【六人用】白軍編・第三話⇒彼らの日常、絡む過去。【台本 本編】
※この部分をコピペして、ライブ配信される枠のコメントや概要欄などに一般の人が、わかるようにお載せください。録画を残す際も同様にお願いします。
三津学シリーズ 白の台本 三本目です。
【劇タイトル】白軍編・第三話⇒彼らの日常、絡む過去。
(もしくは、白の3話。または、三津学 劇る。というテロップ設定をして表示してくださいませ。)
【作者】瀧月 狩織
【台本】※このページのなろうリンクを貼ってください
白軍編・第三話『彼らの日常、絡む過去。』
の台本 本編ページとなります。
比率 男声4人:女声1人:不問:1人の6人用
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配役表、登場キャラの紹介、あらすじ 等は"前ページ"の【登場キャラなど】をご覧くださいませ。
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【演者サマ 各位】
・台本内に出てくる表記について
心の声セリフなどあります。
《 》←このカッコで囲われたセリフも心の声ですので、見逃さないで演じてください。
Nはナレーション。キャラになりきったままで、語りをどうぞ。
・ルビについて
キャラ名、読みづらい漢字、台本での特殊な読み方などは初出した場面から間隔をもって振り直しをしています。
場合によっては、振り直していないこともあります。
(キャラ名の読み方は、覚えしまうのが早いかと。)
それでは、本編 はじまります。
ようこそ、三津学の世界へ
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☆本編
SCENE:プロローグ
那都:語り
「高等部の三年に進級し、1ヶ月もしない四月 中頃。
俺は、学園の最高責任者こと特務師団の師団長/三之院義継中将の宣言により発足した進撃小部隊の隊長を任された。」
悠崎:語り
「そんな小隊の副長には甘草隠岐という編入生。
もとい復帰生がポストにつき、共に過ごすことを任された。しかし、その復帰生は一言でいうと『異質』だった。
総司令長補佐官の小埜路禅治少佐に対して、ひょうひょうとした態度で言葉を交わす姿。デザインの違う旧式の制服。」
古戸嶋:語り
「彼の──いいえ、復帰生の夜明けのような暗い紫の瞳は、この学園の在校生。ましてや年下のワタシたちの姿はどう映っているのか。──理解など、到底できない話です。」
(間)
~劇中タイトルコール~
甘草:「自己解釈学生戦争三津ヶ谷学園物語」
悠崎:白軍編・第三話
小埜路:『彼らの日常、絡む過去。』
小埜路:「……記憶は日々、薄れて忘れていく。
それでも思い出そうとしてみて、思い出せないことに歯がゆさを感じる。
記憶というのは、曖昧で儚いものだ。」
(間)
N壱:二〇八〇年の五月の終わり頃。
梅雨入り前だと言うのに、何日も連続で雨が続いていた妖島。
この島には、国防軍の予備兵を育成する教育機関がある。
そんな機関の戦闘部門の学徒は、隊ごとに室内での訓練を行っていた。
さて、今回は白軍の様子を覗いていこう。
(間)
N弍:白軍の第二校舎のはす向かいには訓練棟がある。
この建物の内装は、地下に射撃練習場。地上一階に更衣室やシャワー室。二階に畳の間。三階に板の間。訓練内容によって使うフロアを変えることのできる建物となっている。
しかも、各フロアは横の長さだけで五〇メートル走ができるくらいの広さがある。
(間)
◇三階・板の間
甘草:「ほれほれ、そんな動きじゃワシから勝ちがとれんぞ~?」
古戸嶋:「てりゃあ!(突きの一線)」
甘草:「ほいっと~ (身軽に躱す)」
古戸嶋:「うりゃ!りゃ!りゃあ!(突きを繰り返す)」
甘草:「ほい、ほほい、ほ〜い」
古戸嶋:「なっ!?」
N壱:サーベルを素早く前へ突き出して、まっすぐ狙う古戸嶋。そんな攻撃を、甘草は型の古い制服姿のままで後屈したり、突きの一撃より高く跳躍したりと躱し続ける。
那都:心の声
《……何度 見てもそうだ。動きが戦い慣れしてる》
甘草:「ほれ、一本じゃ!」
古戸嶋:「くっ!」
N壱:動きが止まる。
古戸嶋の喉元に、鉄扇が突きつけられた。
訓練なので、叩きはしないのだろう。だが、よく見れば鉄扇の間から薄い刃が覗いていた。
甘草:「ふっふっ〜。冴紅ちゃんよ。おぬしの負けじゃ。(鉄扇を下ろす)」
古戸嶋:「…ぷはぁ……」
甘草:「何じゃ〜、息を止めておったのか?」
古戸嶋:「そりゃそうで──」
悠崎:「あの距離だと、実戦では首切られてますから……」
甘草:「お〜、猫背の子。やっと、起きたのじゃな〜」
古戸嶋:「めぐるくん!!(抱きつく)」
悠崎:「ぐぇっ…!こ、古戸嶋っ…!…ちょい…離れろって……」
古戸嶋:「もぅ、のびちゃったから心配したんですよ?」
悠崎:「そ、それは……当てないって言われて開始した訓練の一本目で、柄頭で殴られるとは思わないじゃんか……。
いや、まあ。当たるような位置に身構えてたオレがいけないんだし…ちゃんと避けてりゃ気絶することも……」
古戸嶋:「わたしも、当たるとは思ってなかったんです!……巡くん、許してくれます?」
悠崎:「……(ため息)…うん、そうだな…うん…。許す。許します。
……だからさ。目、潤ませて言うのやめろって……(視線を逸らす)」
古戸嶋:「ふふ!巡くん!大好きです!!(強く抱きしめる)」
悠崎:「なんで、強くしてんだよ…!離れろって…!!」
甘草:「はっはっは〜!やはり、おぬしら。恋仲のように睦まじいの〜!」
悠崎:「ち、違っ……!恋仲なんかじゃっ……!」
古戸嶋:「ふふ〜!さあ!巡くんも、参戦しましょ!」
悠崎:「えっ…?いや、俺は甘草さんと一対一で……」
古戸嶋:「連携戦の確認がしたいんですっ!」
甘草:「ワシは何でもいいぞ~」
那都:語り
「俺は那都无代。
総司令長/三之院義継閣下からの〈お願い〉を受け、編入生。もとい復帰生の甘草 隠岐と廃部同然になっていた甘草進撃に所属し、部隊長をすることになった。
なのに、どういうわけか──」
(間)
~回想シーン~
N壱:三週間前の二〇八〇年五月初め。
つまり、甘草進撃が発足する前の出来事。佐官専用 執務室。
来客用の黒革張りのソファーに座り、ティーテーブルを挟んで、二人は向かい合う位置で。
小埜路:「すまんな。急に呼び出してしまって」
那都:「いえ。問題ありません、小埜路補佐官様」
小埜路:「…… ……」
那都:「小埜路 補佐官様?」
小埜路:「……。まず、本題に入る前にお互いの呼び方を考えるか」
那都:「……呼び名ですか?」
小埜路:「うーんとだな。いや、何だ。確かに、私は補佐官だ。階級もそれほど低いわけでもない。だが、えっとだな……」
那都:「……ああ。(察する)
つまり。人前と二人っきりの時での呼び名を分けたい、ということでしょうか?」
小埜路:「そう、それだ。
人前ならば場を弁えて、敬意を表す意味でお互いを職業名や階級名をつけて呼ぶ。……今は、聞いているものもいない。
貴官と気を張らずに話をしたいのだ」
那都:「うーん…ですが、目上の人に対しての親しみを持った呼び方など……」
小埜路:「堅苦しく感じない呼び方なら何でも構わん。……あのアホみたいに『禅ちゃん』などと呼ばないなら。何でもな」
N壱:小埜路は、思い出したかのように忌々(いま)しげな口振りだ。
那都:「ああ、なるほど」
那都:心の声
《小埜路補佐官。だいたい厳しい表情をしてるけど、そこに別の感情を混ざらせるときは 甘草 が関係してるんだよな…》
那都:「……そうですね。では、ありがちではありますが小埜路さん……とお呼びしても?」
小埜路:「家名で、いいのか?」
那都:「はい。俺はまだ、アナタを下の名前でお呼びできるような実績もありませんから」
小埜路:「わかった。貴官が呼ぶ理由を付けるのならば、それでいい」
那都:「お気遣い、感謝します」
小埜路:「いや、いいさ。
私は、変わらず貴官を那都と呼ぶ。人前では那都学生と呼ぶがな。」
那都:「はい、小埜路さん」
小埜路:「うむ。……では、お互いの呼び方も決まったな。本題に入ろう」
(間)
那都:語り
「そんな、他愛もないやり取りをしてから告げられたのは〈増員の話〉だった。
当初の計画や目的では、対象の復帰生・甘草 隠岐を監視するのが目的の部隊なわけだし。
時には、甘草の思考に対しての、協力や阻止といった『行動を一番近くで出来るもの』として俺が選ばれた。」
那都:語り
「俺は、特隊生になれるような実力も、実績もない。
今までしてきたこと言えば、報告書を体調が悪くても些細な内容をまとめて、提出し続けたからだ。
読まれてなくても構わないと思っていたが、ちゃんと目に留まっていたようで嬉しい。
二年の終わり頃に半日で治まりをみせた黒軍の、とある中隊とぶつかり合った物資争奪戦。
その時に甘草と対峙し、言葉を交わしたのが俺だった。
だから、総司令長の〈お願い〉を引き受けれそうなものとして白羽の矢を当てられた。しかし、俺と甘草の二人だけでは 進撃部隊 として人材が不十分だと判断され。
──周囲から疑いの目を受けないようにする為とも言える対抗策。つまりの、今回の〈増員の話〉を振られた」
(間)
小埜路
『約束は、本日の午後だ。
顔も知らない学徒より、知っている学徒のほうが貴官もいいだろう。
その学徒には、責任監督の教官から〈推薦したい隊〉という名目で甘草進撃を説明済みだ。
貴官は、待ち合わせ場所を訪れて、その学徒と話をしてくれればいい。
……最終の決定権も貴官にある。頼んだぞ、那都』
(間)
那都:心の声
《そんなことを言われたが。下級生の校舎 歩くと視線を集めるんだよな……》
N弍:白軍の本校舎には、各学年ごとの専用フロアが存在する。
フロアが存在しているものの、この学園は 適正部隊への入隊 が暗黙の了解とされている。
その為、進級したてと比べればフロアを使用する学徒は少ない。だが、少ないだけでいないわけではない。
那都:心の声
《遠まりすればよかったか……?
