赤軍編・第三話⇒進む者、過去とともに。(比率・男3:女1:不問1:ナレ1)
赤軍編・第三話⇒進む者、過去とともに。
比率・男3:女1:不問:2
※比率は目安です。
上演(目安)時間⇒95分~105分くらい。
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※今回は、本編が長くなったので中間地点を二つ設けました。
本編で【✳✳✳ ✳✳✳】の部分で前・中・後編としてみてください。
※キャラクター名の横にMやNといった表記があります。
Mはマインド。胸の中の呟き…独り言ですね。
Nはナレーション。存分にキャラとして語ってください。
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☆本編
〈前編 約四O分〉
揚羽乃N「あの学徒の絶望した感情の顔は、あとにも先にも、あの日だけだ。」
遊羽N「何の変わり映えしない一日のはずだった。
些細なことで、幼馴染のアイツと言い合って、謝れなかっただけ。
アイツが寮に戻ってくれば、俺から謝るつもりだった。
いつも、言い合うとアイツから謝られるのが癪だったからだ。
今日こそはと、思っていた。だから、待っていた。ただ待っていた。端末が、一通の出動命令を受信。
その通知が、俺の謝る機会を奪った証拠だと理解したからだ。」
浅緋N「遊羽さんに着いていく。走って、駆けて。
…辿り着いて、視界に捉えた状況に…絶叫が響いた。」
遊羽「…あ、きと…?」
浅緋「冴木リーダーっ!」
遊羽「ッ…!アキトォォォ!!!!」
(間)
〜タイトルコール〜
御子芝「自己解釈 学生戦争 三津ヶ谷学園物語。」
揚羽乃「赤軍編・第三話」
小嵐「進む者、過去とともに。」
(間)
▼二〇八〇年の一月某日。
黒軍の過激派による襲撃は、実行犯の目論み通りに大きな被害と傷痕を残した。
(間)
▼一月某日。終業後の夕刻。
波月遊羽は、落ち着きのない態度で学園寮のエントランスホールを歩き回っていた。
浅緋「あのー、遊羽さん…?」
遊羽「(小声でボソボソと)…俺が先に、俺から謝る…。俺から…。」
浅緋「遊羽さん!そんなに、歩き回ってても冴木リーダーはまだ戻って来ないっすよ!」
遊羽「(立ち止まる)…わかってる。(再び歩く)絶対、アイツより先に謝る、謝る…。」
浅緋「うーん…。たしかに、解ってるっていう顔はしてるのはわかるんすけど。でも、イライラの方が強くなってそうっすね。」
遊羽「(小声)……昼は悪かった…いや、ありきたりだな…。
昼は言い過ぎた。オマエが頑張ってることは……いや、先に謝れって、俺。もう、バシッと……。」
浅緋「あ、遊羽さん!ぶつかるっす!!」
遊羽「(柱にぶつかる)……だぁぁぁぁ!!今日は言いすぎたし、少しは悪いと思ってんだ!!
だから!俺から謝ってやるから!!早く戻って来いよ!!バカ冬ッ!!」
浅緋「ありゃりゃ…。(苦笑)」
浅緋M《珍しいことではあるんすけど。遊羽さんの素直になりきれない態度が、火に油なんすよね…。》
(間)
浅緋「ん?あれ。なんか、端末に通知が来てる…。遊羽さん!なんか、メール来てるっすよ~」
遊羽「あ?なんだよ。うん、救護班に一斉メールじゃねーか。うーん、と。なになに?」
▼訝し気に端末を見やった遊羽。だが、徐々に表情が曇った。
遊羽「……(何かを呟く)……。」
浅緋「ゆ、遊羽さん……?」
遊羽「……出動命令だ。」
浅緋「出動命令?何があったんすか??」
遊羽「説明は後だ!浅緋!救護バッグとタオル入れてある袋。それと白衣を取って来てくれ!」
浅緋「は、はいっす!」
▼ビクッ……と背筋を伸ばして、学園寮へと慌てた様子で言われた荷物を取りに駆けた。
遊羽M《緊急出動って、何事だよ…。つーか、何なんだ。この胸騒ぎ。》
遊羽「暁冬の奴…、巻き込まれてんじゃねーだろうな…!」
(間)
▼浅緋と遊羽は、召集場所に指定されていた第二校舎の多目的室へと駆けこんだ。
遊羽「悪い!遅れた!!」
浅緋「第三救護班、浅緋!入るっす!」
詩凛「嫌やわー。遅れて来はったんに横柄な振る舞いなんて…。」
遊羽「げっ……、國岸!悪かったって言ってんだろ!」
詩凛「ふん!謝罪の気持ちがあるんやったら、よー気張りや?(白衣を翻し、奥へと立ち去る)」
遊羽「…言われなくとも、わかってら。」
小嵐「ああ!ゆうたん!らいちん!」
浅緋「小嵐!」
遊羽「ん?リィか。」
▼浅緋と遊羽は特徴的なあだ名で呼ばれる。
中性的な顔つきの中華服を着た学徒ー李・嵐洙ー小嵐が部屋を半分に隔てている白い幕の内側から出て来た。
小嵐「いやぁ〜大変なことになっちゃったのネ〜…」
浅緋「あの、オレたち…」
遊羽「(遮る)リィ。悪いが、状況説明を頼みたい。」
小嵐「ええ…!何も知らないのネ?」
遊羽「緊急とやらのメールしか見てない。」
小嵐「は〜…一班の性悪もここまで来ると迷惑なのネ〜」
遊羽「(舌打)…やっぱりか。國岸の態度といい。オマエや、他のメンバーが集まって行動しているのに俺たちが最後。タチ悪いな。」
浅緋「くぅ〜!…オレたちが何をしたって言うんすか…!」
小嵐「ああ、憤る気持ちも分からなくもないネ。でも、今は状況を理解してもらって。二人には現場の救護を頼みたいのネ。」
遊羽「ふぅん…。まあ、リィの言うことに同意だ。浅緋。この扱いは後ほど、返してやろうぜ。」
浅緋「遊羽さんが言うなら…。」
小嵐「うんうん。まとまったみたいなのネ〜。」
小嵐「…では、改めてーー」
▼小嵐の咳払いの後。
状況の説明と任務を与えられた遊羽と浅緋。
第一班による手柄の横取りとも取れる連絡遅延は、この後の二人に大きな障害となって立ちはだかる事となる。
(間)
◇赤軍の本校舎、二階フロア。
浅緋「遊羽さん!こっちには誰もいないっす!」
遊羽「うん、そうか。…二階は異常なし…と。」
▼キュッキュッ…とマーカーペンの音を響かせ、構内見取り図に印をつけていく遊羽。
空き教室を確認していた浅緋が駆け寄る。
遊羽「浅緋、今度は三階だ。行くぞ。(歩き出す)」
浅緋「あ、はいっす!」
遊羽M《暁冬…、どこに居るんだ…。》
▼冷静を装って遊羽は中央階段を上っていく。浅緋も、背後を警戒しつつ着いていく。
登り切り、眼前に広がる状況に絶句した。
遊羽「なっ、何だよ…これっ…。」
浅緋「ん?どうしたんす……なっ?!(駆け寄る)きみ、大丈夫っすか!」
遊羽「(負傷者の側による)……おい、おい。しっかりしろ。」
浅緋「この人、三年の特隊生さんっすよね?」
遊羽「ああ。出血はないが…(服を捲る)…これは、二の腕に打撲…内出血か…」
浅緋「遊羽さん。脈のほうは、至って安定してるみたいっす。」
遊羽「敢えて、気絶させられてる可能性はあるな。浅緋、他の奴らはどうだ?」
浅緋「そうっすね……この方も、問題はなさそうっす。」
遊羽「一応、リィに連絡しておこう。手の空いてるやつが、来てくれるはずだ。」
浅緋「了解っす。…メール作成…負傷者の状態と現場の写真も送信っと。これで良し!」
浅緋「それで……遊羽さん。やっぱり奥に進むんすか?」
遊羽「ん?当たり前だろ。なんの為に、現場の救助に回されたと思ってんだよ。」
浅緋「えっーと…こう言っちゃアレっすけど…オレ…。」
遊羽「オマエが暗所苦手なのは知ってる。けど、この奥に他にも負傷者が居るかもだろ。おら、俺たち第三の信条を言ってみろ。」
浅緋「……えっと…『一、救える命は救うべし。』『一、己の命と他者の命。どちらも重きものなり。』っす。」
遊羽「その通り。分かってんなら、進むぞ。」
浅緋「う、ういっす…。」
▼浅緋と遊羽は奥へと進む。
戦闘の痕跡がチラホラ…視界に入り、事の重大さをありありと見せつけられる。
床にガラス片が散らばる通路までやって来た。
そこは、正しく累々(るいるい)。
赤の学徒は勿論のこと。今回の主犯であろう黒の学徒が倒れ込んでいた。
遊羽「(舌打ち)…明らかにここで、ドンパチしましたって感じだな。…浅緋、手分けして確認すんぞ。」
浅緋「はいっす!オレ、黒の人たち診るんで!」
