黒軍編・第ニ話⇒サヨナラを告げる日。(男3:女:3:不問1)
※この部分を上演の際にコメント欄などに投げてください。
自己解釈 学生戦争 三津ヶ谷学園物語。
【title】黒軍編・第ニ話⇒サヨナラを告げる日。
【作者】瀧月 狩織
【台本】
黒軍編・第二話⇒さよならを告げる日。
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☆本編
〇〇〜前編・約25分〜
責島「彼の落ち度は、一人の学徒に深入りをしたことだ。
自身に課せられていた”務め”を忘れるほどに惹かれ合ってしまったこと」
國崎M《ほんに、憐れなやっちゃ。
けんど、一人の人間に入れ込むっちゅう感覚。ワイには分からんし、分かりとうない》
▼ニ〇八〇年の一月。黒軍の過激派による赤軍への奇襲は、大きな抗争になった。
そのさなかで、赤を装った青年は、一人の学徒の死に立ち会い、声を堪えて静かに雫を流した。
(間)
〜タイトルコール〜
アツメ『自己解釈 学生戦争 三津ヶ谷学園物語』
手鞠『黒軍編・第ニ話』
六津井『サヨナラを告げる日。』
(間)
▼黒軍第二校舎。戦闘部の専用フロア。
午後の訓練内容を確認している学徒たちでフロア内は騒がしい。
そんな騒がしさの中でも、狐面で顔を覆った男子学徒─國崎詩暮が窓辺に寄りかかっていた。
責島「おい、そこのオマエ。……おい。無視をするな」
入惰「…長~、この人…寝てるよ……?」
責島「眠っているだと?立ちながらとは器用なものだ。だが、起こせ」
入惰「だよねぇ……じゃないと、用済まないもんね~……」
▼ソソッ…と狐面で顔を覆っている國崎へ近寄り、背伸びして面に触れるマリモのような髪型をした男子は、がんばって手を伸ばす。
入惰「じゃあー、ちょっと失礼して……。うっ、うわっ………」
責島「おい、平気か?なぜ、尻もちつく程に驚く」
入惰「お、長ぁ……この人、顔がないよぉ……」
責島「顔がない?うむ、たしかにないな。この学園に居る奴らは何かしら訳アリが多いが顔がないなど……。
おい、コイツ。笑ってないか?」
入惰「えー……、ホントだぁ…肩が笑う時みたいに揺れてるぅ…」
責島「おい、オマエ。本当は起きているな?言葉が通じるならば、筆談なり手話なりで答えろ」
國崎「んふふ……あ~、ええ驚きっぷりやったな〜。えらい楽しませてもらいましたわ~」
責島「喋れるのか、なら時間を割く必要がなくなったな」
入惰「長ぁ……のっぺらぼうってどうやって喋ってるのかなぁ……」
責島「どうせ。楽しんでいるだけだろう。おい、オマエ。意地の悪いことは止せ」
國崎「何や、つれないお人やな。
まあ、ええですわ。そろっそろっ、顔がかゆくなってきましたさかい」
入惰「顔がかゆいって……、何か塗ってるのかなぁ……」
責島「見とけば、イヤでも分かるだろうさ」
▼狐面の男子学徒、彼は國崎詩暮という。
面の下は確かに、たどたどしく喋る入惰の言う通りに異様なまでに顔がない。しかし、学生服のスラックスからプラスチックの筒を取り戻し、蒸しタオルで顔を拭き上げる。
國崎「ふぅ……。うん、スッキリやわ~」
入惰「ジィーーー……」
國崎「うん?なんや、お人。近いなぁ?」
入惰「なんで、顔なくしてたの……?」
國崎「なんや、お人。理由が知りたいんか」
入惰「むーーー……。紛らわしいこと、僕、嫌い……」
國崎「答えになってないで?まあ、ええわ。よう聞きなはれ
(喉を鳴らす)ワイは本土の西から来ましてね。まー、そこは一発芸があってこその土地柄。ワイのこの顔隠しも芸ですわ。手間を掛けてでも、人の驚きを見る為ならーーー」
入惰・責島「(えー、とか。うわぁ…とかどうぞ。ドン引き)」
國崎「え、ちょいと~?お人ら、冗談も通じんわけやあらへんやろ?」
入惰「長ぁ…。僕、この人を誘うのヤダ……」
責島「入惰。オマエの気持ちも十二分に分かる。だが、堪えろ」
入惰「むぅ…。ねえ、きみの名前、教えて…」
國崎「ああ、ワイとしたことがアカンわ。ネタ披露の前に名乗っておらへんかった」
▼人懐っこい笑みを浮かべては居るが、入惰や責島からの警戒が解かれることはない。
國崎は右の側頭部に狐面を乗せ、朱色の紐を蝶々結びにした。
國崎「改めまして。ワイは國崎詩暮言います。今のとこは、研修期間みたいなもんやな。戦闘派の部隊を回っております。(二人を見る)……ほんに、よろしゅう頼んます~。蒼檄部隊の責島はん、入惰はん。」
責島「オマエ、俺の名前を知っているのか?」
入惰「なんで、僕の、名前も……」
國崎「そない、驚くことやあらへんやろ?一般の閲覧が大丈夫な内容までの学徒や教員情報を頭に入れとるだけやさかい」
入惰「閲覧権限内、の全部……??」
責島「……もしかしなくとも。オマエ、只者じゃないな」
國崎「んー?ワイ、人より記憶力が少し優れてるらしいんですわ~。なんで、あんまし期待せんで欲しいわ~」
責島M《優れてるなんてもんじゃない。この調子だと他の約八千人分の情報も覚えているな。……これは、使える。》
入惰「……國崎詩暮、きみみたいな変わった口調の人って、みんな、そうなの……?」
國崎「ワイみたいに?うーん、ちゃうと思うで。昔、一緒に過ごしとったお人らが居るんやけど。
みーんな、個性のマーケットみたいなもんやったわ」
入惰「……そう。個性のマーケット……」
責島「國崎。この学園に、オマエと似た名前のやつを知っている。そいつも、実は俺が受け持っている隊に誘うつもりだ。
……知り合いの可能性あるか?」
國崎「ほう。そのお人の名前は?」
責島「國織。今は諜報部に所属している國織集だ」
國崎「……くにしき しゅう。(小声)…ふふっ、ほんま面白くなりそうやわ…」
責島「それでだ。國崎、オマエには俺の隊に所属をーーー」
國崎「責島はん。ちょいと、野暮用を思い出したさかい」
責島「ん?そうか。なら、明日の昼にまたここで落ち合おう。話はその時に改めて」
國崎「話の分かるお人で助かるわ~。ほなな~、お二人はん。
(歩き出す)《この学園で再会できるなんてな、元気にしとるやろか…会いに行ったるで、シュウくん…!》」
責島「……また、変わり者が編入して来たな」
入惰「僕、あの人、きらい…」
責島「入惰は苦手な人種だろうな。しかし、あの記憶力は実に利用したい(下卑た笑み)」
入惰M《なに、その顔……!恐い…。今の長、ぼくには解らない…。》
(間)
國崎「あー、しもうたわ-。校舎内を歩いてれば、見つかるもんやと思ったんやけど……。」
▼困った。困った。
そう言いたげに首を傾げていた國崎の視界に一人の女子学徒が通りかける。
國崎「ん、そこのお人。ちょいとええか?」
黒女子「何かしら。」
國崎「訊きたいことがあんねん。」
黒女子「訊きたいこと?」
國崎「おん。えっとー……。あ、そうそう。
黒軍の中で、諜報隊員が多く所属しとる部隊を知っとったら教えてほしいねん。」
黒女子「随分、露骨な探り方ね。」
國崎「あ、やっこさんやと思ってはるん?ワイ、れっきとした黒の学徒やで。」
黒女子「あら、そう。でも、いいわ。深負いはしないであげる。」
國崎「あ、ありがとう??」
黒女子「そもそも、諜報隊員は一つの部隊に居続けないものなの。でも、今まで諜報隊員を多く作戦に用いた部隊なら三つあるわ。」
國崎「ほう。それは?」
黒女子「(タブレット端末を見せる)…えっと、そうね。この三つよ。」
國崎「ほほう。遊撃が一つと進撃が二つ、ね…。」
黒女子「この三つは中隊と大隊レベル。小隊の場合は、諜報隊員を専属もしくは所属させないわ。」
國崎「ほう。……なんでか、理由知らへんか。」
黒女子「知らないわ。」