──いや、待てよ。さっきから通り過ぎてく下級生の視線は俺に向けられてるものなのか……?》
N弍:那都は、立ち止まる。
何か違和感を覚えて後ろを振り向く。そこには──
那都:「!??!」
甘草:「やあ、ナッツくん。
ふふん~、まったく気づかんかったのぅ~?」
那都:「なんで、アンタが居るんだ!」
N弍:下級生の視線を集めていたのは、後ろをついてきていた甘草の存在のほうで。推理モノのドラマでお馴染みの『犯人はおまえだ!』みたいな勢いで指さす那都。甘草が笑う。
甘草:「これこれ。人を指さすのは如何なものかと思うぞ~?」
那都:「……(ため息)…。
で?なんで着いて来てる。あんたの望んだとおりに自由時間を与えただろ」
甘草:「その通りじゃ。ワシは、その自由時間を満喫しておるんじゃよ~。
……おぬしを尾行して、いつ気づくのか。という目的を持ってのぅ?」
那都:「……そうか。だが、気が散る。どっか行ってろ」
那都:心の声
《俺としたことが…。暇つぶしであっても後をつけられてることに気づかないなんてっ…!》
N弍:那都は、羽虫を払うような動作をとってから、歩き出す。
駄々をこねて不満げな顔をする甘草。そんな彼の横を何も知らない女子学徒が通る。
甘草:「ぬーん、連れないのぅ~。
(なにか閃き)……のぅ?可愛らしい一年のお嬢さん」
女子A:「へっ!?は、はい…!?」
甘草:「(甘い声で)肌も若々しい。…おぬし、名前は?」
女子A:「え、えっと…!」
N弍:那都は、見逃さなかった。
鋭い視線で振り向き。大股で、甘草に歩み寄ってブレザーの後ろの襟首を掴んだ。
甘草:「ぐぇっ!」
那都:「このバカっ!……すまんな、一年生。うちのとこのアホが失礼した」
女子A:「い、いえ!だ、大丈夫です!」
甘草:「な、ナッツくん……き、気道がしまって……」
那都:「うるさい。アンタには、少し気絶しててもらった方が楽だ」
甘草:「だ、だ、そうじゃ…。す、すまんの、一年のお嬢さん……」
女子A:「いえ!本当に、大丈夫ですので!し、失礼しますっ!!」
(小走りで去る)
那都:「……ほら、行くぞ」
甘草:「ちょっ、ちょっとナッツくん!?おーい!えっ、えっ…あ~~れぇ~~…」
N弍:那都は、ズルズルと甘草を引っ張り歩く。
角を二つ曲がり、まっすぐな廊下を抜け、目的地 付近で甘草の後ろ襟首から手を離した。
那都:「ほらよ」
甘草:「ケフッ……。……まったく、容赦してくれんかったのぅ~?」
那都:「あの場で、帰れって行っても帰らなかっただろ。……アンタ、どこから着いて来てたんだ」
甘草:「ワシか?ワシは、ナッツくんが禅ちゃんの執務室から出てくる時からじゃよ」
那都:「はぁ!?ほぼ最初からだと!?」
那都:心の声
《ぬかった!もし、相手が暗部とか諜報の奴なら俺は明らかに殺られてる……!》
甘草:「ふふん!ワシの尾行スキルもなかなかのものじゃろ!」
N弍:その瞬間、甘草の頬スレスレに拳を突き出す。
甘草は、瞬き一つせず表情もヘラヘラとした笑みからくずさない。那都が、舌打ちした。
那都:「……二度と、俺を尾行するな。同行したいなら、はなからそう提案しておけ」
甘草:「ふむ。楽しんでもらえんかったようじゃな。残念、残念」
那都:「楽しむ?楽しめるわけないだろ。バカか」
甘草:「バカで結構じゃよー。して、ナッツくんよ。ワシは、どこに居ればいい?」
那都:「好きにし……いや、待ち合わせ場所に指定されてる部屋の横で待ってろ」
甘草:「ふふ、りょーかいじゃよ」
(間)
──同日、午前中のこと。
N壱:まだ入隊したいところが決まっていない新入生が、一年生フロアでワイワイしている朝礼後のこと。
とある教室の窓際の席で、フードを目深く被って表情を隠している男子学徒──悠崎 巡が読書をしている。そんな彼の背後にそろりそろりと近づくのは──
古戸嶋:「めーぐーるー!くんっ!」(抱きつく)
悠崎:「ぐぇっ……、こ、古戸嶋……」
古戸嶋:「巡くん!本日の、ご予定はお決まりですか〜」
悠崎:「よ、予定……?予定なら、入隊を募集してるところを回る、かな……」
古戸嶋:「そうなんですね!でしたら、わたしもご一緒しても〜?」
悠崎:「あ、いや、あのさ……古戸嶋……」
古戸嶋:「なんでしょう〜」
悠崎:「あー、えっと、そのさ……せっかく、こんな離島に来てまで学園に入ったんだし、他の人と関わりを持ってみるとかしてみないの、かなって……」
古戸嶋:「同期からのオトモダチさんなら、いますよ〜?」
悠崎:「あ、いや、そういうことじゃなくてね……?」
古戸嶋:「う〜ん、巡くんが何を言いたいのか。わたしには、分かんないです」
悠崎:「……ソウデスヨネ……ワカッテマスヨ……」
古戸嶋:「えっ、急にカタゴト?壊れちゃいました?大丈夫ですか〜」
悠崎:「……離れてよ……とりあえずさ……」
古戸嶋:「えー、わたしはくっついていたのにっ」
悠崎:「視線が、集まってるからっ……頼むよっ……」
古戸嶋:「むぅ!わかりました〜!」(離れる)
悠崎:「う、うん……ありがと……」
古戸嶋:「(隣の空き席に座る)それで、何時からまわりますか〜?」
悠崎:「(小声)……全然、伝わってないじゃん……」
古戸嶋:「時間とか決まってないのでしたら、決めちゃいましょう!それと、この勧誘チラシ見てください〜!わたし、この部隊とか良いなって思ってて〜」
悠崎:「あー、うん、いいんじゃないかな……(古戸嶋には)」
悠崎:心の声
《部隊 推薦の声がかかってるなんて言ったら、あの手この手で入ろうとしそうだし、言わないでおこう……。気づかれずに入隊できれば、距離をとるチャンスだ……》
N壱:周囲からは、朝から元気なバカップルだな…という妬み、呆れの視線を集めていたわけだが。
根暗な彼には、どうしても彼女と距離をとりたい理由がある様だ。
果たして、成功するのだろうか。
(間)
──視点は戻って、那都と甘草。
那都:「このフロアは、学徒が自由に使っていい会議室が並んでいるところだ」
甘草:「ほう。こんなフロアがあったんじゃな〜?」
那都:「……あんた、記憶が欠落してるとかじゃないんだよな?」
甘草:「なんじゃー?唐突に」
那都:「小埜路 補佐官の話だと、あんたは四年前まで在校生だったんだろ?」
甘草:「ああ、そうじゃよ。して、ナッツくんよ。禅ちゃんからどこまで聴いておる?」
那都:「どこまでって……あんたが、在校生だったってことだけだ」
甘草:「本当か?他には聞いておらんのか」
那都:「本当だよ」
甘草:「ふむ。そうか。
まあ、なんでもいいんじゃがな。ただ、ワシが通っておった時分にはお世話にならんかったのぅ〜」
那都:「そうか、このフロアを使ってなかったってこともあるのか……」
甘草:「こう言った部屋を使わんくとも。
ワシが、率いておった頃の甘草進撃は大隊規模じゃったからな。部室も立派なとこじゃったよ。……議長係なんてのもあったのぅ?」
