【三人用】赤軍編・第二話⇒濁った思い、吐露せし。後半部分【台本 本編】
※この部分をコピペして、ライブ配信される枠のコメントや概要欄などに一般の人が、わかるようにお載せください。
録画を残す際も同様にお願いします。
三津学シリーズ 赤の台本 二本目です。
【劇タイトル】赤軍編・第ニ話⇒濁った思い、吐露せし。 後半部分
(もしくは、赤の2話/後半。または、三津学 劇る。というテロップ設定をして表示してくださいませ。)
【作者】瀧月 狩織
【台本】※このページのなろうリンクを貼ってください
赤の二話 後半部分
後半部分のみ場合/上演時間(目安)
⇨45分~50分 程度です。
比率:男声2:女声0:不問1の3人台本
※登場キャラの紹介、あらすじ などは『登場キャラなど(赤軍編 第二話より)』をご覧ください。
こちらは、後半部分となります。
赤の幼なじみ組がワイワイしてる話、前半部分/四人用台本もありますので。合わせて、楽しんで頂ければ幸いです。
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【演者サマ 各位】
・台本内に出てくる表記について
キャラ名の手前に M や N がでてきます。
Mはマインド。心の声セリフです。 《 》←このカッコで囲われたセリフも心の声ですので、見逃さないで演じてください。
Nはナレーション。キャラになりきったままで、語りをどうぞ。
・ルビについて
キャラ名、読みづらい漢字、台本での特殊な読み方などは初出した場面から間隔をもって振り直しをしています。
場合によっては、振り直していないこともあります。
(キャラ名の読み方は、覚えしまうのが早いかと。)
それでは、本編 はじまります。
ようこそ、三津学の世界へ
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☆本編
正也「おっと、風が強いねぇ…。でも、本土で感じる風より暖かい気がするな。ここが、離島だからかな。
三津ヶ谷……、巨大な鳥籠。この閉鎖的な環境下であっても、あの子たちの居場所……。
すっかり、逞しくなっていたね。成長は嬉しいことだが、複雑だなぁ」
▼正也は、ふっ…と細く微笑んだ。
そして、三つある港のうちのひとつ、朱雀港へ歩いていく。本土のカントー地方へ向かう船が停泊しているからだ。
(間)
〜タイトルコール〜
揚羽乃「自己解釈学生戦争三津ヶ谷学園物語。
……赤軍編第二話の『濁った思い、吐露せし』の後半だな」
揚羽乃「アンタは忘れちゃあ、いないだろ。あの時のことを……」
(間)
▼学園から特別診察員として、招待状を受け離島にやって来ていた元 軍医の波月 正也。
理由あって軍属でなくなってからは、ジリ貧な生活をしている。今回の招待も軍に関わる行為だと思い、断る予定でいた。しかし、正也の現状を見透かしたように招待状には『謝礼をご希望の額だけ用意します』という一文が書かれており、釣られてしまったのだ。彼も、生活が苦しいので背に腹はかえられぬ、と言い訳したのだった。
そして、彼の最重要の目的は甥っ子と剣術の教え子の健康を見届けることであって、それも達成できたので満ち足りた気持ちで帰りの船へ向かっていた。
揚羽乃「(走ってるときの、呼吸法)」
正也M《なんだか、さっきから呼ばれている気がするのだが……。
海鳴りが人の声に聞こえているのかな……?》
揚羽乃M《ゲッ…!もう、あんなとこに居るし!マジで、顔見せる気がないのかよ!!》
正也「……わたしも、年かなぁ……。なーんてね」
揚羽乃「はっ、はっ、はづき!波月 大佐殿!!」
正也「えっ?」
▼白衣が、太陽の光に輝く。走り寄ってきた相手に、目を見開いた正也。
立ち止まり、背を丸めて息を乱しつつ顔を上げたのは、赤軍で軍医を務めている揚羽乃であった。
揚羽乃「波月、大佐っ……うぇっ、ゲホッゴホッ……(激しくむせる)」