國崎「ほーか。せやかて、お人なら色々知ってそうな気がするんやけど。
ワイ、疑われとるから教えて貰えへん感じか?」
黒女子「あなた、ここのフロアが何か知らないの?」
國崎「んー?…進撃のフロアより人が少ない気もする。」
黒女子「そう。知らないのね。だから、迷ってたわけね。」
國崎「あは〜、ワイ。そない分かりやすい顔しとった?」
黒女子「顔にはでてないわ。いい?ここは、参謀関係のフロアよ。つまり、軍の【脳】とされる知識人が集められた場所なの。」
國崎「あ〜…なるほどー。つーことは、ワイ。かなり浮いてるわけやな。」
黒女子「そうね。まあ、人探しだか何だか知らないけど。あんまりウロウロとはしないことね。
…他軍からの侵入者だと思われて、絡まれるわよ。」
國崎「おお、ほーか。たしかに、面倒事は避けたいわ。…うん、ご忠告どうもやで。」
黒女子「じゃあ、この辺でいいかしら。私も暇じゃないのよ。」
國崎「おんおん。呼び止めて、すまんかったわ。……ほなね、上杉煠千流はん。」
黒女子「えっ、なんで私の名前を……て、もう居ない。」
黒女子「何なの。あの男子。」
(間)
▼女子学徒に教えて貰った三つの部隊を律儀にも訪問した國崎。
しかし、結果はハズレ。どこの部隊も口々に そんな学徒は所属していない。と言われてしまったのだ。
國崎「はぁー……アカン、もぅ、動けへん……。」
▼共同使用棟を支えている七本の柱。
中央にある一番太い柱に寄りかかって、盛大にタメ息を吐いた。
既に、時刻は夕方五時を回っており終業時刻でもあった。その為、学園寮へと向かう学徒が次々と國崎の横を過ぎて行く。
國崎M《無駄に広大な敷地内と黒が所有する校舎も大きく広い。
こんなに疲れるのは誤算やった。うーん、この感覚は既視感あるわ。使いたいものこそ見つからんくて、探さなくなると見つかる時の感覚と。》
國崎「縁あるものは惹かれ合うんやなかったんか…?」
國崎M《…面接の時に聞いた通りに赤の学徒は少ないんやな。(今、歩いていった中で)七人中三人か。明日の朝から人探しするんは嫌やな…。せやかて、一回くらい挨拶をしたいとこやさかい。どないすれば……。》
▼國崎は伸びをして、視線を通り過ぎていく学徒たちを流し見する。一人だったり、グループ行動だったり、様々な学徒が過ぎる中で、一瞬だけ視界に捉えた特徴に呆けていた意識が覚醒した。
國崎「!?…あの学徒。せや。あの特徴…。ワイの記憶に間違いあらへんなら……!」
▼走り出した。人を掻き分けて、走る。
(間)
手鞠「でね~。今日の王子も最高だったのよ~。」
アツメ「ふふっ、マリは本当に王子が好きなのね。」
手鞠「そういう、アツメだって~」
アツメ「えー、私はー……」
國崎「(走りながら) そこの、お人!ちょい待ってなっ!」
手鞠「え、何。あの黒の人。」
アツメ「(國崎を見て)……!い、急ぎましょう。マリ。」
手鞠「ちょっと、どうしたの?……っ!アツメ!急に引っ張んないでよ!」
アツメ「いいから!急いで!」
國崎「なっ!なんやねん!なんで、あのお人らも走んのや!
(一旦、立ち止まる)…………諦めてたまるか!!」
▼やはり、元々の距離があった為か。
國崎は全速力で走るが、なかなか追いつくことができない。
一部の学徒が立ち止まって、走っていく三人に野次を飛ばす。そのさなか、好機がやってきた。入寮手続きを待つ行列が出来ていたのだ。
アツメ「くっ!!……チッ……。」
手鞠「アツメ!諦めなよ!アタシ、あの黒の人から逃げてる理由がわかんないんだけど!」
アツメ「(立ち止まって)マリ。突然、走ってゴメン。
(走り出す)……寮の食堂が閉まる前には戻るから!」
手鞠「ちょっと!アツメったら!!~~~もぅ!!」
(間)
▼國崎と赤の学徒による追いかけっこは赤の学徒の根負けだった。
走る足を止めて、乱れた息を整える為、互いに深呼吸した。
大半の学徒が学園寮に向かってしまった為、正門前の広場も静けさで満ちている。國崎が先に言葉を投げかける。
國崎「なあ、お人。お人、集くんやろ。」
アツメ「…………。」
國崎「無言は肯定やと、受け取る。」
アツメ「集、なんて名前は知らないわ。……って、言えば気が済む?」
國崎「ふっ、その反抗的な返しは集くんで間違いないなー。」
アツメ「……そうね。でも、どうしてキミがこの学園に居るの?」
國崎「それは、ワイの言葉やで。
センセイの庇護下を一番先に離れたお人が言えることなんか?」
アツメ「私は、離れるべきだと思ったから離れただけ。」
國崎「…ほーか。じゃあ、話を変えるわ。……お人、何で赤に居るん?それも”務め”なんか?」
アツメ「それは答えないといけないの?」
國崎「本音を言うんなら、答えてほしいで。
せやかて、わざわざ女装して、変声機まで使うとるし、だいたいは予想つくさかい。」
アツメ「そう。…なら、その予想のままで満足して。
そして、学園に居る間は二度と私に関わらないで。」
國崎「嫌や。」
アツメ「……國崎。ここは学園なのよ。キミの我侭に付き合ってなーー」
國崎「嫌や、言うたんや。ええか?集くん。ワイは、冗談や我侭で言うとるんやない。」
アツメ「……そんなの、キミの眼を見れば解るわよ…。」
國崎「なら、ええやろ。答えてくれても。
ワイは、知りたいねん。古馴染みのお人が、この学園に入ってまで…癖を残したまま過ごしてる理由とかもな。」
アツメ「…理由なんてない。」
國崎「嘘なんてらしくあらへんな。」
アツメ「嘘じゃない!…嘘じゃないわ。」
(間)
アツメ「…ただ、過ごしやすかっただけなの。女装と変声機は務めの上で仕方なくしているの。
…癖は、忘れないためよ。人目につかない時は、戻れる…。」
▼ポツリ、ポツリ…と答えた。アツメは自分を戒めるように、掌を強く包む。
彼女の両方の小指と親指には、紫色の爪紅が施されている。
それこそが、二人の間で交わされていた癖の正体だ。
國崎「変えてへんのやな。」
アツメ「そうよ。変えてない。」
國崎「……ワイらの色や。」
アツメ「ねえ、お願い。國崎。」
國崎「なんや、改まって。」
アツメ「私が変わってないって、これでわかったでしょ。だから…」
國崎「そう言えばな、お人。」
アツメ「な、なに?」
國崎「蒼檄部隊のお人らが集くんも勧誘したい言うとったでー?」
アツメ「そうげき…?そこって、黒の中でも過激派だって言われてる部隊のはずよ。
……いったい、何が目的なの……。」
國崎「へー、ほーか。ちなみにワイもちょっとだけお声かかってねん。」
アツメ「そう…。でも、悪いけど。私には優先すべき務めがあるの。
その部隊に、キミが参加する気なら、ついでで悪いけど断っておいて。」
國崎「別にお断るんはええけど、理由を訊かれたらどないするん?」
アツメ「いい?こう告げて…『現在。諜報活動中の為、不参加とさせていただきます』ってね。」
國崎「(ピッ……)おん。この音声を聞かせれば、ええんやな。」
アツメ「ちょ、ちょっと!なんで、録音なんてしたのよ!」
國崎「えー?言質やで、言質。もし、伝言を言い間違えたら嫌やしー。」
アツメ「あんな短い言葉を言い間違える方がオカシイでしょ!?」
國崎「いやー、万が一があるわけやしなー。ワイ、用心深いし~。」
アツメ「キミが用心深い分類なら、学徒の大半が用心深いことになるわよ!」
國崎「あははー、せやな~。」
アツメ「流したわね!?ちょっと、國崎!!」
(録音機の内容をスピーカーで流す。)
國崎M《どこから、どう聞いても女の人の声や。これが、学園の技術…。》
アツメ「変声機を止めて、録り直すから渡しさ―い!」
六津井「……アツメ。」
(間)
六津井「アツメ、こんな時間に何を騒いでいるんだい?」
アツメ「お……『王子』!?