那都:「……そうか。記憶の欠落とか不躾だった。わるいな」
甘草:「ふふ〜、別にいいんじゃよ」
N弍:ここで解説タイム。
この三津ヶ谷学園での部隊規模について。進撃も遊撃も。
小隊が三人から一四人。中隊が一五人から四〇人。四〇人を超えると大隊に分類されるのだ。
那都:「よし、着いたな。
この空き教室の中で待ってろ。
……聞き耳は立てるなよ。わかったな?」
甘草:「わかっておる。大人しくしていろってことじゃろ」
那都:「本当に、聞き耳をたてるなよ」
甘草:「念を押さんくても理解したわい!」
那都:「ならいい。終わったら、声をかける」
甘草:「おんおん。また後でじゃな〜」
N弍:那都が待ち合わせの会議室へと入って行った。甘草は、彼の後ろ姿を見送ったあとに不敵に笑えば空き教室へと入った。
(間)
那都:「失礼しま……ん、誰もいない?」
N壱:後ろに下がって、部屋の名札を確認する。
那都:心の声
《間違っていない…。まだ来ていないのか?》
N壱:那都は、顎に手を当てて。
視線だけを動かして室内を見やる。那都 以外の人も、物音も、息遣いも聞こえない。本当に静かな室内だ。
那都:「ん。……わかった。そういうことか」
N壱:那都は、窓際の右角の壁へと歩み寄る。
その壁をペタペタと撫でて、窓を囲っている壁も撫でる。
那都:「なるほど。やっぱりか。
……じゃあ、そういうことなら──」
N壱:ブレザーの胸ポケットから見た目からして武器になりそうな細くて先の尖ったタイプのシャーペンを取り出す。
芯をカチカチと出し、円を書く。そして、円の中心に(芯を引っ込めた)ペン先を──
那都:「うらっ!(壁を刺す)」
《俺の予測があってれば、ここの違和感であっているはずだ……》
<>
那都:「勘違いだったか?」
N壱:時計の秒針が一周した後、そう呟いた。
ボールペンを突き立てた壁から引き抜いて、胸ポケットへと戻した。すると、微かにヒクッ…ヒクッ…とすすり泣く声聴こえた。
那都:「(ため息)……おい。やっぱり、誰か隠れてるだろ」
那都:心の声
《俺は、妙な確信を持って壁へと声をかける。傍から見たらただの変人だな。
けど、俺の目に狂いがなければ壁は二重構造になっているはず。
なぜ、気づいたのか。
そんなの、備え付けられている棚と数センチだけズレているからだ。……穴は、まあ、あとで直せば問題ないだろう。》
<>
那都:「早く出て来い」
N壱:壁の中から這いずる音が聞こえ、時計の秒針が半周した。那都が違和感を覚えた戸つき棚から男子学徒が出てきた。
その相手に──
那都:「なっ、あんたは……!」
(間)
──甘草のいる教室 視点。
N弍:一方、大人しくしているように言われた甘草は?
甘草:「ワシの勘があってれば~…」
N弍:無論、大人しくなどしていなかった。
学習机を三段重ねにして、その上へと登っている。鼻歌まじりに、壁の上部に飾ってある額縁や壁時計を外しつつ。
甘草:「おっ、やはりのぅ~!ワシの勘は間違っておらんかった~」
N弍:一番大きい額縁を外した。
その下には、隣の部屋が覗けるくらいの穴が空いていた。過去に部屋を使用した学徒が、誤って穴を開けてしまったのだろう。
甘草:「ナッツくんからは、聞き耳を立てるなよ、とは言われたが。覗き見をするなとは言われておらんからな~」
N弍:あー言われたら、こー返す。
正しく捻くれ者が思いつく手段である。そんな甘草だが。足場にしている机が崩れないように梱包紐で結んであるあたり。抜かりない。
甘草:「さてさて。ワシとて、気になるものは気になる。覗かせてもらうぞ~…(覗き込む)」
(間)
那都:「なっ、あんたは……!」
N壱:ぬっ…と棚の戸から出てきたフードを被った男子学徒。彼と那都は、面識があった。
那都:「あんた、悠崎だったよな?」
悠崎:「(目元を拭いつつ)…うぅ…そうです…
三月にお世話になった悠崎 巡です……」
那都:「だよな。えっと、わるかった。泣かせるつもりは全くなかったんだ。
……(小声)何もかも甘草のせいだ……道中で尾行ごっこなんざするから変に警戒するはめに……」
悠崎:「え??」
那都:「いいや、独り言だ」
悠崎:「そうですか……
(鼻をすする)……シャーペンって壁、貫通すること出来るんですね……オレの顔すれっすれでしたよ……?」
那都:「まあ、勢いつけて刺したしな。申し訳ないことをした。怪我ないか?」
悠崎:「あ、いえ……当たってないんで、セーフです……」
那都:「そういう問題でもない気がするが、ケガがなくてよかった。……ちゃんと進級できてたんだな」
悠崎:「あ!はい、お陰様で 」(泣き止む)
那都:「進級おめでとう。……ちなみに。なんで、壁の中に居たんだ?」
悠崎:「あー、えっと…。右城先生から言われてたんです……」
那都:「なんでだ?手間だったろ」
悠崎:「いや、まあ。手間でしたけど……えっとですね……
『悠崎学生!入るべき隊を見出すには!どこかに隠れて、気づいてくれた人の隊に入るべきだ!』って……熱く語られまして……。」
那都:「なるほどな、右城先生らしいな」
悠崎:(こっからブツブツと)
「……いや、本当にお手間を掛けたのはオレの方で…、自分で入りたい隊も決められないようなやつが、他人様に選んでもらうなんておこがましいですし、というか、まさか、今日の相手が那都先輩だったなんて──」
那都:「あー、わかった。わかった。ちょっと落ち着け。とにかく、右城先生の入れ知恵だったんだな。」
悠崎:「えっ、あっ、はい……その……オレ、存在感薄いんで……」
那都:「だから、存在感のうすさを活かしての壁の中か。何だか、隠密行動みたいだな」
悠崎:「実は、何日か前にも勧誘されていた隊の人と会う機会があったんですけど……那都先輩みたいに、その隊の人は見つけてくれませんでした……。」
那都:「建付けに違和感しかないのに、気づかないって間抜けなやつだな。」
悠崎:「たてつけが変なのは、えっ、えっと……この会議室、過去に諜報部のどこかの班が使ってたみたいなんです……」
那都:「……なるほど、諜報ね。つまり、あんたが隠れてた壁以外にも隠れ場所があるってことか」
悠崎:「はい。そういうことです……」
那都:「そうか。まあ、俺が気づけたのはたまたまだよ。違和感が強かっただけ」
悠崎:「たまたまだなんて……。」
悠崎:心の声
《それなのに、シャープペン突き刺すって…那都先輩は容赦がないなぁ……》
那都:心の声
《小埜路さんが言っていた学徒ってのは悠崎だったか。
悠崎は、白だけでも七百人を超える第二〇期生の中でも上位二百人に名を連ねる戦闘スキル。
頭脳面でもきょどったり、卑屈な点を除けば優秀な学徒だ。……しかも、俺と一緒に甘草に対面してる。なるほど、申し分ない人材だな。》
N壱:お互いに黙り込んで、思考めぐらせる。
秒針がチッチッチッ、時間を刻む。
(間)
──その頃、覗き見をしている甘草は?