正也「うわぉ、誰かと思いきや」
揚羽乃「ゼェーハァー……、やっと…追いつけた……」
正也「大丈夫かい?」
揚羽乃「ちょっ、ちょっとだけ、お待ちを……うぇっ……」
正也「いくらでも待つさ。安心しなさい、揚羽乃中尉。
《……どうしよう、まさか。この島に居たとは知らなかった……。揚羽乃 中尉とは、いろいろあったしな……》」
揚羽乃「(深呼吸し)……波月大佐。挨拶もなしに、帰られるとは。少しばかり薄情ではありませんか」
正也「いやぁ、すまない。貴官が、この島に転属していたとは知らなかったんだよ」
揚羽乃「では、わざとではないと」
正也「うん、そう。今回は、ほら。これで来たからね(招待状を見せ)」
揚羽乃「拝見します。……ああ、特別診察員でしたか」
正也「うん、そうなんだ。だから、けして悪気があったわけでは……」
揚羽乃「(ニッと笑う)間に合ってよかった。自分、この島で軍医として所属しているので。来島する人の情報をリストで閲覧できるのです」
正也「なるほどね、権限を発揮したから知っていたんだね」
揚羽乃「です。なので、てっきり波月大佐も自分が所属していることをご存知なのかと」
正也「わたしは、軍属じゃないからね。単なる一般の医療人さ」
揚羽乃「……そうでありましたね。失礼しました」
正也「あ、いいや。そんな頭を下げるようなことじゃ」
揚羽乃「あの、お時間ありましたら話しませんか」
正也「時間?ああ、まあ。大丈夫だけど。
《ああ、その目は忘れちゃいないよ。前線のときにも、よくしていた。こちらに有無を言わせない……強い瞳だ……》」
揚羽乃「感謝します。……改めて、いろいろ話したかったのです」
正也「本当に、久しぶりだからね。お手柔らかに頼むよ」
揚羽乃「あ、お荷物。お持ちします」
正也「いやいや。大丈夫だよ。わたしは、単なる一般の医療人だと言ったろ?」
揚羽乃「(拗ねたように)……わかりました。参りましょう」
正也M《ああ、ごめんよ、揚羽乃 中尉。
わたしは、変わってしまったんだよ。
きみが覚えてくれている『波月大佐』は捨てたんだ。
だから、この鳥籠だと本土から揶揄されている島に居るのに、変わらない強さを宿したままの、きみが恐いんだ……》
(間)
───過去回想。
揚羽乃『波月 大佐ッ!』
正也『ああ、揚羽乃 中尉か。どうした?』
揚羽乃『……ぜ、前線を離れられると、お聞きしました』
正也『ああ、そのことか。……見てのとおり、本国の、この地区の防衛は達成された。なかなかに、苦しい戦いではあったけどね』
揚羽乃『自分は、大佐も停戦の話が済むまで現地に残られるものと思っておりました』
正也『そうしたいのも……、やまやまではあったのだけどね。本部から帰還命令が下ったのさ』
揚羽乃『もしかして、あの事でありますか』
正也『あの事?ああ、いやいや。たぶん、貴官が懸念してることではないと思うよ』
揚羽乃『そうで、ありますか。……波月大佐』
正也『なんだい?』
揚羽乃『また、お会いできる日を』
正也『そうだな。揚羽乃中尉、息災でな』
揚羽乃『はいっ!波月大佐、ご苦労様でありました!ご武運を!(敬礼)』
正也『ありがとう。またな(敬礼)』
(間)
正也M《なーんて、こともあったよなぁ……》
▼記憶のフタをあけて、思い出すものの。やはり、威厳なんてものは、現在の正也にしたら捨てたものだと自覚する。
揚羽乃が連れて来たのは、職場である特殊治療室の、隣にある事務室だ。換気のために開けられた窓からソヨソヨ…風が入って来ており、カーテンが踊る。
揚羽乃「そこの、カバーは外して座ってください」
正也「ああ、失礼するよ。《来客用のソファーか。カバーをかけてあるってことは、人の出入りは多くないのかな……》」
揚羽乃「大佐殿。ブラックコーヒーは、飲めますか」
正也「ん?ああ、気遣いありがとう。大丈夫だよ」