遊羽「ああ、任せた。」
(間)
▼頸動脈のある首筋へと触れ、数秒間の沈黙。
遊羽から吐き出される長い息は、呆れなのか諦めなのか。
遊羽M《……コイツも手遅れか。》
遊羽「浅緋!そっちはどうだ!」
浅緋「こっちは、救命できそうなのは三人だけっすねー。」
遊羽「そうか。」
浅緋「遊羽さんのほうは、どうすか?」
遊羽「(無言で首を横に振る)」
浅緋「そっすか…。」
▼目に見えて、悲哀の表情をにじませる浅緋。
遊羽は無言で浅緋の肩を軽く叩いて、奥に進むのを促した。
(間)
▼二人は三階フロアの最奥までやってきた。
その間に、救命できるもの。既に手遅れのもの。
それらを書き起こしただけで、総数二十にも及んだ。
しかし、遊羽の目的の人物は未だ見つかっていない。この戦闘の痕跡なら、【彼】が逃げるわけがないのだ。
誰よりも真っ先に戦場を駆ける【蒼雷】。
遊羽が本心で探し求めるのは、その学徒のみだ。
(間)
浅緋「最奥っすね。遊羽さん、どうします?」
遊羽「うーん。…二階や一階はリィが言うには救助が終わってるんだったよな。」
浅緋「はいっす。四階や五階に関しては侵入された痕跡はないらしいっす。」
遊羽「そうか。なら、俺たちも招集場所にーーおい。足音、聴こえないか?」
浅緋「え?」
遊羽「なっ…浅緋!!」
浅緋「どわぁぁぁ…!(倒れ込む)」
▼長身の浅緋を真っ先にその人影は狙って来た。
俊敏性に優れている遊羽が、浅緋を押し退けて人影の攻撃を懐刀で受け止めた。
遊羽「ぐっ、うぅ…!」
浅緋「遊羽さんっ…!」
遊羽「でりゃあっ!!(蹴り飛ばす)…ふぅ…オマエ。赤の奴じゃねーな?」
浅緋N「遊羽さんの蹴りに、同軍を装った学徒は体勢を崩したのがわかった。でも、こちらを射抜いてくる眼差しには【殺意】が渦巻いているのが見てとれた。」
密偵「………。」
遊羽「語らない、か。オマエ、密偵か。でも、わざわざ斬りつけてくるから死にたがりか?」
浅緋N「遊羽さんの嘲るような言葉が響く。
相手の表情はわからない。
漆塗りされた天狗のお面で覆われているから。
密偵の学徒は、すかさずクナイを袖の内側から取り出し、まっすぐ狙ってくる。」
遊羽「浅緋!下がってろ!!」
浅緋「で、でも!」
遊羽「ここで、オマエの得物をぶっぱなされても俺が巻き込まれんだろ!?」
浅緋「わ、わかったっす!」
▼浅緋は、手近な空き教室へと入って遊羽と襲撃してきた学徒の戦いを伺いみる事にした。
遊羽「さーて、これで。デカイ的は居なくなった。…一本とれたら色々ゲロって貰うからな。」
浅緋N「オレは、覗き窓から戦いを見守る。
明らかに遊羽さんの後ろ姿から、テンションが上がっているが伺い見れる。好戦的かな?とは思っていたが、楽しそうでなによりとしか言い様がない。」
遊羽「でりゃあ!(突きの一撃)…チッ…やっぱ、真正面からの戦いは得意じゃねーんだよなぁ!」
浅緋N「そう言いつつも、止まらぬ斬撃を相手に向け続ける。
ジリジリと確実に遊羽さんの攻撃は相手を追い詰めていく。」
遊羽「動きが!鈍ってんぞ!!それでも!人の魂を取りに来たつもりか!!」
浅緋N「ジワジワ…と斬りつけ、軽傷から中傷くらいの切り傷を相手に与えていく。そして、相手が壁へと背中を着いた時。お面をたたっ斬る一撃をお見舞いした。」
遊羽「あ?……んだよ。お面の下に覆面もしてんのか。」
浅緋「遊羽さん!大丈夫っすか!」
遊羽「バカ!まだ、引っ込んでろ!」
浅緋「うぇっ…ごめんなさいっす…。(室内に戻る)」
(間)
遊羽「さーて。答えろ。…なんで、俺たちを狙った?」
密偵「………。」
遊羽「だんまりか。別に。ここで、ゲロらなくとも。尋問が得意な奇特な奴らは他に居る。そいつらに、ジワジワと苦しめられながら吐くか?」
密偵「……波月…遊羽……。」
遊羽「あ?俺がなんだよ。つーか、なんで知ってんだ。」
密偵「……ここで、油を売っている暇があるのか…。」
遊羽「んだよ。藪から棒に。…暇なんかねーよ。でも、ヤル気だったろうがよ!あ゛ぁ?」
▼遊羽は壁を蹴り、相手の顔スレスレに懐刀の刃を突き立てた。
浅緋「ひぇっ〜…やーさんも顔負けな恫喝っす!コレじゃあ、詰問っすよ〜…」
遊羽「答えろ!なんで、俺たちを狙った!オマエは誰の差し金だ!」
密偵「………これに、見覚えはあるか。」
浅緋N「密偵の学徒が見せてきたのは、オレや遊羽さんには見覚えしかない代物だった。」
遊羽「あ?……おい…おい!んで、オマエがこれを持ってる!?これ、暁冬の特隊バッジじゃねーか!」
密偵「……渡された。狐面の学徒に。」
遊羽「狐面?誰だ、そりゃ。オマエの仲間か!」
密偵「…己の、答えられることは以上…だっ…」
遊羽「あ!?オマエッ!なに、余計なことを!!」
▼突如として、遊羽が対面していた密偵の学徒は袖の中から細長い針を素早く出し、自身の首へと突き立てた。対象にバレれば、死を選ぶ。そう、教えこまれていたのだろう。
遊羽「浅緋!ガーゼだ!こいつに死なれたら、後々が面倒だ!!」
浅緋「は、はいっす!」
▼患部をガーゼとコットンで覆い。得物をゆっくりと抜く。
密偵の学徒は、か細い息を繰り返しているだけで意識が既に遠のいているのが見てとれた。
遊羽「危ねぇな、マジでよ。死人に口なし…ってやつか。コイツ、死ぬ事に躊躇いがなかったぞ。」
浅緋「一応、毒針とかではなさそっすね。」
遊羽「今どき、無味無臭の毒薬も珍しくないだろ?」
浅緋「そっすけど。学園に出回ってる即効性を必要とする薬品は独特な匂いとか色がするもんなんすよ。」
遊羽「そういうもんか。…とっと、リィに連絡を入れるか。」
(間)
〜通話シーン~
遊羽「リィ、俺だ。波月だ。」
小嵐『ほいほい、御苦労様なのネ。お二人さんから貰った情報分の負傷者の回収は完了してるのネ。』
遊羽「そうか。助かる。…それでだな、リィ。」
小嵐『ん?どったのネ。』
遊羽「密偵を捕まえた。少しだけ戦闘になって、怪我をしちゃいるが回収しに来てくれないか?」
小嵐『うーん、密偵ネ~。有力な情報は吐きそうなのネ?』
遊羽「俺のことを知っていた。今回の首謀者の駒かもな。」
小嵐『う~~~ん……(一呼吸)わかったのネ。…ちなみに、ゆうちんが与えた傷以外にはあるのネ?』
遊羽「あーっと…。ああ。自殺未遂で、首に穴が空いてる。」
小嵐『首に穴…。ほいほい、了解したのネ。場所だけメールでの送信をお願いするのネ。』
遊羽「了解。あとは、任せた。」
小嵐『ほいほい。任されたのネ~。』
(間)
遊羽「うっし、報告は終了。浅緋。」
浅緋「はい?」
遊羽「オマエはどう思う?なんで、このバッジがあるのか。奪われたのか…はたまた。」
浅緋「遊羽さん。オレ、何だか、変な気分っす…。」
遊羽「それは、俺も同じだ。出動命令のメールを見てから、ヤケに胸騒ぎが治まんねぇ。」
浅緋「っすね…。冴木リーダー…。(バッジを握る)」
遊羽「浅緋。行くぞ。」
浅緋「行くってどこにすっか?」
遊羽「侵入の形跡がなくとも、まだこの密偵ヤローみたいに戦いを吹っかけてくるやつは潜んでるはずだ。」
浅緋「……上っすね。」
遊羽「ああ。走んぞ!」
浅緋「はいっす!」
(間)
▼二人は走る。
中央階段まで駆けて、階段のステップも段飛ばしで登る。手摺りの金具が、ミシッ…と音を立てるも速度を上げ。
駆け登る。
◇四階と五階(屋上)を繋ぐ踊り場◇
遊羽「これは…!」
浅緋「(息を乱しながら)…遊羽さん?」
遊羽「間違いねぇ!暁冬が使ってる短刀の鞘だ!」
浅緋「えっ!じゃあ、冴木リーダーは…!」
遊羽「これが、この場所に落ちてるってことは…」
▼遊羽の視線は、屋上へと出られる扉に向く。
遊羽「(唾を飲み込む)…行くぞ。浅緋。」
浅緋「は、はいっす…!」
▼潜入擬似訓練で習った方法で、息を潜める二人。
残りの階段を登り、壁に背中をつけながら扉のドアノブに危険物がないことを確認した後…。
遊羽「突撃っ!!」
▼互いの獲物を構えて、屋上へと出る。
そこに広がっていたのはーー
(間)
遊羽「ッ…ア、キト…??」
浅緋「!?…さ、冴木リーダーっ!!」
遊羽「暁冬!あきとっ!!しっかりしろ!おいっ!」