す、すみません…お見苦しいところをお見せしました……。」
國崎M《王子……?確かに、目を惹くくらいにはたっぱもあって美丈夫なお人やな。でも、なんか……。》
六津井「珍しいね。普段、大人しいきみが声を荒げているなんて。……そちらの黒の方は?」
アツメ「え、えっと、こちらの男子学徒はーー」
國崎「あー、わかったわ。なんや、お人。嬢ちゃんやんか。」
アツメ「く、國崎!?『王子』に失礼なことを!!」
六津井「アツメ、いいのだよ。……えっと、黒の方。たしか、國崎さんと言ったかな?」
國崎「せやで。お人は、何て言うん?王子様。」
六津井「ふふっ、他軍の方に王子と呼ばれるのは笑えてしまうね。
……失礼。僕は、六津井祈里。赤の特隊生で、二つ名を『氷雨ノ王子』と言うんだ。」
國崎「ほー、二つ名持ちで特隊生さんでしたか~。なんや、いろいろ無礼な態度を失礼したわー。」
アツメM《……反省してないわね。》
六津井「いやいや。逆に、初対面で僕の肉体の性別を見抜いたくらいだ。きみの観察眼は鋭いね。」
國崎「嫌やわー。そない、買いかぶらんでほしいわ。」
六津井「ところで、國崎さんはうちのアツメとはどんな関係でーー」
アツメ「『王子』!この黒の方との用件は済んでいますの。寮で『姫』が待っていますわ。」
六津井「で、でも」
アツメ「ほらほら!戻りますよ!」
▼アツメは六津井の背中をグイグイと押して、帰寮することを促す。
その時、國崎は片手で送られるアツメのーーこの場合、國崎たちの間だけで通じるーーハンドサインを見て、肩を上げて、呆れの表情を浮かべた。
六津井「慌ただしくて、すまない!國崎さん、また!」
國崎「おーん、ほななー。
……あ!結局、録り直してもらわんかったわ。…うーん。…明日がごっつう面倒に思えて来たわぁ…。」
▼そんな呟きをしつつも、國崎も黒の寮へと帰っていった。
(間)
六津井「本当に良かったのかな」
▼寮への帰路。しばらく口を閉じていた六津井がボヤくように声を漏らした。アツメが困ったように微笑んで、答える。
アツメ「あれで、いいのです」
六津井「そう……。でね。さっきははぐらかされてしまったけど。僕は、黒の彼ときみがどういった関係なのか気になるところなんだけど?」
アツメ「……あの黒の方は、幼い頃に付き合いがあったくらいです。たしかに、久しぶりの再会でした。けど、今更です」
六津井「別に、僕は他軍との交流を反対しないけどね」
アツメ「ダメですよ、『王子』」
六津井「ん?ダメなのかな」
アツメ「しっかり、線引きは致しましょう。もし、闘う日に命を奪い合うことがあれば、悲しみたくありません」
六津井「ははっ、それもそうだね。ここはキミの判断を受け入れるよ、『侍女長』」
▼六津井の掌が、アツメの頭を撫でる。
くすぐったい、と笑って手から逃れようとしている間に学園寮の正門へと辿り着いた。すると、そこには──
手鞠「アツメ!遅いわよ!!」
アツメ「マリ、なんで外に?まさか、待っていたの?」
手鞠「べ、別に!待ってなんか!」
六津井「おや、手鞠。指先が真っ赤だよ?……ほら、これで温かくできるね(指先を手で包む)」
手鞠「うぅ……、『王子』〜!(抱きつき)」
六津井「おっとと…。ははっ、待っていてくれてありがとう。優しい子だね、手鞠は」
手鞠「べ、別に一人でご飯なんて楽しくなかっただけですわっ…!」
アツメ「ごめんね、マリ。ありがと」
手鞠「いいわよ、許してあげる。けど、今晩のオカズから一つだけチョーダイね?」
六津井「ぷっ、ふふふっ、手鞠、キミって子は……」
手鞠「え〜!笑わないですくださいまし〜!」
六津井「はいはい、ごめんよ。ほら、入ろうか。美味しいご飯が待ってるよ」
手鞠「は〜い!」
アツメ「はい、『王子』」
▼六津井、アツメ、手鞠。学年の垣根を越えた穏やかで、優しい関係が築かれているのが他の人から見ても微笑ましいものであった。
──その日の深夜、とある寮の一室にて。
アツメ「……やあ、久しぶり。
覚えてるかな?突然、夜分にゴメンなさいね。
えっ?変わりすぎてて、誰か分からなかった?この姿も似合ってるって?褒めるのが上手になったわね、ありがと。でもね、変わってないこともあるから、安心して。
……それでね。きみに協力して欲しいことがあるの。昔なじみとして、力貸してほしい。ね?お願い、詩凛ちゃん」
▼部屋には、影が二つ。ロウソクの火がジジッ……と微かに音を立てて、日が揺らめいて黒煙が部屋に薄く漂った。
(間)
▼それから、五日後。
時刻はお昼時。場所は共同使用棟の食堂。
ザワザワと広々としたフロアは、食事や休憩を楽しむ学徒で賑わっている。
國崎「…ふぅ……。」
入惰「………。」
國崎「ん…?」
入惰「ん。」
國崎「う、うおっ…お、お人。いつから居ったん。」
入惰「きみが、ここに座った辺りから…國崎詩暮…。」
國崎「最初からやん…!で、何や?」
入惰「全然…、箸進んでない…。」
國崎「あぁ。頼んだまでは、よかったんよ。せやかて、思ったより食えへんかったわ。」
入惰「(盛大に腹が鳴る)さっき、たくさん食べたのに…まだ…足りない。」
國崎「あー…《たしかに、エライ食ったんやろなー。丼やらパンの包み紙やら…。》……お人。良かったら、ワイの残りやけど食べるか?」
入惰「イイ、の…?」
國崎「ええよ。ここで意地悪して、午後の訓練に支障きたされたら、アホらしいやろ?」
入惰「ありがとう…。國崎詩暮…。」
▼入惰ははむはむ…と小動物のような愛らしさを醸しながら、國崎が残した学食名物の[ ガッツン肉肉肉ライスセット ]を食べ始める。入惰の長い前髪で、隠れつつある横顔を見る國崎。
國崎「なあ、お人。そのフルネーム呼びは何とかならへんのか?縮めるとか、愛称で呼ぶとか。」
入惰「…長や、若との区別…。」
國崎「なんや、分からへんけど。お人のこだわりか何かか?」
入惰「…ぼく、物覚え…特に人の名前とか苦手…。忘れないようにフルネームで呼んでる…。」
國崎「忘れへんようにねぇ?
ワイは、逆に記憶力しか自慢がないさかい。分からへん気持ちやわ。」
入惰「(食べながら)…長と若は無理に覚えなくていいって、言ってくれた人…。だから、そう呼んでる…。」
國崎「あー、そうなん?せやけど、その若ってお人は誰なん?ワイ、会ったことないんやけど。」
入惰「若は…、長の影武者…。」
國崎「お、おお…。何や、時代錯誤な単語が飛び出したな〜?」
入惰「…でも、いつか、会える…。」
國崎「そうなんか。まあ、影武者や言うくらいやし。お人より隠密行動が得意そうやな。」
入惰「そう、だね…。若は、居そうで居ないから…。」
國崎「ほーん、そうかぁ…。
あ、せや。訊きそびれとったんやけど。お人ら、蒼檄が黒の中でも過激派ってのはーー」
責島「本当のことだ。」
入惰「ん…長…。」
國崎「まいど〜、責島はん。」
責島「相席、失礼する。」
國崎「おん。ええよー。」
責島「それで?なぜ、我が隊を過激派だと知った。」
國崎「あー、ちょいとだけ小耳に挟んだだけやんね。」
責島「ほう。わざわざ、周知の事実である話を口にする学徒がまだ居たのか。…誰だ?」
國崎「……國織はん、からや。」
責島「そうか。まあ、オマエは編入生だ。國織とも知り合いだったようだし。…忠告の意味もあったんだろうがな。」