揚羽乃「では。どうぞ、俺が淹れたので美味しくないかもですが」
正也「ああ、いただくよ。ありがとうね。……うん、とても良い香りだ。きみの趣味かい?」
揚羽乃「いえ、自分は豆を選別するほど知識がありません。……部下にやらせてます」
正也「部下ねぇ、もしかして今も変わらずかな」
揚羽乃「はい、自分の直属の部下は 都築少尉であります」
正也「そうか、そうか。きみたちは、今でも組んでいるのか。信頼関係が続くのは良いことだね」
揚羽乃「はい。それと、自分は中尉、大尉の経験を得て。この島に転属のさい少佐の位を賜りまして」
正也「おや、それはそれは。おめでとう。では、揚羽乃 少佐と呼んだほうが適切かな」
揚羽乃「……なんか、むずがゆいですな」
正也「(小さく笑う)そうだね。あの頃は、きみは中尉で、分隊長だったものね」
揚羽乃「ええ、ですが。誰かの下で働くというのは変わりません。大隊長の席は、別の方が務めておりますから」
正也「おや?その人は、わたしが知っている人かな」
揚羽乃「えっと、薬藤中佐であります」
正也「あー、薬藤中佐か。なるほどね。息災だったか〜」
揚羽乃「やはり、ご存知で?」
正也「まあね。海と陸で、前線を一緒にすることはなかったけどね。……本部で、何度かね」
揚羽乃「なるほど。顔見知りくらいの面識と」
正也「あとは、同じ外科医として意見交換をしたくらいかな」
揚羽乃「では、お呼びしましょうか。連絡すれば飛んでくると思いますよ」
正也「あー、いやいや。ほら、わたしは単なる一般の医療人だよ?迷惑だろうし」
揚羽乃「あの、さきほどから気にかかるのですが。何をそんなに、一般というのを意識されてるのですか」
正也「あのね。わたしは、もう軍属じゃないよ。町外れの診療所で過ごしてる身だからね」
揚羽乃「……では、自分はどうすれば」
正也「正也さん、とでも呼んでよ。家名にさん付けしたら、甥っ子と被るだろうからね」
揚羽乃「(息を飲む)……正也さん」
正也「なんだい、揚羽乃さん」
▼目を見開く。
揚羽乃は、顔を手で覆い隠す。何かの感情を噛みしめるが如く、ただ口を閉ざした。
正也は、出されたコーヒーをゆるりと堪能する。
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─────
揚羽乃「……俺、正也さんには聞きたいことがあったんだ」
正也「ああ、なんだい?」
▼しばらく口を閉ざしていた揚羽乃だったが、状況をしっかりと自身の中で把握し、部下としての態度ではなく、年齢の近いもの同士でもあるし、素面で向き合うことにしたようだ。
揚羽乃「ニイガタ防衛戦のあと、どうして居なくなったんだ?」
正也「あー、もう八年前にもなる話だね。揚羽乃さんが覚えてることに驚きだよ」
揚羽乃「覚えてるさ。あのときは、また会えると思ってたんだからな」
正也「居なくなったというか、軍属を辞めたというか」
揚羽乃「やっぱり、あのあとに辞めたのか。……それは、また会おうって言い合ったときは決めていたのか」
正也「いいや、あのときは決まっていなかったよ。上手くすれば、辞めずに済むんじゃないか……っ考えてたくらいにね」
揚羽乃「……うん?決まっていなかった、というのは気持ちの話だよな」
正也「いいや、わたしは軍の籍から消されたんだ。きみに前線の最高 指揮官を任せ、本部に帰還したあとにね」
揚羽乃「け、消されっ……?!」
正也「おっと、危ないよ。そのお気に入りのマグカップ、割れちゃうよ」
揚羽乃「あっ、わりぃ。ちょっと、理解が追いつかなくて……」
正也「まあ、消されたでは暴力的な表現すぎるね。うーん、そうだな〜」
揚羽乃M《どうしてだ……、正也さんは優秀な人だ。医者と一括りにするには不適切で、医術に愛されすぎてるくらいには……》
正也「『軍法会議の結果。軍籍から記録を消去。授与した勲章も全て返還し、一般へ転籍せし』……だったかな。あんなに言い合ったのに、紙切れ一枚で終わらされちゃうだもの。笑っちゃったよね〜」