甘草:「ほほう?なるほどのぅ
ナッツくんが面会しとるのは、あの争奪戦のときに見かけた猫背の訓練生だったかぁ〜」
N弍:未だに、机の上によじ登って隣室を覗き見ている甘草。
甘草:「にしても、壁を刺すとはナッツくんの容赦ないのぅ〜?くわばらクワバラ……」
古戸嶋:「あのー!」
甘草:「むむっ!話しとる声が小さくて聞き取れん言葉があるのぅ〜……」
古戸嶋:「あのー!すみません!」
甘草:「なんじゃ!なにやつじゃ!!」
古戸嶋:「あ、ごめんなさーい。ワタシ、人を探してて!」
甘草:「(相手を見て)む?人探しとな?まあ。なんじゃ、見て通りじゃよ。この教室にはワシしか居らん。」
古戸嶋:「そうみたいですね!
でも、あの!先輩……ですよね?なんか、見たことない制服を着てらっしゃるみたいですけど!」
甘草:「いかにも!ワシは、れっきとした高等部の三年じゃぞ!」
古戸嶋:「よかったー。てっきり、そんなとこに登ってるから不審な人かと〜」
甘草:「……ふむ、不審か。なら、降りねばな」
N弍:外した額縁を元の位置に掛け直し。穴を隠す。そして、ひょいっひょいっ身軽に机から降りて古戸嶋の近くに寄る甘草。
甘草:「して。おぬしは、何年生のダレちゃんじゃ?」
古戸嶋:「あ、失礼しました!ワタシ、第二〇期生の古戸嶋冴紅といいます!」
甘草:「ほほぅ?ならば、新入生じゃな。
ワシは甘草隠岐じゃ!冴紅ちゃん、よろしくのぅ?」
古戸嶋:「はい!よろしくお願いしますっ」
甘草:「うむうむ、元気な女子は好みじゃって〜」
古戸嶋:「あの!甘草センパイ!」
甘草:「あー、ワシのことは 隠岐さん とでも呼んでくれな?」
古戸嶋:「はい!隠岐さん!それで、お聞きしたいのですが!」
甘草:「うむ。なんじゃ?」
古戸嶋:「ワタシ、めぐるくんを探しているんです!どこに行ったか知りませんか?」
甘草:「めぐるくん、とな?」
古戸嶋:「はい!ワタシの幼なじみなんです!」
N弍:画像を見せて欲しいとも言われていないが、ブレザーのポケットから学園支給の端末を取り出し、何やらスクロールしたのちに甘草に端末を傾けた。
古戸嶋:「めぐるくんは、この人のことです!」
甘草:「むむっ!これはっ!」
N弍:見せられた画像には、学園の正門と噴水広場に咲く桜の大樹をバックに横並びになった満面の笑みの古戸嶋と、見たことのある男子学徒が写っていた。
甘草:「なんじゃあ!これは頂けん~!なかなかの巡り合わせ……
これは面白いのぉ~!!」
古戸嶋:「えー!なんか、隠岐さん!悪い顔してません?」
甘草:「冴紅ちゃんの気のせいじゃよ〜」
古戸嶋:「ホントですか〜?」
甘草:「ほれほれ、そんなことよりじゃ!人探しを手伝ってやるから、相手の話を聞かせてくれな?な?」
古戸嶋:「やったー!ぜひ、聞いてください!」
N弍:あきらかに、甘草の悪巧みが始まっていた。
(間)
──さて。暫く熟考し、黙っていた那都と悠崎だったわけだが。
那都:「それでだな、悠崎」
悠崎:「あの、えっと、那都先輩……」
那都:「ん?なんだ」
悠崎:「あ、すみません……えっとですね……。お、オレからお願いするのは、お門違いというか図々しいと言いますか……」
那都:「だから、どうした?」
悠崎:「オレを……!那都先輩の隊に入れてください……!(深々)」
那都:「ああ。そのことなら問題ない。はなからそうするつもりだ」
悠崎:「本当ですか……!?」
那都:「ああ。あんたが、入隊を望んでくれるなら願ったり叶ったりだ」
悠崎:「やったっ…!!オレ、訓練生の頃から那都先輩に憧れてまして……!!」
那都:「お、おう。なんか、そんなこと前にも言ってたな……」
那都:心の声
《憧れか。俺にそんな要素なんてあったか?まあ、何はともあれ悠崎、そんな顔できたのか……。テンション上がってんのか、顔色がさっきよりマシになった程度だが……》
<>
悠崎:「あ、訊いておきたいのですが……、那都先輩の他には、誰が在籍されているのしょうか……」
那都:「そう、それが一番重要だった。……悠崎、あんた。アイツのこと、覚えてるか?」
悠崎:「アイツ?」
那都:「ああ。三月の物資争奪戦のときだ。あんたのこと、からかってきた空色の頭髪に、紫色の瞳をした男のこと」
悠崎:「……えっ……(顔色が悪くなる)」
那都:「覚えてるんだな。
喜んでくれたあとで悪いんだが。
……オレが長をする隊は特殊扱いなんだ。学園のトップ。
総司令長の<お願い>で発足された補佐官の小埜路 少佐の監視下で率いる隊だ。
……その上で、副長の職を例のアイツが務めることにもなっている」
N壱:金魚のように口をパクパクとさせる悠崎に対して、断れるかもな。と邪推する那都。
それでも、ひと握りの頼みの綱を探って言葉を並べ、入部届けの紙を取り出す。
那都:「ここまで訊いて、入ってくれるなら書類にサインを頼みたい」
悠崎:語り
「オレは、口を数回、開閉した。目を瞬く。
『はい』と答えるだけでいい。なのに、声が直ぐに出なかった。
空色の頭髪で紫色の瞳。あんなの、忘れるわけがない。あの男の人の容赦なく相手を叩き潰す戦闘スタイル。ひょうひょうとしていて内側の分からない性格と物言い。
そんな男の人がいる隊に?
でも、憧れの那都先輩が率いる隊…答えはひとつだろ……、オレは、オレは……」
N壱:悠崎は、右手を握り拳の形にした。
悠崎:「……オレは……」
那都:「…… ……」
悠崎:「…… ……
(唾を飲み込む、顔を上げる)
……入ります。オレを、隊員として迎えてください」
那都:「そうか。よろしく頼む」
悠崎:「はい。よろしくお願いします」
那都:心の声
《決心した時の悠崎は、いい顔するんだよな》
悠崎:「えっと……、この紙に名前と学年を書けば大丈夫ですか……?」
那都:「ああ。ここと、この部分にも名前と学年を書いて。下が書いた本人の控えの紙。上の紙は提出用だから」
悠崎:「わかりました……」
(間)
悠崎:「あの、これで。大丈夫でしょうか……」
那都:「ああ、不備なし。大丈夫だ」
N壱:悠崎は、しゃがみこんで愛用の青インクのボールペンで項目へと記入し終え、那都へと紙を手渡した。その時、会議室の扉が開いた。
甘草:「おじゃまするぞ〜」
悠崎:「(甘草見るなり)…ひょえっ……」
那都:「なっ……!あんたな。隣で待ってろって」
甘草:「まあまあ、ナッツくん。カリカリせんでくれ〜」
那都:「キレたくてキレてるんじゃない」
甘草:「ワシは、おぬしに紹介したい学徒がおってな〜?