入惰「…でも、意味、なかったね…。もう、入部してる…。」
國崎「(鼻で笑う)せやな。もし、國織はんが忠告の意味でお人らの隊を【過激派】なんて称したんなら。意味があらへんかったな。(麦茶を飲む)」
(間)
國崎「ちなみに、訊くんやけど。お人らが【過激派】やなんて名乗っとる理由って何なん?」
責島「元より蒼檄は、参謀部直属の進撃部隊だった。しかし、いつからか単独での作戦行動を得意とする奴らが増え出した。…それからだな。」
國崎「つまり。他と馴染めへんかった奴らの溜まり場ってことやんな?」
入惰「…國崎、詩暮…。そんな、言い方は好きじゃない…。」
責島「間違いではないが、正解でもない。
俺達は、進撃のように与えられた作戦通りに過ごすことも。
遊撃のように独断の作戦で過ごすことも。可能とした隊だと証明する為に集まった。」
國崎「ものは言いようやな…。まあ、ええですわ。ワイは、その思想に興味が惹かれたさかい。…仲良うしてなー?」
責島「ああ。よろしく頼む。」
入惰「……。」
國崎「ん?入惰はん、何や不満そうやな。」
入惰「別に…。」
國崎「別に。で、片付けられるような表情やないで?」
入惰「…気にしないで。」
國崎「……ほーか。」
六津井「やあ、國崎さん。」
國崎「ん、お人は…」
(間)
▼窓際のテーブル席で、話をしているところ。購買で貰えるビニール袋を提げた六津井が声をかけてきた。
昼食の麺類を口にしていた責島の箸が止まる。入惰も、六津井を見る。
六津井「おっと。お食事中に失礼したね。空いてる席を探してたら、國崎さんの声がしたから、ついね。」
國崎「そうなんですかー。わざわざ、どうも。ああ、席やったらワイの隣が空いてるさかい。良ければ座ってや。」
六津井「では、お言葉に甘えるとするよ。…相席、失礼しますね。」
責島「ああ。どうぞ。」
入惰「………。(頷く)」
▼黒軍の指定である学ランの中に、一人だけ私服の学徒が座るという異色の状況が出来上がる。
六津井はそんな状況を気にする素振りなどなく、買ったサンドウィッチを開封する。
六津井「…実は。僕、めったに食堂に来ないからさ。昼時ってこんなにも賑やかなんだね。」
國崎「あー、せやな。大半の学徒が集まるんとちゃいます?知らんけど。」
六津井「そっか。全員とはいかないけど、集まると凄いね。」
國崎「そう言う六津井はん、いつもはどこで食べてるん?」
六津井「ああ。僕は、部室かな。
今日は、書類仕事もキリよく終わってね。…食事より、どちらかと言うと寝てる方が好きなんだ。だから寝ようとしたら、隊員の子が ダメだ! って言うから仕方なくね。」
國崎「あー、もしかして。あの…アツメはんと一緒に居ったくるくる金髪の子やな。」
六津井「アツメと一緒…。あー!そうそう。そうだね。あの子、悪い子ではないんだ。ちょっと、心配が過ぎるけど。」
國崎「しゃーないとちゃいます?お人、見た目より細いやろ。」
六津井「そうかな?一応、修練のときに居残りで筋トレしたりするんだけど。」
國崎「…お人、『王子』や呼ばれとるけどお嬢やろ?筋肉の付き方にも限界があるやろ。」
六津井「そうかな?もっと頑張れると思うんだけど。」
入惰「えっ…女の人…??」
責島「『王子』…だと?」
▼國崎と六津井の何気ない会話を黙って聞いていた二人が各々の反応を見せる。
六津井は、目を瞬いてから微笑む。
六津井「ゴメンね。驚かせたかな?」
入惰「え、あ…うん…。本当に、男の人だと思ってたから…。」
六津井「あははっ。そう見えてるなら良かった。まあ、訳ありでね。…國崎さん、あまり言いふらさないでね?」
國崎「訳ありなんかー。それやったら、ワイもお口チャックやな。ついでに、入惰はんもチャックやで?」
入惰「わっ!わっ!くすぐたっ…ーーッ…」
國崎「ん、どないしたん??」
入惰「なんでもないっ…。」
國崎「お人、なんでもないっていう顔やないで?」
六津井「えっと、入惰さん。具合が優れないなら、無理してはダメだよ?」
入惰「…うん…ありがと……。」
▼じゃれ合っていたが、入惰が息を詰めたのを國崎は見逃さなかった。もちろん、隣に座っている六津井もだ。
入惰が、息を詰めた理由は”悪癖"を目にしたからだ。親密なものにしか、見抜けない責島の”悪癖”を。
( 間 )
▼昼食後の夢衣大隊室。
六津井M《……入惰さん。本当に大丈夫だったかな。》
手鞠「『王子』!ねぇったら!」
アツメ「『王子』?聞いてますか?」
六津井M《國崎さんもからかいはしていたけれど何か、引っかかるんだよな……。》
手鞠「ねえってば!!(肩を揺する)」
六津井「えっ…??」
手鞠「あ!やっとこっち見た!」
六津井「マリ、どうしたんだい?」
手鞠「どうしたも、こうしたもないですっ!今、会議中だって言うのに!!」
アツメ「えっと…『王子』、お疲れですか?」
六津井「あぁ!ゴメンよ。少しばかり、考え事をしていてね。」
手鞠「もぅ…!大事な会議なのに…。」
六津井「本当にゴメンね、マリ。」
アツメ「あの、『王子』。失礼ながら、何を考えられていたのかお訊きしても?」
六津井「いや、なに。昼を一緒にした方たちとの話を思い返してだけだよ。」
アツメ「そうですか…。ご友人とのことですか…。」
六津井「ああ、そうだよ。」
六津井「みんな、悪かったね。会議を再開しよう。」
▼六津井の号令に隊員たちは声を揃えて、返事をした。
(間)
▼昼食後、何気なく入惰の様子を気にかけていた國崎。
しかし、何事もなかったかのように午後の訓練は始まり、終わった。敷地内に終業の鐘が鳴る。
今日も、一日が平穏に過ぎて行った。
(間)
ーーーーーー
〇△〜中編・約25分〜
▼消灯時刻がやって来て、草木も眠るとされる丑三つ時。
黒軍寮の3階の一室。非常用の懐中電灯が室内を薄く照らしている。
責島「ああ、そうだ。聞き間違えではない。入惰もその場に居た。」
入惰「……噂通りだったよ…。本当に、男子学徒みたいだった…。」
責島「國崎は知っていたようだ。ああ。オマエは、まだ会ったことがなかったな。…面白いやつだよ。機会があったら、会ってみるといい。」
入惰「……長、若…。ぼく、嫌な予感がするんだ。」
責島「嫌な予感?」
入惰「その…何がって訊かれたら答えられない…。でも、ただ嫌だって感じるんだ……。」
責島「虫の知らせ、か。」
入惰「うん……。」
責島「心配するな、入惰。
この作戦を成功させれば、俺達はもっと名を知らしめることが出来る。…俺は見せつけたい。俺達、蒼檄をその辺の枯れ草だと言い捨てたアイツに。」
入惰「……長の作戦に異論はないよ…。ただ、いつもより少しだけ慎重に、動くよ、ぼくは…。」
責島「わかった。…オマエも異論ないな?」
▼灯りが照らしていない二段ベッドの上段に責島が問いかけた。
カタンッ…と物音がたつ。それが、返事の代わりなのか責島は頷いた。
責島「よし、話は以上だ。この内容で、他の奴らにも説明する。……では、就寝。」
入惰「うん…。おやすみ、長、若…。」
ーーーーーー
☆黒軍・野外修練場。
國崎「(大きなアクビ)……あー、朝日が眩しいわぁ…。」
入惰「どーん……。」
國崎「うおっ!!危なっ!!