揚羽乃「上は、なんつー事してんだよ……追い出す存在、間違ってんだろうが……」
正也「揚羽乃さん」
揚羽乃「俺にとったら、アンタは憧れの人だったんだ。素早い判断力、どんな状況下においても最善を尽くす姿。まだ新人だった俺からしたら、アンタは……」
正也「揚羽乃さん、昔話をしようか」
揚羽乃「むかしばなし?」
正也「そう、十年前の話だ。ちょうど、ニイガタ防衛戦のさなかに医療軍の護衛についていた分隊があったよね」
揚羽乃「東第三のことか?」
正也「そう、よく覚えてたね。その東第三についての話をしようか。揚羽乃さん、きみは当時の分隊長は覚えてるかな?」
揚羽乃「石射 少尉だろ」
正也「うん、その人も分隊長だったね。でも、わたしが言いたいのは須王 紫狼中尉のことさ」
揚羽乃「ああ、そんな人もいたな。なんか、めちゃくちゃ横暴で部下の言葉なんて聞きやしない印象があるわ」
正也「そう、彼は悪影響だった。今は根本がしっかりしてきたが、当時は新しかった政策で築き上げられたばかりの『自衛軍』には」
揚羽乃「悪影響か……、まあ、たしかに。どこかで恨みは買ってそうな態度だったよな。でも、須王は事故死だったよな」
正也「……事故死ね。その事故、本当に偶然だったのかな?」
揚羽乃「正也さん、何が言いたいんだ」
正也「(目を細める)さっきから言っているけど、わたしは軍籍じゃない。単なる一般の医療人だからね。そんな医療人が記憶していることを話しているだけ、良いね?」
揚羽乃「お、おう……」
▼素面で返事したものの、覚えている過去の記憶のせいでビヤッ…と総毛立って、背筋も伸びてしまう揚羽乃。そんな態度の相手を面白がるように小さく笑って、コーヒーを飲む正也。
正也「わたしは、ニイガタ防衛戦で医療軍をまとめなきゃいけなかった。最高指揮官としての権威にかけてね。……でも、彼のような存在は士気を乱すし、彼の隊に所属していた下士官からは日々、苦情が届く。見て見ぬふりをするには多すぎた」
揚羽乃「それで?アンタは、何をしたってんだ?《……ああ、クソ。すっげぇ、嫌なことを予想しちまった。頼む、外れてくれ……》」
正也「……指示を出した。保管庫を担当している下士官に『湿気って使い物にならなくなった爆薬などを地面に埋めて廃棄せよ』と。普通は、埋めて廃棄なんてしないのだけどね。知識がない相手で運良くね。……そのあとは、きみの知ってのとおりさ」
揚羽乃「ああ、そうか……そういうことか……(目元を手で隠す」
正也「幻滅したかな」
揚羽乃「してねぇ」
正也「でも、揚羽乃さん。きみ、あきらかにショックでしたって顔をしているけど?」
揚羽乃「……いいや、むしろ驚いてんだよ。十年も気づかれないのがすげぇなって。やっぱ、アンタは人の上に立つ存在だったわけだ」
正也「そうか……、そう言ってくれるとは思ってなかったかな」
揚羽乃「なんだ?意外かよ。俺が、怒鳴りつけるとでも?」
正也「うーん、まあね。頭ごなしに否定とか、騙したなって、幻滅したって言われるくらいには」
揚羽乃「(鼻で笑う)残念だったな。俺のアンタへの憧れってのはアンタ自身でも計り知れないものだってことだよ」
▼してやったりとでも言いたげにコーヒーを飲む揚羽乃。正也も、肩を竦めて笑う。
すると、何かを思いついたように正也が口を開いた。
正也「じゃあ、昔の話をしても幻滅しなかった揚羽乃さんに、もうひとつ話そうかな」
揚羽乃「ん?なんだ」
正也「わたしが、軍籍から消された理由は他にもあるって言ったら?」
揚羽乃「……もう、驚かないからな」
正也「おや、残念だな。とっておきの話をしようと思ったのに」
揚羽乃「とっておきってなんだよ。どうせ、前線に出ている間に何回か診断書の偽装した〜とかだろ?」
正也「凄いじゃないか。当たらずも遠からずってやつだね」