▼屋上の中央に倒れ込んでいる学徒。
それは、見るも無惨な切り傷や刺し傷を受け、倒れている冴木暁冬の姿だった。
二人は、駆け寄る。
遊羽は、真っ先に冴木の身体を抱き起こして声を張る。浅緋も、床に救護バッグを置いて傷の状態を見た。
遊羽「浅緋!とりあえず、ありったけのタオルを傷に当てろ。汚れちまうが、オマエのパーカーを暁冬に掛けてくれ。」
浅緋「了解っす!」
遊羽「暁冬!意識を保てよ!」
浅緋「ん?《人影?》」
(間)
浅緋「そこに居るのは誰っすか!」
▼空気の違いを過敏に感じとった浅緋。
屋上の扉の上にある貯水庫へと声を張った。
浅緋N「遊羽さんが呼びかけを続けている中、貯水庫の裏から姿を現したのは…狐面の学徒だった。」
(間)
浅緋「キミは!!」
狐面「なんやお人ら。予想より遅かったやない?」
浅緋「キミが!冴木リーダーを傷つけたんすか!?(拳銃を両手で構える)」
狐面「傷つけたー?あー、勘違いせんでほしいわ。ワイは、巻き込まれただけやで。ほんに、迷惑な話やっちゅーねん。」
浅緋「キミ!その訛り口調!國岸さんの知り合いなんすか!」
狐面「……國岸ぃ?あ〜…ほーか。あのお人も、居んのか。かぁー!けったいな話やわ~。」
浅緋「キミ!降りて来るっす!この仇はここでーーっ!?」
狐面「わっとっと…!な、何や!危ないわ!!」
遊羽「うるせぇ」
▼ゆらりと立ち上がる。
先程の密偵から拝借したのか、遊羽の手にはクナイが握られていた。
狐面「ははっ……。何や。えらい禍々しいやんけ。」
遊羽「御託も、理由も、言い訳も聞きたかねぇ」
浅緋「…ゆ、遊羽さん…。」
遊羽「浅緋。得物は下ろしとけ。」
浅緋「で、でもっ…」
遊羽「いいから。言うこと聞け。」
浅緋「わ、わかったっす…。」
遊羽「いい子だ。……おい、狐面。オマエが、暁冬を傷つけたことに変わりねーよな?」
狐面「なっ!は、速っ!!」
浅緋N「オレは、動けなかった。
遊羽さんの【怒り】。それに圧されて、動けなかった。
…感情は、人を動かす原動力になる。
でも、今の遊羽さんはオレに止められる状態じゃない。」
▼遊羽は、小柄ゆえの俊敏性で狐面の学徒の前へと躍り出た。ゆらり、その眼差しに宿る感情はどす黒い。
(間)
狐面「ははっ!で、お人。お人は青髪のお人より楽しませてくれるんやろな?」
遊羽「うるせぇよ。軍の色なんざ、関係ない。俺はオマエの魂を獲る!」
浅緋N「飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さない狐面の学徒。
オレは、気味の悪さを感じていた。
明らかに、この学徒は 戦い慣れている。そう、ヒシヒシと感じられたからだ。 」
(間)
遊羽「よくも、暁冬を傷つけてくれたなぁ!!(回し蹴り)」
狐面「うぇっ…!ゲホッゲホッ…。」
▼狐面の学徒は防御の体勢をとるものの、遊羽の蹴りが感情も相まって重く、強くぶつかる。
狐面「ケホッ…。ハハッ…、容赦あらへんな?落ちたら、ひとたまりもない場所やで?」
遊羽「容赦ぁ?ンなのするわけねぇーだろ!俺は、オマエだけは殺すことを厭わねぇ!(拳を振るう)」
狐面「うおっとっと…。何や?あのお人が、そない大事だったんか。」
遊羽「ったりめーだろうが!」
狐面「せやかて。ワイは、楽しんだもん勝ちやと思っとりましてな。……あの青髪のお人にも、おんなし気分やったんない?ギラっギラな瞳させて…ジワジワと血が流していく姿…。」
狐面「クスッ…お人も、分かるんやない?……刃向かってくる他者を追い詰めるって楽しいやろ?」
遊羽「知るか!!オマエに言えんのは、クソって事だけだ!」
狐面「……ふーん、ほーか。
ーーせやったら。長引かせる訳にも行かへんなっ!」
遊羽「はっ?」
浅緋「遊羽さん!!」
▼刹那。
遊羽の身体は、弾き飛ばされた。
狐面の学徒による剣の柄頭で打撃を受けたからだ。
浅緋「ふっぐぅ…!!(遊羽を抱き留める)」
遊羽「うぇっ…!カハッ…げほっごほっ…!」
狐面「ふん。今回は、ここまでや。」
遊羽「おいっ!オマエ!待て!!」
浅緋「遊羽さん!ダメっすよ!!」
狐面「……ほなな。赤のお人ら。」
浅緋「なっ!(フェンスに寄る)いない!?…どうやって、落ちてったんすか?!」
遊羽「いってぇ…。」
浅緋「遊羽さん、大丈夫っすか?」
▼遊羽は腹部を抑えて、顔をしかめる。
その時、気を失っているはずの冴木が激しく吐血した。
遊羽「なっ…あ、暁冬っ!!」
浅緋「冴木リーダーっ!」
遊羽「何でだよ!さっきまで、血止まってたじゃねーか!」
浅緋「遊羽さん!リーダーの腹部に内出血の痕があるっす!」
遊羽「クソッタレ!おい、暁冬!死ぬな!?ゼッテー死ぬんじゃねーぞ!?」
▼遊羽の焦りの混じる声に、冴木がうっすらと瞳をひらく。
そして、ハクハク…と口が動く。
音にはならない言の葉が、紡がれる。
遊羽「あ!?んだよ!分かんねぇーよ!」
浅緋「遊羽さん!担架とって来たっす!」
遊羽「でかした、浅緋!このまま特殊治療室に行くぞ!!」
(間)
◇赤軍本校舎の一階・特殊治療室◇
遊羽「先生っ!揚羽乃先生っ!!」
揚羽乃「波月?慌てて、どうし…その担架に乗ってんのは…。」
遊羽「暁冬だ!頼む、助けてくれ!!」
揚羽乃「わかった。…都築!御子芝!冴木を治療台に運んでやってくれ!」
御子芝「お預かりするわ。」
浅緋「運ぶのお手伝いするっす!」
遊羽「なあ!先生!俺は何をすれーー」
揚羽乃「オメェは落ち着け。冴木の怪我の状況を答えろ。ここへ真っ先に連れて来たってことは臨時の治療場じゃ無理だと思ったからだろ?」
(間)
揚羽乃「深呼吸だ。」
遊羽「(深呼吸をする)……傷の深い部分から肩、足首、二の腕、太腿、腹部。腹部に内出血あり。ここに運んでる間にも吐血を二回してる。脈は六○秒に四二です…。」
揚羽乃「わかった。報告、ご苦労。」
遊羽「それで、俺に手伝えることはーー」
御子芝「何もないわ。」
遊羽「…あ?誰だよ。アンタ。」
御子芝「アタシは、御子芝。軍医補佐生よ。」
遊羽「補佐生…(舌打ち)…上級生かよ。」
御子芝「わかったなら、出てって。ここに"救護班"の出番はないわ。」
遊羽「……んだよ。そんな言い方ねぇだろうが!(掴みかかる)」
御子芝「ちょ、ちょっと、離しなさいよ。」
遊羽「俺は!約束してんだよ!暁冬の傷は俺が診て、治すって!だから!」
御子芝「だったら!ここに駆け込む前に処置すればよかったでしょうが!ここは遊び場じゃないのよ!(押し退ける)」
遊羽「ぅぐっ……いってぇ……。」
御子芝「分かったら!早く出てってちょうだい!」
揚羽乃「御子芝!てめぇも仕事しないなら、出てけ!」
御子芝「はっ!(敬礼)お見苦しいところをお見せしました!すぐに、処置に回ります!」
揚羽乃「浅緋!波月を連れて、第三に戻ってろ。」
浅緋「は、はいっす!」
▼揚羽乃の冷淡で、怒気混じりの声での指示は、確実に士気を高めた。浅緋が、遊羽の腕を掴んで引く。
浅緋「遊羽さん。戻ろうっす。」
遊羽「………。」
浅緋「遊羽さん!また怒られるっすよ!」
遊羽「………。(浅緋の腕を振り解く)」
浅緋「あ、遊羽さん!どこ行くんすか!?」
▼特殊治療室の自動ドアが開けば、無言で走り出す遊羽。
手荷物があって、すぐに追いかけられなかった浅緋。遠のいていく背中にため息を一つだけ、吐いた。
(間)
遊羽「ハァー…ハァー…」
▼遊羽は、グランドへと駆け出し。
人目が届かない中央で息を切らしながら立ち止まった。
既に、夜の闇が空を覆っており。
天気予報は外れた。
厚い雲が月を隠し、シトシト…雨が降っていた。
遊羽「(深呼吸)…うぅ…グスッ…うぅ…うあぁぁぁぁ…!」
▼雨の雫に顔を濡らし、遊羽の"叫び"が掻き消えていく。
✳✳✳ ✳✳✳
〈中編 約三〇分〉
◇本校舎の西奥の二階・第三救護室◇
浅緋「もー!遊羽さんったら、どこに行ったんすか!アゲハ先生は、第三に居ろって言ってたのに!」
浅緋「……雨も、酷くなって来たっす。外じゃないといいっすけど。」
▼浅緋の心配を余所に、遊羽は外である。