あんな!入惰はん…!お人、口にしてはる気力と押してくる力の配分、おかしいやろ!?」
入惰「…いい加減に、慣れるべき…。」
國崎「アホか。慣れたくあらへんわ。」
入惰「あ、おはよ…。」
國崎「マイペースすぎるやろ!!」
入惰「おはよ、って言った、返して…。」
國崎「はぁぁぁ……。おはようございます…。」
入惰「うん。おはよ…國崎、詩暮…。」
責島「おはよう。」
國崎「おはようございますー、責島はん。」
入惰「(責島を見る)…!?」
責島「ああ。今日も、いつも通りにやっていく。気張っていけ。…俺は野暮用がある故、後から参加する。怠けるなよ。」
國崎「了解ですー。(責島を見送る)
せやったら、ランニングからやな。行くで、入惰はん。」
(間)
國崎「…入惰はん?」
入惰「……なんで…。」
國崎「??…どないしたん?昨日の昼の時もそうやったけど、なんか変やで。」
入惰「(頭を振る)なんでもない…。走ろう、國崎詩暮…。(走り出す)」
國崎「あ、ちょい!ホンマに、マイペースすぎるやろ…!」
(間)
▼蒼檄の隊員たちはウォーミングアップのランニング後、柔軟体操をしていた。
責島「皆、終わったようだな。ご苦労。遅れて、すまなかった。」
入惰「……長、だ…。」
國崎「責島はんがどないしたん?さっきも、後から参加するって言ってきたやろ。」
入惰「いや…、なんでもない…。」
國崎「お人は、そうやって誤魔化すけど、良くないで?」
入惰「じゃあ、…國崎詩暮、気づいた…?」
國崎「なん?」
入惰「気づいてないんだね…たぶん、他の人も気づいてない…。」
國崎「だから、何やねん。勿体ぶらんで言えや。」
入惰「…遅れるって、言ってきたの…あれ、若だよ…。」
國崎「はぁーっ!?」
入惰「…声、大きい…。」
國崎「すまん。えっ?あのお人、責島はんやなかったんか??」
入惰「…うん。いつか、会える…とは言ったけど…。若から来るとは思ってなかった……。」
國崎「入惰はん。若っちゅー人を影武者や言ったやろ?じゃあ、あのお人、特殊メイクなんかしてるんか。」
入惰「違う…。若は、長の…」
責島「入惰、國崎。先程から私語が多いぞ。」
國崎「あ、すんませーん!!……(小声)ほんで?若っちゅー人、責島はんの何なん?」
入惰「…ごめん…怒られるから、また今度…。(離れる)」
國崎「えっ、あ!ちょっ、入惰はん!…今、フラんでもええやんか!!」
責島「うるさいぞ、國崎!外周したいのか!!」
國崎「わー!えろう、すんません!」
(間)
▼午前の修練が終わる。
國崎は、人気のない茂みの中で寝転がっていた。
國崎「あー、アカンは…。ワイ、こんなに振り回されるタイプやなかったんやけどなぁ…。(ゴロゴロと転がる)」
國崎「にしても。隠し事が多いんとちゃうんか、あの隊。それで、責島はんはよう隊を率いとるわ…。」
國崎「あ〜〜〜!!参加する隊、間違えた気がしてならへんわ!!(大の字)」
責島「おい、オマエ。不平不満を言うのは勝手だが、声が大き過ぎやしないか?」
國崎「んぇっ…!せ、責島はん…!いつの間にっ」
責島「ついさっきだ。」
國崎「そ、そうですか〜…。」
▼唐突に、人が増えたせいもあって。國崎の視線はあちこちと動く。
國崎M《いや、ワイは騒いどったからって周囲の警戒は怠ってへんかった。物音どころか、茂みの動く音もせんかった。なのに、当然のように居るのは何なん…?…いや、落ち着け、落ち着くんや。このお人、ホンマに責島はん、か…?》
▼國崎は、深呼吸をする。
そして、カッ…と目を見開いてお得意の観察力と記憶力をフル起動する。そうすることによって、責島本人か、否かを探る為だ。
國崎「…ふぅん、わかったで。」
責島「何がだ。」
國崎「お人。入惰はんが言うとった 若 やろ。…マジもんの責島はんとは、ピアスの穴の数が少ないんやない?」
責島「……。」
國崎「どうなんや?無言は肯定やと受け取るで。」
責島「ふっ…ふふふ、ははは…」
國崎「なんや。何、笑っとんねん。」
(間)
責島(若)「いやぁ、見事だな。たしかに、アイツが気に入るはずだ。」
國崎「やっぱり。お人が、若はんか。」
責島(若)「ああ、そうだ。俺は、アイツの片割れ。双子。」
國崎「…ごっつう瓜二つなんやな。」
責島(若)「そうだな。産みの親も見分けられないくらいには、似てる。」
國崎「ほーか。…そんで。そんな影武者やなんて言われとる、お人がワイに何の用や。」
責島(若)「警戒してるのか。まあ、仕方ないな。ぶっちゃけ、初対面だ。まあ、世間話はここまで。」
(間)
責島(若)「ずばり本題に入らせてもらう。…國崎、オマエは蒼檄から出て行け。」
國崎「はっ、ホンマにずばり言うんやな。誘ってきたお人と同じ顔に言われると傷つくし、呆気に取られるとこやったわ。…理由を訊かせてーな?」
責島(若)「アイツは、オマエを気に入ってるようだが。俺は気に入らない。入惰が言ってたが、嫌な予感の根源はオマエだと俺は思っている。」
國崎「ほーか。入惰はんらと何の話をしとって、そないことになったか知らへんけど。新顔潰しなんちゅーことは上のたつもんのする事やないと思うで?」
責島(若)「俺はあくまで”影”だ。影は光が危ぶまれると消えちまう。…やっと、ここまで来たんだ。オマエのような、得体の知れない奴、居てもらっちゃ困る。」
國崎「先に断わっておくで…嫌や。
お人、責島はんの兄弟なら意見くらい言えるやろ?ワイみたいな、新顔本人に消えるように言うんわ、弱いものいじめの典型やで。」
責島(若)「…黙れ。」
(間)
責島(若)「オマエが弱いものいじめされる側なんぞ、笑止。」
責島(若)「…話はここまでだ。忠告はした。午後は部隊室での会議だ。それ迄に、退部届けを書いておけ。」
▼そう言い残せば、若は静かに立ち去る。國崎の舌打ちが響く。
國崎「はんっ…若だか影武者だか知らんけど。…ワイが、素直に言うこと聞くわけないやろが。いてこますぞ。」
(間)
▼若の言う通り、午後は会議として部隊室へと招集がかかった。隊員たちは、号令がかかるまで他愛ない話をしている。
▼部隊室は、一五畳ほどの広さがある部屋。
正面の壁にホワイトボードが取り付けてあり、ど真ん中にキャスター付きの会議机が三つ並べられ。そんな机上に、何やら学園の全体図が置いてある。
國崎M《蒼檄のお人らって、結構人数が居るんやな…。》
國崎「なぁ、お人。お人も、一年生やろ?」
國崎M《若はんが忠告してきた後で、あんまし、深入りするつもりはあらへんけど…部隊室に集められたちゅー事は、何かしらあるはずや。…同期のお人らから仲良うなっておくか…。》
▼國崎は、同期とそれなりに話題が盛り上がっていた頃、部隊室の扉が開いて、責島と入惰が入って来た。談話の声が止まる。
國崎M《…入惰はんって、よく責島はんの傍に居るけど何かの役職の一人なんやろか…?》
責島「皆、ご苦労。さっそく、会議を始める。」
責島「…オマエたちも、上の者から散々の言われようにうんざりしてきた頃合いだろう。だが。俺達が、今まで耐えてきた分、あの計画を実行に移す時がやってきた。」
責島「入惰、あれを。」
入惰「はい、長……。いち、にぃ、さん……よし、十六枚…」
責島「オマエたちも、見かけたことがあるだろう。
この写真の学徒たちは 赤軍の特隊生 だ。…約二五〇〇人居る赤の上層生。実力は勿論のこと、上への周知も絶大だ。加えて、今期の全体的な戦果でも、我ら黒は赤に押し負けている。」
國崎M《あん写真は六津井はんか…!ホンマに、エラい立場のお人なんか……、今、入惰はんがホワイトボードへと貼ったんは戦績表やな……》
責島「見ろ。…このような戦果では、今後の黒軍は他軍から置いて行かれ、悪い方向に影響が出る。しかし、現状。黒の上は何の行動にも出やしない。……そこで、俺は考えた。赤の特隊生を数名、重症まで追い込み。迫る来期での活動を停滞させてはどう、かと。」
▼一斉に声が上がる。
『なるほど!』『やってやろうじゃねーか!』と勇ましい言葉が飛び出す。國崎は、ただ眉間にシワを刻む。それで、良いのか。そんなに上手くいくのか。そんな、靄が胸の中に湧いた。
責島「決行日は、今日を含めて六日後だ。…入惰の調べによれば、終業後にも校舎に残る特隊生は多いとのこと。故に、狙うは終業後の夕暮れとなる。」
