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重なる「夢」③

「新作の件なんですが、候補になっている三つの作品のプロット、見て頂けましたか?」


「……ええ、確認させてもらったわ」


 アカリの表情がそれまでの和やかなものと違い引き締まっていくのがわかる。それから、コピーされた三つのプロットに改めて目を通していく。


 ──昔からそうだ。アカリは仕事に手を抜かない。

 目の前にある作品が、どんなに素晴らしいものでも欠点だらけの稚拙なものであろうとも、アカリの注ぐ熱量は変わらない。

 出版社の利益を求めながらも、読者の目線に立つ。


(──いつになっても、この瞬間は緊張するな……)


 龍樹の握りしめた拳の内側が汗で滲んでいく。キースが隣で二人を静かに見守っている。

 アカリの眼差しは、物語の本質を見抜く。作者が伝えたいことが中途半端なものであれば、容赦無くそこを突かれてしまう。


「──そうね……どれも、悪くはないと思うけど……」


「はい」


「三つとも、内容や登場人物の背景に違いはあるけれど、私には同じもののように感じる。何故かしら。星樹くんはどう思う? 何を伝えたい?」


「……僕は、……」


 コンコン……


 龍樹がこたえる言葉を、頭の中で必死に選んでいると、控えめなノックの音が響いた。


「打ち合わせ中、失礼します。……あっ」


「あ……」


 扉を開けて入ってきたのは、都築ハルカだった。

 龍樹に気付いてハルカは驚いた表情を浮かべた。それは龍樹も同じだ。さっき編集部にはいなかったから、会えなくて少しがっかりしていたところだった。


「久しぶり。元気そうで良かった……」


「うん。有難う龍樹くん。 あ、いえ……星樹先生」


 星樹──そう呼ばれて龍樹はドキリとする。まさか、ハルカにそう呼ばれる日が来るなんて……。

 ハルカが口にするだけで、特別な名前のように思えてしまう。


「お茶をお持ちしました。どうぞ……」


 ハルカが丁寧な手つきでお盆をテーブルに置き、冷えたお茶が入ったグラスを三人の前に置く。

 距離が近づいたハルカから、微かに柔らかな甘い香りがして、龍樹の胸が騒ぐ。


(今日の服装、可愛いな……)


 身につけている薄手のブラウスは明るいミントグリーンで、ハルカの白い肌によく似合っている。そして真っ白なコットンレースのフレアスカート。歩くたびに裾が揺れて、ハルカの細くて綺麗な脚につい目線がいってしまう。


「……そういえば、ハルカちゃんに星樹くんが来るって言ってなかったわね」


 アカリが二人の様子を微笑んで見つめている。

 龍樹は編集部のアシスタントを探していたアカリに、ハルカを紹介した。その時にハルカが同級生だと告げている。


(とっくに、気付いてるんだろうな……)


 アカリは察しが良いし長年の付き合いだ。この前の取材の内容もある……龍樹が作家を目指すキッカケとなった存在がハルカだと気付いているだろう。

 気恥ずかしくなる。


「ハジメマシテ……。ワタシハ、タツキの友達で、キースといいます」


 キースがさっそくハルカに挨拶をする。


「はじめまして。私は、都築ハルカといいます。編集部のアシスタントをしています。星樹先生とは、小学校が一緒でした」


「ということは、オサナナジミ……ですか?」


「幼なじみ……よりは、同級生のほうが近いかもですね」


「そうだな」


「ナルホド……」


 龍樹が言うと、キースには大きく頷き、それを見たハルカもまた笑顔で頷いた。


「それでは、失礼します。何かあればお声がけくださいね」


「アリガトウゴザイマス」


「わざわざ有難う。また……」


「はい。──また」


 ハルカがお辞儀をして、ミーティングルームを出て行く。

 扉が閉まり、ハルカの姿が見えなくなると、キースが首を傾げながら尋ねる。


「タツキの、カノジョ……ですか?」


「──っ! ゴホッ、ち、違うって!」


「では、タツキのカタオモイ?」


「あはは! 星樹くん、頑張って! 社内でもハルカちゃんの評判は良いんだから、グズグズしてたら取られちゃうわよ!」


「ちょ、深山さんまで……」


 龍樹は沸騰したように顔が熱くなる。二人から向けられる視線が痛い。

 ──ハルカのことは好きだ。

 片思いかと問われれば、確かにそうなるだろう。

 もしも恋人同士になれたら嬉しい。一緒にいることができたら幸せだと思う。だけど、龍樹がハルカのことを想うとき、それ以上に強く……そして切実に湧き上がる感情がある。


 ──ハルカに幸せになって欲しい……!


 心から、そう願ってしまう。

 耐えるように生きてきたハルカが、幸せだと感じる未来がくれば良い。

 龍樹の物語を見つけてくれたハルカが、愛と豊かさに包まれた暮らしができるなら、その時にそばにいるのが他の人でも構わない。


(これまでも、これからも……ハルカが俺にとって特別なことは何も変わらない)


 それは龍樹の物語を見つけてくれた、あの日から決まっていることだ。

 龍樹が物語を紡ぐ時、いつもハルカが流した涙のことを思い出す。

 ハルカがどこにいても前を向いて歩いていけるように、生きていけるように……精一杯、物語を書き続けるのだ。

 それこそが、龍樹のハルカに対する最大の愛情表現だ。

 ──熱くなっていた頭が冷えていく。

 龍樹のなかで芯を持っている明確なことが浮き上がり、形を成していく。



「深山さん、僕は書きます。遠く離れている人達にも届くように。孤独なひとが救われるような物語を書く。生きて行くのが辛いと思う人達のためにも、ほんの少しの楽しみが見出せる物語を……」



「星樹くんのコンセプトは変わらないのね」


「はい。だから、今回も深山さんの力を貸してください」


「もちろんよ! 大衆の心に響くものをつくるわよ。目指せ、ベストセラー!」


 キースも、励ますように龍樹の肩を力強く叩く。

 ──いつも、支えになってくれる人がいる。

 龍樹は作家になってから三つの物語を世に送り出した。いつでも新しい物語を生み出す時は、不安になるし、書いている時は挫けそうになることだってある。

 けれど、そんな自分の背中を支えてくれる者達がいる。

 道筋を見失わないように、教え諭してくれる深山アカリ。

 龍樹の大切な家族を見守ってくれる親友のキース。

 そして龍樹にとって一番の原動力であり、龍樹の物語を支えにしてくれていた都築ハルカの存在。


(自分がいいと思うものを、全力で、心をこめて書く……!)


 心の内で、龍樹は力強く誓いをたてた。


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