浅緋「まさか、自棄で外に出てたり…。うーん…いやいや!遊羽さんが、そんな子供みたいなことーー」
▼ガラッ!とスライド式の戸が開かれる。
浅緋「あ、遊羽さん。おかえりなさ…ちょっ!何で、ずぶ濡れなんすか!?」
▼慌てた様子で、浅緋が駆け寄る。
身体が傾き、トサッ…と力なく遊羽がもたれ掛かってきた。
浅緋「おわっ…!遊羽さん?大丈夫っすか?!」
遊羽「…うるせぇ…へいき、だ…。」
浅緋「いやいや!どう見ても、大丈夫じゃないっす!運ぶっすから、暴れないでくださいよ!」
遊羽「バカッ…おろせ、アサヒッ…!」
浅緋「なんすか、その弱いパンチは。抵抗できてないっすよ!しかも、めちゃくちゃ体熱いっす!熱あるんすね?」
遊羽「んなの…出てねぇ…」
浅緋「まったく。分かりやすい嘘はいらないっす。ほら、ベッドっすよ。(遊羽を降ろす)」
浅緋「…タオルと着替えとってくるっす。じっとしててくださいよ!」
遊羽M《…体が言うこと聞かねぇ…本当に、こんなとこで倒れてる場合じゃないのにな…。》
▼浅緋の世話焼きな性分がこれでもかと発揮され出す。
遊羽は最高に不服ではあるが。重く、気怠い身体ではじっとしている以外に他ない。
(間)
浅緋N「何やかんや言いつつも、遊羽さんはオレの看病を受け入れることにしたらしい。煩わしそうに濡れた服を脱いで、用意した蒸しタオルで手の届かないところは手伝う。
…その時、見つけてしまった。
遊羽さんの背中には肩甲骨から一〇センチくらいの切り傷があることを。」
遊羽「…おい。手、止まってる…。」
浅緋「あ、すみませんっす。」
浅緋N「意外だった。それでいて、少しだけ人間味を感じた。
誰しも、完璧超人ではない。それでも、冴木リーダーと同じで。真っ先に戦場を駆け抜けるこの人の背中に、傷をつけれる相手がいる事に。…タオル越しに、皮膚の色が違う傷痕を撫でる。」
遊羽「おい、浅緋。そこばっか拭くなよ…。そんなに汚れてたか?」
浅緋「え……あ、いえ!なんでもないっす!(背中全体を一拭き)はい!これで終わりっす!」
遊羽「おう。さんきゅ。…あー…なんか、一気にきたわ。(ベッドに転がる)」
浅緋「その前に薬湯も作ったっす。寝る前に飲んでくださいっす。(湯飲みを渡す)」
遊羽「あー、せっせとなんか作ってると思ったら、これかよ…うぇっ…、そそらない色味とニオイだよなぁ…。」
浅緋「文句、言わない!小嵐の独自網で手に入れている薬草を使ってるんすから。」
遊羽「リィめ…ここぞとばかりに…。」
浅緋「西洋薬もいいっすけど。今の遊羽さんには薬湯のほうが効くっすよ。…ほら、飲んでください。」
遊羽「おう…。うっ!(飲み干す)……うげぇー!本気で、マズイ!!」
浅緋「良薬は口苦しっすよ。」
遊羽「あー……本気でぐったりだぜ……。」
浅緋「日頃の無理が出たんすよ。…冴木リーダーのことは、アゲハ先生たちに任せて。今は、休んでくださいっす。」
遊羽「…ガキの頃は、雨の日に遊んでも熱なんて出さなかったのにな…。」
浅緋「たしか、遊羽さんと冴木リーダーは同じ郷の出身だったっすよね。昔から、お二人は仲良かったんすか?」
遊羽「ああ…よかったといえば、良かったな。」
浅緋「幼馴染みっていいっすね。オレには、じぃちゃんしか居なかったんで。」
遊羽「じぃちゃんね…。でもさ、俺の知ってる暁冬は…郷に来てからのアイツだけだし…。というか、郷に来る前のアイツがどこで、何をしてたのかは知らないんだよな…。」
浅緋N「うつらうつら。徐々に眠気で、覇気のない口調で答える遊羽さんを見守りながら、毛布と羽毛ぶとんを掛ける。」
遊羽「また…傷増えちまって…。アイツ、助けられなかったヤツらのこと悔やんで…自棄に…ならなきゃいい、が……。」
浅緋N「他人の心配事ばかり口にして、ストンっ…と眠りに落ちた遊羽さん。オレは、『おやすみなさい』と小さく笑ってベッドの仕切りのカーテンを閉めた。」
(間)
◇特殊治療室◇
▼揚羽乃は、使い捨てのビニール手袋を外して一つ深呼吸した。
揚羽乃「これで、全員だな。」
御子芝「はい。お疲れ様でした。」
揚羽乃「都築、御子芝。重傷者は明後日までがヤマだ。俺はしばらく休む。頼んだぞ。」
御子芝「はっ!了解しました!(敬礼)…都築さん、指示をーー」
(間)
▼特殊治療室から出て、撫でつけていた前髪を下ろした。
揚羽乃「(深呼吸)……さてと。行くか。」
▼揚羽乃は、ポケットに手を突っ込む。
(間)
浅緋N「チッチッチッ…と秒針が一定のリズムを刻む。薬研で、薬草をすりつぶしていく。その時、部屋の戸がノックされた。」
浅緋「もう日付も変わるのに。誰っすかー?…はいはい!今、開けるっすよ!」
▼浅緋は、施錠を解いた。
浅緋「どうぞ!開けたっすよ!」
揚羽乃「よう、浅緋。まだ、起きてたんだな。」
浅緋「わーお、アゲハ先生。先生こそ、どうしたんすか?」
揚羽乃「いや、息抜きだよ。息抜き。さっきまで、治療室に缶詰でな。」
浅緋「今の今までっすか!?」
揚羽乃「ああ。お陰で、目も腰も指も疲労困憊だよ。」
浅緋「ひぇー…それはそれは、お疲れ様っす。あ、立ち話も何っす。お茶淹れるんで入ってくださいっす。」
揚羽乃「コーヒーはないのか?ちと、カフェインが欲しい。」
浅緋「残念ながら、用意してないっす。…第三には緑茶派が多いんすよ。」
揚羽乃「そうか。」
浅緋「もし、用意があったとしても都築先生みたいに上手にはいられないっすから。」
揚羽乃「あー…まあ。アイツは、コーヒーに関しては凝り性だからな。」
▼電気ポットから急須へとお湯を注いでいく。
室内にふわり…と蒸されていく茶葉の香りが広がる。
揚羽乃は、遊羽がいつも座っている事務椅子へと座った。
揚羽乃「そう言えば、波月はどうした?」
浅緋「えっと、遊羽さんはそこっす。(ベッドを指さす)」
揚羽乃「何だー?備品を私用するのか、ここの班長は。」
浅緋「いえ。今回は、病人として使ってるんす。」
揚羽乃「病人ー?…ワーカーホリックか。」
浅緋「それは、完治しようのない生涯病っすね。って、そうじゃないっす。」
(間)
浅緋「……遊羽さん。無理がたかって、熱出したんす。(湯呑を渡す)どうぞ。熱いんで、気をつけて飲んでくださいっす。」
揚羽乃「おう、ありがとう。…発熱か。めずらしいな。」
浅緋「……遊羽さんと一緒に過ごしてて、わかったことは弱音は吐かないってことっす。けど、今晩の奇襲戦で冴木リーダーを傷つけられて。…自身の志も打ち砕かれたようなもんすから。」
揚羽乃「打ち砕かれ…ああ、御子芝の言葉か。」
(間)
揚羽乃「アイツ、まだ補佐生になって日が浅いんだ。習ったばっかの規則に縛られててな。堅苦しくて、好きになれない。…本当なら、あの場は波月やオメェにも手伝って欲しいくらいだったんだぜ?」
浅緋「アゲハ先生が、そう思っててくれても。あんな事を言われた後に、でしゃばったことは言えないっすよ…。」
揚羽乃「それもそうか。…でも、冴木の止血処置したのは波月だろ?」
浅緋「やっぱり、そういうのは分かるんすか。」
揚羽乃「分かるつーか。見覚えのある止血方法だったと言うか…まあ、的確な処置だった…って軍医長が褒めてたぜ。(茶をすすり飲む)」
浅緋「軍医長!?あの場に、そんな人いたんすか!?」
揚羽乃「うるさっ…」
浅緋「あ、ごめんなさいっす。…オレ、救護班やってるのにお見かけしたことないっすから。」
揚羽乃「あー、いや。軍医長も、研究好きだからな。滅多に出てこないんだよ。うん。」
浅緋「へー…なんか。上級職の先生方にはお目にかかれないことが多いっすね。ちなみに、どんな人なんすか?」
揚羽乃「どんな人ね。うーん、どんな人なんだろうな。」
浅緋「えーっ!なんすか、その曖昧な答え!」
揚羽乃「ほれ。俺も正直な話、忘れた頃にしか会えないからよ。」
浅緋「へーそういうもんなんすか。(茶を飲む)……この学園は先生からして変わってる人多いっす。」
揚羽乃「おうおう。言うねぇ。」
浅緋「あ、そう言えば。冴木リーダーはどうっすか?」
揚羽乃「ああ、そうだった。ほら、これ。(診断書を渡す)」
浅緋「拝見するっす。…こ、これは…」