入惰「夕暮れ…、夜目が効く人が先陣切るといいよ…」
責島「武器の使用は可能とする。しかし、抵抗するもの以外は傷つけるな。我らは、黒であるが粗暴者とは違う。そこを、間違うな。…いいな?」
國崎「はいっ!」
(周囲の学徒も、一斉に返事をした。)
入惰「…だから、組み分けする、よ…。」
責島「ああ。一つの班、三人から五人体制とする。我ら、蒼檄は全体数、十八だ。各自、連携の取りやすいと思うもの同士で組んでみろ。」
▼ワラワラ…と互いに談笑を挟みながら組み出す隊員たち。
國崎も、同期同士で組もうとしている学徒に声を掛けようとする。しかし──
責島「國崎。オマエは、俺と入惰の三人で組む。こちらに来い。」
國崎「えっ、ワイですか?」
責島「そうだ。早くしろ。」
國崎「あー…はい。分かりました。…すまへんな、お人ら。」
國崎M《あー!アカン!ごっつう視線が集まっとるやんか!新顔のワイと組むのはどない意味や…?…もしかして、若はんの根回しか?》
──それから数分後
責島「よし。各自、組めたようだな。班の呼び方は俺らを辰の班。他を順に子、丑、午、酉とする。」
▼三、三、三、四、五の五班に分かれた。責島はんの説明通りに隊員の名前が水性マーカーペンで、囲われる。
入惰「…じゃあ、あとは作戦の流れの説明…。」
責島「ああ。では、組めた班ごとに潜入する場所、目的とする行動を指示する。」
(間)
▼会議が終わった。
室内に残ったのは、國崎と責島、入惰の三名だけだった。片付けをしている二人を窓際で足組んで、黙って見ていたものの。
何か気分がモヤモヤとし続ける國崎は手を挙げて、問いかける。
國崎「なあ、お人ら。ちょっとええか?」
責島「なんだ。」
入惰「……なに…?」
國崎「なんで、ワイを班員に含んだん?お人らなら、影武者さんを含んで三人で動けたやろ。」
責島「…國崎。オマエ、若に会ったのか。」
國崎「会いたくて、会ったわけやないで?あの、お人から接触してきたんや。…どういうわけか。ワイのことを大層、気に入らんかったみたいやしな。」
入惰「…そう…。若が会いに行ったんだ…。じゃあ、わざわざ説明する必要がなくなった、ね…。」
責島「アイツに対して、理解し兼ねることも多いだろう。
だが、アイツは蒼檄を一番に思っている。故に、編入事情が特殊なオマエを目の敵にしている。」
入惰「…でも、今回の計画…。これで、戦果を挙げれば問題、ない…。」
責島「入惰の言う通りだ。この計画が上手く行けば、我らの思想は成就する。」
國崎「ほーか。まあ、ええですわ。…せいぜい、影に飲み込まれんようにしますさかいー。(部隊室を出る)
《問題が山積みやと思うが、野暮ったいことは好きやないしな…。》」
▼蒼檄の部隊室から離れて、いくらか歩いた所で立ち止まった國崎。頭を乱雑に掻きむしって、喚く。
國崎「あー!あー!何でなんや!もう、意味分からんくなってきた!!ワイは、あのお人らと闘わないとアカンのかぁーー!!」
▼國崎は、開け放った窓から身を乗り出して、声を張った。
彼の嘆きなんぞ、外で稽古や訓練している学徒たちの声やざわめきにのみこまれてしまう。
────────────────
△〇△〜後編・約30分〜
▼國崎は未だに納得が行かず蟠った想いを抱えていたが、話にのってしまった分。引き下がれずに作戦決行までの六日間を過ごした。蒼檄のメンバーも、他の部隊に気づかれないように通常の修練や日常を送ったのである。
……そうして、作戦決行日の夕刻。
責島「こちら、辰の班。合図があり次第、行動開始する。」
▼責島の着けているイヤーカフ型の通信機には、各班の 了解 という声が返ってきた。國崎は、顔を狐面で覆い隠す。
國崎「…この日まで、あっちゅー間やったな。」
責島「緊張しているのか。」
國崎「まあ、せやな。恥ずい話ではあるんやけど…ワイ、この作戦が、ここ(学園)で初の実戦やから〜。」
責島「ふっ、緊張しているようには見えないな。…オマエの、今の感情はどちらかと言えばーー」
入惰「長…、偵察完了…。作戦通り、各班の配置場所は赤学徒の影が、なかった…。」
責島「ご苦労だ、入惰。」
國崎M《責島はんが言いかけたこと…。まあ、おおよそ予想つく。…今、ワイは…。》
國崎「(小声)……最高に、愉しみやわぁ…。」
入惰「ピクッ…)…変態…。」
國崎「うーん?なんや。別にええやろー?」
責島「おい、私語は控えろ。(深呼吸)……こちら、辰の班。作戦通り、子の班から潜入せよ。」
(間)
責島「行くぞ。」
入惰「了解…。」
國崎「了解や。」
(間)
▼作戦開始から一〇分経過。
責島「こちら、辰の班。一時待機場所の四階、非常口前に到着。…各班、現状を報告せよ。」
國崎「うーん…。いくら、何でも変とちゃいます?」
入惰「…何が…?」
國崎「いや。いくら、終業後や言うても、人居らん過ぎやろ。普通なら一人や二人見かけるもんとちゃいますの?」
入惰「言われてみれば、変、かも…?」
責島「なんだ、と…。」
入惰「ん、長…どうしたの…。」
責島「丑、午の班が既に抗戦を開始したそうだ。相手は、戦闘を避ける様子がないと…。」
入惰「丑は、武器庫…。午は準備室関連のフロアだった、はず…。」
國崎「責島はん。他二つの班は?」
責島「それが、応答がない。作戦開始から一〇分だぞ?……もしかしなくとも、我らの計画が漏洩していた可能性がある。」
國崎「ほーか…、せやかて。蒼檄のメンバーに密偵でも居ったとでもーー」
入惰「なに、この臭い…。ッ!長…!國崎…!外、出て… !!」
國崎「は?何やねっ…」
責島「んっ、どりゃあああ!!!!」
國崎「どわぁっ!!……あ、痛たァ…いくら何でも、投げへんでもええやんか…って、どないしたんや!入惰はん!しっかりしっ!」
責島「(回転受け身し、)入惰っ!」
▼非常口の外には非常階段と踊り場がある。
國崎は投げられ、踊り場の壁に激突する。國崎から数歩手前で、身体を曲げ、縮こまる入惰の姿が目に入った。
手鞠「ふぅ〜ん、さすがね。」
▼女子の声とカツン、コツン…とハイヒール特有の高く響く音が耳に入る。
手鞠「こんばんは〜。黒の人。…招かれざるお客人のようでしたので、それ相応の対処を失礼しますの。」
國崎「お人…、シュ…ゴホッ、アツメはんと居った金髪の学徒やんな。…入惰はんに何したんや。」
手鞠「あら?アツメをご存知ですのね。狐面の方。まあ。さきほど、申し上げた通りですわ。…それ相応の対処と。」
▼金髪パーマの女子学徒ーー手鞠は、非常扉から堂々とした態度で辰の班の前へと現れた。
國崎「ほーか。…何をしたら、人ひとりを動けなくできるんか、ご教授願いたいわ。」
手鞠「あら?ご興味をもっていただけて、何よりですわ。…タネ明かししますと、一定量を嗅ぐと身体に痺れ、眠気をきたすお香を漂わせておきましたの。」
國崎M《…なんか、集くんと居った時より妖艶な雰囲気やな…。何だか、別人の様やわ…。》
國崎「……ほーか。随分と、人道的な手段をとるんやな。」
手鞠「ええ。アタシの所属する部隊では、第一に身柄の拘束ですの。極力、血は流したくありませんもの。」
(間)
手鞠「ふふっ…もちろん。ここに来る前に隠れていた黒の方々にも同じ対処をとらせて頂きましたわ。」
國崎「ああ。やから、連絡つかへんのか。今頃、お人らのお仲間さんに捕まってはるかもしれへんな。」
手鞠「ふふふ、この素晴らしい心得は我らが『王子』が居てこそのこと…!んん!滾りますわぁ…!」
國崎「あー。昂ってるとこ、悪いんやけど……そろっそろっ静かにしてもらうで!(正面から殴りかかる)」
手鞠「(半身で避ける)ふんっ…!そんな程度、避けられますのよ!!」
國崎「なかなかの身のこなしやな!せやけど、ワイは!お嬢はんを、傷つけるのは嫌いなンよ!」
手鞠「女だと、見くびってもらっては困りますわ!」
國崎「いいんや。悪いんやけど、ここで黙ってもらわんと…なっ!!(足払い)」
手鞠「なっ、なんなんですの!?や、やめっ…嫌やぁぁぁぁ!!!」
國崎「おっとと…、あー、うるさかった…。」
▼國崎は、絶叫した手鞠の背後に回り込んで手刀で首の急所を叩く。意識を手放し、カクン…とあっさり気を失った手鞠を抱き留めて、ため息をついた。
國崎「ん?あんれ。入惰はん、責島はん…??どこ行ったんや!?前線離脱…?