(悠崎を見て)お~、おぬしは猫背の子じゃな!久方じゃぞ〜」
悠崎:《ね、猫背の子…??》
「……あ、ど、どうもです……」
甘草:「おぬしが、我が隊の新入りになるのかのぅ?よろしくじゃぞ!」
悠崎:「そうなりますね……よろしくお願いします……」
N弍:覗き見していたくせに、まったくもって白々しい物言いである。
那都:「(ため息)それで、紹介したい学徒ってのは誰だ?また、あんたは余計なことをしでかして──」
甘草:「余計でも良かろう?ワシは、仮にも副隊長。学徒を推薦する権利くらいはあるはずじゃ」
那都:「わかった。ちゃんとした奴なんだろうな?」
甘草:「ふふっ、そこはぬかりないぞ〜。……ほれ、待たせたのぅ」
N弍:甘草の招き入れる言葉とともに、姿を見せたのは桃色の頭髪をポニーテールにした女子学徒──古戸嶋冴紅だった。
古戸嶋:「失礼します!(一礼する)」
悠崎:「なっ……オマエっ……」
甘草:「おやおや、何じゃ何じゃ〜?(ニヤニヤ)」
那都:「悠崎の知り合いか」
悠崎:「あ、いえ……その……(顔を俯かせる)」
古戸嶋:「初めまして!第二○期生の、古戸嶋冴紅と言います。
使用武器はサーベル!進級試験での剣部門・一五〇人のうち四十五番目でした!
あとは、そこに居る。(悠崎を見て)
──巡くんの許嫁です☆」
那都:「許嫁!?」
甘草:「い、許嫁じゃとー!?」
悠崎:「…… ……。」(腹を押えて、沈黙)
那都:「おい、甘草。あんたに、余計なことするなんて言って合ったよなぁ」
甘草:「そんなに怒るでないぞっ、ワシとて……初耳じゃぞ!先程まで冴紅ちゃんと話しておったが、そんな話題は一回も……」
那都:「(ため息)……悠崎、本当か?」
悠崎:「……ええ、まあ……。家の決定で本人の意思はありませんけど……」
古戸嶋:「もぅ!そんなこと言って!(悠崎に詰め寄る)」
悠崎:「こ、古戸嶋……近いっ……」
古戸嶋:「親同士とか関係ないですっ!わたしと巡くんはニコイチだと何度言えば分かってくれるんです!?」
悠崎:「わかるも、なにも……オレはオマエにそういう情とか……愛だ恋だの想いは……」
古戸嶋:「また、そんなこと言って!酷いっ!!(瞳が潤む)」
悠崎:「えっ、あっちょっ……」
甘草:「おやおや。猫背の子は隅に置けない男じゃな〜?」
那都:「悠崎、いくら親同士が決めただけの関係でも異性を泣かすなよ」
悠崎:「んええっ……!那都先輩まで、そんなことを……!」
甘草:「ほれほれ。早くせんと、乙女の心は脆いぞ〜?」
悠崎:「冷やかさないでくださいっ…!あ、なあ…古戸嶋……」
古戸嶋:「いつも言ってるでしょ!下の名前で呼んでって……!」
那都:心の声
《初対面の俺たちが置いてけぼりって。……女子ってのは皆、こうなのか?》
甘草:心の声
《よく分からんが、訳アリのようじゃなぁ?まあ、楽しいから良しとするかのぅ〜》
悠崎:「……ごめん、呼べない。
けど、情がないってのは言い過ぎたよ……。なあ、古戸嶋。泣き虫なのはいつなったら治るんだ……?」
古戸嶋:「巡くん相手には、治りませんっ…!(抱きつく)」
悠崎:「くっ……いつまでたっても、ワガママなお嬢様だよなぁ……。」《胃が痛い……》
(間)
甘草:「とまあ、ナッツくんよ。
ワシら、置いてけぼりではあるが。冴紅ちゃん本人の紹介の通り、戦力としては問題なかろう?」
那都:「まあ。そうだな。男三人より、一人くらい女子が居ても問題ないだろ。……作戦の幅も変わるしな」
甘草:「ふむふむ。隊長の承諾は得られたみたいじゃな〜」
那都:「あんたにしては、いい人材だ。……人間関係は複雑のようだがな」
甘草:「一目見た瞬間にワシはピンッと来たからのぅ〜」
那都:「ふん、あんたにしては。だからな?」
甘草:「ほっほっほ〜、わかっておる。ワシにしては、じゃろ?」
那都:「ああ。……にしても古戸嶋か。本当にいい人材だ」
甘草:「ピンッと来たとは言うたが。何かあるのか~?」
那都:「古戸嶋ってのは、ここ五十年のうちに本土で実績を伸ばしている製鉄産業の企業と同じ名前だ。
古戸嶋さん自身が、そこの令嬢かは分からんが……無関係ってことはないだろう。」
甘草:「ほほう?だから、許嫁やらお嬢様やら言うとるわけか~」
那都:「というか、あんた。
どうやって古戸嶋さんと知り合った?やっぱり大人しくしてろって言ったおいたはずだが、大人しくしてなかったな?」
甘草:「あー、これこれ。ワシは、言いつけ通りに隣の空き部屋に居ったぞ?
ただ、後客として冴紅ちゃんがやって来たんじゃよ」
那都:「後客だと?」
甘草:「そうじゃよ、人探しをしておる〜とな?」
那都:「つまり、ただのストーカーか」
甘草:「まあまあ。そう言ってやるな。
恋するものは、ちょっとした事でも気になってしまうもの何じゃよ」
那都:「俺には、よく分からん」
甘草:「ナッツくんも、いずれ分かるじゃろ。……さてさて、気持ちは整ったかのぅ〜?お二人さん」
悠崎:「えっ、あっ……すみません……!」(古戸嶋を押しのける)
古戸嶋:「(少しムッとするものの)……はい、大丈夫です〜」
悠崎:「……(小声)ころっと変わるんだから……」
那都:「改めて、古戸嶋さん。
あんたには、俺が率いる隊がどんなのかを説明させてくれ」
古戸嶋:「そのことなんですけど、もう聞いてあります〜。この部隊は、総司令長サマと小埜路 補佐官サマの直属の特務小隊なんですよね!」
那都:「……正解だ。だが、いったい、誰に聞いた?」
古戸嶋:「隠岐さんにです〜」
那都:「(甘草を見る)……先に言えよ」
甘草:「あはは〜なんの事じゃ〜?」
那都:「目ぇ逸らすな。俺の目を見ろ」
甘草:「ケチ臭いのぅ〜、別によかろー?ワシにも権利くらいあるんじゃろ」
那都:「だからって、口が軽くちゃ困るんだよ。特務の扱いだって説明も受けてんだろうが」
甘草:「ワシは、おぬしが断らんと踏んでいたから──」
古戸嶋:「この書類に名前を書けばいいんですね~」
悠崎:「おいっ、古戸嶋……!勝手に……」
古戸嶋:「え、でもでも。わたし、何を言われても入隊しますよ~?」
悠崎:「オマエってやつは……(頭を押さえる)」
那都:「マイペースか」
甘草:「ワシもビックリなマイペースじゃな~?」
古戸嶋:「よし、書けました~。
よろしくお願いしますね、那都 无代先輩。」
那都:「あ、ああ。よろしく……」
古戸嶋:「あ、先輩のこと下の名前で呼んでもいいですか?无代ってキレイな響きですよね~」
那都:「好きに呼んでくれ……」(疲労濃いめ)
甘草:心の声
《愉快じゃな~。ナッツくんが渋いかをしておる》
悠崎:心の声
《那都先輩、ごめんなさいッ……!》
N弍:こうして、時を経て。
再編成および結成された甘草進撃小隊。
那都と悠崎は、この対面のあとに救護室へ胃薬と頭痛薬を貰いに行ったとか行かないとか……
〜回想シーン おわり〜
(間)
那都:心の声
《出だしが、出だしだったが。まあ、上手く馴染めているようだな。稽古も、滞り泣くって感じだ。……深堀しなきゃ問題ない奴らなんだよな……》
N壱:時は戻って、現在の五月の終わり頃。
那都は、稽古場の室内にある観戦席で階下を見ながら思った。視線に気がついた古戸嶋が振り向く。
古戸嶋「无代先輩~」
悠崎「あ、那都先輩ー」
N壱:後輩二人から手を振られ、軽く手を振り返した。
古戸嶋「无代先輩ー!先輩も、一緒に稽古しましょー!」
那都「すまん、書類が片付かないから、また今度なー。(紙の束を持ち上げる)」
古戸嶋「えー!残念ですっ!」
悠崎「古戸嶋、ワガママ言って困らせるなよ……」
古戸嶋「じゃあ、巡くんが相手してくれるんですよね!」
悠崎「え、オレはもうじゅうぶ──」
古戸嶋「さっ、今度は奇襲戦を想定した動きにしましょう!準備しましょ〜」
悠崎「は、話を聞けぇ〜!」
那都:心の声
《あーしてりゃ、普通に素直な後輩たちなんだよな……》
N壱:後輩たちのやり取りを見下ろしながら軽くため息をつく那都。
革靴 特有の足音が観客席の通路を歩く音が聞こえてきた。ちらり、音の方向を見やれば──
小埜路「那都学生」
那都「あ、小埜路補佐官。お疲れ様です」
小埜路「ああ、お疲れさん。……どうだ。隊員たちの様子は」
那都「報告書にも書きましたが、特に問題はないです」
小埜路「ふむ…、アイツも在校生らしく過ごしてるみたいだな」
那都「甘草ですか?」
小埜路「ああ」
那都「あの、小埜路補佐官。たびたび思っていたことをお訊きしても宜しいでしょうか」
小埜路「なんだ」
那都「甘草……。四年前のアイツは、どう言った学徒だったのでしょうか」
小埜路「……アイツは──」
<>
悠崎「わー、すげぇ……マジで補佐官様だ……」
古戸嶋「巡くん!もう一回戦です!」
悠崎「え、オレ、さすがに休みたいんだけど……」
古戸嶋「気絶してた分、動かなきゃですよ!」
悠崎
「はぁ……、だって、聞いてよ古戸嶋……。オレ、さっきから一本も勝ててないだろ…?