揚羽乃「まあ、見てわかるように。冴木は出血多量で死んでもおかしくない状態だった。でも、どういう訳か。この傷で臓器に損傷がない。」
揚羽乃「…前線でも似たようなヤツは居たが、そんな奴より根性あるよ。」
浅緋「(涙を堪えて)…よかった。本当に、助かってよかった…。脈が弱くなってたし、体温も下がりだした時は肝が冷えたっすから…。」
揚羽乃「俺も、前線で何度も経験してんのにな。あーいうのは、慣れないもんだよ。…冴木のことだが二、三日したら目覚ますはずだ。それまで、波月の体調も良くしとけよ?」
浅緋「了解っす。オレの得意な薬湯を飲ませ続ければ問題ないっす!」
揚羽乃「おう。頼んだぜ。(茶を飲み干す)…ふぅ、ごちそうさん。邪魔したな。」
浅緋「いえ!アゲハ先生、ありがとうございます!お疲れ様でした!(深々と頭を下げる)」
揚羽乃「おう。またな。(退室)」
(間)
浅緋「よーし!オレも、不寝番で頑張るぞー!」
(間)
揚羽乃「(笑いながら)…元気なやつだな。」
▼扉の前で呟いて、歩き出す。
外の木々は、風に吹かれて枝と枝が擦り合う。
揚羽乃「……誰だ。」
▼違和感を覚え、背後を振り返る。
暗闇に問いかけるように、声を滑らせる。
夜間は基本的に校舎内の灯りが落とされているからだ。
小嵐「白々しい口ぶりだったのネ~…」
揚羽乃「…何だ。嵐洙か。」
▼昨今では珍しい提灯ーー《救護班》の文字入りーーを片手に、その学徒が階段の陰から姿を見せた。
揚羽乃「盗み聞きなんて、いい趣味してるな?」
▼シュボッ…と愛用のジッポライターで煙草へと火をつけた。
一口だけ、吸えば煙を辺りに漂わせる。
小嵐「その名前で呼ぶのはキミくらいなのネ、揚羽乃。まあ。結果的に、盗み聞きになっただけなのネ。」
揚羽乃「……それで?わざわざ待ち伏せってことは何か用があるんだろ。」
小嵐「ふふっ…自分の職権に頼るのは嫌いだったはずだろ?」
▼舐るような眼差しで、揚羽乃を辿り。
唇がくっつくか、くっつかないくらいの距離まで近づいて妖艶に微笑んだ。ふわり…と香の匂いがかおった。
揚羽乃「(煙草を吸う)……相変わらず。話の本筋が掴めないやつだな。まあ、でも、そうだな。俺は自分の職権に頼るのは嫌いだ。けどな、上に登れる奴を見出すのも俺の仕事だ。」
小嵐「んふふっ…それが聞けて、ますます楽しみになったヨ!」
揚羽乃「満足したなら、離れろ。いつ、他の奴が通るか分かんねーだからよ。(押し退ける)」
小嵐「おっと。…むぅ、つまらなくなったのネ。昔のキミは、もっと面白い反応くれたのにネ?」
揚羽乃「いつの話してんだよ。」
小嵐「ミィの中等部の話なのネ。」
揚羽乃「見た目が変わんなきゃ見慣れるっつーの。もういくつだよ。……妖狐か何かかよ。」
小嵐「ふふっ、そういう例え方をするのもキミくらいなのネ。」
(間)
小嵐「……まあ。ミィが言いたいことは一つだけ。」
揚羽乃「………なんだよ。」
小嵐「身分を隠して、過ごすのは控えた方がいいネ。…キミは、いつか後悔することになのネ。気をつけるのネ、揚羽乃軍医長。」
揚羽乃「……ご忠告どうもー。けどな。その後悔ってやつが、何時なんどき来るものだとしても俺は越えてみせる。」
小嵐「そう。……その時のキミの判断。楽しみにしてるのネ。」
▼袖口についてる鈴を鳴らして、その学徒は提灯の火を吹き消し暗闇へと吸い込まれた。
揚羽乃は、窓から闇夜を見つめて溜め息を吐き出した。
揚羽乃「…軍医長か。……重てぇよな。」
(間)
▼長い夜が明け、翌日。
白い布を掛けられた担架が、次々と第二校舎から運び出される。
第二校舎の昇降口には一際目立つ容姿の女子学徒が、とある麗人の遺体から離れようとせず。気落ちしないように、心がけていた他の学徒も釣られて、泣き出した。嗚咽で膝から崩れる者もいた。
(間)
浅緋「ぅん…《お茶の匂い》……はっ!今、何時っすか!」
御子芝「寝坊助ね。一〇時過ぎよ。」
浅緋「あっ……アナタは…」
御子芝「お邪魔させてもらってるわ。アタシは、御子芝姫華よ。見てわかるでしょうけど、軍医補佐生。」
▼切れ長な目付きに、バランスのとれた顔つきは、静けさを貼り付けている。
御子芝は、処置用の長椅子の端っこに座って緑茶を飲んでいた。
浅緋「あーえっと、ご丁寧にどうもっす。オレ、浅緋頼威っす。」
御子芝「そう。アナタが、【薬屋のライ】なのね。」
浅緋「わぉー…オレ。その呼び名好きじゃないんすよ。あのっ、えっと、御子芝先輩のご用向きは…」
▼昨夜の事もあるのか、少しだけ警戒した様子の浅緋。
御子芝「そんなに、警戒しないでほしいの。……夜勤で、都築軍医と一緒だったの。アナタたちの事を、第一印象だけで話してたら言われたわ。『何も知らないのは、貴女の方では?』ってね。」
浅緋「都築先生がそんな事と言うんすね。」
御子芝「そう言われて、なんで冷たく突き放されなきゃ行けないんだって思ったの。でも、確かに何も知らないのはアタシの方だったわ。……アナタたちのこと、分かる範囲で調べたの。」
浅緋「えっ、調べってーー」
御子芝「ごめんなさい。」
浅緋「えっ!ちょ、ちょっと!いくら、第三には人が居ないからって!先輩が頭を下げるなんてーー」
御子芝「謝らないと気が済まないの。…昨夜は、本当に失礼な態度をとってしまったわ。ごめんなさい。」
浅緋「あ、えっと……。それは、オレにじゃなくて遊羽さんに言ってあげてくださいっす。」
御子芝「ユウワ…?」
遊羽「(咳き込みながら)…俺のことだよ。」
浅緋「あ、遊羽さん!ダメっすよ!ちゃんと寝ててくださいっす!」
遊羽「今だけだ…。俺も、この体調じゃ無茶の仕様がないくらい分かってるよ。」
浅緋「もう!無理だと判断したら、ベッドに戻すっすよ!」
遊羽「わかったよ…。」
御子芝「あれ、遊び羽と書いて ユウ ではないの?」
遊羽「よく間違えられる。けど、俺は ユウワ だよ。」
御子芝「(小声)…そう…遊び羽で、ユウワ…。」
遊羽「(咳き込む)…で、昨夜の軍医補佐生さんが何だって…?」
御子芝「えっと…その…。」
遊羽「………。」
御子芝「…ご、ごめんなさい…。アナタのこと、何も知らないのに。昨夜は失礼な態度をとってしまったわ。」
遊羽「…ケホッ……別に、もう気にしてねーし。あんたの言ったことは正しかったわけだし。あの場は"救護班"が出しゃばるところじゃなかったよな。」
御子芝「あの、その事なんだけど…。」
遊羽「……まだ何かあんの?」
御子芝「これ。とりあえず、読んで欲しいの。(冊子を渡す)」
遊羽「なんだ?これ。」
御子芝「もし、もしね。アナタがアタシと同じ役職になる予定があるなら…読んでみて欲しいの。」
遊羽「…どうも。浅緋、事務机に置いといて。今は、まだ寝るわ…ケホッケホッ…。」
浅緋「了解っす!」
浅緋「……御子芝先輩。わざわざ、ありがとうございましたっす。今度、いらっしゃる時は第三のメンバーが揃ってるときに来てくたら嬉しいっす!」
御子芝「ええ。…機会があったら、来させてもらうわ。」
▼御子芝は、微笑んで第三救護室から立ち去った。
(間)
▼奇襲から翌日という事もあり。
赤軍の第二校舎は慌ただしかった。
小嵐「そこのキミ。その薬品はこっちに頼むのネ。」
揚羽乃「よう、嵐洙。」
小嵐「おやおや。昨日ぶりなのネ、揚羽乃。」
揚羽乃「……呼び捨てはやめろ。一応、教員と学徒っていう立場を忘れるな。」
小嵐「ふふっ、そういうキミはミィの呼び方を改めるのネ。」
揚羽乃「まあ…それもそうか。じゃあ、嵐って呼ぶわ。」
小嵐「普通に周りと同じでいいのヨ?」
揚羽乃「いいんだよ。俺はこれで。」
小嵐「わかったのネ。キミが、それでいいなら。……で?何か用があったから訊ねてきたのネ。」
揚羽乃「ああ、そうだった。今回の被害状況を教えてほしい。」
小嵐「ほいほい。えっと…この資料にまとめてあるのネ。」
揚羽乃「お、用意周到だな。」
小嵐「ふふん、ミィはパーフェクトだからネ!」
揚羽乃「うーんと、どれどれ…」
小嵐「ガン無視なのネー。」
揚羽乃「………!!」
小嵐「揚羽乃…。」
