乱の2 入り口はどこ?
「なぁ、ジャックはどうした」
「さぁねぇ、また旅人にでも迷惑かけてるんじゃないかい」
はきはきした女性の声がぽろりと返す。考えずに言った言葉は、意外と当たっているものだ。
***
「行きますよ。覚悟はよろしいですか」
「ああ」
目の前で佇むのは壊れかけた酒場の扉。ジャックが言うにはここの地下に反乱軍のアジトがあり
酒場の、呼び名を変えてバーのマスターが国に見つからないよう見張っているらしい。
いかにもなシチュエーションに、グレンもひとつ返事で納得した。ジャックが扉を押し開けると、きしんだ音が寂しく響く。人目のない裏道の奥の裏道にある酒場へ、ジャックは足を踏み入れた。続いてグレンが入っていくと、中に人の姿は見当たらなかった。
「あら?」
ジャックが間抜けな声を上げて、ぎしぎしときしみ声を上げる床を歩いては辺りを見回す。
マスターまでもいないというのはどういうことだろう。
「おい、空っぽじゃんかよ。なーんだ、やっぱり嘘だったんだ」
にやりとグレンが意地悪く笑う。
「へぇヒーローも嘘つくんだなぁ」
「そ、そんなことはない!!ヒーローはウソをついたりしないぞ」
慌てているのは本心から誤解されたくないと思っているからだった。
「今皆を探してくるからな!待っていたまえ」
確かにジャックが嘘をついているようには見えない。だがグレンはジャックの意思と反乱軍の
意思にずれがあっても、可笑しくはないとも思った。
「ホントにぃ?どうせ来たかと思ったら、俺のこと取り囲んだりするんだろ」
自分が入ってくるのを察して隠れているのかと神経を研ぎ澄ませても、近くに人の気配は無い。
落胆したままジャックをからかう。
「くせものだぁ!!!!ってさ」
「そ、そそそそんな事しないぞ!安心して待っていたまえ」
なぜ動揺しているのか、聞く気にはならなかった。本当にくせ者扱いされても構わないと、
グレンは妙に落ち着いている。
「ま、そこまで言うんなら待ってるくらいはしてあげるけどな」
「では待っていたまえ。すぐに呼んでくるから」
「おお、気をつけてなぁ」
ひらひらとグレンが手を振ると、ジャックはカウンター横の扉へ向かう。
「すぐ戻るから」
と念を押してから暗闇にしか見えない扉の奥へ消えていった。見送ったグレンは楽しそうに
笑って。
「あーーよかった。これで一歩前進だな!」
前進する先が良い方向へなのか、悪い方向へなのか、そんな事はどうでも良い。ただ彼は
直感から、とりあえず反乱軍と接触しておきたかったのだ。
特別何かを考えているのではないのだが。
その頃
二人が追いかけっこをしていた裏道に、先程はなかった人影が数人分見られた。
闇の中にある赤い色の軍服は良く映えている。
「おい。ここで間違いないのだろうな」
渋い男の声が静かに話している。
「へぇ。確かにここで『私は反乱軍のアジトを知っている』と叫んでいる男がいやした」
下手にへりくだった言い方をする声の主は、みすぼらしい服装の男だ。服から出ている手足が
ミイラのようにしわがれていて、老人であることを語っていた。
赤い軍服の男が腕を動かして風を切った。
「よし、この付近を徹底的に調べ上げろ!!!どんな方法でもかまわん」
「了解」
命令に部下らしき男たちが大人しく従い、辺りに散らばっていく。辺りがしんと静寂を
取り戻したころ。
「あのそれで、報酬の方は・・・」
兵隊長におずおずと聞いた声の主は、案内をしていたみすぼらしい格好をした男。
壮年の兵隊長がつと冷たい視線を男に向ける。
「あぁ・・・まだいたのか。そうだな、アジトを見つけられれば、お前に提示されている
金額を渡そう」
「へへ、わかりやした。お忘れなくおねげぇしやす」
へへ、と笑っててと手を擦り合わせている。ゴマをすっているようようだが、効果の程は
余りない。
「わかっている。捜査の邪魔にならぬようにしていろ」
「へい」
しんとした夜のあちこちから小さな物音がこぼれている。人を探す物音を聞きながら、老人は
へっへっと笑い。兵隊長は不愉快に顔をしかめた。