何のためにサポート系の武器使ってんだろ……。オレが、どんくさいからかな……。オレとしてはそれなりに動き回ってるつもりなのに……」
古戸嶋「あー、もう!巡くん!そうやって、気落ちしないでください!」
悠崎「でもさぁ……」
甘草「うーーむ!(首を傾げ)」
古戸嶋「隠岐さんー?」
悠崎「甘草先輩……?」
古戸嶋&悠崎「「どうしたんです?」」
甘草「うむむ……」
古戸嶋「どうしちゃったんでしょう」
悠崎「いや、わかんない……」
甘草「(ため息)……のぅ、お二人さん」
古戸嶋「はい!なんでしょう!」
悠崎「は、はい」
甘草「ナッツくんは、あーやってよく補佐官と話しておる姿を見かけるじゃろ」
古戸嶋「そうですね〜、よく見かけます〜」
甘草「気にならんのか」
悠崎
「いえ、気にならないです……。
だって、那都先輩は隊長ですよ……。
オレたちには言えない事くらいあるんじゃないかなって思ってます…はい…」
甘草「ふむ。そういうものかのぅ」
古戸嶋「隠岐さんは気になるんですかー?」
甘草
「ああ。気になるぞ。
当たり前じゃろ?いくら、ワシらの隊が特殊扱いだとしてもじゃ。……補佐官も暇ではなかろう。なのに、ナッツくんに会いに来て喋っておる。おかしいとは思わんか?」
N弍:壱シャラン…と鉄扇を開いて、口元を隠した。後輩二人は、その仕草に目をパチクリ瞬いて首を傾げる。
悠崎「甘草先輩がなんで気になってるか、わからないです…。口答えして、すみません……」
古戸嶋
「そうですよー!巡くんが言った通り!どんな部隊の隊長さんも、隊員に全てを連絡する人ってめったに居ないと思いますー!」
甘草「……ぷっ、アハハハッ……!」
悠崎「えっ…なんで笑って……」
古戸嶋「変な、隠岐さーん」
甘草「ふふっ、あーあー…(天井を見上げ)…無垢ゆえに面白い子たちじゃ……」
古戸嶋「それより!もう一回戦しましょうよ!」
悠崎「ねぇ。オレ、見学じゃダメ……?」
古戸嶋「ダメっ!」
悠崎「ちぇっ……」
甘草「あー、すまんの。ワシ、ちょいと抜けるわい」
悠崎「えっ……甘草先輩……?」
古戸嶋「隠岐さーん!まだ、終了時間じゃないですよー?」
甘草「急用じゃ、急用。用が済んだら戻ってくるからのぅ!(小走りしつつ)」
古戸嶋「ホント、変なのー」
悠崎「……じゃあ、オレも休憩を……ぐぇっ……」
古戸嶋「(背後から抱きついて)巡くんは、ワタシともう一戦!」
悠崎「勘弁してよぉ……古戸嶋ァ……」
古戸嶋「ほら!位置、ついて!」
悠崎「あー……休みたい……」
(間)
N壱:板の間から出て行った甘草は、歩きながら何かをいつぞやの小埜路の発言を思い出し、呟いた。
小埜路
『貴官の腐り、原型など見えない性根。現役の学徒と関わることで刈り取らせてもらう』
甘草「ふふっ…ふふふっ、たはぁ〜……
……今までとは、本当に違うようじゃな。禅ちゃんめ、なかなかに楽しませてくれるのぅ……」
N壱:夜明け前の空に似た紫色の瞳が、怪しく細まる。シャラン……と音を立てて、鉄扇を開いたり閉じたりした。
(間)
N壱:一方、小埜路に問いかけた那都は。
那都「……甘草はどんな学徒だったんでしょうか」
小埜路「アイツは、目立つような奴ではなかった」
那都「……と、言いますと?」
小埜路「いろいろ語らせてもらうことになるが、時間は大丈夫か?」
那都「はい、時間はまだありますので」
小埜路「感謝する。
……甘草は、元より戦力補填で様々な部隊を渡り歩く学徒だった。だが、二年生の初夏を機に……旧と言っておこうか。旧・甘草の隊長に就任した。」
(間)
小埜路
「そもそも、私はこの学園に入ったのは家柄が関係しているからだ。父や祖父……
家の男は、身体に問題なければ代々軍に属する。私も、その考えに異論はなかった」
那都「生粋の国防官の家系なんですね」
小埜路
「ああ、そうだな。
まあ、政策が動き出す前から身内が国防の職には就いていたからな。
私も、運良く学園での日々を生き残り、あと少しで特隊生に選ばれるのでは、と言われるくらいの戦績があった。
そんな高等部二年の時。他所の部隊で代理の副隊長をしていた甘草が声をかけてきた」
那都「何が目的だったでしょうか」
小埜路
「いいや、わからない。わからないが、"新しく隊を作ろうと思っている。良ければ、名を連ねて欲しい"と何食わぬ顔で誘われた。
……このまま、簡単に特隊生になるのは面白味がない。私は、若さゆえの寄り道をした」
那都:心の声
《突飛なところは、今と至って変わらずって感じだな。でも、いつから、あんなジジ臭い口調になったんだ?腹の底をわからせない立ち振る舞いに……》
小埜路
「旧・甘草に初期メンバーとして名を連ねていたのは、私と他に六人居た。
当時を知るもので、学園に残っているのは黒の教官をしている東阪と赤の教官である西木戸、そして私の三人。
……当時の甘草 隠岐は、周囲に人が集まるタイプの隊長の一人だった。」
那都:心の声
《東阪先生は、砲撃部隊の主任教官。
西木戸先生は、赤で教官長の補佐役と聞いている。どちらも優秀な人だ。……旧・甘草では、そういった人材が育ちやすかったのか……?》
小埜路
「だが、旧・甘草が結成されてから半月もしない頃だ。
新たに女子学徒が入隊して来た。男ばかりの隊に紅一点とでも言うのか。
彼女の存在は、新たな作戦を練る刺激になった。彼女の名は、天嶺汐莉。皆、シオと呼んでいたな」
N壱:懐かしむような、哀愁を感じさせる眼差しで遠くを見やる小埜路。その横顔を真剣に見つめた那都。
小埜路
「……シオは、朱色の髪をしていて賢く。非の打ち所のないくらいの美人。彼女は、隊員たちの良き補佐役だった。天真爛漫で、コロコロと変わる表情はとても惹かれる存在だった」
那都:心の声
《やっぱり、女子が居るといないとでは作戦の範囲も変わってくるのか……にしても、天嶺さんは、なんで入隊しようと思ったのか気になるな……》
小埜路「でもな、ある時期の争奪戦を機に【変化】が訪れた。正直いって、あの日の実戦を思い出そうとすると何かが拒否反応を示して、上手く思い出せない。
……結果的に【変化】したのは確かだ」
N壱:那都は、ただ息を飲むことしか出来ない。先程から、喉がぴりつく程に渇いてしまって唾液で潤すを繰り返した。
小埜路「【変化】したのは、甘草がシオを独占するようになったこと。
……隊の規則に色恋沙汰は禁止としていなかったが、シオに触れるな、と声を荒らげては周囲を威嚇する。実績を残さなきゃならないのに、訓練に支障をきたすようでは本末転倒だ。
私は、副隊長として甘草に真面目に活動するように進言した。だが、アイツはなんて答えたと思う?」
那都「……わかりません。想像も、つきません」