揚羽乃N「俺は言葉が出なかった。…文字と数字の羅列されてるだけの資料だが。今回の被害は相当な事だと理解できたからだ。」
小嵐「読んで通りなのネ。……特隊生からの死者は一名。重傷者は一名。中傷が四名。…明らかに、こちら側の特隊が狙いだったとしか思えない被害数なのネ。」
揚羽乃「…ああ。そうだな。嵐、この資料は貰っていく。」
小嵐「いいヨー。」
(間)
揚羽乃「……全体での死者は八人。重軽傷を合わせると三十七人…。俺が初陣したチバ戦線と同じ被害数か。」
揚羽乃M《…鍛えて、死ぬことを胸に決めた本職の軍人であっても、『死の恐怖』に打ち勝てる奴は多くない。…なのに、この資料に載ってる奴らは皆、まだ学徒だぞ?外の時勢を知らない奴らだ…。なのに、それを実行したのも同じ立場の学徒。……学園を舐めてたよ。…ここは正に……》
揚羽乃「(煙草に火をつけ、吸う)………地獄だ。」
▼第二校舎の階段の陰にしゃがみ込んで、揚羽乃は瞳の中の感情がごちゃまぜな状態で呟いた。
✳✳✳ ✳✳✳
〈後編 約三五分〉
▼奇襲戦から四日後。その間に校舎の修繕、死者の弔い、赤と黒…両軍の参謀長が対面しての謝罪に至る話し合い(腹の探り合い)などが行われ。
徐々に、普通ではない日常が戻って来ていた。
◇赤軍第三救護室◇
浅緋「遊羽さん、全快おめでとうっす!」
遊羽「おう。いろいろ世話になった。」
浅緋「いえいえ!サポートはオレの専売特許っすから!」
遊羽「(鼻で笑う)そうだな。《大型犬みてぇだな。》」
浅緋「あ、遊羽さん。さっそく書類仕事のことなんすけど…」
遊羽「うん。どれだ?」
▼事務机に置いてあった軍医補佐生への手引き冊子。
遊羽は、それをさりげなくゴミ箱へと投げ入れた。
浅緋「……御子芝先輩からの、捨てちゃうんすか。」
遊羽「捨てちゃ悪いか?」
浅緋「そうじゃないっすけど…。オレ、遊羽さんになってほしい気もするっす…。」
遊羽「……なってどうするんだ?」
浅緋「えっ、えっと……」
遊羽「時間の無駄。もう、話題にすんな。」
浅緋「〜〜!!」
遊羽「なんだよ。まだ、続けんの。」
浅緋「遊羽さんはバカっす!!」
遊羽「んだよ。馬鹿ってオマエが言えんのか。」
浅緋「違うっす!!自分の気持ちを、ちゃんと分かってない大バカっすよ!」
▼感情に任せて、机上を叩いた浅緋。
その衝撃で、積み重ねていた書類たちが床へと落ちた。
室内には、沈黙が支配した。
浅緋「……謝んないっすよ。遊羽さんには、ちゃんと向き合って欲しいっす…。(書類を拾い出す)」
遊羽「(長い溜息)」
浅緋「なんすか…。」
遊羽「……わかった。読む。」
浅緋「遊羽さん!」
遊羽「読むだけだからな!!勘違いすんな!誰もなるとは言ってねーから!!だから、その。…ちょっとの間、任せたからな!」
浅緋「はいっす!いってらっしゃい!」
▼遊羽は、ゴミ箱から冊子を拾い上げ。
大股で、第三救護室を出て行った。
(間)
◇正門広場・噴水前◇
遊羽「あ〜〜〜!!……情けねぇ……。」
▼晴天の下。
大樹の木陰にあるベンチに腰を下ろし、冊子を丸めた状態で横に置き、頭を抱えて喚いた。
遊羽M《……浅緋に八つ当たりするなんて…。班長としてどうなんだよ、俺…。つーか、自分の気持ちをわかってないって何なんだ。俺が、軍医補佐?自分、そんなのになりたいとでも思ってんのか?》
遊羽「くそったれ…。すこぶるリズムに乗れてねぇ…やっぱ、何もかも暁冬が目覚めてないからだ…。(手で顔を覆う)」
(間)
〜回想シーン〜
遊羽「なあ、揚羽乃先生。暁冬はいつ目覚めるんです?」
揚羽乃「いつ、だろうな。傷の状態としては三日で目を覚ます予測だったんだが……」
遊羽「もう、四日目。」
揚羽乃「悪い、波月。医者ってのは傷の処置ができても、心だけは本人次第なんだ。…正也さんの甥のテメェなら分かるだろ?」
遊羽「……それは…嫌って程に知ってます…。」
揚羽乃「まあ、無理はするなよ。(立ち去る)」
遊羽「……暁冬。いつになったら、起きんだ?寝坊助すぎんぞ。」
遊羽「なあ、暁冬。ガキの頃もこうやって手を握ってさ。オマエが目を覚ますのを待ってたな。…待つのは苦手なんだ。だから。早く、目覚ませよ……。(冴木の手を握る)」
(間)
遊羽「(長い溜息)……俺、こんなで進級後やってけんのかな…。」
詩凛「何や、暗いわー。お天道さま、てってはるんにな〜?」
遊羽「……國岸か。何しに来た。」
詩凛「別にー、何もあらへんわ。(座る)」
遊羽「何もないなら、なんで隣に座るんだよ。」
詩凛「どこに座るんも勝手やろ?」
遊羽「(舌打ち)《嫌味なやつだよ…。》」
詩凛「…………。」
遊羽「………。」
▼パチャチャ…パチャチャ…と噴水が二人の沈黙の間に響く。
遊羽「……なぁ、國岸。」
詩凛「何なん?」
遊羽「もし、今の班長の中から軍医補佐生になるやつが出てきたらどうする?」
詩凛「自分、なるん?」
遊羽「いや、もしってだけだよ。例え話だ。」
詩凛「そうやなー。変わらず関係を続ける。」
遊羽「遠巻きになったりしないのか。」
詩凛「補佐生になっても、同期は同期やろ?」
遊羽「……そうか。」
詩凛「正直いうて、自分も位的には上なわけやん。」
遊羽「まあ。配属された場所が場所だったからな。」
詩凛「そやかて、結果的に 班長 やろ?」
遊羽「おう。」
詩凛「だから、なるんやったらあんじょうな。」
遊羽「…おう。」
詩凛「あ、あんじょうって言うんわな?」
遊羽「解説すんな!うまくやれってことだろ?!分かってるから!」
詩凛「ほーか。なら、ええけど。」
遊羽「……國岸。オマエなら、軍医補佐生になるか?」
詩凛「ならへんな。」
遊羽「即答かよ。」
詩凛「おん、ならへんよ。やって、なるやったら班長でええもん。」
遊羽「負傷者の怪我を治したいとは思わないのか?」
詩凛「思わへんねー。うち、責任は負いとうない。」
遊羽「責任か…。」
詩凛「そうやろ?いくら、学んで培った知識や技術があったとしても……うちは、人なんて救えへん。」
遊羽「そういうもんか…。」
詩凛「せやな。けどな、自分なら行けるんやない?」
遊羽「俺は……」
詩凛「【蒼雷】」
遊羽「ピクッ)……オマエっ…。」
詩凛「あんたの噂は、もう広がってはるんや。……悔しかったんやろ?」
遊羽「ああ。」
詩凛「せやったら。答えは決まってはるやろ。」
遊羽「……そうだな。」
詩凛「よう気張りや?」
遊羽「おう。……ありがとうな、國岸。」
詩凛「おん。ほなな。」
▼國岸詩凛の見送りを一瞥し、遊羽は走り出した。
その背中からは、強い意志が宿っていた。
(間)
◇特殊治療室◇
遊羽「失礼します!」
揚羽乃「ん?波月か。どうした。」
遊羽「揚羽乃先生。俺に、軍医補佐生の試験への参加申請書をくれませんか?」
揚羽乃「……本気か?」
遊羽「本気です。」
揚羽乃「ハァ…そうか。誰の影響かは問い詰めなくても分かる。その冊子を渡したのは御子芝だろ?」
遊羽「はい。」
揚羽乃「正直言って。オメェには早いと思ってる。というより、正也さんの甥だ。この学園にいる救護班員の中だと飛び抜けて優秀だってのも知ってる。……けどな。」
遊羽「………。」
揚羽乃「オメェは不安定だ。……もし、冴木が今回の奇襲戦で死んでたら、どうしてた?軍医補佐になりたいなんて思いもしなかっただろ。」
遊羽「……それは………。」
揚羽乃「けど。オメェの事だ。今の位じゃ、冴木を支えていけないと思ったんだろ。だから、軍医補佐生になりたい。違うか?」
遊羽「お見通しですか。」
揚羽乃「おうよ。単純明快でイイとは思うぜ。」
揚羽乃「……でもな、軍医補佐ってのは出来ることが増える分、責任もついてまわる。いま以上に。オメェの手は冴木以外の命も与る事になる。」
(間)
揚羽乃「耐えられるか?」
(間)
遊羽「はい。耐えてみせます。」
揚羽乃「フッ……そういう荒削りなところ。嫌いじゃない。」
遊羽「それ、褒めてます?」
揚羽乃「どうだろうな。……波月。オメェの意思は伝わった。書類や申請書は用意ができたら第三に持って行く。」
遊羽「ありがとうございます。」
揚羽乃「おう。試験は、そんなに甘くねーからな。頑張れよ。」