いや、計画の主犯が真っ先に抜けてどないすんね!!」
▼行き場のない気持ちをツッコミし、吐き出す。また大きく、長いため息が漏れた。
國崎「まあ…ええわ。単独行動を開始するしかあらへんな。うーん、とりあえずは他班の様子を探ってみるか…。」
▼手鞠を空き教室の一室に横たわらせて、学ランに着けている外套を外して、羽織らせる。
國崎「よし、これで少しはマシやろ。…敵さん言うてもお嬢なわけやし。…このまま、風邪をひかれても困るしなー。……ほなな、金髪のお嬢はん。」
▼そう、呟けば足早に空き教室を後にする。
駆け足をする度に、腰に差している双剣の鞘がぶつかり合って、音を立てる。
(間)
▼赤軍側の倉庫置き場。
國崎を置いて、前線を離脱しようと考えた責島と入惰は息を整えながらも倉庫の陰に隠れていた。
責島「入惰、平気か?」
入惰「うん、痺れはもうない…。あの、ごめん…、長…。僕、何も出来なかった…。」
責島「いや、気に病むな。これは、俺の落ち度だ…。やはり、よく頭の回る奴が赤の校舎に残っていたのだろう…。」
入惰「長、僕の予測を聞いてほしいの…。」
責島「なんだ?」
入惰「たぶん、この奇襲は大失敗とまでいかないと思う…。あきらかに、僕ら蒼檄以外の人たちも動いていないとオカシイ部分があると思うの…。」
責島「ふむ…、確かに。入惰の言うとおりだな…。」
入惰「あれ、そういえば…若はどこに行ったの…?」
責島「うん?ああ、言われてみれば、どこに行ったんだろうな。あいつは、國崎が入隊してから独断での行動が増えたのだ。……可笑しな言動が目立っていた。」
入惰「そうなんだね…。《胸騒ぎが、まだしてる…。これで終わりじゃないの…?》」
責島「まあ、俺はあいつを信じている。俺の半身とも言える片割れだからな。」
入惰「双子、ならではの感覚だね…。」
責島「まあな。……とにかくだ。隊員の奴らには申し訳ないが撤退しよう。そのあとで、体制を整えー 」
入惰「長っ、シッ…!」
▼今後の作戦を話しかけた責島の口を入惰の掌が押さえた。比較的、聴覚が優れている入惰だから察知できた音でもある。
入惰M《話し声だ…。何を話してるんだろう…。そこまで聞き分けられないな…。》
▼入惰が察知した音は、話し声と足音だ。しかも、一人や二人ではなく五人以上は居るのだろう。責島たちが隠れている場所から三つ隣の倉庫付近からだった。
責島M《……聞こえる声は五人か…、赤のものなら手加減なく行けるが…。こんな大負けな状況だ。もしかしたら、赤のほうから黒へ戦況が漏れていて、この奇襲が俺たち、蒼檄の独断だと知られた可能性もあるな…。だとすると、相手は警務班かもしれんな…。》
入惰「(小声)……長、どうする…?」
責島「(小声)……このまま、隠れ続けるにしても、見つかる可能性のほうが高いだろう。」
入惰「(小声)それじゃあ、僕がこの場を……」
責島「(小声)いや、オマエだけ先に行け。俺がこの場の殿をする。」
入惰「なんで!?」
責島「(小声)バカモノッ…声がでかいッ…」
入惰「(小声)で、でも…長を置いて行くなんて…」
責島「(小声)阿呆。俺を見くびってもらっては困る。オマエなら分かるだろ?」
入惰「(小声)わかるけど…でも…。」
責島「俺を信じろ。あとで、ちゃんと向かう。」
入惰「本当に?」
責島「ああ、本当だ。」
入惰「……わかった。」
責島「よし、決まったな。……(深呼吸)…ここは!俺が残る!!オマエら、先に行け!!」
▼責島の陽動としての一声を響かせる。
一人ではない、他にも居るぞ。そう、思わせる為に声を張った。声に反応して、一気に足音が忙しく近づいてきた。
責島は、腰に差している太刀を抜いて、構えた。にんまり…と怪しく笑う。それは、傍目からしたら悪人面だ。
責島「ハハッ…!良くぞ釣られたな!!オマエらの相手は、この蒼檄部隊 隊長の責島煌次が致す!!」
▼責島が声を張り、太刀を抜いて人前へ躍り出ると同時に、入惰は駆け出した。無我夢中に駆けた。胸のざわめきは強まった。
(間)
國崎「ん、何や。ここだけ灯りが消えて…いや、ちゃうな。蛍光灯が割れとるんやな。戦闘のあとか。…倒れてるんは、蒼檄の子と午のお人らか。息のほうは…あるか。六人も打ち技で、のすってえらい手練の仕業……ん?なんや。そこに誰か居るんか。」
赤学徒「…貴方も、黒の人ですか!」
▼割れた蛍光灯の破片を踏みつけ、月明かりに照らされて、姿を現したのは…。
國崎「お人、写真に居った…!」
赤学徒「写真、そうですか…。(深呼吸し)…侵入者に告ぐ!僕は、特隊生!『蒼雷』の名を持つもの!…いざ!!」
國崎「っ…!戦闘は、避けられへんのか…!」
(間)
▼時は遡る。
蒼檄部隊が赤軍校舎へ潜入から五分後のこと。
グラウンド側に面する廊下で女子学徒の二人が歩いていた。
手鞠「アツメっ!あれを見て!!」
アツメ「なに?ッ…黒の学徒…!」
手鞠「やばいよ!どうする?!」
アツメ「落ち着いて。いい?マリ。突然ではあるけれど、これは実戦よ。それでも、キミはいつも通りに敵の捕縛を優先して。」
手鞠「わ、わかったわ。でも、アツメはどうするの?」
アツメ「私は、『王子』の元に行くわ。いいこと?ちゃんと、自衛をして。無理だと思ったら、戦闘派の学徒の所まで敵を引きつけるのよ。」
手鞠「うん!わかった!!」
アツメ「いい子ね、マリ。この闘いが終わったら。落ち合いましょう。」
手鞠「了解!(走り出す)」
(間)
▼時は戻り、黒軍側のグラウンド。
國崎「ッてて…、アカンわ…。これ、あばら二、三本逝っとるんやない…?」
▼國崎は、赤の特隊生との戦闘を逃げ出したのか、終わらしたのかは不明だがグランドにはえている万葉樹に寄りかかっていた。
國崎「ふぅー…、ちぃとばかし呼吸するんも辛いなァ…。」
責島(若)「そうか。なら、今がチャンスだろうな。(國崎とは反対側に背を預けていた。)」
國崎「ん…?うわぁお…若はんの方かぁ…いつつ…。で、チャンスって何がや?ワイを殺そうとでも思うんか?」
責島(若)「そうだな。俺は、不意打ちなど小癪な手は使いたくない。」
國崎「あー、ほーか。せやけど、今は勘弁して欲しいわ。ちぃとばかし、あばらが逝ってんねん。」
責島(若)「だから、チャンスなのだろう?手負いの獣を狩らない猟手がどこにいる。」
國崎「あー、温情とか見逃すとかはあらへんのやな…?」
責島(若)「ああ。既に、今回の計画の目的は達成された。…あとは俺自身の目的を達成できれば、撤退だ。」
國崎「ははっ…。それが、ワイの始末ちゅーわけやな?」
責島(若)「ああ。……國崎、お覚悟!!」
國崎「ッ!!ホンマに、殺る気なんか!!」
責島(若)「逃げてばかりか!オマエの武器は飾りか!!(二段突き)」
國崎「ぅお…!?(スレスレで避ける)」
國崎M《痛みを忘れろ。今、痛みなんかに屈してる時やない。ええか、ワイ。死にとうないなら…》
國崎「……迎え撃つのみや!!(右の剣を抜く)」
責島(若)「そうだ!殺られる前に遣り返せ!ここ(学園)のルールだ!」
國崎「そない気にいらんのやったら、この計画が始まる前に追い出せばよかったやろ!!(突く)」
責島(若)「ふんっ!(避ける)
ただ、辞めさせるだけでは戻って来れられるだろう!
俺は、オマエの存在自体が要らんのだ!!
(國崎の剣を弾き飛ばす)……おぅらっ!!(蹴り飛ばす)」
國崎「ぁぐっっっ…!!?!」
▼高々と振り上げた若ーー責島影兹の刃は、國崎の肩の肉を抉った。
國崎「あぁッ〜〜〜!!(地面に倒れる)うぅ……!!」
責島(若)「ふんっ…。手応えのないやつだ。だが、これで終いだ。」
▼再び、血塗れた刃先が國崎の腹部を狙って振り下ろされる。
反射的に目をつぶる國崎。
しかし、新しい痛みや肉を裂かれる感覚などは襲ってこない。
國崎M《なっ…何が起こってるん…??》
責島(若)「ぐっ、うぅ…!!何だ!!この鎖!!」
國崎「ははっ…!手負いの獣ちゅーんはお人のことやったみたいやな!」
責島(若)「くっ!!國崎ぃぃぃ!!」
▼ガシャッ、ガシャッ…と鉄の音が響く。
責島 影兹は手首ごと、どこからか伸びている捕縛用の鎖で動きが封じられていた。その鎖には[ 参謀部・警務隊 ]のネームシールが貼られている。
國崎は好機だと捉え、ゆっくり立ち上がって歩き出す。
黒学徒A「そこの学徒!武器を捨てて、投降せよ!」
黒学徒B「おい!狐面の学徒!オマエも、蒼檄のものだな!?止まれ!!」
國崎「(舌打ち)…悪いけど、言うこと聞けへんねん!せいッ!!(学ランの懐から煙幕弾を取り出す)」
黒学徒A「ぐぉ!」
黒学徒B「ゲホッ、ゴホッ…に、逃がすなっ…!!」
▼國崎は、煙が広がっているうちに大きい万葉樹へと登り、息を潜めた。
(間)
▼本校舎の三階、夢衣進撃大隊室。
アツメ「失礼します!『王子』!」
六津井「おや。アツメか。どうしたんだい?そんなに慌てて。」
アツメ「巡回をしておりましたが、緊急事態です!今、校舎内に黒のものが…!」
六津井「黒の方が…。…そうですか。でも、そんなに慌てる必要がないでしょう。」
アツメ「で、ですが…。」
六津井「(立ち上がる)…アツメ。」
アツメ「は、はい?」
六津井「アツメ…いや、國織集さん。」
アツメ「『王子』?だ、誰の名前を仰っていますの…?それより!早く、身を隠しましょう!!」
六津井「…いいや。この際だ。」
アツメ「何が、この際ですか!早く隠れるなり、何かしませんと!黒のものが、アナタを殺しにくるかもーー」
六津井「殺しをするのは、きみじゃないのかな?」
アツメ「な、なんのことですの?笑えない冗談ですわ。…言葉遊びなんて、『王子』らしく…」
六津井「國織さん。もう、いいんです。…本当は僕。キミと國崎さんが話してる声は聞こえていたんだ。」
アツメ「あ、っ……。(言葉に出来ず、口を開閉する)」
(間)
六津井「きみが、元より黒の学徒だったことも知っていた。あれは、いつだったかな…。」
アツメ「………。(顔を俯かせる)」
六津井「…そんな顔はしないでほしいんだ。
…僕は、きみが”務め”の間だけの接触だってことも気づいてた。
…本当は全部、分かっていたんだ。」
アツメ「『王子』…なら、お気持ちは決まっていらっしゃるんですか…?」
六津井「…そうだね。きみの務めを優先しようか。」
▼目を閉じ、深呼吸をした。
そうして、両腕を広げ、アツメに微笑みかけた。
アツメは、懐に隠してあったサバイバルナイフを引き抜いて、構える。
アツメ「……。」
六津井「どうしたの?僕の急所はここだよ。(みぞおち辺りに触れる。)」
アツメ「…無理だ…。ボクは、刺せない…。」
六津井「アツメ…。いや、集さん!”務め”を放棄するんですか!?
