた。

「何だお前。魔術師か?子供なのに?」

黒のローブに身を包むは魔術師のならわしだった。だが普通、魔術師は大人のはずだ。

「ふふふ、これでもれっきとした魔術師ですよ。きちんとした修行はしていないけどね」

僕と自分を呼称した者の声は、少し高く大人の男のものとは明らかに違う。魔

術を誤差なく操ることは、子供には不可能だとグレンも昔聞いたことがあった

のだが、どういうことだろうと軽く頭をひねった。子供に無理だといわれる理

由には、精神力及び自己操作力が共に足りないからだと聞いていた。通常は長

い修行を終えて、強靭な精神力を有した30歳超えの大人が世間に姿を現すも

のだ。子供の魔術師が世間に表れることはまず無いらしかった。

(なのにいるんだな)

「へぇーすごいんだなお前」

いや・・・それほどでもと、照れたように少年は頭に手を置いた。

「今のも魔術?」

グレンがたずねる。言いながら、落とした自分の剣まで歩いていって拾い上げた。

「今のも魔術ですよ。残念ながらすばやく動く相手を追いかけることはできま

せんけどね。とにかく、もうあなたが敵でないことは分かりました。これ以上

の戦闘はお二人のどちらかが怪我する恐れがあります。おやめ下さい」

ずいぶんと丁寧な言葉を使う子供だ。見た目14・5歳くらいであろう少年と

同じくらいの年の自分を思い出してグレンは苦笑した。あの頃は、こんな丁寧

な言葉なんぞ聞いたことも無かった。

「お前の戦い方は国家兵士や騎士のそれとは異なっていた」

遠くからカイムが口を挟む。視界の中で、ダンクルートが彼の落とした剣を拾っていた。

「いくら隠そうとしても癖は出てしまうものだからな、演技ではないだろう。

しかし基礎になっているのは兵士のものに似ているな」

カイムが少しだけ怪訝そうな顔になる。心から不思議に思っているようではなかった。

「ああ。昔は引退して教室開いてる兵士や、遠征に来てた騎士に教わってたからな。

そのせいじゃん?」

高ぶっていた気が静まってきて、グレンは頭を掻きながら気だるく答える。

「なるほど。なかなかの腕前だ」

カイムは静かな声で肯定した。驚いている様子はなかった。

「へへ、まぁね。じゃあ次はそっちが教えてよ」

何をと、カイムは表情で話を促す。その後ろで少年魔術師とダンクルートが

何かを話しているのが見えた。

「ここ、どこ」

カイムの深い翠の瞳は一度ふせ、薄い唇が朝の開けるよう静かに言葉をつづ

りだず。声色から敵対心は消えていた。

「いいだろう。ここは我々反乱軍のアジト『ゆらゆら揺れる火とがんばるみ

んなのお家』だ」

「・・・ずいぶん趣向の変わった名前だね」

「馬鹿にするな。投票で決まったのだ」

5歳児の立候補した名前なのだ。

「我々と共にこないか。我らがお前の野望の助けになるかは、お前次第だがな」

「ぜひ仲間に入れてもらいたいね」

「よし、では契約書にサインしろ」

言うが早いかカイムはグレンの横に歩み来る。

「は?けいやくしょ?」

何それ、と思ったときにはこっちだと後ろ首を掴まれ、グレンはずるずると

後ろ向きに引きずられていた。

「って、え?ちょっ、待てって・・・えぇー?」

そういう事務的なの苦手だからとか、嫌いだからとか、なくてもよくないか

と抵抗するグレンの声はカイムの耳に入らないようで、自分より高くにある

グレンの後ろ襟を引く白く長い手は、緩む気配もない。

「ほら、まだ決着付いてないしさ!あんたが書いといてよ!」

後ろ向きに歩きながら、襟を引っぺがして逃げようとあがいていたら視界に

ダンクルートがいて助けを求めた。

「結構たくさんあるからな。がんばれよーーー」

助けは受け入れてもらえなかった。

「ご無事を祈ってます」

ダンクの隣で黒いローブが手らしきものを振っている。

「そんなに!?えー・・・・・俺やっぱ、反乱軍やめようかな・・・」

そんなぼやきもカイムには届かない。ずるずると事務室らしき部屋に引きず

り込まれ、2時間たっぷり持ち慣れない万年筆を握り続ける羽目になった。

「慣れないことはしたくないね。ほんと」

やっとのことで開放されたグレンは、次の日目の下にクマをつくっていたらしい。


「さってと、飯でも食うか」

ダンクルートが大またで歩きながら言った。

「夕飯時ですからね」

少年が後に続く。身長差が故の歩幅の違いで、二人の距離は開いていく。上

から眺める人間にはそれがよく分かった。

「あーあ・・・だから女にモテねんだよ」

階上で見学していたレインバルが呟いた。周囲では各々の時間に戻っていく

人々が入り口にごった返している。そんな人々の流れから少し外れた場所で、

さっき状況説明してくれた同僚が立ち往生していた。出口が空くのを待って

いるのだろうなと思っていると、ばっちり視線があった。

「おいバル、飯食ったか?」

案の定話しかけられた。

「食ったと思うの」

「ありえねぇな。なぁ!今食堂行ったら隊長いそうだよな!?」

「そうだな」

そういえば、この同僚は何かにつけて隊長に憧れていたような気がする。

「よし!案内してくれ!」

そういえば、この同僚はまだ酒場までの道がうろ覚えだった気がする。

「・・・いいよ。ついでだし」

そういえば、今日はまだ一食も食べていないような気がする。腹がすいて

いる気もするなと思っていると、いつの間にか隣で同僚がさっきの戦いを

熱く語っている。

 人はまだ減らない。しくじったかなと思いながら、バルはしばらく手摺

りにもたれていた。下の訓練場からカランカランと音が聞こえた。広場と

しての機能を取り戻す合図だ。つと見下げてみた階下には、もう熱気の名

残も残っていなかった。




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