遊羽「はい。よろしくお願いします、揚羽乃先生。」
▼深々と頭を下げた。
揚羽乃はそんな遊羽の肩をポン…と叩いて、奥の部屋と立ち去った。
(間)
▼遊羽は、御子芝から渡されていた冊子を窓辺に寄り掛かりながら読みだした。一ページ目から 軍医補佐生とは という内容から始まっていた。癖で、クイッ…とメガネを押し上げる。
遊羽M《……申請書は、常駐の軍医…または軍医長から受け取ることか。じゃあ、都築先生からでも問題なかったわけか。って……》
遊羽「俺、軍医長って会ったことねーかも。…軍医長か。ものすごく仕事が出来て。怠惰なことってない人だとカッコイイよな…。」
(間)
揚羽乃「ヘックシッ!!……あー、なんか知らねーけど。唐突に寒気が…」
▼揚羽乃。公にされてはいないが、彼こそ現職の軍医長である。
遊羽の理想とは、正反対と言えば正反対だ。
(間)
遊羽N「その後、申請は問題なく通った。
そうして、勉強する為に寮の自室に缶詰になった。
國岸が話し回ったらしく、休憩で外に出れば通りすがる同期に『がんばれ』と声をかけてくれた。
時々、リィが応援という名の邪魔をしに来たり、御子芝さんが過去に使った参考資料などを持ってきてくれたり、浅緋がいびつな形の夜食をもってきたりと周りの協力に助けられた。
この学園に入る時より勉強にあけくれる。
瞬く間に、時間は過ぎていって一週間後の試験当日。」
(間)
◇赤軍本校舎・昇降口◇
浅緋「遊羽さん!ファイトっすよ!」
遊羽「おう。ありがとうな、浅緋。」
小嵐「ふふん!ゆうたんなら、大丈夫なのネ〜」
遊羽「なんで、オマエが自信満々なんだ?これで、落ちたらどうすんだよ。」
小嵐「落ちる気なのネ〜?」
遊羽「いや。落ちねーけど。」
小嵐「なら、大丈夫なのネ。」
遊羽「なんだそりゃ…(鼻で笑う)」
御子芝「遊羽くん。」
遊羽「お、御子芝さん。」
御子芝「アナタなら平気。筆記は勉強した通りにやればいいわ。面接に関してはアナタらしさをアピールするのよ。」
遊羽「そのアピールってのがな……。」
御子芝「深く考えなくていいのよ!ほら、頑張って!」
遊羽「おう。……三人共。ありがとう。行ってくる。」
浅緋・小嵐・御子芝「(それぞれの いってらっしゃい をどうぞ!)」
(間)
遊羽N「共同使用棟の最上階にある応接室で、試験は行われる。
広い室内に、受験者は俺を含めて九人。
しかも、高等部からの受験は俺だけみたいで席に着く間に、訝しげな視線を受けた。
……受けたところで、俺のやることは変わらない。
頬を叩いて、気合いを入れる。
開始時間になったのか、試験監督が入って来た。
……俺の闘いが始まる。」
(間)
▼一方その頃、第三救護室では。
浅緋「お茶淹れたっすよ〜」
小嵐「ありがとうなのネ、らいちん〜」
御子芝「浅緋くん、ありがとう。」
浅緋「いえいえっす!」
▼来客用のソファーに小嵐と御子芝が向かい合うように座り。
そんな二人を誕生席みたいな位置で、事務椅子に座る浅緋。
御子芝「あら、美味しい…。これ、李さんのとこの?」
小嵐「なのネ〜!ミィの契約農家さんから卸してもらってる茶葉なのネ!」
浅緋「うんうん!ほんと、美味しいっす!……まあ、淹れるとき物凄く緊張するっすけど…。」
小嵐「別に緊張する必要なんてないのネ〜」
御子芝「あら。なんで、緊張なんてするの?」
浅緋「この茶葉、一〇〇グラムで数千円はするんすよ…」
御子芝「えぇ…!高っ!?」
浅緋「それが、正常な反応っす…。」
小嵐「高くなんてないのネ!コダワリを持つと自然と価格も高騰するだけなのネ!」
浅緋「オレ、自腹切ってまで買おうとは思わないっすよ」
小嵐「むぅー!らいちんは、守銭奴なのネ!」
浅緋「庶民的と言ってほしいっす!」
御子芝「まあ、でも。ここまで上品な香りとスッキリとしていて、落ち着ける味なら高くても仕方ないかもしれないわね。」
浅緋「それは、同意見っす!」
小嵐「ふふ〜。あ、それはそうと。何だか、姫華たんは雰囲気が変わった気がするのネ〜」
御子芝「えっ、どこか変?」
浅緋「うーん…変わった〜?あ!初対面の時より優しくなったとは思うっす。」
小嵐「それもあるのネ。けどこれは……」
御子芝「な、何かしら?」
小嵐「ふふっ。なんでもないのネ〜」
浅緋「えぇ!言い逃げならぬ思い逃げっすか!?」
御子芝「そうよ!気になるじゃない!」
小嵐「まあまあ。気にしなーい。気にしなぁい!」
▼遊羽の勉強期間中に居合わせることが多かった三人。
いつの間にか、お茶をする程に仲良くなったようだ。
浅緋「そろそろ、試験開始から一時間っすね。」
御子芝「そうね。」
小嵐「あ、姫華たん教えて欲しいのネ。」
御子芝「あら、何かしら?」
小嵐「姫華たんが試験を受けた時はどんな問題が出たのネ?」
御子芝「うーん、基礎的なことばかりよ。」
小嵐「基礎なのネ?」
御子芝「ええ。軍医を手助けするのが補佐生の主な仕事だから、それに必要な知識を求められるわ。」
浅緋「へー!じゃあ、漢方とか出たんすか?」
御子芝「アタシの時は少しだけだったわ。だいたいは、傷の縫い方とか怪我によって使用すべき道具は何かとか……あとは、その当時から数年分の戦線記録からの出題があったわね。」
浅緋「ひぃえ~……聞いてるだけでチンプンカンプンっす!」
小嵐「ミィは理解したヨ。」
浅緋「おお!さすが、二年連続で第二班の長をしてるだけあるっす!」
小嵐「ふふん!ミィはパーフェクトなのネ!」
御子芝「(小さく笑う)」
小嵐「あ、ちなみに姫華たんは何で補佐生になろうと思ったのネ?やっぱり、卒業後を考えてなのネ?」
御子芝「そうね、アタシはーーーー」
▼御子芝が言いかけた時、内線電話が鳴った。
浅緋「ありゃ、珍しく鳴ったっす。」
小嵐「ぶふっ!!らいちん、大着過ぎるのネ!」
御子芝「そ、それはずるいわ。(口元を隠して笑う。)」
▼御子芝と小嵐が笑いで撃沈した。
理由としては、浅緋が何食わぬ顔で事務椅子をシャーーーと走らせて、内線電話の側に寄ったからだ。
浅緋「え、そうっすか?第三ではよくやるっすよ。」
小嵐「まあ、それより早く応答してあげるのネ!」
浅緋「そうっすね!……もしもし、こちら第三救護室。」
御子芝「ふぅ~……笑わせてもらったわ……。」
小嵐「ゆうたんもやるらしいから、第三は日々が大喜利なのネ~…。」
浅緋「え!本当っすか!はい、はい…わかりました!今すぐ向かいます!」
小嵐「らいちん、どうしたのネ?」
浅緋「あ、あの!冴木リーダーが……」
(間)
▼チャイムが鳴り、試験監督の『そこまで。』の一言で一斉に筆記をやめる。
試験監督が試験用紙を回収し、一礼して室内から出て行った。
次々と受験者が出て行く。遊羽も伸びをしてから立ち上がり、廊下へと出た。
遊羽「……ふぅー…。《結構、過去問より新規の問題の方が多かったな…。》えっと…この後の日程は…」
遊羽N「試験中は、眠らせてあった端末の電源を入れる。
日程表を確認しようと見てみると留守電の通知が入っていた。
あまり見たことのない電話番号で、《誰だよ。》と思いつつも、伝言の音声を聞く。……聞き終わるやいなや、俺は走り出した。
試験監督の注意する声も聞かず、廊下を駆けて本校舎へと向かった。伝言を入れてくれたのは都築先生だった。
俺が、我慢できずに走り出した理由……暁冬が目覚めたからだ。」
遊羽M《暁冬っ!暁冬!!》
▼特殊治療室に隣接する病棟へと駆けた遊羽。
乱れた呼吸を数回、深呼吸して落ち着かせる。
端末を、入室パネルへとかざす。
無機質な音声ガイドが鳴って、自動ドアが開く。
遊羽「はぁー…、はぁー…(深呼吸)……よし、行くぞ。」
▼深呼吸することで、気持ちを切り替えた。
病棟は個室が四つと大部屋が五つある。
冴木の状態は誰よりも重症だった為、治療室から一番近くの個室だった。部屋への距離を縮めていくと談笑する声が聞こえてきた。
遊羽N「俺は酷く脈打つ鼓動を感じつつ、病室の戸をノックする。意識しない。顔を緩めない。そう、念じながらスライド式の戸を開けた。」
浅緋「あ!遊羽さん、お疲れさまっす!」