N壱:小埜路は、顔を俯かせて。握りしめた拳を見つめ、吐き出すように話す。
小埜路「……甘草は、辞めると言い出した。
隊長の役職など名乗りたければ譲ってやるとまで言われた。シオは、譲らないと。
私は、ついカッとなって殴った。殴れば、殴り返され。互いに酷い有様になった時に、部隊室に戻ってきた東阪たちから仲裁された。──止めが遅ければ、刺していた」
小埜路:心の声
《……今でも、生々しく憶えている。殴るたびに、感じた骨の硬さ、ヌメる血。殴られているのに、甘草の何も写さない感情の瞳。思い出すと身震いするほどに冷たかった……》
那都「……申し訳ありません。小埜路補佐官。
本当にそれは、甘草の話なのですか?今のアイツと違いすぎませんか。」
那都:心の声
《……人を独占する?あんな、縛りを嫌いそうなやつが?》
小埜路「そう思うのは仕方ないことだ。だが、事実だ。那都学生、私が聞いてほしい話はもう一つある」
那都「なんでしょうか」
小埜路「……旧・甘草が結成してから八ヶ月。その頃、所属の隊員は四〇を超していた」
那都:心の声
《……甘草の言葉は、嘘じゃなかったのか。でも、そんな短い期間で隊員数を十倍にするって、どんな手段を用いたのか……》
小埜路「そんな、ある日のことだ。
甘草が【白の制裁者】と呼ばれることになる事件が起こった。……白軍だけで死者や重軽傷者を合わせると百人にも及ぶ殺傷事件が起こった。
主犯は、シオと甘草。他数名の共犯によるものだった」
那都「……百人っ…?!……学生戦争とは別にですか?」
小埜路「ああ。アイツは、どういう目的であんな事件を起こしたのか真意は不明だ。
だが自分の傍から離れることを許さなかったシオを自身の手で殺めて、学徒たちの真ん中に立っていた」
N壱:小埜路の話に、喉の奥からぐぅぅぅ……と呼吸を堪えた音が漏れる那都。
小埜路「……アイツは立ち、今のアイツが持ち歩いてる鉄扇を開いて声を張った。
『ご覧あれ!この鉄の扇子は、ただの扇子ではござらん!人を選び、選ばれるものなり!して!これの名を染める子と書いて〈染子〉と言う!』と。」
那都「……その言葉、聞いたことあります」
小埜路「そうか、聞いたことがあったか。
正直にいって、私も意味はわからないんだ。でも、アイツは何かに取り憑かれたように事ある毎に、今のような言葉遣いになり、ますます他人との距離をとるようになった」
那都:心の声
《そんな前から言うように…。今のような、甘草隠岐になるきっかけになったとでも言うような話だ…》
小埜路「……事件の処理が落ち着きを見せたとき、私はすでに三年生だったな。
──参謀部の警務班がやって来て、甘草は身柄を拘束。
詰め寄る私に、見上げてきたアイツの表情は覚えていないんだ。笑っているようにも泣いているようにも見えた気がした。
……程なくして、アイツは学園から消えた。なんの、真相も語ることなくな」
那都「あの、おかしくありませんか。甘草は、在校生だった頃の記憶を保有しています。オレが知るには、学園から退学などする際、記憶を操作されると聞きますが」
小埜路「私も、それに関しては謎のままだ。なぜ、記憶を保持したままなのか。それとも、アイツのことだ。連行した警務班から上手く逃れたのかもな」
那都「……謎の多いやつですね」
小埜路「同感だ」
那都「誰か、協力者でもいたのでしょうか」
小埜路「……どうだろうな。しかし、本土の国防軍の上層部が甘草の生存を隠しだまっていたのは確かだ。だからこそ、お上の推薦する通達で学園に戻って来た。島から逃れた先で、お上の誰かと内通していてもおかしくはないな」
那都「なんだか、オレの関わっていい話なのか分からなくなってきました。」
小埜路「巻き込んで悪いな」
那都「いえ、全て承知の上で受け入れましたから」
小埜路「そうか。助かる」
N壱:小埜路は、申し訳ないと苦笑いしつつも伸びをして言葉を続けた。
小埜路「正直、生きていたことに驚いた。そして、なぜ、学園の創立二十年であるこの時期に。
戻ってくる必要があったのか、お上の判断を疑ってはならない立場だが疑心してしまう。」
那都:心の声
《こういう時って、気づいていないだけで黒幕ってのは案外。近くに潜んでいたりするんだよな……》
小埜路「なあ、那都学生。
アイツは知っての通り【道化】だ。
のらりくらりとすり抜けていくような奴だ。……那都学生は、間違わないでくれよ」
那都:語り
「自嘲するように聞こえる笑いを漏らして、小埜路さんは遠いところにある壁時計を見た。ちょうど、訓練棟の使用時間を報せる終了のチャイムが鳴る。──その音は、いつもより悲しく聞こえた」
小埜路「……以上。過去の語りは、終わりだ。長々とすまんかったな」
那都「いえ。貴重なお話をありがとうございました」
小埜路「いや。正直な話。
四年前に無関係な貴官を巻き込んでしまっているからな。まあ、気持ちの整理として話を聞いほしかった。……これからは、頼んだぞ那都学生」
那都「はい。(お辞儀)お任せください。小埜路補佐官」
小埜路「ああ。またな、那都学生」
N壱:凛とした表情でお辞儀(脱帽時の敬礼方法である)をする那都。その姿に小埜路は頷き、彼の肩を軽く叩いて立ち去った。すると、下から──
古戸嶋
「无代先輩ー!片付け終わりましたー!帰りましょー!」
那都
「わかった。今、降りる」
悠崎
「……くっ…結局、一本も勝てなかった……。
やっぱり、オレ。那都先輩の部隊メンバーとして居ちゃダメな存在だ……」
古戸嶋
「大丈夫ですよ!巡くんが実力を発揮するのは実戦のときなんですから〜」
悠崎
「それ、励ましてるのか……?」
古戸嶋
「はい!全身全霊での励ましですよ〜(抱きつく)」
悠崎
「古戸嶋っ……オレ、汗臭いだろ?抱きつくなって…」
古戸嶋
「気になりませんよ〜!わたし、巡くんの匂いが好きなんで!」
悠崎
「離れろって、古戸嶋ァ…!」
那都:心の声
《やれやれ。仲がいいのか、悪いのか……》
N壱:賑やかな後輩を見つつ、那都はため息をつき目を細めた。
(間)
N壱:稽古を抜け出した甘草は、訓練棟の中を目的もなくウロウロと歩き回っている。角を曲がろうとした。その時、ドンッ…と誰かとぶつかった。
甘草
「おっとっと…大丈夫かのぅ?(難なく受け止める)」
女子A
「ご、ごめんなさいっ…!」
甘草
「いやいや、大丈夫じゃよ。…おや、おぬしはあの時の一年のお嬢さんじゃな?」
女子A
「えっ、あっ!あなたは…」
甘草
「おや?ワシに、覚えがあるのかのぅ?嬉しいぞ〜」
女子A
「ええ。センパイは、目立ちますから……」
甘草
「目立つとな?」
女子A
「はい。けっこう、話題です。