揚羽乃「まあ、バレたら大事だろうからな。でも、なんでバレたんだ?アンタなら、上手くやったろ」
正也「うーん、短期間であったけど営倉に入れられてたからねぇ。だいぶ、堪えたんだけどね〜」
揚羽乃「え、営倉?アンタが……??」
正也「そう、営倉。言ってしまうなら軍人専用の懲罰房。……処分の話がつくまでの間だったけれど、なかなか無い経験さ」
揚羽乃「もう、頭が追いつかない」
正也「終わりにするかい?」
揚羽乃「いや、今日を逃したら次がいつだか分からないだろ。……時間が許す限り、話してくれ」
正也M《ああ、変わらないなぁ……キミは、前線を退いても力強い眼差しのままだ……》
▼正也は、マグカップを傾ける。しかし、いつの間にか飲みきっていたようで無意識にしょんぼり…とした表情をしてしまう。揚羽乃が彼の表情を見逃すわけもなく、張り詰めていた空気が薄まったせいか緊張がとけて笑う。
揚羽乃「二杯目、飲むか?」
正也「ああ、すまない。いただくよ」
揚羽乃「ちょっと冷めちまってるからあっためなおすな」
正也「ぬるくても構わないよ?」
揚羽乃「ん、そうか?なら、はい(マグカップを差し出す)……本当にぬるいからな」
正也「そんなに、念押ししなくても文句はないさ。(受け取る)ありがとう、いただくよ。
《おやおや……ぬるくなっても美味しいじゃないか……淹れ方が上手なんだなぁ……》」
揚羽乃「……俺はぬるま湯にしとくか。昨晩からコーヒー飲み続けてるし」
正也「たしかに、カフェインの摂りすぎはいけないね」
▼電気ポットから湯呑みにぬるま湯を注いで、近くに止まっている事務椅子を引っ張って座る揚羽乃。正也が、気を利かせてカラダを揚羽乃のほうに向けた。
揚羽乃「それで、とっておきって何なんだ?」
正也「ああ、そうだね。まず、ニイガタ戦線に参戦していた時分には、わたしの弟に息子……まあ、甥っ子が八歳になっていた」
揚羽乃「アンタの甥っ子なー」
正也「甥っ子には、悪いことをしたよ。まだ幼かったから『軍人』のいい所ばかり話してしまってね。カッコイイ職業だと思わせてしまって、その頃は郷の人に自慢しまくってたみたいなんだよ」
揚羽乃「まあ、実際、アンタはカッコイイぜ?」
正也「ははは、お世辞でも嬉しいよ」
揚羽乃M《世辞なんかじゃないんだがな……そんなに、甥っ子が同じ道に進んだのが引け目なのか……?》
正也「……でね、わたしが前線でやらかしたことは挙げたらキリがないけど。そのなかでも、『脱走の手助け』をしたことが軍籍からの追放に繋がったんだ」
揚羽乃「アンタ、それはさすがに……」
正也「やっぱり、引くよね。でもね、後悔してないんだ。まあ、当時はクビにされるとまで思ってなかったけれど」
揚羽乃「なんで、そんなことしたんだ?」
正也「ほら、キミが覚えてた分隊長の石射少尉」
揚羽乃「ああ、あの人も帰還命令が下りて、最後まで戦線にいなかったな。結局、切り込み隊の軍曹が後任に就いてたし」
正也「よく覚えてるね。でね、その少尉と軍曹が夫婦だったんだよ」
揚羽乃「はっ、えぇーーー?!」
正也「今日イチのビックリかな?」
揚羽乃「(深呼吸)……もう、驚きすぎて、頭が……」
正也「一服してくるかい?」
揚羽乃「いや、大丈夫だ。……ここから喫煙所は遠いから」
正也「なるほどね。ここでも吸わないのは都築少尉にキツく言われてるのかな」
揚羽乃「そうなんだよ。けっこう、容赦なくてよ」
正也「いいコンビだねぇ《……尻に敷かれてるとも言うね》」
揚羽乃「話戻すけど、石射少尉とあの後任の軍曹が夫婦だったのは分かった」
正也「護衛隊の後任は、冴島 春翔 軍曹だよ」
揚羽乃「そうだった、冴島だ。……けど、同業同士の結婚なんてめずらしくないよな」
正也「でも、あの鬼のような肉弾戦をやり抜く二人が夫婦なんだよ?凄くないかい」
揚羽乃「おう、それこそ鬼のような生活だとは思う。……(何かを察する)……ん?ちょい待て。ってことは、アンタが石射少尉を脱走させたのか?!」
