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君のために紡いだ物語②

「この街は、海が近くにあるんだな……?」


 龍樹が聞くと、舞い上がる髪の毛を抑えたハルカが「そうだよ」と頷く。


「何も無い田舎だけど海は本当にきれい。私は海浜公園が好きだな」


「海浜公園か、いいな……」


「行ってみる? もしかしたら、見れるかも……」


「見れる……?」


「龍樹くんが、見たいって言ってたものだよ」


「……俺が?」




 二人は路線バス乗る。

 バスで十五分くらいの場所に海浜公園はあるらしい。

 空席が目立つバスの車内。隣に座ったハルカの微かな体温を龍樹は感じていた。

 時折、擦れ合ってしまうハルカの身体の感触に心臓が跳ねる。


(──あの雨の日を思い出すな)


 駅のホームのベンチ。ハルカの姿を見つけた時のこと。線路に落ちる雨の音──。

 それから、小学校の校庭のベンチで強い雨に打たれた時のこと。ハルカのことが、ずっと前から好きだと告げたこと──。

 そんなに経っていないはずなのに、季節が変わったせいか、ずいぶん昔のことように感じてしまう。


(こうしてハルカと一緒にバスに乗ったことも、いつか……懐かしいと思い出す日が来るのかもしれないな)


 龍樹は流れていく車窓の景色を眺める。


「ねえ、龍樹くん」


「ん……どうしたの?」


「なんだか東京にいた頃が懐かしい……ついこの間のことなのに」


「俺も今、同じようなこと思ってた」


「龍樹くんも? ──そうだ、アカリさんは元気にしてる?」


「深山さんは、相変わらず元気だよ」


「そっか……良かった……」


 深山アカリは相変わらずだった。だが表面的には変わらないが、ハルカがいなくなってから少し寂しそうに見える。

 きっと龍樹がハルカに会ったと言ったら羨ましがるだろう。


「──ハルカは? こっちの暮らしにはもう慣れた?」


 今度は、龍樹が聞いた。ハルカがどうしていたのか気になっていた。

 渉から聞いていたこともある……。


「慣れた……かな。もうすぐお母さんも退院するの」


「そうか。良かったな」


「うん。お父さんは、お母さんと一緒に暮らせるのを楽しみにしてる」


「──ハルカは?」


「え?」


「ハルカは楽しみ? 家族三人で暮らせること」


「私は……」


 答えに困窮するように、ハルカは微笑みながらも(まなじり)を下げた。


「私も最初は楽しみだったけど、今は、違う……」


「うん……」


 ゆっくりと自分の心の中を手繰るように、ハルカは話す。

 龍樹はそんな彼女の声を、一言も逃すまいと全霊で耳を傾ける。


「私は、覚悟して生きていかないと……って思ってる」


 ハルカの唇が微かに震えていた。


(──キミの心にあるものは何だ……)


 ハルカの心に触れたい。

 何故なら、ハルカの事が好きだからだ。

 彼女が抱えている苦しみがあるなら、それを消し去りたいと龍樹は思っている。


「それはどんな覚悟……?」


 ハルカが、微笑んで龍樹を見上げた。

 その瞳が揺れている。

 吸い込まれそうなほど綺麗なのに、見ていると心が締めつけられるように哀しくなる。

 そして、ハルカは言った。


「愛されなくても生きていく覚悟……」


 ハルカの答えに龍樹は凍りついた。

 冷たい雨のなか、あげく雷に打たれたようなショックだった。

 愛されなくても生きていく『覚悟』──いくら何でも、哀しすぎる。

 むしろそれは絶望じゃないか。


「私は……お母さんにも、お父さんにも愛されてなかった。二人はお互いの事が一番大切だったんだ……」


「…………」


「私は親から愛されることを、親にとって自分が一番でいることを求めてしまったから苦しかったんだ……。私は望まれて「ここ」にいるわけじゃなかった。きっと……二人にとって私は無くても困らない存在なんだ……」


(──そうじゃない! そじゃない、ハルカ!)


 どう言葉を尽くせばいい……。

 龍樹は拳を強く握り締める。


「でもね龍樹くん、少し前の私だったら消えて無くなりたいって思ったんだろうけど、今は違うよ。私、独りでもちゃんと生きていく。もう失うものは何も無いから……」


 ハルカの心の痛みが伝わってくる。


 ──何も変わっていなかった。


 ハルカの哀しみは、もうずっと前から癒えることは無く心を濡らしている。

 確かに誰かの一番になるのは難しい。

 龍樹自身もそうだ。

 龍樹を慈しみ育ててくれた両親。その両親にとっての一番は、龍樹じゃないかもしれない。

 それでも、龍樹は哀しくはない。

 大切にされていると感じることは、今までたくさんあったからだ。


(きっとハルカは産まれてから、ずっと寂しくて、辛くて、愛されたくて仕方がなかったんだな……)


 それが満たされぬまま生きてきた。

 だから自分は愛されていないと思ってしまう。

 そして、このまま……これからの未来を歩いていこうとしている。


(けどな、ハルカ──キミは愛される存在だ)


「人」は、生まれおちた時から宇宙のなかにおいて、等しく「魂」を宿した特別な存在だ。

 そして──龍樹にとっての都築ハルカという存在は、自分の物語に心を寄せてくれた愛すべき女性で、誰よりも守りたくて、心から幸せになって欲しいと願う人──


(俺は、どうやって伝えればいい……?)


 いや……どう伝えるかなんて、もう決まってるじゃないか。


 ──物語だ。


 龍樹が伝えたいと思うこと全て、この中に詰まっている。

 そして願う……。

 この物語がハルカの心に届くようにと。もう一度ハルカの心の雲を晴らし、希望の星空が見えるようにと。

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