悲しくもヒーローの人望は当てにならないようだ。
兵たちが捜索し始めたころ、壊れかけバーではグレンがいらいらと椅子に座っていた。壊れかけ
のバーの椅子はやはり壊れかけで、少しの動きにも反応してギシ、ギシ、と唸っている。
「・・・・・・・・・・・遅せぇっ」
と腰かける重心をずらせばやはりギシリと唸る。ジャックがいなくなってから、かれこれ
1時間ほどたっただろうか。時計のない腕を見るたびに時間の経過がわからなくなってくる。
ただはっきりわかるのは、自称ヒーローのジャックが戻ってこないことだ。
「逃げやがったのか?」
ホコリを被ったテーブルにつけていた肘を上げ、彼が立ち上がると肘には大量のホコリがついて
いた。そんな身の汚れなど気にせずに、彼はふてぶてしく笑う。
困難なことにほど燃える性格だった。
「おもしれぇ。見つけて本当のこと吐かせてやる!!!」
にやりと笑いながら数十分前のジャックと同じ道を辿り、扉の奥へ入っていく。
闇が、そこに待ち受けていた。
「暗いよここ」
ぽつりと呟いて、ふと気づく。
(俺は夜目きくから良いけど、あいつ明かりとか持ってたか?まさか転んで気絶でもしてんじゃ
ねぇだろうな。一応ヒーロー名乗ってるんだから、まさかねぇそれはないよな)
グレンは足音を潜めて階段を下りていく。静かな闇の奥から何かの物音が小さく聞こえていて、
神経を張り巡らしながら進む。
「・・・たすけてぇ~」
ふと、奥の物音が近くなったときジャックの情けない声が聞こえた。
「!!?」
グレンではなく、まさかジャックが攻撃されるとは予想外である。仲間割れでも起きているのか、はたまた罠なのか。分からないが気にせず、彼は足音を殺して走り出していた。
階段を折りきって地下の入り口にまで来ると、そこにはホコリの臭いが充満している。
人が出入りしているとは考えられないと思いながら、入り口から中を覗き込む。
(・・・おっさん一人だけ・・・・にしか見えねぇし、気配もねぇよな。しかも〉
ジャックの顔が子供くらいの高さにある。だがそれ以上は遠くてよく見えなかった。
「おっさん!!」
とりあえず呼んでみる。闇の中の人影は、白い歯を見せて嬉しそうに笑った。闇の中でむき出さ
れた白い歯は気味が悪かった。
「グレンさ~ん遅いですよー助けて下さーい」
「おんた「待ってて」って言ってじゃんか」
彼の声に反応したのがジャックだけだと分かり中に入っていった。入っていくと、
ジャックは穴の開いた床に両足を突っ込んで動けなくなっていたのが分かった。
(・・・・・・・・・・・・・・・・敵がいる訳じゃないのか)
グレンはじとりとおじさんを見る。
「そん、そんな目で見ないでください。出られないんですから!!絶体絶命なんですから!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
くあっと口を開いてあくびをする。ジャックの声は右から左へ抜けていっている。
「だから助けて」
ね?と、おじさんはかわいらしく小首を傾げた。おじさんがやるところは見たくなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
グレンの顔が険しい。
「お願いです助けて下さいお代官様、勇者様、国王へいかぁー」
国王と言われてグレンがひくりと動く。するとにやりと笑って。
「はは、そこまで言うんなら仕方ねぇな」
さっきまでの不機嫌など吹き飛ばし、ジャックの手を掴んで思いっきり引き上げる。
「いったたたた、ちょっと年寄りは丁寧に扱うものだぞ!!あたたた、
これ!もっとやさしく・・・」
などと文句を言っているうちに、グレンに無言で引っぱり出された。意外と力を使ったようだ。
「まったく最近の若いもんときたら・・・」
「え、何。また埋まりたいって?」
びっくりしたような顔をする。闇のせいでジャックには見えなく、声色から
表情を読み取ってみるとすうっと血が引いていった。
「しょうがねぇなぁ、面倒だけど今回は特別に」