正也「まあ、ある意味の『脱走の手助け』かな。診断書の偽装したし」
揚羽乃「……でも、俺にはわかる。アンタの一存じゃないだろ、それ」
正也「一存というか、頼まれてやったというか。そもそもね、石射少尉と冴島軍曹のあいだにはニイガタ戦線の時点で、子が二人いたんだ」
揚羽乃「あの鬼のような夫婦のあいだに子ども?しかも、二人も?」
正也「そう。それで、なーんで診断書の偽装したかだけど。
参戦後の検診で発覚したのが石射少尉が三人目となる子を宿していたこと。
とある晩に、前衛の担当のはずなのに、馬を走らせて野戦病院まで冴島 軍曹は頼みに来たんだ。
文面だと検閲でバレてしまうからね。
マブタのあたりに打撲痕と、右頬に擦過傷のあるモミジをつくって、とても必死な顔でね。『自分は、前線で散る覚悟があります。ですが、妻と!腹の子はどうか!』とね」
揚羽乃「冴島 軍曹は、軍人であるまえに、子の親であって、夫だったわけだな」
正也「わたしたち、独身には理解できないことでもあるね」
揚羽乃「アンタは、まだ脈あるだろよ」
正也「いやぁ、もう四十路だよ?よっぽどの、物好きな相手じゃないと、ご縁はないさ。というより、わたしが家督を継ぐことは今後ないし、弟夫婦と甥っ子らもいるし、充分さ」
揚羽乃「欲だらけなのか、そうじゃ無いのか。
……言っちまうなら、診断書の偽装とかで人命を助けるなんて、馬鹿げてるし。アホだろ」
正也「揚羽乃さんは、手厳しいな。
……それでね。いくら、夫婦だって公表してないからって子の親である少尉と軍曹が参戦してるとなると、子たちはどうなる?」
揚羽乃「従軍中は、親戚に預けるか。もしくは軍が管理してる院に預けられる決まりだったよな」
正也「そう、その院に預けられている間は、特に問題はない。ただ、戦死した場合は違ってくるさ」
揚羽乃「……アンタ、どこまで、何を知ってる」
正也「キミにも、軍籍の頃に世話になった人にも一切言ってないことなんだけどね。わたしは、退役した今でも、どうしても許せないことがある」
▼外の喧騒とは比べ物にならない張り詰めた空気が室内を満たしている。正也が、目を細めてマグカップの中身をひとくち飲む。
正也「……軍が、新兵器の開発のために人体実験をしていたことが」
揚羽乃「人体、実験……?」
正也「そう、どこで行われてたかは語れないけれど実際にあった事だよ。身内のいない子、学園に入れなかった子とかも、対象にされたみたいだ。
……わたしは、この事実をとある子を介して知ってしまってね。かなり極秘の事だったようだから、その報復とでも言うのか。前線でのやらかしを明るみに出されて営倉に行き、流れるように軍籍からの消去だったわけさ」
揚羽乃「ちょっ、ちょっと待ってくれ。その実験って今も……?」
正也「いいや、その実験から逃げ出した被検体の子がいてね。その子が壊滅させた」
揚羽乃「……どんな実験内容だったのか、容易に想像がつくよ……(顔を手で覆う)」
正也「わたしは、その子を見つけたとき連れて帰らなきゃと激しく心臓が跳ねたこと、今でも覚えてるよ」
揚羽乃「拾ったのか。まあ、そうか。生きてなきゃ拾えないもんな。それで、その被検体だった子は?」
正也「さぁね、どこへやら」
揚羽乃「今更、はぐらかすのかよ」
正也「だってー。村に連れ帰る途中ではぐれてしまってね。あんな怪我で冬の山だ。生きてる可能性も低いよ……。まあ、わたし、いっとき命を狙われてたし。今は、追跡もなくなったけど」
揚羽乃「よく、生きてるなアンタ」
正也「ぶっ……ふふふっ、そうだね、わたしもこうやって島に出入りしている時点で、生存がバレてそうだけどね」
揚羽乃「まあ、ここは平気だろ。島自体が立ち入りを制限した学園を有してる。しかも、特務師団で師団長は三之院少将だぜ?」
正也「たしかに、強い後ろ盾ではあるね」