御子芝「いらっしゃい、遊羽くん。」
小嵐「もしや、試験会場から走ってきたのネ?」
遊羽「アホ言え。フツーに来たよ、フツーに。」
遊羽N「ドッドッドッ…とうるさい鼓動。カーテン越しにも分かる。
暁冬が、身体を起こして待っている。
先に来ていた三人が、道を開けるように正面を譲ってくれる。」
遊羽「……よう。寝坊助。」
遊羽N「いつも通りに。心配なんてしてなかったぞ、と装って声をかけた。約二週間は眠り続けていたせいもあって、暁冬の様子は少しだけやつれて見えた。」
▼『おはようございます、波月くん』
遊羽だけに向けられた言葉。
ただの挨拶の言葉だが、遊羽を大きな感情の波が押し寄せる。
シーツの上に、水玉模様ができていく。
浅緋「わっわっ!遊羽さん、大丈夫っすか!」
御子芝「いいの!浅緋くん!」
小嵐「ここは二人っきりにしてあげるべきなのネ~」
浅緋「えっ!でもっ!」
御子芝「ほらほら!揚羽乃軍医たちのとこに行きましょ!」
小嵐「二人とも、また来るのネ~」
▼場の空気を読んで、退室した三人。
静かに涙を流す遊羽に笑い出した冴木。
『…そうやって泣く波月くんは久しぶりに見ました。』
クスクス…と懐かしむように笑う。
遊羽「(鼻をすする)うるせぇ!俺は、いつも通りだったし!オマエの心配なんかしてねーからな!」
▼どこまでも素直になれない遊羽は、目を擦りながら強がって見せた。その姿に冴木の眼差しが、とても愛おしそうに見つめた。
遊羽「あのさ、暁冬…。俺…。」
▼首を傾げる冴木。
遊羽は、顔を俯かせて言葉を紡ぐ。
遊羽「……あの時は、言い過ぎた。ゴメン。ゴメンな、暁冬。……本当は、すっげぇ後悔したんだ。すぐに謝れば良かったって。オマエのボロボロの姿を見て、ゼッテー死んだら嫌だって思った。だから、だから…俺、オマエが死ななくて本当に良かった…。ちゃんと、目覚めてくれてよかった…。」
▼一度、止めたはずの涙が再び溢れて止まらない。
冴木が遊羽を呼ぶ。手招いて、傍に来るように告げる。
遊羽は、オズオズと寄った。
(間)
▼ふわりと香る消毒液のニオイ。ギュッ……と抱きしめる。
慌てる遊羽を逃がすまいとするように抱きしめた。
冴木は無言で、遊羽の背中をポンポン…と撫でた。
また、大粒の涙が零れる。
遊羽「(※声を上げて泣いてください!)」
▼わんわんと子供のように泣きじゃくる遊羽。
その声は、廊下にも漏れており。
御子芝、浅緋と涙も誘い。小嵐の優しい笑みをうんだ。
(間)
▼その後、泣き腫らした目元をどう隠すかの議論が行われた。
最初は、試験を辞退すると言い出した遊羽。
口々に四人から反対され、なだめられた。
御子芝「じゃあ、朱色のアイメイクでどうかしら?」
浅緋「あと面接まで二時間あるっす!蒸しタオルと冷たくしたおしぼりを交互に当てるっす!」
小嵐「いっそのこと、ヤジマンみたいに顔半分を覆面するのネ!」
遊羽「オマエら、人でいいように遊びやがって……」
浅緋「オレはいたって真面目っす!」
御子芝「遊んでないわよ!」
小嵐「どの仮面にするのネ~?あ、ウサギの目を再現したこれとかどうなのネ!」
遊羽「リィ、それは却下。」
小嵐「なんでなのネ!?」
遊羽「あくまで、俺は面接受けんだぞ!?それを考えろっての!!」
小嵐「むぅ!ゆうたんのケチんぼっ!!」
▼ワイワイと三人揃えば文殊の知恵とでも言うのか。
というより、楽しんでいる。
その光景を冴木はクスクスと笑った。
徐ろに窓の外を見て、右を拳の形にしで握った。
(間)
▼冴木が目覚めて、一二日後。
第三のメンバーが揃っての騒がしい日常が戻ってきた頃、遊羽宛てに封書が届く。送り主は【軍医 総合管理 委員会】と書かれていた。
緊張の瞬間。ペーパーナイフで、封を開け中身を確認する。
真っ先に視界に飛び込んだのは【合格通知】の四文字だ。
冴木と浅緋が『やったー!!』と抱き合ったり、ハイタッチしたり遊羽本人より大喜びする。
(間)
遊羽N「こうして、俺は補佐生の試験に見事合格。正直、落ちる予想もしてなかったが受かるとも思っていなかったので喜びの波は浅かった。」
(間)
▼就任式典の日。会場内には委員会の重鎮が並び、離れて向かい合うように一般の参列席が設けられていた。
遊羽の他には、白と黒から一人ずつ合格していたようで各々軍が規定としている正装で参加する。
遊羽は、着慣れないスーツに落ち着かないようだ。
遊羽N「名前を呼ばれて、壇上の前へと立つ。
見るからに 軍医長です と言わんばかりの頭の良さそうな初老の男性からバッジと腕章を授与される。
しかし、俺だけ腕章の文字が違った。」
遊羽M《総長…?何だ、これ…。》
▼遊羽だけ、腕章の文字が違う理由。
それは、初老の男性の挨拶のなかで明かされた。
総長。高等部から軍医補佐になった者に与えられる役職名で、高等部内の救護班をまとめなくてはいけない。
通例として、軍医補佐の試験を受けるのは十九歳より上の学徒たちが多い。ゆえに五年ぶりの復職である。
遊羽「えっ……え??…えぇーーーーー!!!」
御子芝M《……あらあら、遊羽くん、しらなかったのね…。》
浅緋M《…遊羽さんが総長…!?…こ、これはますます大変になる予感がするっす……。》
(間)
◇赤軍本校舎・裏庭◇
▼タバコの煙をくゆらせながら、壁に寄りかかっている揚羽乃。
小嵐「アーゲーハーノ!」
揚羽乃「んだよ。嵐、何しに来た。」
小嵐「式典中ヨ?現職の軍医長様がサボりなんて…」
揚羽乃「これでいいんだ。堅苦しいことはお偉いのジジィ共にやらしときゃ問題ねぇよ。」
小嵐「むぅ、忠告したはずヨ!」
揚羽乃「忠告されたが、堅苦しいのは嫌いなんだよ。
……にしても、本当に合格するとはな。」
小嵐「ゆうたんのことネ?」
揚羽乃「ああ。俺は、アイツのことを侮ってたよ。」
小嵐「ゆうたんのあきちんに対する思いは本気なのネ。」
揚羽乃「はぁ〜…なんて、あの人に報告すっかなー!!若いって強いわ!!」
小嵐「…ふふっ、それがこの学園の面白いところなのネ。」
揚羽乃「(タバコを吸う)……来期はどうなることやら。」
(間)
▼清々しいほどに晴れ渡った二月初めの空。
それは、新たな門出を祝い。
または先の黒からの奇襲戦で、死んでいった学徒の魂を導くような空とも言えた。
赤軍編・第三話⇒進む者、過去とともに。
おしまい。
公開日→2019年5月16日(木)
最終修正日→2019年6月9日(日)
閲覧してくださった方。もしくは演じてくださった方に感謝をこめて。
おはこんばんにちは〜
無計画実行委員会・委員長(作者)の瀧月です!
赤軍編からは三本目!全体では一○本目の台本となります!(拍手)
いやぁ、前作より数週間は早く執筆と一般公開ができましたが……出だしから超スピードで物語が動いております。そして、ちらほらと赤の子達に関する【過去】【肩書き】について触れた回となっております!
台本内の前置きにも書いてあります通り、今回の物語は 黒軍編・第二話の赤視点 で始まり、進む後日談と言えばいいでしょうか?(笑)
えーっと、一番。作業中に発狂するくらいに悩んだのは 方言キャラの二人 です。
事実、方言がほぼない勢の瀧月が生み出し、書いているキャラなので本場の方からしたら「ワッツ?」な状態でしょう…へい。
(演者を置いてけぼりにするスタイル☆)
正直言いますと…今回はほぼ草案なしです。
なので思いつきと出したい子を出して、波月遊羽の泣き顔をテーマに書き上げたものになります☆(テヘペロッチョ←ダミ声)
といっても、相変わらずの瀧月ワールドなわけですが…(笑)
で、思ったんですけど。
揚羽乃さん。キミ、一番休みないね。
……はい。そうなんです。
メインよりメインというか。存在感あるというか。出すと中々に場が引き締まるんです。
うん。キミ、生み出して良かった。便利な子やn(殴り)
そぉぉぉぉい!!……はい!以上です!
ウダウダと後書きを載せても、読まれる方も少ないでしょうからこの辺で!
また、いつか!皆様のお目にかかれたら幸いです!お疲れ様でした〜! 瀧月より
公開日→2019年5月16日(木)