あの那都センパイと一緒に過ごしているカタチの違う制服を着た美青年だと」
甘草
「ほほう?確かに、ナッツくんと過ごしておるが……ワシが、美青年とは。今どきの基準はわからんのー?」
女子A
「あの、センパイ。お名前を伺っても構いませんか?」
甘草
「ワシか?ワシは、甘い草と書いて甘草じゃ」
女子A
「甘い草で、アマクサ…。だとすると、カンゾウと同じ漢字なんですね」
甘草
「カンゾウとな?」
女子A
「はい。漢方の一種で、鎮痛作用があるんです。……あ、アタシは宇藤色葉といいます。白で救護班をしています」
甘草
「ふむふむ。おぬしは、色葉ちゃんと言うんじゃな〜。名からして可愛らしいのぅ?」
N壱:甘草は、ニコッ…と微笑んで宇藤の髪を梳いた。
女子A
「あ、ありがとうございます…」
甘草
「ふふっ……今後、色葉ちゃんにはお世話になりそうじゃな。
《……よく見れば、三週間前に廊下で声をかけた子じゃな。この時間帯に訓練棟を使用していた救護班はおったかのぅ……?》」
女子A
「は、はい。その際は、ご贔屓に」
甘草
「ああ。またの、色葉ちゃん。(微笑み、歩き出す)」
女子A
「はい。また会いましょう、甘草センパイ」
N壱:宇藤は、甘草の背中を見送る。完全に甘草の背中が見えなくなった時、親指をかじった。
甘草
「……宇藤 色葉か。
…あのお嬢さんには、知り合いの中に朱色の髪をしたものがおるのかのぅ」
N壱:甘草は、訓練棟の裏手で朱色の髪の毛をつまんで、日差しに透かす。
その髪の毛は、キラリ…と光って紅く見えた。
甘草
「なーんてのぅ。……戻るか」
(間)
◇訓練棟の昇降口前◇
古戸嶋
「やっと、雨やみましたね〜」
悠崎
「雨降ってたほうが、好きなんだけどな……」
古戸嶋
「わたしは、晴れてるほうが好き〜」
悠崎
「……古戸嶋らしいよ……(フードを深く被る)」
那都
「なあ、あのアホはどこ行ったんだ」
悠崎
「あ……す、すみません…わからないです……」
古戸嶋
「また戻ってくるって言ってましたよー?」
那都
「(舌打ち)……ウロウロと野良猫か?」
悠崎
「野良猫…。野良って餌付けてくれる人に懐きますよね……」
那都
「…… ……(思案顔)」
古戸嶋
「もぅ!そんなことより、お腹すきました!食堂に行きましょうよー!」
悠崎
「まだ寮の食堂はあいてないよ、古戸嶋……」
古戸嶋
「じゃあ、購買でなんか買いに行きましょ!」
悠崎
「ちょっとは大人しく待ってろって……」
甘草
「お、おった。おった。…お~い、そこの三人~」
悠崎
「あ、戻ってきた……」
古戸嶋
「もぅ!隠岐さん、おっそーい!」
甘草
「はっはっは~…すまんかったなー」
那都
「おい、あんた」
甘草
「なんじゃあ?」
那都
「でりゃっ…!(突然の拳)」
甘草
「おっと…。おいおい、ナッツくん。それは頂けんのぅ?」
那都:心の声
《やっぱりだ。どんなに視野に入ってなくても反射で避けている……》
甘草
「おーい、弁解もなしかのぅ?」
那都
「……よし、隊長としての権限であんたに罰を与える」
甘草
「ほぅ?それはなんじゃ」
那都
「購買で一日三回、数量限定で売られるチョコプリンとカスタードプリン。それを隊員分、買ってこい」
甘草
「……どういうことじゃ??」
古戸嶋
「おお!楽しみです!」
悠崎
「じゃあ、急がなきゃですね…。ほら、甘草先輩。あの、共同棟に走っていく人たち。みんな、プリン目当てですよ……」
甘草
「なっ、何!?」
那都
「買ってこれなかったら、部室の清掃当番は一週間。あんたにやらせる」
甘草
「ワシ、そっちの方がいいんじゃが……」
那都
「買ってくることに、拒否権はない。稽古を勝手に抜け出したんだ。……せいぜい頑張れよ?」
古戸嶋
「ささっ!隠岐さん、レッツゴー!」
悠崎
「走らなきゃ間に合いませんよ…」
甘草
「あ、おい!おぬしら!引っ張るでない!」
那都
「……あーしてれば、何にもおかしなところは無いんだかな……」
(間)
◇終業後のどこかの女子トイレ◇
女子A
「(端末に向かって)ヒトハチ ゴーマル。
……こちらヒトロクハチ番──イロハ。
定期報告。……本日のヒトヨン サンマル。目標との接触を完了しました。目標に不審感は与えていないかと。今後も目標との軽度の接触と監視を続けます。……信じてください、シオ様」
N弍:宇藤 以外に人のいない薄暗いトイレの中で、彼女の淡々とした声がただ静かに響いた。
(間)
N壱:歯車は回り出す。
甘草隠岐を中心とした大きなぜんまい仕掛け。
那都无代、小埜路禅治、古戸嶋冴紅、悠崎巡。
この人物たちの関わり合いは、白軍を主軸にして大きな騒動へ燻りとなる。
──とは、誰も予想していなかった。
───余談。
甘草
「ワシの、小遣いがぁ……」
古戸嶋
「ごちになってます〜!ん〜、おいしい〜!」
悠崎
「すっごく……、まろやかでやさしい甘さ……美味しいです……」
小埜路
「久しぶりに食べたが美味いな」
甘草
「なぜ、禅ちゃんまで食べておるんじゃ!」
那都
「俺の分を譲ったんだよ。……小埜路 補佐官、先程お別れしましたのに、お呼び出して申し訳ありません」
小埜路
「いいや、ちょうど案件を片すのに行き詰まっていたからな。……はやり、糖分は素晴らしい食べ物だな」
甘草
「必死に手に入れたのが、禅ちゃんの分になるとは!ナッツくん、裏切りおったな!」
那都
「別に、俺の分なんだから誰に譲ろうと勝手だろ?」
甘草
「なーにーをー!?」
小埜路
「冷たいうちに食べなければ、損だぞ」
悠崎:心の声
《……こうやって馴染んでるの見ると、補佐官サマも怖いだけの人じゃないんだなぁ……》
古戸嶋
「あ、巡くん……ちゅっ……うん!ごちそうさまです☆」
悠崎
「えっ、ちょっ、オマエ……!それは、なしでしょっ……!(頬を押えて)」
古戸嶋
「え?だって、口の端につけちゃうくらいにプリンに夢中だったみたいですし〜。カスタードの味も気になってましたし!」
悠崎
「だからって……舐めとるヤツがいるかよォ……(頭を抱える)」
那都
「仲良く食べろよ、あんたら」
古戸嶋
「はーい!」
悠崎
「オレは、悪くないはずなのに……」
小埜路
「うん、ごちになった。私は、職務に戻る。またな、小隊 諸君(颯爽と立ち去る)」
甘草
「シッシッ!早う行け!
この借りは上乗せで返してもらうからのぅ!」
那都
「ケチな奴だな」
甘草
「ふん!金と食い物の恨みは末代までじゃ!」
N壱:彼らの日常は、騒がしさと時々の疑心で刻々と消費されたいくのであった。
白軍編・第三話⇒彼らの日常、絡む過去。
おしまい。
台本 初回掲載日 2019/06/30
台本 再掲載日 2022/02/03(木)
(2022/04/21(木)に手直し)