揚羽乃「だからさ。次、来校した時はちゃんと挨拶してくれよ」
正也「おや?次は、キミから来てくれないのか」
揚羽乃「オレは、島を離れる訳には行かねーし」
正也「相変わらずの出不精のようだね」
揚羽乃「なっ、そんなじゃねーよ」
正也「ふふっ、まあ、わたしの現住所を書き残しておくよ。良ければ、今度は都築少尉と一緒に」
揚羽乃「おう。行けたら行く」
正也「それは、行かないと言ってるようなもんじゃないか〜傷つくな〜」
揚羽乃「そんなヤワじゃないだろ」
正也「そうだけどさ〜。
本当にさ。……キミには、悪いことをしたよ。いくら命令だとしても前線に慣れていないキミに指揮官は荷が重かっただろ」
揚羽乃「まーな。けど、死にものぐるいで人を助けてりゃあ何とかなるもんだ。てか、生きてるし、何せ五体満足だしな」
正也「揚羽乃さんの、そうやって割り切ってるところ嫌いじゃないよ」
揚羽乃「褒め言葉だと思っておくよ」
▼マグカップの残りを一気飲みし、それから脚の低い机の上に備えられているメモ紙とボールペンで、さらさらと住所を書き残していく正也。あとで、どんな所なのかを調べるか、と書かれていくのを見て思った揚羽乃。
正也「さてと、こんなもんかな。……なかなか、有意義な時間だったよ」
揚羽乃「だいぶ、長居をさせちまったけど帰りの船はあるのか?」
正也「大丈夫さ。たしか、この周辺で漁をしている知り合いが船を出してる時間帯のはずだからね。その人に連絡するさ」
揚羽乃「……さすがの人脈だな」
正也「そうでもないよ。……コーヒー、ごちそうさま」
揚羽乃「おう、お粗末さまでした」
正也「都築少尉によろしく伝えてね。今日は、不在のようだし」
揚羽乃「あいつは、救護班の十九期生に講義をひらく日だったからな」
正也「おや、まあ。せいぜい、突っ込まれないようにね」
揚羽乃「ご忠告どうも」
▼手荷物をもって、特殊治療室を後にしようと扉に手をかける正也。そんな彼に揚羽乃は──
揚羽乃「港までお送りしましょうか、波月 "元"大佐殿」
正也「ふふっ、お気遣いどうも。ですが、結構ですよ。揚羽乃 "元"中尉」
▼お互いに顔を見合って大笑いをする。
笑いがとまった頃には、憑き物が落ちたように晴れやかな表情である。
正也M《本当は、話せてないことがあるんだ。たしかに、被検体の子とハグれてしまったけど、そのあとに再度、見つけて。今度こそ、村へと連れ帰った。……今や、そんな子が赤の特隊生だし、わたしの甥っ子と幼なじみとして学園で過ごしているんだから》
正也「情報過多すぎて、笑っちゃうよね。……だから、こればっかりは内緒かな」
正也「またね、揚羽乃さん」
▼晴天、澄んだ空。
こうして。正也の来校は、朗らかな気持ちで終えることができたのだった。
───余談。
揚羽乃M《まったく、あんな優しい顔してんのにとんでもない指揮官だったわけだ。本当、人って見かけによらないな》
▼揚羽乃は、穏やかな風が室内を駆けていく夕暮れどき、窓辺に寄りかかって思いに耽っていた。ドッタンバッタン…騒がしい足音ともに、事務室の扉を自動ドアーなのも構わず力任せに開けたのは、中性的な顔つきの部下にあたる軍医で。
そして、第一声に『波月 大佐はっ!!』だ。
揚羽乃「残念。もう、帰ったぜ」
▼ケラケラと笑う上官に『ガッテムッッッ』と答えて、頭を抱えて膝から崩れる部下。相当、会いたかったのだろう。そして、顔を上げて報復として『薬藤軍医にチクってやる!!』と意気まいて駆け出す。
揚羽乃「なにっ!?薬藤中佐は関係ないだろうが!おいっ、待て!都築っ!!」
▼慌てて、後ろを追いかける揚羽乃。追われれば熱があがる都築。
追いかけっこをしている二人を見た学徒たちが呆れ顔をする。今日も、今日とて赤軍の常駐軍医は賑やかであった。
赤軍編・第二話⇒濁った思い、吐露せし。
後半部分 おしまい
初回掲載日 2018/10/25
再掲載(加筆修正 版)掲載日 2021/05/23