僕は、きみが"務め"を失敗して死ぬくらいなら!ここで、きみに殺してほしい!僕のこの思いが、強欲だと言うなら!!」
アツメ「ボクは…!ボクは、きみが好きだ!!だから、殺したくないんだ!!」
六津井「僕の方が、長く思っていた!!だから、頼む!!
キミが死ぬなら残り時間が少ない僕が!!」
アツメ「え…どういうこと…?時間が少ない…?」
六津井「あ……。いや、うん、そうなんだ。」
(間)
六津井「…ずっと、隠していた。二年生の夏からでね。
胎内で徐々に蝕まれる病なんだ。
ステージ四で、投薬を続けたとしても内側からボロボロになっていくだけ。…こんな格好しているのは、少しでも現実逃避したかったからだよ。」
(間)
六津井「…少しでも、生きて。きみと過ごしたかったから。」
アツメ「そんなの、嘘だ…。(膝から崩れる)」
六津井「嘘なんかじゃないよ。…だから、頼む。(歩み寄り、片膝をつく。)」
アツメ「だったら、ボクも連れてって…!一緒に死んでっ!!」
(間髪入れずに頬を平手打ちする ※両手で一拍お願いします。)
アツメ「ッ………。」
六津井「ごめん。ごめんね、集さん。きみを、僕なんかの身勝手で死なせたくない。」
▼六津井はアツメを抱きしめる。
聴こえる鼓動。生きている。この鼓動を、これからアツメが止めるのだ。
アツメは静かに頭を振って、涙を溢れさせる。
六津井「大丈夫。…さきに、彼岸で待っているから。ちゃんと、長生きして世の末を僕に伝えてよ。」
アツメ「そんな…、ボクなんかが長生きなんて…」
六津井「長くなくてもいいんだ。僕が、逝った後の学園や外の事を彼岸に来た時、教えてくれればいいんだ。」
アツメ「嫌です…、ボクは…。」
六津井「頼む。病死なんて、自身が衰えていく姿を見られる死に方は嫌なんだ。まだ、姿を保っている。今、キミに殺されたいんだ。」
アツメ「『王子』…!…っ、うぅ!…うわぁぁぁぁ…!!(泣き叫び、背中へとナイフを突き立てる。)」
六津井「ぅぐっ……(血を吐く)…そう、それで、良いんだ…。」
アツメ「うぅ…うぅ…!」
六津井「ありがと…、ぼくは、すっごく幸せだ…。…あいしてるよ、集さん…」
アツメ「『王子』っ…!」
六津井「なまえ、よんでほしい…おねがい…。」
アツメ「六津井…いや、祈里っ…!ボクだって、愛している!!絶対に、迎えに行くから!!」
六津井「ん…、まってる…。だから、今生ではお別れだ…。」
(間)
六津井「…ありがと…さようなら……(息絶える)」
アツメ「ッ!!(大粒の涙が零れる)」
アツメ「…祈里…。愛している。」
▼アツメーー改め、國織 集は『王子』に口付けた。
まだ、温かみを失っていない唇。
その温度を感じただけで、また静かに涙が溢れた。
(間)
▼赤の女子を装った青年により。
司令部直属・進撃大隊隊長 兼 特隊生『氷雨ノ王子』ーー六津井 祈里は絶命した。
死が人を分かつとは言うが、死によって互いの想いを結びつけることもある。これも、また。この鳥籠と呼ばれる学園のせいだろう。
(間)
入惰「やめっろ…!離せっ…!!」
黒学徒A「大人しくしろ!オマエには、危害を加えるなとお達しが出ている!」
黒学徒B「そうだ!軍への反逆にもなりかねない行動へ温情が下っているのだ!!」
入惰「うるさいっ…!キミたちは、上の、手の者だろ…!!素直に従うものかっ…!!(暗殺用の小刀で相手の首を掻っ切る)」
黒学徒A「ぐわぁぁぁぁ…!」
黒学徒B「この!同軍を躊躇いもなく殺すのか!?」
入惰「黙れっ!!ぼくが、従うのは長と若だけだ!!」
▼拘束してきた同軍と抗戦するところで、視界に入った。責島の二人が拘束され、連れて行かれる姿を。
入惰「っ…!そんな…!?」
黒学徒B「ははっ…、残念だったな。捕縛班の任務が完了したようだ。」
入惰「待って!!待ってよ!!(足がもつれ、転ぶ)あぅ…!」
入惰「長っ…!若っ…!!嫌だっ!!
ぼくを、置いて行かないで!!長っ!!若っ!!」
▼入惰の声が聞こえたのか、どちらの責島だか見分けはつかないが、短いハンドサインを送られた。
入惰「なんでっ!!嫌だ!!そんなの嬉しくない!あ、あぁ……!!長ぁぁぁ!!若ぁぁぁ!!」
(間)
▼黒軍側のグランドに響く声。
たどたどしく、喋っていた入惰のものとは思えない声量で、その名は叫ばれる。
國崎「あーあー…。ほんま、後味がワル過ぎやで?
…人ひとりに入れ込む。なんちゅー憐れな話やろなぁ。」
▼肩から滲む血を押さえて、吐き出すように呟く。
冬の海面のような藍色の瞳は、口調とは裏腹に酷く揺らいでいた。
(間)
▼赤軍の第二校舎に設けられた治療室。
ストレッチャーの上で、救護班員に押さえられている女子学徒が顔を真っ青にして、軍医補佐生へ詰め寄っていた。
手鞠「あの、どういうことですの…?ちょっと、どういうことですの!『王子』…祈里隊長が亡くなったって本当ですの!?あの!!嘘だと言ってくださいまし!……嘘、じゃない?」
手鞠「あっ、あぁ…そんなぁっ…『王子』っ!『王子』っ!!」
▼女子学徒の悲痛な叫びは、治療室に響き。
その場に居合わせていたものたちの胸のうちをざわめかせた。
(間)
▼この騒動の後。
とある青年の左の薬指には、瑠璃色の爪紅が塗られるようになった。
黒軍編・第二話⇒サヨナラを告げる日。
おしまい
本編を一部修正しました。→2020年5月15日(金)
【後書きというなの作者トーク】
おはこんばんにちは!!
閲覧してくださった方、もしくは演じてくださった方に感謝申し上げます!
無計画実行委員会・委員長(作者)こと瀧月です!!
お待たせしました!!
え?待ってない??
まあ、どこに創作意欲があったんだって…ツッコミは無しでお願いします…(笑)
まさか、こんなに執筆期間を要するとは思っていなかったんです…。ぶっちゃけ、めずらしく登場キャラ死んでるし…。
台本テストの際に、アフタートークというぶっちゃけ裏話をいろいろしたのですが。
まあ、これが 國崎詩暮の学園生活での初実戦 の話になります。第一話に登場させた 東乱第一 とは、まだ接点のなかった時期の話ですね。
とは、いえ。この話から数週間後には…なんですけど…(笑)
一応、幕間の話として 國崎と國織 の番外話も書いて、載せられたらなぁ〜とは思っております。その際は愛でてやってください!
さて、また長々書いてもグダグダになるだけですので終わりにします。
今回も、ありがとうございました。
またいずれ。お目にかかりたいと思います。
お疲れ様でした〜。
掲載日・2019年3月5日(火)