「あーーーーなんでもありません国王陛下!!!さぁ行きましょう」
ほらほらと急かしてさっき下りてきた階段へ誘導する。
「助けてやった礼もなしかぁ・・・」
グレンがぼそっと呟いた。
「あぁぁありがとうございます!!まるで聖母のようなやさしいお人ですねぇ」
「へへへ、それほどでもねぇよ」
「・・・・」
調子のいいところは似た者同士かもしれない。
「で、反乱軍は?」
先に階段を上るグレンは、背後の気配でジャックが息を呑んだのがわかった。
「えーと・・・」
「まさか分からないとかいわねぇよなぁ」
威圧感のある声を出した。脅すように言うが、今の彼は楽しそうに笑っている。
「ま、まさかぁそんなことありませんって・・・ただ」
「ただ?」
「忘れちゃった」
えへへと笑う声が聞こえてきた。
「・・・えぇーーー!?」
ぴたとグレンは立ち止まり背後を振り返る。闇の中でジャックがあははと誤魔化すように
笑っていた。
「忘れちゃった?うそ、マジで」
「まじでです」
グレンは呆れ顔で、また体の向きを変えた。夜目の利く視線の先に、また階段の終わりが映った。
「だっせぇのー」
前をむいて言った言葉も、聞き取りやすいグレンの声のおかげかしっかりジャックは聞き取れて。
「し、仕方ないでしょう!チョットど忘れしちゃったんですよ。
年寄りは物忘れが大変なのですよ」
「本当は知らないだけじゃないの」
「知っています!!」
くあっと気合をいれて叫ぶ。グレンは少しビックリした。
「ふぅん・・・・ほんとに?」
「ほんとに!!」
「じゃ、どこ」
「それは・・・わすれました」
グレンは溜め息をつく。
「ふつーさ、道とか忘れる?」
「しょ、しょうがないじゃないか、この町はごちゃごちゃし過ぎて分からなくなるんだ!!!」
と、またジャックは言い訳をして謝らない。
「地図とかないの」
「・・・・・・・ありません」
再びグレンはため息をつく。ジャックが謝りにくくなっているのも、
責める言い方のせいかもしれない。
「つっかえねぇヒーローだなぁ」
と軽い気持ちで言ったグレンの言葉にも、むぅっとジャックはむすくれる。
「とりあえず外に出よ、ここではないんだろ」
「はい」
「入ったときに分かんなかったのか?」
「ずいぶん汚れたなぁとは思いましたが」
「・・・・天然なんだなぁ」
え?と首をかしげたジャックを背後に、少しぶりにグレンが笑う。ははと笑いながら
階段を上りきり、戻ってきた壊れかけバーを見回してみるが何の変化もなかった。
まだここまでは兵も捜索していないようだ。
「でさ」
とグレンは後から現れたジャックを振り返る。星や月の灯りがわずかに入るバーで始めて、
グレンはジャックの髪にくもの巣が引っかかっていることに気いた。
「本当のアジト、大体の位置くらいは分かるのか?」
手でくもの巣を示してやると、おじさんは驚いた顔をしながらそれをとってあははと笑う。
「大体の位置なら、大体は分かります」
「んじゃ、それでいいよ。無理して見つけようとしなくていいからさ、「大体こっちー」くらい
に教えてくれ」
な?と言ってにかりと顔を歪めると。頑固になっていたジャックもつられて自然な笑顔になった。
「まかせなさい!ヒーローは何度くじけても挑戦するのだよ!!」
「挫けるのはこれで最後にしてくれ」
「はっはっは、それはすまなかった!!次こそはくじけんからな、任せたまえ!」
見えないが、二人の間でたたずんでいた壁が壊れた気がした。
「はは、任せたぜ」
と言って外に出ようとしたら、ひょおひょおと風が鳴く外に軍服を着た兵士が立っていて、
二人それぞれ困った顔と呆けた顔。
(あれは何なんだぁって、兵士だよ。普通なら味方の兵士さー普通ならなー)
(兵士ですねー。まぁなんとかなりますよね。いやはや、アジト間違えてよかったー)
ジャックがほわほわ笑い、グレンが困っているときも、外の兵士は周囲を見回している。
警戒心丸出しだ。
(まさか俺たちのこと探しているとも思えねぇし、潜んでるのも性にあわねぇし
こっちから出てってやろうかな)




